第佰弐拾漆閑 ネネネ夢双
「よいしょっと」
花の中は、天界のように真っ白な空間だった。
前回ヴァイオレットに出会った直後に、天界に行くような事態になってしまっているので、白い空間というだけで、またぞろ天界に来てしまったのではないかと、少し身構えてしまう。
ただ、白い花なのだから、その花の中が白かったとしてもおかしくはないだろう。
それに実際のところは、見上げれば青空が見え、花の中心にはおしべだかめしべだか知らないけど、緑色や黄色の何かが生えているから、真っ白ではない。
とにかく、ここは天界ではない。
神も、天使もいない。
ただ花の中には、神でも天使でもない人影があった。
何だろう、誰だろう。
花の妖精でも、住んでいるのだろうか。
そう思ったがしかし、そこにいたのは花の妖精ではなかった。
「穴の妖精ですの」
妖精ですらなかった。
「会いたかったですの、まおーさまっ」
そこにいたのは、ピンク色の夢魔。
ご存知、ネイドリーム・ネル・ネリッサ。
痴れ者で痴情の人、ネネネだった。
こいつは本当に神出鬼没だな。
どこにでも、どこからでも、急に現れやがって。
「よう、ネネネ。ひとまず聞いておくけど、穴の妖精って何だ」
「あら、まおーさまは穴の妖精の方がよかったですの?」
「アナだろうがケツだろうが一緒だ!」
「二つ合わせると、穴穴の妖精ですのね」
そうだね、そうだけどもね。
そんな情報は要らないよ。
「あのさぁネネネ、お前はもっと自重しようよ」
「はぁーい、分かりましたの。では、最後にイック」
一句ね。
ネネネはワザとらしく、ゴホン、と一度咳払いをする。
そして間を置いた後――
「……アナ、一文字変えると、オナ」
「何の句だ!」
それがお前の辞世の句か? 人生最後の句か?
意味が分からないよ! 全然句の形になってないよ!
「あら“冗句”ですのよまおーさま」
冗句はヴァイオレットの領分だ。
「ネネネ、お前最初から飛ばしすぎだよ」
ゲイルと一緒だ。
「ピュッピュッですのね」
「ピュッピュッではないよ!」
ゲイルよりも酷かった……。
ゲイルよりもっと酷かった……。
「この方は、相変わらずのようですね魔王さん」
と、呆れたようなヴァイオレットの声。
「ああそうだろう、最初から何一つ変わらずこんな感じだ。俺は一度でいいからこいつと知的な話をしてみたいんだけど、まったくもって不可能だ」
「まあまおーさま、ネネネとの痴的な話を差し置いて、一体どなたとお喋りをなさってますの?」
痴的な話と言うよりは、今のはどちらかと言うと恥的な話だろう。
恥だよ……まったく、ネネネの頭の中は本当に素敵だ。
「お久しぶりですネイドリームさん、私です、ヴァイオレットです」
「あらあら、小姑ちゃん。あなたも一緒だったんですのね、気付きませんでしたの」
視線を、目線を俺の頭上、ヴァイオレットに向けるネネネ。
「いえ、あの、私は小姑ではなく小人です」
「そうでしたわね、おほほのほ」
もしヴァイオレットが小姑なのだとしたら、ネネネには姑、小姑が合わせて三人もいることになる。
ラヴ、エメラダ、ヴァイオレット。
そんなの暮らし辛くて仕方がないだろうな……。
「それでネネネ。お前はどうしてここに? と言うか、他の二人は?」
花の中を見渡すも、ここにいるのはネネネだけで、彼女と一緒に登ってきたはずの、吸血鬼と犬、ルージュとクゥの姿はなかった。居なかった。
「犬が居ぬですね」
と、ヴァイオレット。
また駄洒落か。
「それなら吸血鬼は?」
うまく言ってみやがれ。
「う~ん……なかなかの無茶振りですね……。休憩中と言うのはどうでしょう」
吸血鬼は休憩中。
……出番までか、舞台裏でか。
ふむ、なかなかいい感じに言われてしまった。
あの幼女吸血鬼には、『吸血鬼』より『きゅうけちゅき』の方が似合ってる。
って、そうじゃなくて。
話を戻そう。
「ネネネ、他の二人はどうしたんだ? どこに行ったんだ?」
「分かりませんの、はぐれてしまって」
「はぐれた?」
「ええ、ネネネがここ、花に到達したときには、到着したときには、もう二人はここにはいませんでしたの」
「いなかったって、何だ、お前ら一緒に登ってきたんじゃなかったのか」
ラヴがお弁当を持って登って行ったって言うから、てっきりまた仲良く三人で行ったのだと思っていたんだけど。
「いえ、一応一緒には登って来たんですのよ? ただ、競争になりまして」
誰が一番最初に花のてっぺんまで行けるか。
の競争、と。
多分その発案者は、多分と言うか確実にルージュだろうな。
「それでネネネが一番最後になって、辿り着いたときにはもう二人はいなかったと?」
「そのとおりですの」
ふむ、まあルージュがこんな空間で、クゥと二人きりでいつまでもいるわけがないか。
嫌いではなくとも、苦手ではあるのだし。
そして寂しがりやのクゥが、こんな場所で一人でネネネを待っているわけもない。
無理矢理にでも、どこかへ行くルージュに着いて行ったのだろう。
「それにしても、お前がルージュにそんな大差で負けるなんて、珍しいな」
いつもはそれなりに互角なのに。
着いたときには既にいなくなってしまっているほどの、大差。
「ネネネは、まおーさまとの愛の証を刻んでいたから、少し遅れてしまったんですの」
愛の証?
「ってもしかしてネネネ、それってあの相合傘のことじゃないだろうな?」
競争中にあんなものを書いて遅れたって……。
「あら、まおーさま気付いてくださったんですの!?」
「ん、まぁな」
城から出て、寄り道せずにそのまままっすぐ茎を目指せば辿り着くような、分かりやすい場所に書いてあれば、さすがに気付く。
「あんな広い場所からたった一つの愛の証を見つけ出してくださるなんて、奇跡。やっぱりネネネとまおーさまは、下半身で繋がってるんですのね」
「下半身では繋がっていないよ!」
肉体的に繋げるな!
精神的に繋げろ!
「せいし……ん」
「変なトコで切るな!」
「変なコトできるな? ええもちろんですの。まおーさまがお望みとあらば、どんな変なコトでもやって見せます……ぽっ」
「変なコト出来るな!? じゃなくて! 変なトコで切るな! だ!」
まぁまぁ落ち着いてくださいよ魔王さん、あまり暴れられると私が落ちてしまいます。
というヴァイオレットの声で、俺はひとまず深呼吸をした。
それから何だかんだと無駄な話をした後、
「まあ、そんなこんなで、探すのも面倒なので、ネネネはここでオスベとメスベのエッチの手助けをしておりましたの」
と、彼女は締めくくった。
いや、全然締めくくれていない。
オスベとメスベって何だ。
「オシベとメシベだ」
それにエッチって。
まったく、突っ込みどころが多過ぎる。
「そりゃ、ネネネの体は突っ込み所だらけですもの。いち、にい、さん、しい、ごお、ろく、なな、はち……きゅう、じゅう」
耳耳、目目、鼻鼻、口、へそ、そして下半身と、順に指をさしていくネネネ。
「毛穴を合わせれば、もっとたくさんですのよ? さぁまおーさま、どうぞお好きな凹に突っ込んでくださいな」
「俺がツッコむのはお前の凹にじゃなくて、ボケにだ」
まったく……穴だらけなのは体じゃなくて、頭の中だよ。




