第佰参拾伍閑 創造してください
「どうした?」
「いえ、一つ重大なミスに気付きました」
「重大なミス?」
「ええ」
まさに重大って感じです、とヴァイオレットは呟いた。
「確かに巨人サイズのロープは長さも強度も足りるでしょう。ですがその分太さがあり、重さがあります。いくらこの紙が大きいからといって、これではダメです……」
ダメ……?
「それはどういうことだ?」
「少々分かり辛いですか? でしたら目をつむって創造してみてください」
「何を産み出せと!?」
「間違えました、想像です。とりあえず、目をつむってください」
言われるがまま、俺は目をつむる。
「じゃあまず、一般的な魔王さんサイズの紙を想像してみてください」
一般的な、と言うのがいまいちよく分からないけど。
よくある俺サイズの紙……A4サイズくらいでいいか。
「できましたか? できたら次は一般的な魔王さんサイズのロープをイメージしてください」
一般的な俺サイズのロープとか、紙以上によく分からないな……そもそもロープとか一般的じゃないし。
まあなんだ、太さ一センチくらいのでいいかな?
「両方とも、想像できました?」
「うん」
「では次に、そのロープを適当な長さに切り分け――」
ちょきちょき、と。
「――その紙の四辺十数か所にくくりつけてください」
この紙にこのロープを、ね。
よいしょっと。
「できました?」
「いや、ちょっと待って……ん、OKできた」
「ではではそのロープの、紙とは反対側の端に……そうですね、私をくくりつけてみてください」
ロープでヴァイオレットを!?
普段生意気なこいつをロープで動けなくして……ほう、これはなかなか……グヘヘ。
「あの、何か変なことを――」
「考えてはいないよ? で、次は?」
「怪しいですが、まあいいでしょう……次は、紙の両端を持って頭上高く持ち上げてください」
持ち上げるっと。
「どうです? できましたか? 今どんな感じになってます?」
「うーんと、ヴァイオレットのパンツが見えるな」
「ちょっとちゃんと想像してくださいよ! ちゃんとすればパンツなんて見えないはずです!」
え……ちゃんと想像したつもりなんだけど……。
仕方がない、もう一回。
…………はっ!!
「本当だ! パンツを履いていない!」
「違います! そう言う意味じゃありません! しっかり想像すれば、例え私がパンツを履いていようといまいと、ロープでぐるぐる巻きになって、ワンピースの中身なんて見えないはずです!」
「あ、本当だ」
蓑虫みたいになった。
これはこれで可愛い。
「まったく。まあそこはどうでもいいんです。問題は次です。では、次はその紙から、手を離してみてください」
せーのと言うヴァイオレットの掛け声と共に、想像上の紙の端から、両手を離した。
「どうなりました?」
「すっげー勢いで落っこちた……」
いくら紙が空気を掴み落下に抵抗をしようとも、そんなものは関係ないと言わんばかりに、勢いそのままに落ちた。
「でしょう?」
「本当に重大って感じだな」
紙の大きさに対して、くくりつけたロープが重たすぎるのだ。
それと大き過ぎ、太過ぎ。
そもそも紙にロープをくくりつける時点で、大分無理があった。
「これを巨人サイズでやったところで、大体の比率が変わらなければ、結果は同じになると?」
巨人サイズの紙に、巨人サイズのロープ、そしてくくりつけられるのは俺。
「まあ詳しくは分かりませんが、そうなると思われます」
「それは、大問題だな……」
「ええ、巨大問題です……」
そんなことに気付いた俺とヴァイオレットが、ロープを取って戻ってきたキューピーちゃんを土下座で迎えたことなど、言うまでもないことだろう。
「どうしたの? お兄ちゃんお姉ちゃん。何かあったの? 何があったの?」
面を上げい! と言われる前に顔を上げてしまったのはミスだ思ったが。
しかしそれ以上に、キューピーちゃんが持っているロープを見たときのミスった感の方が、遥かに上だった。
キューピーちゃんの持って来てくれたそのロープ。
それは俺達が予想したとおり、紙の大きさに対して太過ぎるものだった。
「あのねキューピーちゃん、せっかく持って来て貰ったのに申し訳ないんだけど……」
本当に申し訳ないんだけど……。
「そのロープじゃダメなんだ」
「ダメなの?」
「うん。紙に対して、重量がありすぎるんだよ」
「……?」
きょとんと首を傾げる彼女。
あまりいい説明の仕方が思いつかなかったので
「あー、目をつむって想像して欲しいんだけど」
と、俺はヴァイオレットを習って、キューピーちゃんに説明をした。
「そっか、じゃあもっと細いロープがあればよかったんだね」
「うん」
欲しいのは、俺サイズのロープがたくさん。
巨人サイズの紙に大人サイズのロープなら、きっと丁度いいはずなのだ。
「でも種類はこれしかなかったし……後はこのお裁縫セットの中に糸があるけど」
彼女はごそごそと、ポケットの中から小さな包みを取り出した。
「でも、糸じゃだめだもんね」
「うん、糸じゃだめ……」
ふむ、仕方がない。
やはりこんな迷案は、土台不可能だったの……だ……ん?
「じゃない!」
突然の俺の声に、またもやキョトンとする巨人ちゃん。
「糸、だめじゃないよ! OKだよ!」
「裁縫と言うより、最高ですね」
と、俺の言葉の意味に気付いたのか、それとも最初から気付いていたのか、ヴァイオレットは言う。
「ああ」
糸=細くてだめ。
みたいな考え方になっていたけど、それは俺サイズの糸の場合だ。
巨人サイズの糸の場合なら話は違う。
ロープが太いように、糸だってもちろん太いのだ。
巨人サイズの紙に、巨人サイズの糸。
それなら行けるかもしれない。
「キューピーちゃん、その糸、見せてくれない?」
「わかった…………はい」
キューピーちゃんが包みから取り出した糸。
それはまさにジャストサイズ。
俺サイズのロープとほぼ同じ太さの物だった。
「これなら行けるな」
「はい」
もちろん長さも十分にある。
色だって、赤・黒・白と三色選び放題だ。
本当に、裁縫と言うより最高。
「糸で大丈夫なの?」
「うん」
多分。まだ多分だし、どこまで行っても多分なんだけど。
「だから……あのーそれ、貰えないかな……?」
「うん、いいよ」
差し出された糸を受け取り、ありがとうとお礼を言う。
何だか、色々と申し訳なさ過ぎるけど。
まあでもこれで何とかなりそうだ。よかった。
ただ、色々上手く行き過ぎているのが、ちょっと怖い。
今俺が立っている場所と同じ雲の上には、あの三人がいるということを忘れてはいけない。
魚釣りのときも、結局最後はうまくいかなかったし……後々どうなることやら。
まだ安心はできない、するのは用心だ。
こんなことを考えてしまった時点で、終わりなような気がしないでもないけど。
「さて、頑張ってくくりつけますか」
「いえ、ちょっと待ってください魔王さん」
「何だよヴァイオレット。まだ何か問題でもあるのか?」
「問題と言うかですね。申し訳ないついでにですね、くくりつけるのもキューピーさんに手伝っていただいた方が、賢明かと」
……ふむ。
「……だな」
と言うわけで、ついでに、紙に糸をくくりつけるのを手伝ってもらい。
更についでに、本当にパラシュートとして使えるのか、実際に少し高いところから落として貰うと言う実験まで手伝ってもらい。
更に更についでに、地上に帰るため、飛び降りるために、雲の切れ間へと抱ええて連れて行ってもらったのだった。
…………。




