第佰漆閑 俺達へのお礼?
「人魚姫より……だってさ」
「何!? アーマードプリンセスじゃと!?」
「いや、マーメードですよルージュさん」
そんな鎧を着たお姫様みたいな、戦乙女みたいな知り合いは俺にはいない。
いや、戦乙女なら、ラヴがそうなのかもしれないけど、ラヴがわざわざこんな形で手紙をよこすはずがない。
それと、人魚姫の知り合いも俺にはいない。
だからやっぱりこれは俺じゃなくて、魔王への手紙なのだろう。
人魚姫から、魔王への手紙なのだろう。
さてさて本文はと。
「そうか。して内容は? 人魚姫が魔王に手紙など、何用じゃ?」
「ん、ちょっと待てよ、んーっと」
手紙の内容が皆に伝わるように、声に出してそれを読む。
「Deer,馬王様、とその愉快なお仲間様へ――――馬王って何だ! しかもDeerってDearだろ! Deerじゃあ鹿だよ!」
はっ!? 鹿、馬。つまり馬鹿だと、バカだと。そう言うことか!?
どうしてこの魔王は、こんなにも周りからバカ呼ばわりされるんだ……?
まったくもう。
一文目からフッと笑いたくなるような、愉快さだ。
これが不愉快ってやつか。
まあ、バカ呼ばわりされてるのは俺じゃなくて魔王だから、別に不愉快でもないんだけど。
大体、これで魔王宛てだと分かった女王様も女王様だな。
「これアスタ、手紙にいちいちツッコミを入れとる場合か」
今のおぬしの本分を忘れるな、とルージュ。
「ああ、ごめんごめん」
そうだった俺の今の本分は、手紙にツッコミを入れることじゃない。
本文を読み進めることだ。
さてさて続きはと。
「まず始めに。先日は、蛇の昇り子を倒してくださり、本当にありがとうございました」
蛇の昇り子?
蛇の昇り子ってあれか、クゥが海で、お手で倒した、あの巨大な蛇。おいしくなかったあの蛇。
「あの蛇の昇り子はここ最近突然現れ、近海の生態系や私たちの住処を荒らしたりと、とにかく暴れ回っていました。私たちも何度か力を合わせて討伐しようと試みたのですが、図体の大きさや元々の凶暴な性格ゆえ、敵わず、倒したいという願いも叶わず、負傷者が増えるばかりで手に負えず、困り果てていました」
ふむ……何だ、最初の一文目以外は、意外とまともな手紙じゃないか。
「そんなとき、あなた方が海へ現れ、蛇の昇り子を倒してくださったおかげで、私たちは無事、元の生活に戻ることが出来ました」
ふむふむ……『だからやっぱりこれは俺じゃなくて、魔王への手紙なのだろう』という俺の予想は、少し外れていたみたいだな。
これは魔王であっても、前の魔王宛てじゃなくて、今の魔王、俺、魔王宛てだ。
それに愉快な仲間様へ、と書いてあるところを見ると、俺だけに宛てたものじゃなく、俺達宛て、俺を含めた、海に行った城の全員に宛てた手紙のようだ。
「本当に何とお礼申し上げればいいのか、いまいち分からないのですが、母はこんなとき『アリが十匹でありがとう』と言えと言っていました。更に父は『アリが父でありがとうさん』と言いなさいと言っていました」
ツッコマナイ……ツッコミタイケド、ツッコマナイ。
全然、全く、まともじゃない。
ツッコまないけど、これだけは言わせて欲しい。
人魚姫のお母さんお父さんってことは、人魚の王と、女王だよね……。
海の統括者的なポジションの方たちだよね。
まったく、愉快で愉海だな!
おっと思わずツッコんでしまった……本文本分と。
「とにかく、人魚一同心より感謝しております。重ね重ねになりますが、厚くお礼申し上げます。おしまい」
おしまいって……。
「いや~いい物語じゃった」
「いや、ルージュ、これは物語じゃないんだよ」
確かに、元は物語かもしれないし、おしまい、とか書かれると、余計に物語り感が増してるけど。
「これは一応手紙だから」
それにしても……。
「クゥお手柄だな。今回のことと言い、蛇のことと言い」
「今回のことと良い? 蛇のことと良い? ボクえらいのだ?」
「ああ、えらいよクゥ」
にしし、と嬉しそうに、鋭い八重歯を光らせて笑う彼女。
たとえそれが意図していなくとも、意としていなくとも、お手柄だ。
と言うか、今回のことも、蛇のときのことも、俺達何もしてないからな。
クゥ以外、何もしてないからな。
そうなってくると、これは俺達への手紙と言うよりは、クゥへの手紙か。
「まおーさまネネネも偉いですの?」
「お前はエロいな」
「もうまおーさまったら、いやんですのっ」
よく分からないけどいいや。
「おいアスタ、まだ少し続きがあるぞ」
と、ルージュが手紙を指さす。
「あ、本当だ……なになに、追伸。お礼と言ってはなんですが、お礼にお礼をたくさん送ります。だって」
「まあ、お礼に俺をたくさん送りますですって!? ということはお城にまおーさまがいっぱい!? ネネネ幸せですの!」
「そんなわけないだろ。それにもし仮に、お礼に俺をたくさん送りますだったとしても、書いたのは俺じゃないんだから、城に溢れるのは俺じゃない誰かだよ、ネネネ」
にしても『お礼にお礼をたくさん送ります』って、一体何なんだよ……一体何が送られてくるんだよ。
いや、たくさん、だから一体じゃないのか、いっぱいなのか。
ま、そんなことは、届けば分かることか。
「さてさて、そろそろ本当に帰らないといけないな」
空を見上げると、日が、本格的に傾き始めていた。
読み終えた手紙を、ティアにもう一度礼を言いながら折りたたみ、ポケットへしまう。
「帰ってご飯ですわね」
「おお、飯じゃ飯じゃ」
「虫なのだー!」
虫って、クゥは本当にティアを食べるつもりなのだろうか……。
「ティアはどうする? 手紙を運んでくれたお礼も兼ねて、城にご飯でも食べに来ないか?」
このまま一人で帰すのはちょっと、いや大分心配だし、家まで送るにしても今日は時間的に厳しいから、明日にしたい。もし今日帰りたいなら、女王様を、お母さんをトイレにでも風呂にでもいいから、呼べばいいし、とティアに提案する。
「では、お言葉に甘えて、そうさせて貰います」
「りょーかい」
ただ食事と言っても、結局食材は一匹しか釣れなかったわけだけど。
クゥが最後に捕ったのも、魚じゃなくて、ティア。
青魚でもなんでもなく青髪の妖精だったから、捕れもしなかたわけだけど。
だからどうなるのか、分からないわけだけど……。
「よし、それじゃあ帰りますか」
そんなわけでまあ、ラヴに、魚が一匹しか釣れなかったお詫びに、とっておきのとってもくだらない駄洒落を考えながら、数キロ先の城を目指し、帰路についた。




