第佰弐拾肆閑 頭上に花
「え? 食べないの?」
咄嗟に間の抜けた声が出る。
「うん、だって落ちてる物は食べちゃダメってパパが言ってたもん。珍しいから、拾ってみただけだよ」
言って、俺とヴァイオレットを地面に、雲の上に下ろす巨人。
落ちてる物って……。
せめて落ちてる者と言って欲しかった。
いや、実際は落ちているのではなくて、登ってきたのだけど。
「仕方ないですよ、魔王さん落ちこぼれてますし」
「誰も落ちこぼれてるとは言われてないよ? ヴァイオレットちゃん」
「ああ、落ちぶれてるでしたか」
「落ち込むよ!?」
「落ち着いてください」
……誰のせいだ、誰の。
まったく。
まあ、何にしろ食べないと言うのなら、食べられないと言うのならそれでいい。
よかったよかった。
と言うか、食べられないと分かって冷静に目の前の巨人を見てみれば、何だ、ただの大きな女の子ではないか。
大んなの子ではないか。
巨人と言えば、俺のイメージからすれば、角の生えた一つ目のマッチョ、みたいな感じだったのだけど。
確かに目は一つではある。一つしかない。
淡い水色のおかっぱ頭。その前髪をちょんまげのように結っているせいで、角が生えているようにも見える。
ただその話し方や体つき、そもそも醸し出す雰囲気がただの女の子だ。
それもまだ子ども。大きいというだけで、まだ子ども。
「お兄ちゃんたちは、何者? 痴れ者? それともハンパ者?」
巨人ちゃんは、虫でも観察するかのようにしゃがみ、俺達にそう問いかけてくる。
パンツの色が、雲と同じ白色だとか、そんなことはさて置き。
何なんだその二者択一は……痴れ者か半端者か。
世界広しと言えど、異世界広しと言えど、初対面でそんなことを尋ねられたのは、多分俺が初めてだろうな。
「えっと、その二つのどちらかで答えるのだとしたら、ハンパ者かな」
痴れ者は、ネネネだ。
「ハンパ者さんたちは、地上の人だよね?」
子ども特有のなぜ? なに? 攻撃のように、すかさず切り返してくる巨人ちゃん。
「それとも、痴情の人?」
痴れ者といい痴情といい、この子は難しい言葉を知っているな。
「……えっと、そのどちらかで言うなら、確実に地上の人だよ」
痴情の人も、ネネネだ。
「地上の大人と、小人。君は、巨人だよね?」
「うん、そうだよ。巨人のキューピーちゃんだよ」
キューピーちゃん。
三分○ッキングされなくてよかったと、あらためて思うのだった。
まぁあのキャラクターとは、全く似ていないのだけど。
目は一つだし、髪の毛水色だし、そもそも巨大だし。
もちろん煮てもいない、料理はしていない。
「俺の名前はアスタ、魔王アスタだ」
「魔王? お兄ちゃんは、ハンパ者じゃなくて、バカ者なの?」
「バ、バカ……? お父さんか、お母さんがそう言ってたのかな?」
「うん、お父さんとお母さんが言ってたの」
“か”じゃなくて“と”ね。
「へぇ、ま、まぁそんなところかな」
どんなところだ。
「さすがですね魔王さん、こんなところまで悪名を轟かせるとは。驚きました」
悪名の意味合いが違うような気が、しないでもないんだけど。
まあ、別に今更バカと言われようが構わない。
今まで散々言われてきたことだ。
「えーっと、それで、こっちの小さいのがヴァイオレットだ」
「アスタお兄ちゃんと、ヴァイオレットお姉ちゃんだね、分かった」
元気よくそう頷いた、キューピーちゃん。
「それで、ナンパ者のお兄ちゃんは、どうしてここに?」
「ちょっと待ってキューピーちゃん、俺はハンパ者ではあるかもしれないけど、ナンパ者ではないよ?」
「そうなの?」
「そうだよ」
俺がそう答えると、そうと答えると
「魔王さん、今のセリフ間違えてますよ」
と、頭上からヴァイオレットが突っ込んで来た。
「間違えてる? 何がだよ」
「逆ですよ、逆。“そう”じゃなくて“うそ”でしょう?」
「えぇ? お兄ちゃん嘘ついたの?」
キューピーちゃんの大きな瞳が、一つ目が、訝しげにすぼめられる。
話がややこしくなるから、ヴァイオレットには少しどころか多めに黙っていて欲しいところだった。
もしキューピーちゃんと言い合いにでもなって、本当に三分○ッキングされたらどうするつもりだ。
「う、嘘じゃないよ、本当だよ。俺はナンパ者じゃない。ここに来た目的も、別に誰かナンパするためとか、そういうのじゃないから」
「え、でも魔王さん、あなた私と初めて会ったとき、私にナンパしてきましたよね?」
だから黙っていろと言っているのに、こいつは。
「アレはお前の勘違いだろ」
「まああの時はそうだとしても、今回は怪しいですねぇ」
「怪しくない、全然全く怪しくない」
俺の目的はナンパなどではない、花なのだ。
……ん?
……花?
「そうだ花だ!」
「花? ほら、やっぱりナンパ目的じゃないですか。私とキューピーさんで両手に花ってことでしょう?」
「違う!」
大体両手に花って言うけど、ヴァイオレットもキューピーちゃんも、俺の頭上にいるじゃないか。
それと、俺の探している本当の意味での花も、頭上にある。
すっかり忘れていた自分のミッションを思い出し、慌てて巨人、キューピーちゃんより更に上、花が咲いているであろう座標を見上げる。
「おぉ……」
見上げた先、雲を矛のように突き刺した花の先端。
そこには一輪の、大輪の花が咲き誇っていた。
それはもう、両手に花どころの話じゃない。
それはそれは綺麗な、天使の羽のように真っ白な、美しい花だった。
エメラダが、俺に絵を描かせてまで見たい理由も、俺に冒険させてまで種を手に入れたい理由も、分かるほどに。
そして何よりも、大切に育ててきた花が、ちゃんと咲いていてくれたことが、たまらなく嬉しかった。




