第佰捌閑 まさかなさかな
ラヴに何か言われるかもしれない。
いや、言われるくらいならまだしも、もしかしたら切られるかもしれない。
いや、切られるまではしないとしても、メンチくらいは切られるかもしれない。
いや、もしかしたら最悪メンチカツにして、魚の代わりに、今晩のおかずにされるかもしれない。
なんていう俺の心配はしかし、杞憂に終わった。
ラヴには何も言われなかったし、何もされなかった。
むしろ、感謝されたくらいだ。
これは何も、城に無事帰って来て、ラヴに出会ったときの俺の第一声が『和尚が三人で和尚さん!!』という、とっておきのとってもくだらない駄洒落だったからではない。
確かに少しはウケた、でもこの駄洒落を彼女が気に入ったから何もされなかった、何も言われなかった、むしろ感謝された、そういうわけじゃない。
そうであって欲しかったけど……。
これに関しては、俺が駄洒落を言い放った後、ラヴに『せめて、和尚が二人でお正月、くらいにしなさいよ』と言われてるので、間違いない。
ラヴの駄洒落もどうなんだ? とは思うけど、確かに俺の考えた駄洒落は酷い。
何にでも使えるじゃないか。
『ゾウが三頭でゾウさん』とか『アリが三匹でアリさん』とか『クロネコが三匹でクロネコさん』でもいいわけだ。
もちろんそうなってくると『引越屋が三つで引越屋さん』でもいいわけだ。
まぁこれに関しては魚が釣れなかったことに焦って、汗かき、ベソかき、冷静さを欠いた状態で考えたものだから、仕方ないか。
そんなことよりも、なぜラヴに何もされず、何も言われず、むしろ感謝されたのか。
◆◇◆
食事の間の先の厨房。
帰宅ならぬ帰城して、そこでラヴと何だかんだ愛のある……多分、愛のある言い合いをした後、ふと彼女の手元を見ると、なぜか魚を捌いていた。
鯖かどうかは分からないけど、とにかく魚を捌いていた。
当然それをを見て俺は尋ねる。
「どうして魚があるんだ?」
備蓄がなくなったからこそ、釣って来てと言ったんじゃなかったのか?
すると当然のことのようにラヴは答える。
「空から降ってきたのよ」
大量の大漁にね、と。
「降ってきた!? なんだよそれ」
全然当然の出来事じゃないじゃないか、突然の出来事じゃないか。
自然な出来事でもないでもない、不自然な出来事だ。
「どうして魚が空から降ってくるんだよ」
しかも大量の大量に。
「さぁ。私にもさぁーっぱり分からないわ」
自分で素晴らしい駄洒落を言ってることにも気付かず、不思議そうな顔をするラヴ。
なぜだ? なぜ空から魚が降ってくる?
魚が、青い空と青い海を間違えてしまったのだろうか?
トビウオが、とび過ぎてしまったのだろうか?
『降雨』でも『豪雨』でもなくて『漁雨』だったのだろうか?
分からない、分からないけど、なんにしろ奇怪で怪奇、奇奇怪怪だ。
まぁ元の世界から見れば、この世界の生き物や現象、そもそもこの世界自体が奇怪な世界、奇界なわけだけど。世怪なわけだけど。
でも、そんな世界に生まれたときから、産まれたときから住んでいるラヴでさえ首を傾げるのだ、この“魚が空から降ってくる”というのは、この世界でも普通の現象ではないんだろう。
有り得るか有り得ないかで言えば、有り得ない。
はて……さて……ならなぜ……?
こんなときに、そういえば、かの人魚姫の名前はアリエナイじゃなくてアリ○ルだったなぁ、なんて、関係ないことを考えてしまう。
また無駄なことを考えてしまった。
と思ったがしかし、無駄な考えは無駄な考えじゃなかった。
わざわざ言うようなことじゃない無駄な考えではなく、言うような、有用な考えだった。
人魚姫。
その言葉に、はた……と思い出す。
人魚姫に貰った手紙のことに、そしてこの現象に心当たりのあることに。
「人魚だ! 人魚姫だ!」
鶴の恩返しならぬ、人魚の恩返し。
釣るの恩返しではなく、まったくなく、人魚姫の恩返し。
「人魚? 人魚姫?」
「そう、多分人魚姫がくれたんだよ。お礼として、恩返しとして」
手紙には、お礼にお礼をたくさん送ると書いてあった。
ネネネの言うように、お礼に俺をたくさんではなかったけど。魔王をたくさんではなかったけど。
真魚。真の、本当の魚をたくさん送ってきたに違いない。
「何? どういうこと? どうして川に行って人魚と出会うのよ、人面魚の間違いじゃない?」
「いや、間違ってないと思うよ……? 多分、人魚で」
人面魚というより、人体魚。
と言うか川に人面魚なんているのか……よかったそんなシュールな魚を釣り上げなくて。
人の顔をした魚なんて、シュールストレミングよりきついよ。
「まあそこはいいとして、恩返しって何? あんたいつ人魚姫なんかに恩を売ったのよ。いくらで売ったのよ」
「いや、イクラでは売ってないよ? 魚で売ったんだよ?」
「どういうこと? ちゃんと一から説明して」
「どの位置からだよ」
「さ、最初の位置からよ!!」
「分かった分かった、冗談だよ」――――。
◆◇◆
てなわけで、既に魚があったから、何も言われなかったし、何もされなかった。
さらに降って来た魚の量が処分に困るような量だったから、釣れなくてよかったと、漁が失敗してよかったと、むしろ感謝されたわけだ。
その後、ラヴに手紙を見せ、一から、最初の位置から事情を説明した。
まあ結局のところは、この、空から降って来たと言う大量の魚が、本当に手紙をくれた本人の言う、本人魚の言う“お礼”なのかは分からなかった。
もしかしたらそうではなく、ただの奇怪な怪奇現象なのかもしれない。
ただなんにしろ、魚を得られたのは別に悪いことじゃない。
食べきれないかもしれないという贅沢な悩みを除けば、むしろ大助かりだ。
ということで、俺もラヴもそしてその他城の全員も、ひとまず、これは人魚から送られてきた贈り物だというところに話を落ち着け。
ラヴが、水を得た魚のように生き生きとしながら、喜々嬉々として料理をした魚を
「「「「「「「いただきます」」」」」」」
ティアを含めた城の皆で、夕飯としておいしくいただいた。
ちなみに魚の中には、とび過ぎたわけではないけど、本当にトビウオがいたらしい。




