第佰拾閑 ネイドリーム・ネル・ネリッサの場合 甲
「……」
九月。
月が九つも出る、九月。
そんな九月の真夜中、ふと目を覚まし、うっすらと開けた俺の目に、完全に閉まりきってなかったカーテンから差し込む月明かりが、突き刺さる。
「……う」
気分的には、月刺さるだった。
眩しいと言うより、痛い。
煌々とじゃなくて、攻々とだ。
暦で言えば、季節は秋。
秋の長夜と言われる、夜が明けるまでが長いとされる季節だけど、正直長夜と言うより、白夜の方が正しいんじゃないかと思うんだけど。
明る過ぎる、今は深夜だぞ……多分。
月、お前ちょっと無駄に出過ぎだろう、群がり過ぎだろう。
もう少し自重しろよ。
ラヴの胸くらい自重しろよ。
知ってるか月、あいつの胸は自重はないけど、自重はしてるんだぜ?
「……」
って、月に何を言ってもしょうがないか。
逆にこっちが自嘲するはめになってしまった。
「ふあぁ~」
さてとてさてと。
寝よう、ステキな夢の続きを見よう……グヘヘ。
カーテンを閉めに行くのも面倒なので、俺は月明かりから逃れるように転がり、窓に背を向けた。
さながら、映画の銃弾を避けるシーンかのように、素晴らしい転がりだった。
だがしかし、弾を避けることは出来なかった。
むしろ自分から行ったと言えよう、射線上、ではなく視線上に。
丁度そのとき、窓と反対側にある部屋の入り口が開いたのだ。
「……?」
そして部屋の中に入って来たのはピンク色の夢魔、ネネネ。
そのネネネと、目が合ってしまった、目を合わせてしまった。
バッタリ。
バッチリ。
彼女は俺の方を見て、口パクで言う。
――夜這いですの?
「……何が?」
ここは俺の部屋で俺のベッドだ。
夜這い呼ばわりされる覚えはない。
と言うか、帰って来て、入って来て開口一番がそんな言葉かよ。
「まぁまおーまさ、そんな細かいことなんて気にせず、ネネネとステキな夢の続きを見ましょう?」
そんなことを言いながら、ネネネはベッドの方まで歩いて来る。
そしてベッドに腰掛け、隣の台に置いてあったコップに手を伸ばした。
コップの中身は、ネネネ対策に俺が毎晩入れてある、牛乳だ。
「あぁん、やっぱりまおーさまのミルクは、濃厚でおいしいですのぉ」
豪快に一気飲みした後、ネネネはそう言った。
月明かりに照らし出された彼女の顔は、うっとり。
口の周りは牛乳で出来た立派な髭で、べっとり。
「変な言い方をするな」
俺が入れただけで、それはいつも飲んでるのと同じ、ただの牛乳だ。
「それと、口の周り汚い」
「ならまおーさまが舐め取ってくださいですの、そして娶ってくださいですの」
ネネネはベッドに寝転がり、チューっと唇を突き出して、器用に体をくねらさてこちらに近づいてくる。
「看取ってならやるよ」
俺は眠たいんだ。
お前も永眠れ。
「さぁまおーさま、式はいつにしますの? どこにしますの? 新婚旅行はどこにしますの?」
「だから……」
結婚はしないし、式は挙げないし、新婚旅行も行かないし……。
「さぁさぁ、早く結婚して、そしてケツををコンコンして子どもを作りましょう?」
「ケツとか言うな」
女の子なんだからとか言うつもりはないけど、せめてお尻くらいにして欲しい。
「なら、穴ですの?」
「そっちの方がダメだよ!」
まったくもうまったくもう。
まったくもって予想外の返答だよ。
俺の予想では、
『お尻とお尻を押し合わせて、お幸せっですの』
って返って来て。
それから
『それお尻関係あった!?』
ってツッコんで。
押し合わせだけで、既に成立してるんだけど。
お尻とお尻を合わせたのなら、お知り合いだろう。
幸せなのは、おててのしわとしわを合わせたときだ。
な~む~。
みたいな展開になると、具体的には思っていたのに。
「そんなことよりまおーさま。子どもは何人つくりますの? 名前は何にしますの?」
「んーっと、とりあえず長男は寝太郎でどうだろう?」
「あらステキですの。女の子ならどうなさいますの?」
「寝子」
「にゃーにゃー」
「ニャーニャー」
って言ってる場合か! 乗ってる場合か!
子どもの名前なんて考えてどうするんだ。
大体何だ、寝太郎に寝子って、ニートになる将来が約束されたような名前じゃないか。
「できるなら一姫二太郎三茄子がいいですわね」
「一姫二太郎まではいいとして、三茄子って何だ! 三番目の子野菜じゃねえか!」
それを言うなら一富士二鷹三茄子だろうに。
初夢に茄子が出てきたら縁起がいいのかもしれないけど、お腹から茄子が出てきたところで縁起はよくないよ。
むしろ縁起悪いよ、気持ち悪いよ。
「まあまおーさまの黒い茄子を突っ込まれれば、そうもなりますわよ。ねっ? まおーさま」
「ねっ」
ってだから言ってる場合か!
何度も言うけど俺の俺はきゅうりでもなければ、茄子でもない。
確かに野性な部分かもしれないけど、野菜ではない。
それにだからネネネとの間に子を生すつもりはないんだけど。
「あのなぁネネネ、結婚はしない、だから新婚旅行も行かないし、子どももつくらない、だから名前もいらないの」
「そんな……うぅう、またまおーさまはそうやってネネネの乙女心を、夫婦心を弄ぶんですのね……ぐすん」
と、ヘタな泣き真似をするネネネ。
またって何だ、またって。
俺は今日も含めて一度だって、ネネネの乙女心を、夫婦心を弄んだつもりはないぞ。
「ネネネはこんなにもまおーさまに深い愛情を注いでいると言うのに……ぐすすんすん」
それは『不快愛情』、いやもっと言えば『不快、あ、異常』の間違いではないだろうか。
まあ異常ではあっても、別に不快だとは思ってないけど。
「ふぁ~あ、なぁネネネ、もう寝よう?」
「嫌ですの、もっとお話したいですの。ネネネ、まおーさまにお話していただかないと、寝れないですの」
「……」
嘘をつくな。
いつも普通に寝てるじゃねえか。
「それにまおーさま? 今日ネネネがどこに行ってたか、気にならないんですの?」




