第玖拾漆閑 早く釣りを始めたい
何だかんだ話しているうちに、エメラダに教えて貰った釣りポイントに到着。
開けた森の間に流れる少し流れの速い川には、大きなごつごつとした岩がたくさん並んでいて、ぶつかる透き通った水を白く泡立てていた。
それにしても、気持ちがいい。
クゥに肩から降ろしてもらい、ルージュに肩から降りてもらう。
そして両手に持っていた、釣竿や籐のカゴを地面に置き
「んっ……」
俺はその場でグーッと伸びをした。
水の流れる音に、木の揺れる音。川の香りに、森の香り。
クゥも隣で、うにぃ~、と四つん這いになって伸びをしている。
「ふぅ~気持ちいいな~」
夏と言えば海とばかり思ってたけど、山や川も悪くない。
「あぁんまおーさま、まおーさまばかり気持ちよくなってずるいですの。ネネネも気持ちよくして欲しいですの」
いや別に俺が気持ちよくしてるわけじゃ、ないんだけど。
「まあまおーさま、自分で自分の自分を気持ちよくなさってますの!?」
「だから違うって……」
俺を気持ちよくしてるのは俺じゃなくて、自分じゃなくて、自然だ。この自然だ。
「気持ちよくなりたけりゃ、深呼吸をしてみろ、深呼吸を」
「分かりましたの、ひっひっふーっひっひっふー」
「そうじゃないだろ!?」
一体何を産むつもりだ。
「跡継ぎですの」
「嫁いでもないのに跡継ぎを産もうとするな!」
出来ちゃった婚ですか!? 跡継ぎ出来ちゃった婚ですか!?
「とんでもないスキャンダルだよ!」
「なに!? オカンギャルじゃと?」
ルージュがバッっと俺を見上げる。一体どこに食いついているんだ。
それに、俺が食いついて欲しいのは、ルージュじゃなくて魚だ。
「違うよルージュ、スキャンダルだよ」
確かにオカンがギャルだったら、出来ちゃった婚のイメージが強いと言うか、偏見が強いけど。
魔王城のオカン、つまり王妃がギャルとか、色々ダメだろそれ。
「オカンズル?」
「ああもうお母さんばっかりお菓子食べて、ずるいよ!」
「オカンデブ?」
「お菓子食べてばかりだからだよ!」
「オカントブ?」
「太ってるから飛べないよ!」
「オカンブタ?」
「そうだよ! 飛ばないブタだよ!」
「ああ、スキャンダルじゃったの」
「何だよそれ、もうええわ」
「「どうも、ありがとうございました~」」
伝説のコンビ、大漁を願っての野外ライブだった……。
ってこんなことをしている場合じゃない。
こんな所で母のスキャンダル、醜聞が立ってしまうような、醜態を晒すようなネタをしている場合じゃない。
こんな所で暴れてたら魚が逃げちゃうじゃないか。
まずいな……とにかく、これ以上暴れられる前に、早く釣りを始めないと。
「よし皆、竿を持て。さっそく釣るぞ、さっさと釣るぞ」
「ふむ、魚釣り名人の力見せてやろう」
「いっぱい捕るのだ」
と、意気込むルージュとクゥ。
だから捕るじゃなくて、釣るんだけどねクゥちゃん。
「もうまおーさまったら、こんな大自然の中で大胆ですのね」
「ネネネ、お前は一体何を言ってるんだ? そして何をしてるんだ!」
なぜ俺の下半身に手を伸ばす!?
「何って、まおーさまが竿を持てと」
「これは竿じゃない!」
「いいえこれは竿ですの、まおーさおですの」
まおーさおって何!?
「あのなあネネネ、残念だがこんなものじゃ何も釣れない」
「あら、ネネネは釣れますのよ?」
「ああそうかもしれないな、でも釣れるのはお前だけだ」
俺が釣ろうとしてるのは、魚であってネネネじゃない。
「魚魚魚も釣れますの」
「魚魚魚って何だ!」
確かに『ネ』と『魚』はちょっとばかし似てる…………ような気がしないでもないけど。
そんなことより読み方は、うおうおうお、か? ぎょぎょぎょ、か?
「それにまおーさま、ネネネだって大物で上物ですのよ?」
まあ確かにな、確かにそれは認める。
ネネネは胸も大物で、顔も上物だ。
頭の中はお花畑を通り越して、焼畑の域にまで達してるけど。
だがしかし……。
「お前は食べられないだろ?」
いくら大物で上物でも、ネネネはご飯には出来ない。
俺は今晩のご飯を釣りに来たんだ。
「いいえ、食べられますわよ。今日の晩ご飯の献立は、焼きネネネ、ネネネの酢の物、ネネネ汁、生ネネネ、そしてデザートにネネネ、ですの」
メイン料理から、サイドに汁物、デザートまでしっかりしてるけど、これを訳すとつまり。
日焼けしたネネネ、汗をかいたネネネ、ネネネの入ったお風呂の水、ただのネネネからの、ただのネネネってことだろう。
「お帰りなさいませまおーさま、先にご飯になさいます? それともネ・ネ・ネ?」
「どっちもお前だ!」
「お帰りくださいませまおーさま、先にご飯になさいます? それともネ・ネ・ネ?」
「帰るよ!」
言われたとおりにね!
ってもうホント、こんなことをしている場合じゃないんだよ。
暗くなる前に、ちゃんと魚を釣って帰らないとダメなんだ。
じゃないと三枚におろされるのは、魚じゃなくて、俺になるかもしれない。




