第佰参拾肆閑 ロープも……。
「う~む……」
こうして絵は貰えたわけだけど。
「どうされました? 魔王さん」
「いやあ、貰ったのはいいけど、これ、どうやって持って帰ろうかと思って」
俺の体の何倍もの大きさの紙だ、折って持って帰るのはせっかくの絵が台無しだから、丸めて持って帰るとしてだ。
こんなサイズのものを背中に背負ったとなると、バランスが取れない。
今度こそ、本当に落っこちるぞ。
それに紙にだって重さはあるんだ。
まあ重さについては大丈夫なのか、ドラゴンを持ち運べたくらいだし。
となるとやっぱり問題はバランスか。
もし雲の上にいたのが巨人でなく鳥人ならば、キューピーちゃんじゃなくてハーピーちゃんならば、絵なんてちょちょいのちょいで持って帰れたんだろうけどなぁ。
そんなものがいるのかは知らないけど。
それにそうなってくると、絵を描く人がいなくなるわけだから、本末転倒なんだけど。
どうしたものか……。
「随分とお悩みのようですね魔王さん、しかしご安心を。ここで私の案ですよ! 名案ですよ! 明暗を分ける、名案ですよ!」
ヴァイオレットは俺の頭の上で、仁王立ちをしてるかのような声でそう言った。
「何ですか、仁王立ちをしているかのような声って……」
「ん? まぁ、何となく力強そうなイメージ?」
それについてはどうでもいいとして。
「それでヴァイオレット、その名案と言うのは?」
「よくぞ聞いてくださいました! その名案と言うのは! ……魔王さんアレやってくださいよ、でゅりゅりゅりゅりゅってやつ。私うまくできないんです」
でゅりゅりゅりゅりゅ?
ああ、ドラムロールね、はいはい。
「ドゥルルルルルルルル、ジャジャンッ!!」
「パラシュートですっ!」
「――っ!?」
パラシュート?
「ってお前まさか」
「そのまさかかは知りませんが。まあ要するに、あの絵をパラシュートの羽に見立てて、雲の上から飛び降りるということです」
「できるか!!」
全然名案じゃないじゃないか!
危惧したとおり、やっぱり迷案じゃねえか!
「無理ですかね? これだけ大きな紙ですよ、こう、紙の四辺十数か所と魔王さんの体とをロープで繋いで」
いやいやいやいや、無理無理無理無理。
「たとえ原理的にはできるとしてもだよ? 俺、パラシュートとか、一回も使ったことないからな?」
そんな体験、十八年間生きて来たが、一度もない。
「操作の仕方とか、まったく分からないぞ?」
つまり、どこに着地できるのか分からない、そもそも着地できるかも分からない。
「何もしなくても、いずれは着地できますよ?」
怖いことを言うな……。
「冗談はさておきですね、その点についてもご安心を。私だって、伊達に冒険をしてるわけじゃありません。パラシュートの操り方ぐらい、存じ上げています」
だから大丈夫です、と彼女は言う。
「今日だってこんなこともあろうかと、カバンの中にはしっかりパラシュートが入っていますし」
「そうなのか?」
どおりで大きくてパンパンのはずだ。
「嘘です」
「嘘なのかよ!」
「まあでも、操り方を知っていると言うのは、本当です」
「へぇ……」
いや、でも、それでも全然大丈夫じゃないだろう。
同じ大きさの人間が後ろについて操作してくれるって言うならまだしも、手の平サイズのヴァイオレットだぞ。
操作してくれるどころか、操作のサポートでさえできそうにないじゃないか……。
「ま、大丈夫ですって、安心してくださいよ」
「何が大丈夫なんだ? 大体操り方うんぬんの前に、それは本当にパラシュートとして機能するのか?」
一番の問題はそこだろう。
「分かりません」
即答で断言しやがった……。
ぶっつけ本番で命がけの結果が見えない実験って、どんなだ。
「落ちたらどうするつもりだ!」
「最終落ちても大丈夫でしょう? 糞っでも魔王さんなのですし」
「腐ってもだ! それに大丈夫じゃないよ!?」
やめてくれよ!
今さっき落ちて死んでしまったかもしれないという事実に、打ちひしがれそうになったばかりなんだよ!
「まったく男の癖に、大人の癖に、いつまでもウジウジと情けないですねぇ」
男でも、大人でも、ウジウジする時だってある。
「魔王さんはアブラ虫じゃなくて、ウジ虫でしたか」
「お前、それもエメラダの前で絶対に言うなよ?」
アスタロウジ虫とか言われたら……いや、言われないか。
言われないか!?
「とにかくですね魔王さん、もう少し私を信用してくださいよ」
心配なら、たくさんしているのだけど……。
「分かった分かった、ひとまずだぞ? ひとまずだけど、パラシュートに出来そうかやってみよう」
他にいい案が思いついたわけでもないし。
せっかくの絵に穴を開けることになるけど、まあ肝心の花は紙の中心に描かれているんだ、端っこくらいは構わないだろう。
「でもヴァイオレット、その、くくりつけるためのロープはどうするんだ?」
俺だって、ロープくらい持って来ている。
がしかし俺サイズのロープでは、長さが全然足りない。
この巨大な紙の四辺数十箇所と俺の体とを繋げられるような長さは、到底ない。
ヴァイオレットだって、ロープくらい持って来ている。
がしかし俺サイズのロープでさえ足りないのだ、ヴァイオレットサイズのロープでももちろん足りない。
長さもだけど、強度だって足りない。
となってくると必然。
「キューピーさんに頼みます」
「だよな」
巨人サイズのロープなら、長さも、そして耐久度も、十分に足るだろう。
また絵を描くのを中断させることになってしまうけど、こればっかりは仕方がないとそう思い。
俺は、何度も悪いんだけど、とキューピーちゃんに声をかけた。
すると先ほどと同じく
「なぁに?」
と返事をする彼女。
顔はこちらには向けない。
「君、ロープって持ってない?」
「ロープ? う~ん、お家に帰ればあると思うけど。どうしたのお兄ちゃん、ロープいるの? それとも炒るの?」
「炒っちゃダメだ炒っちゃ」
燃えてなくなっちゃう。
「いるの。欲しいんだけど、貰えないかな?」
「いいよ。それじゃあお家に取りに戻るから、ちょっと待っててね」
こちらを向いて笑顔でそう言い、立ち上がるキューピーちゃん。
「うん。本当にごめんね、ありがとう」
俺がそう言うと、彼女は俺達に背を向け、家に向かって駆けて行いく。
何ていい子なんだ。
俺はそのとき確信した。
「あの子はキューピーじゃなくてキューピッドだな」
神だ。女神だ。
「愛のですか?」
「愛のと言うか、目の?」
目が一つだけだからってだけだけど。
「なら女神じゃなくて、目神ですね」
目の目神。
凄く目に優しそうだな……。
キューピーちゃんの髪色がもっと濃くなって、水色から青とか紫になったら、まるっこい髪型とも相まって、もうブルーベリーにしか見えないぞ……。
「あ……」
と、ヴァイオレットが声を上げたのは、そんなキューピーちゃんの背中が、完全に見えなくなってのことである。




