第佰参拾弐閑 目を覚ました魔王が目にしたものとは――!?
まぶたが重い……。
まぶたが持ち上がらない……。
意識は覚醒しているのに、目が開けられない。
何だか、誰かに、まぶたを無理矢理指で押さえつけられているような――
「ねぇ魔王さん」
そんな中で、ヴァイオレットの声が耳に入ってくる。
「いつまで寝てるんですか? お寝坊さんですね」
自分も寝ていたくせに、よく言うな。
「そろそろ起きてくださいよ、目を開けてくださいよ」
「あのなぁヴァイオレット」
「はっ!? どこからともなく魔王さんの声がします」
「お前のセリフを借りれば、どこからと問われれば下からだ、だよ」
まぁ下からと言うのは、あくまで予想なんだけど。
「あらあら魔王さん、やっと生きましたか」
「生きたんじゃない起きたんだ」
死んだんではなく、気絶していただけなのだから。
「あらそうでしたか」
なら目を開けてくださいよ、と、彼女は言う。
「いや、開けたいのは山々なんだが」
「魔王山だけに、ですか?」
「違う。違うが、とにかく目が開けられない」
「どうしてですか?」
まぁこれもただの予想に過ぎないんだけど……。
「それはお前が俺のまぶたの上に仁王立ちしてるからだ!」
「ご明察です!」
「ご明察です、じゃねぇ。早くそこからどけ」
「ふっふっふ、ここを通りたければ私を倒してから行け!」
また死ぬまでに言ってみたいセリフシリーズか……引き伸ばしすぎだ。
と言うか、別に通りたいわけではないのだけど。
「仕方がないですねぇ」
よっこらしょっと、彼女は俺のまぶたの上から、額へと移動をした。
「うっ……」
ようやくまぶたが開く。開けられる。
「……まぶし」
雲の上に仰向けに寝ているので、当然ながら太陽の光が直接目に飛び込んでくる。
まぁそれよりもまず眩しかったのは、ヴァイオレットのパンツなのだけど。
ワンピース姿で俺の額に仁王立ちをしているのだ、丸見えになって当たり前。
ふむ……名前と同じ紫色のパンツではないのか、とかそんなことはさて置き。
確認するまでもないけど、ちゃんと異世界に帰って来たらしい。
俺の視界には白色の巨大な花に、水色の髪の巨大な人。
太陽の位置からして、そんなに長い間気を失っていたわけでもなさそうだ。
せいぜい一時間程度か。
さて状況確認もほどほどに、まず聞きたいことが……。
「なぁヴァイオレット」
「なんでしょうか、山々さん」
「お前、神様と知り合いだったりしない?」
結局、危惧していたとおり、前回と同じくヴァイオレットに出会った後に、天界に行くようなことになってしまったわけだ。
だから実はこいつ、神の使いだったりするんじゃないだろかと思ってしまったのだけど。
「神? そんなわけないでしょう!? もし私が神様とお友達だったら、わざわざ苦労してこんなところに来ません!」
確かにそうか。ただ苦労したのは俺だけど。
「大体何ですか魔王さん、寝ぼけてるんですか? 神様と友達な人なんていませんよ。そんな人もし本当にいるならば、ぜひ一度お会いしてみたいものです」
目の前と言うか、足の下にいるんだが。
いや、俺は別に神と友人では、友神ではないけど。
「そうだよな。じゃあヴァイオレット、お前、死神だったりしない?」
俺を天界へ連れて行くための死神。
「失礼ですね、それこそそんなわけないでしょう!?」
「そうだよな、悪かった悪かった」
知り合いでも、死神でもないと。
やっぱりただの偶然か。
「倒れたときはビックリしたけど、元気みたいだねお兄ちゃん」
と、キューピーちゃんは絵を描く手を止めずに、意識だけをこちらに向けた。
「それとも便秘?」
「いや、元気だよ」
まぁ便秘っぽくもあるけど。
便秘と言うか、腹の中に、何か溜まっているかのような感覚がある。
仕方ないか、あんなものを見てしまったからな。
逸花……。
「心配かけてごめんね、キューピーちゃん」
「ううん、大丈夫。心配なんてしてないよ」
そうですか……。
「失敗はしちゃったけど、少しだけ」
「失敗?」
「うん。絵、ちょっとだけ失敗しちゃったかもしれないの。でも後本当に少しだから完成させちゃうね。だからちょっと待っててね? 黙っててね?」
そう言うと、キューピーちゃんは再び絵に集中し始めた。
「それより、ヴァイオレット」
キューピーちゃんの邪魔にならないように、少し声のヴォリュームを下げ、話しかける。
「はいはい何ですか?」
「ネネネはどうした?」
あのネネネが、こんな長時間黙っていられるわけもなく。
当然彼女は今、近くにはいない。
「ネイドリームさんなら、倒れた魔王さんの介抱をした後――
『コビットちゃん、ネネネはまおーさまのために、何かお薬でもないか探してきますの。その間、まおーさまのことはよろしく頼みましたの』
『分かりました。しかしネイドリームさん、私の名前はコビットではなくヴァイオレットです。“ット”しか合ってません』
『あらそうでしたわね、おほほのほ』
――と言うやり取りを経て、どこかへ行かれました」
「……そ、そっか」
「驚きでした、てっきりあの方は魔王さんの寝込みを襲うとばかり思ってましたが」
「あいつに寝込みを襲われたことは一度もないぞ?」
何だかんだ、ルージュとクゥの方が酷かったりする。
まあ襲っているという自覚はないんだろうけど、寝相が悪い。
噛み付いてくるは、抱き付いてくるは……。
「そうでしたか」
「ああ。と言うかお前、今のネネネのモノマネ、結構似てた」
「そんなぁ~魔王さんってば、褒めても何も出ませんよ?」
よだれが出てる……よだれが。
「あ、そうだ、今更だけどさヴァイオレット。パンツ丸見えだ」
「目潰し! ブシッ!」
「ウギャッ――」
こいつ本気で眼球に足を突っ込みやがった!
ツッコミに容赦がない!
そして愛もない!
「愛がないのは当たり前です。何たって、目を潰してるのですから!!」
「やられたぁ!!」
そんなこんなしている間に絵が完成したらしく
「できた!」
と、キューピーちゃんは声を上げた。




