第佰参拾壱閑 三日でも四日でもいつかちゃん
「ここはお主の病室じゃ」
「いやいやいやいや神様、これのどこが病室だよ!」
話を逸らした方向が逸花とか、洒落にもなってないけど、そこに映る病室のありさまの方が正直洒落になってない。
その病室には、俺と逸花を中心に、まるで何かの儀式でも始めるかのごとく、魔方陣が描かれていた。
しかもりんごで。
洒落にはなってないが、まあ、オシャレではあるかな……。
「たっくん、たっくん、たっくん、たっくん」
「ご覧のとおり、遊佐様はご乱心なさっています」
「乱心してるのはこっちですよ天使さん……」
やっぱり本物のヤンデレを見てしまえば、ネネネなんていやんデレ以外のなんでもない。
まだまだ可愛いもんだということが、思い知らされる。
ま、まぁ確かに逸花も乱心しているのだろう、いつもおかしいけど、今はいつもよりおかしい。
「たっくん、りんご剥けたよ?」
逸花は寝ている俺に向かって、丁寧に剥かれたりんごを向ける。
「ねーたっくん、ねーってば。もーたっくん、たっくん、最近私の剥いたりんご、全然食べてくれなくなったよね?」
ええ、まぁ一応死んでますからね。
「おかげでこんな凄いりんごアートが出来ちゃったよ?」
凄すぎるだろう。
りんごであんなに本格的な魔法陣を描くとか、もうそれ才能だよ。
と言うかその魔方陣どこかで――
「どうかな? この間たっくんの部屋で見つけた絵を真似してみたんだけど」
ああ、俺が異世界へと行こうと試みた名残か。
いや、それより、勝手に部屋に入るなよ!
「……はぁあ、りんご、どうして食べてくれないの? たっくんの大好物でしょー? 前は一日に五百個くらい食べてくれたのに」
いや、逸花さん、俺別にりんご大好物でもないし、たとえ大好物だったとしても、一日に五百個も食べられないよ?
「もしかして他のところに女でもつくって、その人のところでりんご食べてるのかなー?」
異世界でりんごは……食べたな、ラヴだったかエメラダだったかに剥いてもらって。
「ねーたっくん、もし次ぎやったら、私も同じことするかもしれないよ? って言ったよね?」
逸花は、ぶすり、とりんごに果物ナイフを突き刺し。
そして
「……ねぇ!?」
ぎょろり、と。
こちらを向いた。
「――っ!?」
逸花の真っ黒な目と、モニター越しに目が合う。
「たっくん?」
「ひぃっ!?」
逸花のそんな声を最後に、モニターは、テレビの電源を落としたように、ぷつりと姿を消した。
「お、おい神様、今逸花と目が……何なんだよ今のモニター、向こうからも見えてるのか?」
てっきり、見えていないものだと思っていたのだけど。
「バカなことを言うな、目など合うはずがない。お主の言うとおり、向こうからはこちらを認識できはせん」
「そ、そうか……」
じゃあ俺の勘違いと言うか、偶然目が合ったように見えただけか。
「それにしても桜満明日太よ、お主なかなか落ち着いておるの、もっとパニックになると思っておったが」
神様は面白くないのと言って、髭に触れた。
人が慌てるのを見て楽しむ神が、どこにいる。
「ここにおる、てへっ」
「……神様、俺が慌ててないように見えるって、そんなわけがないだろう。もしそう見えるなら、それは慌て過ぎてそう見えるだけだ」
速過ぎて、遅く見えるのと同じ。
「大体なんであんなものを見せたんだよ」
「まあちょっとな」
まさか、俺がパニックになるのを見たいがためにじゃないだろうな?
まったく、なんて神だ。
「ところで神様、一つ聞いていい?」
「何じゃ、やっぱり冷静ではないか」
まぁ、そう見える理由のひとつには、逸花への慣れもあるのかもしれない。
確かに怖かったけど、いつも概ねあんな感じだし……。
「あの女子も怖いが、慣れというものも怖いの。それで、何じゃ?」
「えっと、まあそんなに重要なことでもないんだけど。俺って一応死んでるんだよな?」
「おお、そうじゃが? 体は完全に機能を停止しておる、心臓から脳から、何もかもの」
「ならどうして病室で普通に寝かされているんだ?」
心臓が止まっている、死んでいるのに。
なぜ病院の先生や、逸花、そして周りの人間はおかしいと思わない。
病院の機械はどうなっているんだ。
それに活動していないってことは、俺の体、腐っていったりしないのか。
とか、もっと、上げだしたらキリがないくらいの疑問が、一気に押し寄せてきたのだけど。
「ふむ……理由を話せば長くなるし、そして話してもいまいち理解できんじゃろうからのぉ。まぁ簡単に言うと」
ただ俺のそれらの悩みは、神の次の一言で、あっさりと片付けられてしまうのだった。
「神の力のおかげ、じゃの」
なんて使い勝手のよさそうな言葉なんだ!!
「まぁじゃからの、お主の立ち位置は本当に不安定なのじゃ。もう一度言うが、異世界で死んだらもう終わりじゃ。分かったか? 伝えたぞ? 後から文句を言おうと、ワシは知らんからの」
「分かりましたよ」
文句は言わない。
神の言うとおり、死んだら終わりなのはどこでも同じだ。
それにむしろそっちの方が都合がいい。
俺はあの異世界で、本気で生きて行くと決めているのだから。
「神、そろそろ」
そう神に告げる天使さん。
「うむ……時間じゃ桜満明日太。ワシも暇ではない。それにお主も、いつまでもここにいては危ない」
神がそう言うと同時に、俺の体は白く光り始める。
「また近いうちにの」
「ああ」
本当は二度と会いたくないのだけど。
「今度会ったら、また八の巣にしてやるよ」
それを聞いて神は、口を、さすがに八の字には出来なかったのか、への字に曲げた。
◆◇◆
「ふん……ワシとてお主会うのは嫌じゃわい」
「い八、ですか? 神」
「これ、天使まで止めんか」
「八めんか、ですか?」
「…………」
「冗談は置いておいて。神、桜満明日太様は、素直に元の世界に帰ってくれるでしょうか? 後腐れなく、彼を元の世界に帰すことはできるでしょうか?」
「そうじゃな、そこじゃな。人が人と離れ離れになってしまうことの悲しさを、あ奴はよく知っとる。じゃから自分がいなくなった後の、取り残された遊佐逸花の姿を見せればあるいは、と思っとったのじゃが……あの遊佐逸花とやらがの……アレは一体何者じゃ」
「曲者、いや、化物ですかね。キーパーソンと言うより危ーパーソンです。せめて奇異パーソンくらいであれば、まだよかったのでしょうけど。…………神」
「うむ。これは大分面倒くさいのぉ」
「貴様のせいですよ」
「天使よ……ようやく様を付けてくれたと思うたら……」




