第佰拾壱閑 ネイドリーム・ネル・ネリッサの場合 乙
「ああ、そういえばどこか行ってたんだったな」
今日の朝早くから、いや、今となっては昨日の朝早くからか。
「もしかしたら、浮気してたかも、不倫してたかもしれませんのよ?」
浮気って、不倫って。
俺はネネネと付き合った覚えもなければ、婚姻届にハンをついた覚えもないから、別にいいんだけど。
「ね? まおーさま、知りたいですわよね?」
「いや、いい」
寝たい。眠たい。
「なら教えて差し上げますの」
人の話を、聞いていたのだろうか……。
それとも天邪鬼なのだろうか。
悪魔なのか、鬼なのか、どちらかにして欲しい。
「じゃあ教えて」
「分かりましたの」
「……っ!?」
何だよ、天邪鬼なんじゃないのかよ、逆らってくるんじゃないのかよ。
もしかして天邪鬼じゃなくて、夢魔鬼とかいう新種なのか?
そうなってくると、もうどうしようもないんだろうな……。
「わかったわかった、教えてくれ」
「ええ、教えて差し上げますの、ネネネの体で」
「いや、出来れば体じゃなくて、口で教えて欲しいんだけど」
「下のですの?」
「上の」
と言うか口は上にしかないし。
「ちなみにネネネの下のお口は、一度掴んだら放しませんの」
はなすのか、はなさないのか、どっちなんだ。
「上の口じゃないのなら寝る、お休みネネネ」
「ああんまおーさま、うそうそうそですのよ、ちゃんと教えて差し上げますの。話しますし、騙りますの」
「ちょっと待って騙らないで!? どうせ教えてくれるなら、嘘偽りのない真実を教えて?」
「しかしまおーさま、この世など、嘘偽りで塗り固められていますのよ?」
「誰がそんな哲学的な話をしてくれと言った」
まあ、今のが哲学的な話なのかは知らないけど。
そもそも哲学的な話って何だ。哲学って何だ。
鉄学か? 鉄か? Feなのか?
「あらあらまおーさま、Feだなんて。上のお口でって、まさかそう言うことでしたの?」
「違う!」
夜だからと言って、ベッドの上だからと言って、あまりハードなネタをしないで欲しい。
「おほほのほ、冗談ですのよ冗談。ちゃんと教えてあげますの、ネネネが今日、どこへ行ってたのか」
「そうだ、それだ」
まったく、冗談が過ぎると言うか、冗談が長過ぎる。
冗長だ。
「心配はいりませんのよまおーさま。ネネネは浮気も不倫もしておりませんの」
そんな心配は、全然、全く、これっぽっちもしていないのだけど。
「母に会いに行ってたんですのよ」
「パパに?」
何だよ、浮気も不倫もしてないと言っておきながら、バッチリ愛人に会いに行ってるじゃねえか。
「いえまおーさま、母ですの。ネネネにパパはおりません。上の乳首二つは不要ですの」
「ああ、ハハね」
って、乳首二つって、『゜ ゜』は、半濁点は乳首なんかではないんだけど。
「ええ、ハハですの、母ですの。少し離れた町に、住んでいますのよ」
「へぇ……、お父さんは?」
「あらまおーさま、ネネネにはパパもいいませんが、父もいませんのよ?」
「え、えええ!? ネネネ、お父さんいないの!?」
「そうですの」
乳はあっても、父に会ったことはありませんの、と自分で自分の胸を揉みながらネネネ。
それがどうかしたのかと言う風な、キョトンとした顔を彼女はしている。
こんな至近距離で乳を揉まれたらさすがに気になるけど、今はそのことよりも父がいないことの方が気になる。
がしかし、この話は突っ込んでいい話なのだろうか。
と、俺が迷ってたら、ネネネは何食わぬ顔で続ける。
大方の予想通り、もっと突っ込んで欲しいですのぉ、と呟いてから。
「まおーさま、夢魔に父親がいないことはよくあることですのよ? 父どころか両親」
片乳どころか、両乳。
言って、彼女はまた胸を揉む。
「よくあること?」
乳がないのはまあよくあることだとしても、父がいないのがよくあること?
「まおーさまは夢魔の繁殖方法をご存知で?」
「いいや、知らない」
ご存知ではない。
夢魔の繁殖方法なんて、俺は理科や生物の授業では習わなかった。
いや、習うのは保健体育の授業の方なのか?
ただまあ、そのどちらであったとしても、結局知らないのだけど。
「夢魔の繁殖方法はいくつかありますけど、その一つに――」
――寝ている女性に、雄の夢魔インキュバスが勝手に精を注ぎ、子を孕ませ産ませる――
「――というものがありますの」
つまり、とネネネ。
「寝ている間に行われるものですから、いないと言うか、誰だか分からないんですのね」
なるほど。
寝ている間なら当然顔など見ていない、だから当然誰だかも分からない。
つまりいないも同然と。
「母もそうですの、寝ている間にどこぞのインキュバスに、淫魔にインされて、ネネネを産んだんですの」
だからネネネに父はいませんの。
と、小さくあくびをしながら彼女は言う。
ラヴもそうだったけど、ハードな話を、ハートにくる話を、あまり気にせずと言うより、あまりにも気にせずに話すから、いまいちこっちも対応に困る。
こんなときどうすればいいのだっけ?
笑えばいいのだっけ?
いや、それはまた違うのか?
と、そうやって困惑している俺をよそに、ネネネは隣で、おほほのほと笑っているのだった。




