第玖拾玖閑 連れのせいで釣れない
『俺が釣れる奴だってことを、証明してやろう!』なんて意気込み、岩の上に三人で、ネネネと俺とルージュで仲良く並んで座り、釣りを始めてみたはいいものの……。
川に糸を垂らして、体内時計でかれこれ一時間。
その間釣れた魚の数
「はぁ~」
「はぁ~」
「はぁ~」
ゼロ匹。
岩の上に三人ならぬ、石の上にも三年とは言うけど、正直そんなに堪えられない。
「「「はぁ~」」」
ため息のハモリ方が、既に芸術の域にまで達していた。
でもハモリ方が芸術の域に達したからといって、活きのいい魚が釣れるわけじゃない。
クゥもあの一匹以降は一向に魚が捕れず、今では川の中で、バシャバシャと水遊びをしてるだけのようにしか見えない。
いや、見えないんじゃなくて、遊んでるだけだ。
このままじゃ俺達が持って帰れるのは、魚じゃなくて、魚が釣れなかったという、酒の肴に出来れば御の字の、お話くらいだ。
酒も肴もいらないから、鮭や魚が欲しい。
「はぁ~マジで釣れないな……」
どうやら俺は、本当につれない奴だったみたいだ……。
「ババア、あなたは名人じゃなかったんですの!? 早く魚を釣りなさいな」
勝負をしているんだから、敵であるはずのルージュが魚を釣れないことは、ネネネにとっていいことのはずなのに、そんなことを言うネネネ
まあ確かに勝負も何も、一匹も釣れないんだからそう言いたくなる気持ちも分からなくもない。
とりあえず、誰でもいいから一匹釣れて欲しい。
「黙れ年増が、名人じゃって無理なときは無理じゃ。河童じゃって川を流れるんじゃ」
『河童の川流れ』
このことわざを聞くたびに、それって溺れたり、押し流されたりしてるわけじゃなくて、河童が暇で流れに身を任せて、ワザと流されてるだけなんじゃないの? って思うんだよな。
そうなってくるとこのことわざの意味は、『名人でも失敗はある』じゃなくて『暇』になってくるのか。
まあ確かに今かなり暇だから、あながちそれも間違いじゃないのかもしれない。
『河童の川流れだな~(意:暇だな~)』的な。
「今は流れとる河童でもええから、釣りたい気分じゃの」
つまらん、と勝負に飽きて来たのか、眠たそうに俺に体重を預け、ボーっとし始めるルージュ。もうおねむだ。
「ならエサをキュウリにでもしてみないとな……」
河童が釣れるのかどうかも、食べられるのかどうかも、疑問だけど。
「そうしましょう!」
嬉しそうに、またまた俺の下半身に手を伸ばすネネネ。
「お前は何をしてるんだ」
「キュウリを取ろうかと」
「だからそれはキュウリじゃないんだって!」
こんな所で、そんなものは栽培していない。
「でもまおーさま、以前シャワーでお水を与えてらしたではないですの」
「それは体を洗ってたんだ!」
「あらそうでしたの。おほほのほ」
「そうだよ!」
まったくもう、まったくもう。
しばらく静かだったネネネも、うるさくなってきた。
もう限界かもしれない。俺も含めて。
「大体ワシらが魚を釣れんのは、毛玉のせいじゃろ」
ルージュの視線の先、俺達から見て川の上流にいるクゥ。
彼女だけはまだ楽しそうに
「にゃっはっはっはっは!」
と、川の中を飛び跳ねている。
「あやつがあんなところで暴れとるから釣れんのじゃ」
まあ確かに、それも釣れない原因にの一つだとは思う……。
あれだけ無茶苦茶の滅茶苦茶に暴れられると、さすがに魚も逃げるだろう。
「のぉアスタ」
「ん? 何だよルージュ」
「魚を釣る前に、あの毛玉の首を吊るというのはどうじゃ?」
「ダメだ」
とは言えこのまま魚が釣れないのはまずいな。
「クゥ~!」
座ったままで彼女を呼ぶ。
「どうしたのだ? アシュタ」
「いったん川から上がって来てくれ」
「どうしてなのだ?」
キョトンと首を傾げるびしょ濡れのワンコ。
「あまり暴れるとお魚さんが逃げちゃうんだ。お魚さん食べられないのは困るだろう?」
「籠もるのだ……?」
そう呟いてから、ワンコは濡れた頭を横に振る。
「ボクはお魚が食べられなかったくらいで、家に籠もったりしないのだ」
いや、そりゃそうだろうけど、そうじゃなくてだな……。
「お魚食べられないのは、嫌だろう?」
「それは家なのだ!」
家じゃなくて、嫌だよ。家には籠もらないんだろ?
