第佰弐拾陸閑 ジョークなトーク
「魔王さんの目的は、あの花自体だったのですね」
と、ヴァイオレット。
「ん? ああ、そうだ。よっと」
そういえば、ヴァイオレットには目的地だけで、目的までは教えていなかったっけ。
「それはそうとヴァイオレット。お前の目的、お宝探しはしなくていいのか?」
彼女は未だに俺の頭の上に乗ったまま。
まあこんな質問、今更だけど。
既にキューピーちゃんのつむじが見える高さまで、登ってきてしまっているのだから。
「いやぁ魔王さん、正直私は舐めていました」
「何をだ?」
「アメをです」
アメかよ……。
「ええ、メロン味をベロンと、チョコ味をチョコっと」
そのくだらない駄洒落は、うちの勇者様に教えてやって欲しいところだ。
まぁそんな冗談はさて置き、と彼女。
「舐めていたのは、巨人さんの大きさについてです。あんなに大きいとは、思ってもみませんでした、いませんでした」
大人である俺から見ても、一軒家ほどの大きさのあったキューピーちゃん。
小人のヴァイオレットからしたら、一体どれだけの大きさに見えるのだろうか。
「私から見れば、大きな塔が動いているようにしか見えません」
あれでまだ子ども、多分だけど、子どもなんだからたまったもんじゃない。
大人になれば、もっと大きくなるのだろう。
「あんなのが住んでいるお家ですよ、どれだけ大きいのか。と言うかあれですよね」
「どれ?」
「左の、見てくださいよあれ」
ヴァイオレットに促され、視線を左の方へ向ける。
すると遠くの方に、点々と、いくつかの家が見えた。
ただその家、相当大きいのか、遠いはずなのに妙に圧迫感があると言うか何と言うか。
何だか遠近感が、おかしくなった気分だ。
「あんな家、私の足では、一つの部屋の端から端まで行くのに、一日かかってしまうんではないでしょうか」
「それで? だから、お宝はもう諦めると?」
「ええ、無理です。たとえ運よくお宝を見つけられたとしても、運べません……」
たとえ俺や、ここに来ているであろうネネネ、ルージュ、クゥが手伝ってそのお宝を運べたとしても、ヴァイオレットの家には入らないだろうしな……。
「あぁ……骨折りゾーンのくたびれ儲けですよ、全く……」
見なくても、がっくりとうなだれているのが分かるような声だった。
と言うか、骨折りゾーンのくたびれ儲けって何だ?
“骨折りゾーン”
そんな区域、いや苦域、あってたまるか。
「まぁまぁヴァイオレット、そう肩を落とすなって」
「なら涙を落とします」
その方が、もっと悲しそうなんだけど。
「涙も落とすなって」
「だったら何を落とせと!? テンションですか? テンションを落とせばいいんですか!?」
いやいや、何も落とさなくてもいいと思うんだけど。
それに落とす系統の言葉を使うなと、さっき言ったはずなんだけど。
「ああ、分かりました。魔王さんを落とせばいいんですね? そうして私はあのお城を手に入れればいいと」
「ヴァイオレット。一応聞いておくけど、その落とすは、文字どおりの落とすという意味なのか? それとも恋に落とす的な意味なのか?」
俺を落として殺して城を手に入れるのか、俺を恋に落として悩殺して城の実権を手に入れるのか。
「前者に決まってます! 殺害です!」
とりあえず、ヴァイオレットが善者でないことは、分かった。
「たとえ後者だとしても漢字が違います。故意に落とすのです!!」
まさしく殺害だった。
掛け値なしの、殺害だった。
まったく。
「ヴァイオレット、お前は本当に外道い奴だな」
「何ですか外道いって……?」
俺にも分からない、非道いの上位互換みたいなものだろうか。
「せっかく可哀想なお前に、帰ったら城の中の物を何か一つあげようと思っていたのに、やめておこうかな」
「ちょっと待ってください魔王さん! 今のは嘘です! 嘘ですから!」
「何だよ、小人ジョークなのか?」
「イェスです! イッツ小人ジョークです!」
「「HAHAHA!!」」
ふむ……こうなってしまった以上仕方がない。
あげるしかない。
「本当にくださるんですか!?」
「一つだけだぞ?」
「わーい! 魔王さんは、本当にいい人ですね!」
「だろ?」
「はい! 本当にいいです! 都合が!」
……なるほど、都合がいいと。
「……なぁヴァイオレット」
「はい? どうされました、都合いい魔王さん」
「やっぱり何もあげないよ。さっきの言葉は、取り下げさせて貰う」
「あわわわわ、今のも! 今のも冗談ですから! 本当は、格好いい魔王さんと言おうと思ったんです!」
都合がいいのは、どっちのことなのやら……。
まぁいいけどさ。
「そうだろ? 俺は格好いいだろ?」
「はい! 格好の餌食です!」
「……なぁヴァイオレ――」
「あーあーあーあー!」
とか何とか言っている間に
「ふう……着いた着いた」
あっという間に、花のもとまで辿り着いた、登り着いた。
まあ実際のところは、『あっ』と言う間よりも、時間はかかっているのだけど、そんなことはどうでもよくて。
とにかく、花が雲だけではなく大気圏まで突き抜けていなくて、本当によかった。
もし花が宇宙で咲いているなんてことになると、もう俺にはどうしようもなくなる。
出来ることと言えば、『宇宙じゃなくて、家で咲いてくれよぉ』と嘆くことだけだ。
「さて、種はどこだ?」
「花の中じゃないですか?」
「そうだな」
天使の羽のような花。
その花弁を、傷つけないように慎重に掻き分け、俺は花の中へと進入する。




