第佰拾弐閑 ネイドリーム・ネル・ネリッサの場合 丙
「なぁネネネ」
「何ですの?」
「あの、その……父親に、会いたいとか思ったことはないのか?」
何となく言ってしまったけど、一体全体何を聞いてるんだ俺は……。
「乳、あ、痛い。まおーさま、もっと優しく触ってくださいですの」
「触ってねぇよ」
揉んでるのは自分だろうに。
何だか、今日はいつもよりテンションが高いような気がするな。
下ネタのレベルも、心なしか高いような気がするし。
久しぶりにお母さんに出会ってきたからだろうか。
と言うか、こんな感じで俺の質問をうやむやのあやふやにして、流してしまおうとしているのだろうか。
そう思ったがしかし、彼女は答えた。
「父に会いたいと思ったことは、ありませんの」
しきりに胸を揉みながら。
「ない……そっか」
「ええ、乳はあっても、父に会いたいと思ったことはありませんの」
やけに乳を押してくるな……いや、押すんじゃなくて揉んでるんだけど。
「だってまおーさま、そんなことを忘れてしまうくらいに、母はネネネを愛してくれましたもの」
「そっか」
「そうですの。それはもう、ネネネがまおーさまに注いでいる愛情と同じくらいに。愛の逃避行をするくらいに、親子愛の逃避行をするくらいに」
「え? 逃避行?」
何だか今、さらっととんでもない言葉が混じっていたような気がするんだけど。
「そうですの、逃避行ですのよ? ネネネは幼い頃から、母と二人で色々な町を転々として暮らしてましたの」
あ、まおーさま、転々って『゜ ゜』では、乳首ではありませんのよ?
と、むしろ後の言葉の方が重要事項であるかのごとく、そんなことを言うネネネ。
俺はそんなところ、気になってはいないというのに。
俺が気になってるのは、逃避行の部分だというのに。
「どうしてまた、そんな生活を?」
母と子二人で。
一つ所に留まって生活した方が、楽なんじゃないのか?
仕事とか、人付き合いとか、まぁよくは分からないけど。
「それはまおーさま、母からプリプリと生まれてきた、プリティーでプリンセスなネネネのプリプリなお尻には、これが生えていたからではないですの」
これ、と俺の目の前で、悪魔然とした黒色の矢印型の尻尾をヒラヒラさせるネネネ。
「そりゃそうだろう?」
カエルの子はカエルじゃなくてオタマジャクシかもしれないけど、悪魔の子は悪魔なんじゃないのか?
なら生えていてもおかしくはないだろう、オタマの尻尾ではなく、アクマの尻尾が。
「まおーさま、ネネネの母は人間ですのよ?」
「え!? ネネネのお母さん悪魔じゃないの!?」
「ええ、子どもを産んでいる時点で純潔ではありませんけど、純血の人間ですの」
夢魔の繁殖方法を知らない。
そうは言ったけど、同じような生き物なのだから、同じように夢魔の男女が交わって、目合って、子を産むんだと予想してたんだけど。
だからてっきりネネネのお母さんは夢魔だと思ってたんだけど。
そうか、“寝ている女性”って別に夢魔である必要はないのか。
「もちろん人間である母が住んでいたのは、ネネネがウブーと声を上げたのは――」
「オギャーと産声ね」
「オギャーと喘ぎ声を上げたのは、人間の町」
「……」
「母は、生まれてきたネネネの尻尾を見て、悪魔だと知って、それでもネネネを受け入れてくれましたの」
しかし、とネネネ。
「町の人は違いましたの、彼らはネネネを、ネネネを産んだ母を拒んだんですの」
ふむ……だから愛の逃避行生活、親子愛の逃避行生活をしていたわけか。
ただ、そんな辛い、世知辛い話をしながらも、ネネネはと言えば
「ふぬぬぬぬ」
俺の口に、しっぽを突っ込もうと必死なのだった。
もうツッコむことさえ出来ない……一体何をしているんだ。
「あの、ネネネさん、口にしっぽを突っ込むのはやめてくれる?」
「あら、でもまおーさまだって、ネネネの口にち○ぽを突っ込もうとしたではありませんの」
「してないよ!」
そんなことは、断じてしていない。
嘘じゃない、もし嘘なら断じてもらって構わない。
「ならあのときのあれは、何だったんですの!?」
「いつの話だ!」
何年何月何日何曜日何時何分何秒地球が何回まわったときの話だ!?
それは全て、ネネネの妄想だろうに、暴走だろうに。
「殺気ですの」
「さっきかよ!」
って、殺気かよ。
殺気?
本当だ、殺気だ。
この殺気はアイツのっ……!?
みたいな芸当は、当然俺には出来ないので、上半身だけを起こして、辺りを見渡す。
敵襲か!?
と思ったがしかし、そうじゃなくて多分これはこの二人の殺気だ。
俺の隣に寝ているルージュと、足元で寝ているクゥ。
二人の顔は、うるさいと言った風に歪んでいた。
ちょっと、いや、大分騒ぎすぎてしまったようだ。




