第玖拾捌閑 本当に……早く釣りを始めたい
「本当にうるさい年増じゃのう」
と、ルージュが竿を振り回しながら、ネネネに向かって言う。
「そんなに食って欲しかったら、ワシが今晩食らってやるわい」
「何ですって!?」
「お? 何じゃやるか? ほれほれ」
持っていた竿で、ネネネの頭をペシペシと叩くルージュ。
「い痛い、痛いですの! キィィィィ! やってやりますの!」
ネネネも、ルージュに対抗するべく釣竿を手に持ち振り回す。
そしてバシバシとチャンバラをし始める二人。
「ほれ、ほれほれ」
「この、このこの!」
「こらこら、二人ともやめてくれよ」
竿が折れる、魚が逃げる……。
それでもやめようとしない彼女たち。
それどころか更にヒートアップ。
「アチョー」
「ハイヤー」
パンチパンチキック、パンチパンチキック、たまにパンツ。
パンツパンツヒップ、パンツパンツヒップ、たまにパイオツ。
もう意味が分からない……。
「あーもー二人ともいい加減に――」
「にゃはははは! お魚さん捕るのだ!」
「――しろ……?」
ん? 今俺の横を何かが通らなかったか?
何かこう……三角お耳の付いた、黒い髪の褐色肌の女の子が。
川のほうに向かって。
走って。
「――――っ!?」
やばい! 捕るってまさか!?
そう思って振り返ったときにはもう遅かった。
「にゃはははは!」
クゥはそんな笑い声を上げながら、両手も挙げながら、既に川にジャバジャバと入ってしまっていた。
「あぁぁぁぁ! クゥ! 魚が逃げるからやめてくれ!」
捕るのだ捕るのだって言ってたの少しは気になってたけど、どうせいつもの言い間違い、“釣る”と“捕る”の言い間違いだと思ってたのに……本当に手で捕りに行きやがった。
ネネネとルージュはチャンバラ。クゥは川へダイブ。
どうしてこうなるんだ……。
人選ミスか? そうだ、人選ミスだ。俺のかラヴのかは、定かじゃないけど。
「大丈夫なのだアシュタ」
クゥはそう言うと、少し脚を広げ腰を落とし、上半身を軽く前に倒して両手を体の前で構えると、じっと川を見つめる。
そして次の瞬間。
「ちぇい!」
彼女は両手を伸ばし、川の中に、水しぶきを上げながら頭もろと飛び込んだ。
いや突っ込んだの方が正しいかもしれない。
さながら、鮭を捕食するクマのように。
何が、どう大丈夫なんだ……?
「お魚さん捕ったのだ!」
立ち上がったクゥの手には、まさかまさかのお魚さんがしっかりと握られていた。
「え……?」
マジですか……マジでクマか何かですか。
クマのプ○さんならぬ、クマのクゥさんですか。
もう名前を『クゥ』じゃなくて『クマ』にした方がいいんじゃないかな。
クマニャ・ケル・ベロス。微妙だ。
「見て見てアシュタ、凄いのだ?」
川から出て来て、はい、と俺に魚を手渡すクゥ。
「凄い……凄いぞクゥ!」
クゥだけを見れば、人選ミスじゃなかった。
人選YES! 最高の人選だ。もちろん俺の。
「にひひひ。ならもっと捕ってくるのだ!」
クゥは嬉しそうに笑い、再び川の方へ駆けて行く。
「ふん、あの毛玉、なかなかやりおるの。おい年増」
「何ですのババア」
いつの間にか釣竿チャンバラを終えた様子のルージュとネネネ。
「こうなったら、恒例の釣り勝負とでもいこうか」
チャンバラ勝負の次は、釣り勝負かよ。
何だかんだで仲良いなホント。
馬が合ってるのか、馬鹿が合ってるのかは知らないけど。
てか恒例って、そんな勝負初耳なんだけど。
「高齢の釣り勝負? おーっほっほっほっほ、ババアにはもってこいの勝負ですわね」
「黙れ年増が。年増のおぬしにじゃって、ぴったしの勝負じゃろうが」