「……な、なら竿があるから、それで魚を釣ろう。おいで」
「分かったのだ!」
なんて、元気に返事をする。
本当に分かったのかどうか微妙なところだけど、とりあえず川からは出てきてくれた。
川から上がり、犬がするように濡れた体をブルブルと振って、水を飛ばすクゥ。
可愛い。
ただ可愛いとは思ったけど、一緒に揺れた胸がステキだったとは思ってない。
決して思ってない……グヘヘ。
「ハイどうぞ」
と、クゥに彼女の分の竿を渡す。
「どうもなのだ」
クゥは俺から竿を受け取ると、俺の横に座っているネネネの横に腰を下ろした。
「おい毛玉」
珍しく自分からクゥに話しかけるルージュ。
ルージュも何だかんだ言って、最近はクゥには慣れてきているような気がする。
前みたいに、クゥがいるだけでビクビクすることはなくなった。
まあ毎日一緒にいれば、いずれはそうなるか。
「何なのだ? ルージュさん」
ルージュさんって……いやまあ確かに年齢的にはそれが適切なのかもしれないけど、高校生が幼女にさん付けしてるようにしか見えないから、違和感が凄い。
「今ワシらは釣り勝負をしておる、おぬしも参加せぬか?」
「何だルージュ、優しいじゃないか」
自分からクゥを誘ってあげるなんて。
慣れてきただけじゃなくて、仲良くもなってきたんだろうか。
「まああれじゃ、勝負は大勢でやった方が楽しいでの。それにワシがこんなバカに負けるわけがない」
手で捕った魚はカウントせんしの、とルージュ。
いまいち仲が良くなったわけじゃなさそうだ。
「狩り勝負なのだ?」
「狩りじゃのうて釣りじゃ。手で捕った魚はカウントせんと言っとるじゃろう。本当にバカな犬じゃのう」
「犬じゃないのだ!」
バカなのは、否定しないんですね。
「まったく、ペットは飼い主に似ると言うが、この犬の飼い主が見てみたいわい。どこのバカ年増じゃろうな?」
「あらババア、この子の飼い主はネネネじゃなくてまおーさまですのよ?」
「なんと!? アスタ、おぬしはバカじゃったのか!?」
それについては否定もしないし、しないどころか肯定するよ。
「アシュタはカバなのだ?」
それについては全面的に否定させて貰うけど……。
「とにかくクゥ、この勝負は魚を一番たくさん釣れた人の勝ちなんだ」
人って言っても、夢魔に吸血鬼にケルベロスに魔王だけど。
「一緒にやるだろう?」
もしクゥが勝ったとしても、俺に害はないはず。
一晩中好きに出来るったって、この子は寝る、確実に寝る。
そもそも一緒に寝るということを選択する確率が高い。
高確率で『一緒に寝るのだ!』って言うに違いない。
そうなれば俺にとっては好都合だ。
「やるのだ!」
よし来た!
ということで、四人で釣り勝負を再開することになった。
とはいえ、もう散々暴れまくった後だしなこの辺。
魚は逃げてしまって、もういないかもしれない。
よし。
「みんな、釣りポイントを変えよう」




