第佰弐拾伍閑 倒す?
「お兄ちゃん。お花がどうしたの?」
首を傾げるキューピーちゃん。
「ああ、ごめんね。俺はあの花に用事があって、ここに来たんだ。あの花の種を採ることと、絵を描くことを頼まれてね」
花の種を採ることと、花の写真を撮ることなら、もっと簡単に終わらせられそうなんだけど。
残念なことにこの異世界にカメラがあるとは思えない。
「そうなんだ、じゃあわたしと一緒だね。わたしも、あのお花の絵を描きにきたの」
「へぇ、絵を」
見れば彼女の隣には、大きな画用紙のような紙と、これまた大きな絵の具セットのようなものが置かれていた。
「うん。実はこのお花が雲に引っかかってるせいで、わたしたち、ここから動けなくなってるの」
引っかかっている。
『空にかかっているというか、まるで花に引っかかっているかのように、不自然に花の近くにだけ雲がある』
そう感じたのは、間違いではなかったということか。
「だからせっかくの綺麗なお花なのに、パパが斧で切り倒すって言うの」
「切り倒す!?」
それは、困るな……。
「うん。今、斧を取りにお家に戻ってるよ。だからせめて、切り倒しちゃう前に絵だけでも描いておこうと思ったんだぁ」
わたし絵を描くの大好きだし、それに結構得意なの。
言って、彼女は鼻歌を歌いながら画材を広げ、絵を描く準備をし始める。
「なぁキューピーちゃん、そのことでちょっと相談なんだけど。相談と言うかお願いがあるんだけど。この花は、種を採れば、明日には萎んで、縮むらしいんだ」
「ふーん、そうだんな」
“そうだんな”じゃなくて、“そうなんだ”だと思うんだけど……まあいいか。
「う、うん。だから、君たちには申し訳ないけど、できれば切り倒さないで欲しいんだ」
せっかく育てた花だし、それに下の人たち、城下の人たちに危険が及ぶかもしれない。
もちろん城と、城にいるラヴやエメラダにも。
「切り倒すのはダメ? じゃあ、折り倒せばいい?」
「いや、できれば折り倒すのもやめて欲しいな」
「じゃあ、千切り倒す? それとも捻り倒す?」
だから何なんだ、さっきからこの二者択一攻撃は。
しかも今度はどちらを選んでもダメじゃないか……。
「えっと、千切り倒すのも、捻り倒すのもやめて欲しい。とにかく、方法が何であれ、倒さないで欲しいんだ」
そんな俺の言葉を受けて、
「う~ん」
と、思案気に唸る彼女。
「じゃあパパが戻ってきたら、わたしからパパにやめてって、倒さないでって頼んであげる」
「本当に? ありがとう!」
「でも、ダメだって言われるかもしれないよ?」
「まぁ、そのときはそのときだ、倒そう」
雲に花を引っ掛けて、迷惑をかけてしまっているのは、こっちなのだし。
惜しいけど、その場合は仕方がない。
最低限の、いや最大限の安全だけは確保して貰うけど。
「そのときは、パパを倒すの?」
「いやいや、パパは倒さないよ。倒すのは花の方」
巨花は倒しても、巨人は倒さない。
そんな物騒なことはしない。
そもそもそんな、巨人を倒し得るような武装もしてきていないし。
いや、魔王パワーを使えば、装備なんてなくても可能なんだろうけど。
そんなことはしない。
「まあ、じゃあとにかくそのことは君にお願いして、俺はとりあえず種を取りに上を目指すよ」
と、上を指差す。
この花が切り倒されてしまうのかどうかは、まだ分からない。
分からないけど、もしそうなってしまった時のことを考えると、キューピーちゃんのお父さんが斧を持って来る前に、戻って来る前に、早く種を採って、絵を描かないと。
「分かった、じゃあわたしもお絵かきしよーっと」
言うが早いか、彼女は体育座りをした膝の上に大きな紙を乗せ、黙々と絵を描き始めた。
三分○ッキングならぬ三分ペインティングの始まり始まりなのだろうか。
とかそんなことを考えつつ。
お絵描きをするキューピーちゃんを横目に、俺は再び、花の茎に手をかけるのだった。