「何ですって!?」
「何じゃ? やるのか? やらんのか?」
いつもどおりネネネを挑発するルージュに
「やってやりますのよ!」
これまたいつもどおり容易く乗っかるネネネ。
「ふむ。で、勝った方はどうする?」
「もちろん、勝った方は今晩まおーさまを独り占めできますの」
「ええじゃろう。この釣り名人の力、とくと思い知るがいい!」
ちょっと待て、全然よくない。誰がそんなこと了承したんだ。
人のいないところで勝手にことが進むのも嫌だけど、人の目の前で勝手にことを進められる方が、もっと嫌だな……。
「まおーさまも一緒にやりましょう?」
「やらないよ」
どうして自分が景品の勝負に、自分自身が出なくちゃいけないんだ。
俺に何のメリットがある。
それに俺は高齢でもない、せめて中くらいの年齢、中年の釣り大会くらいにしておいて貰わないと……ってまあそこはどうでもいいんだけど。
「ならそれでいいんではないですのまおーさま、丁度ここには中年のババアがいますもの」
「はっはっは、バカを言うな、おぬしじゃって中年の年増じゃろうが」
と、またまた睨み合い、言い合いの喧嘩をし始める二人。
面倒くさいことを言ってしまった……。
「ああもうわかった、わかったから。じゃあこうしよう、低い年齢、低年の釣り大会。これでいいだろ?」
そもそも元は『恒例』の釣り大会だったんだから、年齢はどうでもいいはずなんだけど。
「そうですわねまおーさま、定年のババアには丁度いい大会ですの」
「そうじゃな、定年の年増には最適な大会じゃの」
「何ですって!?」
「何じゃ!?」
「「ふぬぬぬぬ!!」」
ネネネとルージュは目から火花を散らしていた。
きっとその花は、頭の中のお花畑の花なんだろう。そうか、こうして焼畑になるのか、納得だ。
……と言うかもうホント、どうでもいいから釣りしようよ、君たち。
「大体ネネネのどこが年増ですの!? お肌だってツルツルですのよ!?」
「はっ! 笑わせるな。ツルツルなのはおぬしの脳じゃろうが」
「当たり前ですの、ネネネはお肌だけでなく脳までツルツルですのよ」
そんなことを、威張って言うネネネ。
「そういうところがツルツルじゃと言っとるんじゃ、このバカが」
ルージュもとうとう呆れたような顔になっていた。
「キィィィィ! 誰がバカで――」
「はいはい二人とも、もうツルツルはいいから! さっさと魚を釣る釣る!」
「「……」」
急に黙り込み、俺の顔を真顔で俺の顔を見る二人。
「……ツルツルだけにですの?」
「……ツルツルだけにかの?」
二人の声が見事に重なる。
「ち、違う! 違うからその俺が滑ったみたいな反応を、やめてくれ!」
「ツルツルだけにですの?」
「ツルツルだけにかの?」
「だから違うって!」
ツルツル言ってたから、釣る釣るって言ったわけでも、滑ったと言ったわけでもない。
くそ……こんなときばっかり、息を合わせやがって。
まったくもうまったくもう。
「もういい、好きにしてくれ」
「何じゃ、釣り大会には参加せんと言うのか? つれん奴じゃのアスタよ」
「まあまおーさまったら、ホントつれないお・ひ・と」
それこそ、釣りだけにですか……。
だらんと俺にしなだれかかるネネネに、妖しく微笑むルージュ。
「はぁ……分かった分かった、その勝負受けて立ってやるよ」
そしてお前たちの野望も断ってやる。
俺の体を、好き勝手されてたまるか。自分の身は自分で守る。
それにこれでちゃんと魚を釣ってくれるなら、それでよしだ。
「俺が釣れる奴だってことを、証明してやろう!」




