第佰参拾捌閑 ハッピーニューイヤー
「ぁ~あ、朝か……さっぶ」
あけましておめでとうと、ハッピーニューイヤーと言ったのは、いったい何日前のことだったか。
一応この世界にも新年という概念はあるらしく、年末には新しい年を気持ちよく迎えるべく、全員でせっせと城の大掃除をし。
一年の最後の日の夜、元の世界で言う大晦日の夜には、皆で庭に出て、火を取り囲みながら星空を見上げ。
そして月が十二個から一個に変わったとき、十二月から一月に変わったとき、つ
まり年が明けたと同時に、エメラダの作ったハーブティーを片手に、おめでとうと言い合ったのだった。
さて、それからいったい何日が経ったのだろう。
分からない……日にちの感覚が、全くない。
世界が変わっても、生き物のとる行動は大体同じらしい。
悲しいことに、年始には何をするでもなくボーっとしてしまうという部分まで、元の世界と共通していて、年が明けてから昨日までの数日間、皆揃って食事の間でぐーたらしていたのだ。
俺はもちろんのこと、元気三姉妹ネネネ、ルージュ、クゥも。
更にはあのラヴやエメラダでさえだ。
昼夜ほぼ関係なく、寝て、起きてもボーっとして、また寝る。
そんな暮らしを繰り返えせば、日にち感覚など消え失せてしまって当たり前だ。
まあそんな事態になってしまった原因は、俺がこの異世界に“こたつ”なる魔物を召喚してしまったから。
もとい、彼女たちに“こたつ”なる物を紹介してしまったからだろうけど。
俺が作ったのだ、こたつを。
そして食事の間のいつもの長いテーブルをどけ、そこに設置した。
完全に罠である。
ただこたつと言っても、そんなしっかりしたものじゃない。
城の倉庫にあった使わなさそうな家具を切って繋げて作ったこたつ机みたいなものに、これまた倉庫にあった今は使っていない掛け布団を挟み込んだだけの、熱源も何もない、本来ならこたつとは呼べないような代物である。
ただそれでも布団があるだけ今までよりも数段暖かく、皆でいれば、皆で入れば、更に暖かい。
そんなわけで、俺やお騒がせ姉妹だけでなく、しっかり者のラヴやエメラダでさえ、ダレダレのダメダメになってしまったわけだ。
こたつという物は、こたつという魔物は本当に恐ろしい。
でもまあ、ラヴとエメラダがいつまでもだれているとは思えない。
ネネネ、ルージュ、クゥだって、いつまでも大人しくしてはいられまい。
そろそろ、皆動き出す頃合だろう。
そんなことを考えながら、食事の間の扉を押した。
木の扉を開けると、瞬間、ぶわっと、熱気が俺の体を包む。
「あ、まお~おはよ~」
中には、こたつに入りと言うか、こたつという罠に嵌り、すっかりとろけたフニャフニャのラヴ。
それとその横でお茶をすすっていたのはエメラダ。ではなく
「おはようですの、まおーさま」
珍しいことにネネネだった。
「おはよう。ラヴ、ネネネ」
それにしてもラヴちゃん、そのだれ具合と言うか、たれ具合はいいのか……?
今では『元』でしかないのかもしれないけど、それでも一応ここはラヴにとって元・敵のアジト。
横でお茶をすすっているのは元・敵側の人間だぞ。
隙があり過ぎじゃないか?
それとも好きがあり過ぎるのか。
まあそれならそれで、敵だと思われているより、好きだと思われている方がいいに決まってるけど。
「今日も寒いなぁ」
言いながら、俺は急いでこたつの中に体を突っ込んだ。
窓から差し込む太陽光を見る限り、今日は良い天気で比較的暖かそうな雰囲気なのだけど。
しかしそれでも一月、冬である。
寒いことには代わりがない。
「ならネネネが温めてあげますの」
俺がこたつに入ると、すかさずネネネは隣にやって来て、体をぴとっと引っ付けた。
「ちょうど今お湯沸かしたところよ、アンタもお茶でも飲んだら? ティーバッグ、そこにあるでしょ?」
と、ラヴ。
ティーバッグ。
エメラダが、いつでも誰でも簡単に、彼女特製のハーブティーが飲めるように作って置いておいてくれてるのである。
「ん、どこ?」
「ここですのよまおーさま、はいどうぞ」
「ありがと、ってこれは何だ?」
ネネネが俺に手渡したのは、ピンク色の……。
「ティーバックですのよ?」
「ですのよ? じゃねえ! 違うよ! 俺が言ってるのは、ティーバックじゃなくてティーバッグだよ!」
「あら、そうでしたの」
「そうだよ」
まったくもうまったくもう。
「それと、朝食は面倒だったから作ってないの、テキトーにパンでも食べといて」
と、これまたラヴ。
「ん、分かった」
パン、パンと。
「はいまおーさま、パンですの」
「おお悪いな、ってこれは何だ……?」
ネネネが俺の手の平の上に置いたのは、ピンク色の……。
「パンツですのよ?」
「だから、ですのよ? じゃないって! 違うって! 俺が言ってるのはパンツじゃなくて! パン!」
「パンが二つでパンツーですのね」
「え? ちょっと黙ってくれるかなネネネ」
「ねぇまおーさま、ぱんつくったことあります?」
「黙れって言ってるだろう!」
パンを作ったことも、パンツを食ったこともない!
「パンパンしたことは?」
「ない! って何言わせるんだよ!」
まったくもうのホントにもう。
「朝から元気ねぇ二人とも」
ラヴはお茶をすすりながら言った。
「ほんと、まおーさまったら、朝からお元気ですの」
ラヴはいいとして、ネネネの言い方ははなんだか意味深だ。
「お前ら俺が来る前に打ち合わせとかしてないよな?」
何だよこの、ラヴのパスからの、トスからの、ネネネの見事な俺へのアタックは。
まさか新たな漫才チームでも結成しようと言うのか?
この俺、ラヴ、ネネネで?
ふんっバカな。そんなことをしたところで、あの伝説のコンビに勝てるはずがない。
そう言えば最近あいつら見ていないけど、どこにいったんだろう。
「してませんのよ。さぁまおーさま、どうぞ。今度こそ、本当のパンティーですの」
言って、ネネネは俺の前に、パンと、そして既に出来上がったお茶の入ったカップを置いた。
「それを言うならパンとティーだ」
パンティーなんて略し方をしたら、またぞろパンツを渡されたみたいじゃないか。
「ありがとう」
カップの中の薄黄色いお茶をすすると、口の中に生姜のようなピリッとした刺激が広がり、眠気を覚ましてゆく。
「あ~」
ただしばらくすると体がポカポカ、ホカホカしてきて、また眠たくなってくるのだ。
これが何とも気持ちがいい。
これもこれで、なかなか危険な飲み物である。




