第佰拾参閑 ネイドリーム・ネル・ネリッサの場合 丁
「ふふっ」
と、ネネネは笑う。
寝転び、両の手の平を合わせて作った枕に頭を預けながら。
その顔は凄く、幸せそうだった。
何だろう『おててのしわとしわを合わせてお幸せ』でもやっているのだろうか。
「ねぇ、まおーさま?」
「ん?」
ネネネは言う、やっぱり幸せそうな顔をして。
「普通じゃない家族っていうのも、悪くないものですのね」
「普通じゃない、家族?」
それはどういう……?
「ネネネはさっきも言ったとおり、父もいませんでしたし、ひとつ所に留まらず色々な町を転々とするような暮らしをしてました。ただ、父がいないことが寂しかったわけでも、生活が苦しかったわけでもありません。むしろ凄く幸せでしたの」
「……」
「しかし、父がいて母がいて自分がいて、そして自分たちの家がある。そんな普通の生活に、焦がれまではしませんでしたけど、少しだけ憧れがありましたの」
「……」
「だから子どもの頃は、将来は普通の家庭を持ってみたいななんて、漠然と思ってましたの」
「……」
「でも、大きくなったネネネが手に入れたのは、全く普通じゃない家族」
全く普通じゃない家族。
それは、何の、誰のことなんだろうか。
「なあ、ネネネ」
「何ですの?」
「あ、いや……」
そんなことは、答えを聞くまでもなく、分かりきったことか。
「……何でもない」
俺がそう答えると、彼女はよく分からないと言った風にキョトンとした後、少し間を置いてから、また話し始める。
「本当……まおーさまとネネネまではいいんですのよ? そこになぜか勇者の愛ちゃんに、吸血鬼のババアに、エルフのエメラダちゃんに、犬のクゥちゃん、更に帰る家はお城だなんて、こんなの全く普通じゃありませんの」
ですが、とネネネ。
「ネネネは今、とっても幸せですの」
そんなことは、それこそ言葉に出さなくても、分かりきったことだった。
その顔が、さっきから何よりも雄弁に幸せだと語っているのだから。
「そっか」
そんな彼女の言葉を聞いて、顔を見て、俺の顔も少しほころんでしまう。
『グヘヘ』ではなく、『にしし』だ。
ネネネが、俺のことを、俺達のことを、当たり前のように家族だと言ってくれたことが、思っていてくれたことが、たまらなく嬉しかったのだ。
いつかラヴに問われて出した、この城の皆は家族だというあの答えは、間違ってはいなかった。
「俺も」
お前たちと、毎日バカやって騒いで、迷惑かけて。
お前たちと、毎日バカやって騒いで、迷惑かけられて。
「毎日幸せだよ」
そもそも、こいつらは、俺に不幸だ何て思う時間を、一瞬たりともくれはしないのだ。
「それよりまおーさま」
「ん?」
「家系図を書くときは、どうするんですの!?」
家系図、そんなもの書く必要があるのか?
そう言えば家の押入れにも、あった気がするけど。
超胡散臭いやつが。
確か一番上、一番初めのところに『猿』って書いてあったからなぁ……。
いや、間違ってはいないのかもしれないけど。
「まあ、まおーさまは夫、ネネネは妻として」
とするんだ。
「愛ちゃんは……姑、エメラダちゃんも姑」
どうして姑が二人もいるんだ、と言うか、そんな家は嫁にとったら最悪だろうな。
「クゥちゃんは犬、ペットとして……ババアは……百歩譲って、子ども?」
「ははっ、お前、それ皆が聞いたら怒るぞ?」
ラヴもエメラダも、姑呼ばわりされればそりゃ怒るだろうし。
クゥだっていつも犬じゃないって言ってるし。
何よりルージュが……。
「ふん、もう遅いわい」
と、突然眠っていたはずのルージュの声。
それと
「も~遅いのにゃ~」
という、牛でも猫でもなく犬、寝てたはずのクゥの声。
「何だよ、お前ら起きてたのか?」
俺が体を起こすと、彼女たちもむくりと起き上がってこちらを見る。
ナイトウォーカーである吸血鬼のルージュと、夜行性っぽいケルベロスのクゥはしかし、二人ともとても眠たそうな目をしていた。
クゥにいたってはほぼ寝ている。
眠たそうじゃなくて、眠ってそうだ。
「アレだけうるさければ当たり前じゃ」
「うるさいのにゃ~」
「ごめんごめん」
まぁそれはええんじゃ、とルージュ。
「そんなことより年増。その家計図とやら、ワシとおぬしのポジション逆じゃろうが」
「ボクはベッドじゃないのにゃ~」
相変わらずふにゃふにゃと何かを言っているクゥ。
何だ、お前は家族じゃなくて、家具にでもなってしまったのか。
まあ確かにあのフカフカしっぽは、ベッドにしてしまいたいところではあるけど。
そんなクゥをそっちのけで二人は続ける。
「つまりババア、あなたが妻と?」
「まぁ、妻じゃなくてもええがの、とにかくアスタをおぬしに渡すのだけはは嫌じゃ。何たってアスタはワシのエモノ――」
え? エモノ? 今エモノって言ったよね?
「間違えたわい。アスタはワシのモノじゃからのぉ」
「いいえ! まおーさまは、ネネネのモノですの!」
「ケモノなのにゃ~」
おいおい……。
「ワシのエモノじゃ!」
「ネネネのモノですの!」
「ボクのケモノなのにゃ~」
ネネネのモノでも、ルージュのエモノでもない。
ケモノについては、そうなのかもしれないけど。
俺は俺のものだ。
「「ふぬぬぬぬ」」
「ふにゃぁぁぁぁ~」
睨みあうネネネとルージュに、目さえ開いていないクゥ。
「まぁまぁ二人とも、どっちだっていいじゃないか」
結局のところ、どっちでもないんだから。
妻でも子でもない。
ただそれでも家族なんだから。
それにどちらかと言うと、お前たちは姉妹だろう。
歳の離れたと言うか、時の離れたと言うか。
「ダメですの認めませんの! ネネネが妻でババアが子どもですの!」
「ワシも認めん! ワシが妻で年増は子どもじゃ!」
自分の子どもがババアに年増って……。
でも、そんなことは言いつつも、お互い、家族であることについては一切否定しないのだった。
まったく。
「ふぁ~あ、俺はもう寝るぞ?」
いい加減にしないと、朝になってしまう。
起きるのが遅くなったら、ラヴやエメラダ、特にエメラダに何て言われることやら。
「ふん、ワシももう寝るわい。こんな奴には付き合うてられん」
「それはネネネのセリフですのっ!」
「まあ、勝負は明日に持ち越しにしてやろう」
やれやれ、明日もやるのか。
ケンカするほど仲が良いとはよく言ったものだ。
ホント、妻でも、子でも、姉妹でも、どんなポジションだったとしても、間違いなく仲の良い家族だよ。
「それじゃあおやすみ。ネネネ、ルージュ、クゥ」
それと、ラヴとエメラダも。
「おやすみですの」
「おやすみじゃ」
「おやすみなのだ」
…………。




