第佰弐拾閑 ヴァイオレットは毒の色
そんなことより魔王さん、と、突然打って変わって、真剣な顔つきと真剣な声でヴァイオレット。
彼女は背負ったカバンを下ろし、地面に膝をつき、手をつき、そしてさらには額までつけ
「キノコの件、改めて、ごめんなさいでした」
謝った。
誤って、高級キノコではなく毒キノコを渡してしまったことを。
「いや、もうそのことはいいんだって、十分に、十二分に謝って貰ったし」
俺に毒キノコを渡してしまったことに気付いた彼女は、わざわざ魔王城までやって来て、俺が目を覚ます前も、目を覚ました後もずっと、こんな風に謝り続けてくれたのだ。
十分でもなければ、十二分でもない。
何時間、何十時間と謝り続けてくれたのだ。
「それにそもそもわざとじゃなかったんだから。ほらヴァイオレット、顔を上げてくれよ」
「本当にごめんなさい、そしてありがとうございます」
彼女は、魔王さんは少し見ないうちに大きくなられました、と言いながら、顔を上げ立ち上がった。
「そうか? そんなに大きくなった気はしないけど」
「身長じゃなくて、心の方ですよ。身ではなく、心です」
そっちの方が、大きくなってないような気がするのだけど……。
「と言うか、さすがにここまで謝られて許さない奴とか、心が狭すぎ、ケツの穴が小さすぎだろう」
「そうですよねー、さすがに許して然るべきですよねー」
え……? ま、まぁ確かにそのとおりなんだけど。
一体何を言い出すんだこの子は。
叱るべきだろうか。
「あのですね魔王さん、今だから言えますけど、毒キノコを渡したのはわざとです」
「わざとなのかよ!」
今は一番言っちゃいけない場面なんじゃないかな!?
「言ったじゃないですか、表なしの裏ありだって。あ、でも好意で渡したんですよ?」
「毒キノコを渡す行為のどこにそんなもんがあるって言うんだ?」
ありがた迷惑過ぎるだろう……。
これこそ、ありがたいなどという気持ちは、有り難い……。
「いやぁ、だって魔王さんってバカでしょう? だからそれを治してさしあげたいなと思いまして」
「バカ呼ばわりは一旦置いとくとして、なぜそこで毒キノコなんだ!?」
「バカは死なないと治らないって言うじゃないですか? つまり死ねば治るんです!」
「――――っ!?」
とんでもない発見をしてしまった博士のように、そんなことを言う彼女は、博士のように腕を組み、更に続ける。
「だからこその、毒キノコです。バカにつける薬はないと言われますが、そうなってくると『死』こそが、バカにつける薬ですよねぇ、はい。まぁ、試薬ならぬ、死薬DAETHね」
「言ってる場合か! 災厄だよ! 災薬だよ!」
たとえ死んでバカが治ったとしても、死んじゃってたら意味無いよ!
そんなもの薬でも何でもなくて、ただの死だよ!
「クスリ」
笑い事じゃない!
「と言うか、それって別に死ねば何でもよかったんだよな!?」
それなら毒キノコじゃなくても、最悪、建築中のあの場にあった、トンカチででも殴って殺せばそれでよかったんじゃないのか?
いくら小人サイズの小さなトンカチだと言っても、それなりの殺傷能力はあるだろう。
「さすが魔王さんですね、そこに気付くとは。仰るとおりですよ? ただまあ、毒は薬にもなると言いますしね。だからあえて、毒キノコでの殺害を選びました」
まったく……本当にとんでもない奴だな……。
「あのさぁヴァイオレット」
「はい」
「俺、お弁当持ってきたんだけどさ。作った人に、おかずに『とびこ』が入ってるって言われたんだよ」
少し前、人魚の恩返しで大量に手に入れた魚の中にいた、トビウオ。
その卵の塩漬け、とびこ。
「いや、言われたと思ってたんだよ。でもそれは間違いだったみたいだ」
「はい?」
「今日の俺のお弁当の中に入ってるのは、『とびこ』じゃなくて、『こびと』だったみたいだ」
「わーわーわー! 嘘です嘘です! わざとじゃないですよ! 冗談です! だから私を食べないでください! 過去は変えられませんから!」
「またまたイッツ小人ジョークと?」
「Yes! It's KOBITO joke!」
「「HAHAHA!!」」
何だろう、やっぱりこれだけで何でも許せる気になってくるのが、不思議だ。
「いやすみません魔王さん、冗談が過ぎました。これではJOKEじゃなくて、JACKです。切り裂きです」
確かに自分で自分の傷口を広げたどころか、切り裂いた感があるな……。
「全然構わないよ」
わざとではないことは知っている。
それに、わざとだったとしても、あのキノコは『シビレル茸』と言って、その名のとおり食べれば体がしびれるだけで、致死性の毒は有していなかったらしいし。
俺が意識を失った原因は、ヴァイオレットじゃなくて神様にあるのだ。
「ですよねー、構わなくて然るべきですよねー」
「……」
やっぱり叱るべきだろうか。
「ヴァイオレット、もうそのくだりはいいから」
「くだりはいい? では、のぼります?」
「ん? ああそうだな」
俺はこの花を登らなくてはいけないんだ。
楽しくなっちゃって、ちょっと道をそれ過ぎた。
地道も、天道もそれ過ぎた。
そろそろ、本来の目的に戻らないと。




