第佰陸閑 便 in ビン
「はい。これはお母さんが海で拾ってきたんですけど」
「え? 海で?」
「え? あ、はい」
「お母さんって、泉の女神様だよね?」
女神様と言うか、妖精の女王様だっけ?
「はい、そうですよ。泉で、あなたが落としたのは、これですか? これですか? ってやってます」
「なのに海で拾ったの?」
「泉も、川で海と繋がってますから」
「……まあ確かにね」
そういう問題なのだろうか……。
それに、普段泉で、淡水で暮らしている女王様が、海なんかに行って大丈夫なのだろうか。
魚にも淡水魚と海水魚がいるわけだ。
海には海で何らかの妖精がいるとしたら、やっぱり妖精にも、淡水妖精と海水妖精がいると思うんだけどな。
この場合淡水女王と海水女王か。
淡水魚が海水に入るのと危険なのと同じように、淡水女王が海水に入っても大丈夫なのだろうか。
「それにお母さんは妖精の女王、泉の精と言っても、水場ならどこへでも自由に行き来出来ます」
妖精だけに要請があればどこでも行けるんです、とティアは言う。
「へぇ、そうなんだ」
「はい。もちろん、トイレでもですよ」
それは嫌だな……。
それにトイレで出て来られるって、一体女王様何を拾ったんだ……。
普通のアレに金のアレに銀のアレか……?
「まおーさまネネネには分かりますの。金の玉と金の玉と銀の玉ですのよ」
「違うだろ!?」
俺が想像していたのは、それじゃない。
まあ……言うかもなとは思ってたけど。
金の玉がしっかりちゃっかり二つあるのが、憎たらしい。
大体、金の玉は百歩譲っていいとして、いやそもそも落とさないからよくないんだけど、いいとして。
銀の玉って何だ、パチンコの玉か?
「チン……コッ」
「コッって何だ!? せめてポッにしろ!」
「チンポッ……」
「繋げるな!」
「あぁん、ネネネ、まおーさまと繋がりたいですの」
「やめろ!」
まったくもう、まったくもう。
「あ、あの。魔王さん、話を続けても……いいですか?」
俺を見上げて少し涙目の妖精ちゃん。
そりゃ涙目にもなる、こんな小さな幼女ならぬ妖女に聞かせるような話ではない。
「ああ、ごめんよティア。どうぞ、続けて」
彼女は、ハイと返事をすると、話し始めた。
「お母さんは普段時間のあるときは、海でゴミ拾いをしています」
いい人と言うか、いい妖精さんだな。
「そしてそのゴミを持ち主に返しています」
間違ってはいない、全然間違ってはいないけど……。
「で、そのときに、そのビンを拾ったらしいのですが、そのビンの中に手紙のような、お便りのようなものが入っていたんです」
言われて気付いたけど、よく見ればクゥの持っている透明なビンの中には、何やら折り畳まれた紙のような物が入っていた。
「不思議に思ってお母さんがその中身を確認したら、魔王さん宛てだったみたいなんです」
「それでビンを、便を俺に届けようと」
「はい、そうです。お母さんはお仕事で忙しいので、私に行って来てくれと」
そうだったのか。
「でも私が運ぶには、ビンは少し大きくて」
「それで川に落ちて本当に逝きそうになっていたのか……」
はい、と頷き俯くティア。
「ごめんなさい」
「いや、全然構わないよ。ちゃんとこうやって届けてくれたんだから。ありがとう」
それにティアが悪いと言うより、女王様、お母様、もう少しどうにかならなかったのか……?
ビンの大きさにしてもそうだけど、あなたの娘さん重度の極度の方向音痴ですよ。
と言うかそもそも、王女であるところの、プリプリのプリンのようなプリンセスであるところのティアを、そんなお使い感覚で、使い魔感覚で、一人でどこかへ行かしていいものなのだろうか。
今回も、もしティアがブリブリのブリのようなブリンセスだったら、クゥに食べられていたかもしれない。
いや、ブリは海水魚なんだったっけ。
そんなことよりも、だ。
手紙の内容だ。
内容が無いよう、なんて使い古された駄洒落を思い出したけど、今はそんなことはどうでもいい。
ラヴなら腹を抱えて喜びそうな駄洒落だけど、今はそんなことはどうでもいい。
「それでティア、手紙には、何て書いてあったんだ?」
「あ、いえティアは知らないんです。妖精でも、間違えました、あくまでも、読んだのはお母さんですから。魔王さんがご自分で確かめてください」
「わかった」
クゥからビンを受け取り、コルクのようなフタを開けて、中身、手紙を取り出し、広げる。
「誰からの手紙じゃ?」
その手紙に興味を示したのか、俺の体によじ登って手紙を覗き込むルージュ。
「えーっと……」
そうだ。そこだ。まず誰からの手紙なのだろうか。
言うまでも無く、俺にこの異世界で、わざわざこんな形で手紙をよこす知り合いなどいない。
そうなると魔王の知人だろうか。
隣に痴女じみた痴人であるところの、ネネネならいるんだけどな。
痴人なんて言うと、ネネネが理性のない奴みたいに聞こえるかもしれないけど、ネネネは決してそんな奴じゃ――
いや『あぁんまおーさま、ネネネ最近生理が来ないんですのぉ』なんて言ってるところを見ると、それもあながち間違いじゃないのか……。
何であれ、今はネネネのことよりも、手紙の送り主のことだ。
と、広げた手紙に目を落とし、差出人の名前を探す。
そこに書いてあった名前は……。




