第佰弐拾参閑 小人と大人と巨人
何だかんだで雲の上。
「な、ななな、なぁヴァイオレット?」
「ど、どどど、どうしました魔王さん」
「グッドニュースとバッドニュース、どちらを先に聞きたい?」
「いいですねそのセリフ、私も死ぬまでに一度は言ってみたかったものです」
ではここはあえてゴッドニュースでお願いします、とヴァイオレットは言う。
「おいおい、冗談が過ぎるぞヴァイオレット」
これから本当に神様に会いに行かなければならなくなるような、そんな状況で言うようなジョークではない。
「と言うか魔王さん、グッドニュースもバッドニュースも私もう知ってますし」
「そ、そうだったな」
もう一度言うが、何だかんだで雲の上。
本当に乗れるのかどうか心配していたものの、苦もなく、雲はあるが何の苦もなく、俺は雲の上に乗ることできた。
これがひとまずのグッドニュース。
そして次にバッドニュース。
雲からひょっこり顔を出した俺達のちょうど目の前には、大きな一軒家ほどの建物が建っていた。
いや、建物ではない、建っていたのでもない。
大きな一軒家ほどの座者が、座っていた。
意味が分からないのでもっと簡単に言えば、目の前に、一軒家ほどの大きさの巨人が座っていた。
と、こうなる。
まぁ色々な者と目を合わせてきた俺だ、もちろん今回も例に漏れず、その巨人の一つしかない巨大な目と、視線を交わしてしまったわけだけど。
これだけならまだバッドニュースでも何でもない、巨人だけにビッグニュースくらいで済んだ話だ。
いや、むしろ本当に巨人はいたんだね、ヴァイオレットのお祖母ちゃんはボケてなかったんだねと、グッドニュースでさえあったかもしれない。
だがしかしその後、巨人に片手でひっ捕らえられて、口元にまで運ばれているというのだから、これはバッドニュース以外の何でもない。
「ヴァイオレット……俺達、食べられちゃうのかな?」
「そ、そそ、そんなこと言ってないで、魔王さん何とかしてくださいよ。私、小人ではありますけど、故人にはなりたくないですよ」
怯えたような声音でヴァイオレット。
声音と言うより、怖音と言うべきか。
ふむ……故人の読み方は“こびと”ではなく、“こじん”だということは置いといて、
「何とかったって……」
どうしろと言うんだ。
「ほ、ほら、得意の腹話術で説得するとか」
「あれ? 声が。遅れて。聞こえるよ?」
「わーい上手です魔王さん」
「ってバカか!」
腹話術など得意ではない。
そんな特異な技術、俺は持ち合わせていない。
かと言って話術が得意なわけでもないけど。
と言うか、どうしてお前がこのネタを知っている。
「かバカ! まぁまぁ魔王さん、ジョークですよ、小人ジョーク」
「だからこんな状況でジョークを言うなって、何度言えば分かるんだ」
『HAHAHA!』な気分では全くない。
「大体よくそんな冗談をかましていられるな」
今俺達に迫っているのは嬉々ではなく危機だと言うのに。
「ま、私、逃げようと思えばいつでも逃げられますからね」
確かにそのとおりだった。
何せ捕まっているのは俺であって、ヴァイオレットは捕まっている俺の頭の上に掴まっているだけなのだから。
逃げようと思えば、いつでも逃げられる。
「でもご心配なく、私は逃げたりしませんよ。あ、間違えました」
間違えた?
「魔王さん一人置いて逃げるなんて、私そんなこと出来ません!」
「……?」
「どうです? 死ぬまでに言ってみたいセリフパート2です」
それなりにカッコいいけど、そんな『死ぬまでに言ってみたいセリフシリーズ』は、今はどうでもいい!
本当にどうでもいい!!
「どうどう。とりあえず、冷静になってくださいよお馬さん」
「これが冷静になれるような状況か!? 状況下か!?」
「大丈夫ですよ。私、あなたに捕まえられて、一度同じようなことを体験してますから、こういう場合の対処法は分かってます」
そう言えば、そうだったか。
と言うことは、ヴァイオレットはあの時こんな怖い思いをしてたのか。
それは申し訳ないことをした。
「そんなことはもういいんですよ、今はこっちです」
「あ、ああ。で、その対処法っていうのは?」
「私を食べても過去は変わりませんよ、と大きな声で叫ぶのです。これは死ぬまでに言ってみたいセリフナンバーワンですからね、かっこよくお願いしますよ」
「却下だ」
「どうしてですか!?」
俺がそうだったように、この巨人だって、過去が変えられると思って俺達を食べようとしているわけではないだろう。
言ったところで、過去どころか現在さえも変えられやしない。
「とにかく、お願いだから他の策を練ってくれ」
「寝てくれ? はいはい、寝てやりますよ、ふて寝ですよ。おやすみなさーい」
とんでもない奴だ、ぐーすかぴーすかと、本当に寝始めやがった。
まったくもうまったくもう。
仕方ない、ここはとりあえず、お決まりのセリフでも吐いておこう。
死ぬまでに言ってみたいセリフと言うより、死ぬ間際に言ってみたら? なセリフだ。
「あ、あの、俺を食べても、美味しくないですよ?」
「そうです! 微妙な味です! 微味です!」
「やめろ! 寝ろ!」
それは捉え方によっては、取り方によっては、『美味』になってしまうかもしれないじゃないか。
もしそう聞こえてしまえば二巻の、いや、一巻の終わりだ。
食べられて、終わり。
魔王さんの場合一貫の終わりって感じですけどね、などと言っているヴァイオレットを無視して、巨人からの返答を、応答を待っていると。
「食べないよ?」
予想外に、返ってきたのはそんな言葉だった。
そしてその声は、予想以上にかわいらしい声だった。




