今日も学校へ行く
また一日が始まった。
目覚まし時計によって起こされて、朝ごはんを食べて、制服に着替えて、駅に向かって、満員電車に揺られて、学校へと歩くだけだった。
学校は駅より高い位置にあるので、登校は坂道を登らなければならない。行きは地獄、帰りは天国って感じだ。しかしそんな坂道にも慣れてきたので特に何も思わずに歩いている。天国でも地獄でもない時間を過ごしているだけだ。
「おい、見ろよ。あの人だよ。噂の呪いにかかってる先輩」
そんな現実めいてない会話が聞こえたのは坂道の中盤にさしかかった頃だった。話しているのは同じ学年らしき男子学生二人、ボクにギリギリ聞こえるくらいの小声で話し合ってた。
「わぁ、まじかよ。ほんとに目死んでんじゃん。怖いわー」
ボクは少し前にいる彼らの矛先の人物を見た。
そこには一人の高身長の男子学生がのろのろとゆっくり歩いていた。気力のない歩き方、そしてオーラ、後ろから見ても何か違和感を感じ取れた。
しかし気力がないのはボクも同じことである。もしかしてボクも同じように噂されてるんじゃないか、と思うと怖くてビクビクしてきた。
でも所詮は噂話、そんなくだらないことに首を突っ込んでいるほど無駄な人生は過ごしたくない。
ボクはただ学校を目指して歩くだけ、それだけやればいいんだ。
「あの噂本当らしいねー。友達が見たってさ」
「えー、まじ怖いんですけどー」
教室に入っても変わらなかった。みんながみんなそんな話をしているわけではないが、ところどころ耳に入ってくるワードには噂話がある。
別に不愉快には思わない。
特に何も思わない。関心も興味もない。
「あ、財布……」
ボクは思ってたことをつい口に出してしまった。ちょっと周りの目線を気にするが誰も反応していない。
昨日拾った財布を事務課に届けないといけないのを忘れていた。確かカバンに入れてあったのをボクは今朝確認している。ほら、ちゃんとあった。
そして今一度、あの美脚を思い出してみる。
うん、早くあの人に渡さないと困るだろうな。
ボクは財布を握りしめていつもと変わらない教室から出て行く。
「あっ……」
ボクが財布を事務課に届けて教室に戻ろうと廊下を歩いている途中の出来事だった。目の前には白い花柄のハンカチで手を拭きながら歩いている寺原さんがいた。近くにトイレがあるのでそこから出てきたのだろうか。
彼女もボクのことに気づいたらしく、目線を合わせてくる。ボクは目線を合わせると同時に一瞬だけ彼女の巨乳とも目線を合わせた。今日も健在だった。
「お、おはようございます……」
「あ、どうも……」
寺原さんから話しかけてきた。ボクはそれにぎこちない返しをする。
彼女は今日も巨乳の次にトレードマークである赤いメガネをかけている。彼女のメガネに特に意味はないけれどちょっと気になっただけだ。
「昨日は、本当にありがとうございました」
「あぁ、大丈夫だよ。それよりちゃんと家に帰れた?」
「は、はい……おかげで無事に帰れました」
「ならよかった。本当に……あれ?」
ボクは寺原さんが無事に帰れたことに安心しているとき、ふと見た彼女の右手に異変を見つけた。
「ど、どうしました?」
「右手の小指」
「小指?……あ、切り傷ですね」
ボクは小指にある切り傷を見つけた。その傷は浅いものの赤く染まっていて今にも血が溢れ出しそうだった。何かが触れればその血は一気に流れ出す。ほんの少しのきっかけで動き出すんだろう。
「これくらい大丈夫ですよ」
「いや、傷口に菌が入ったら大変だよ。そうだ、これ使って」
ボクは制服の小さな胸ポケットに手を突っ込んだ。そして取り出したのは花柄のついた絆創膏、これは妹から貰ったものだ。なぜ貰ったかまではあまり覚えていない。
「あ、ありがとうございます。本当に迷惑ばかりかけてすいません」
「いいって謝らなくて。そろそろ始業のベルが鳴るから戻ろうよ」
「そうですね」
ボクと寺原さんは仲良しのように並んで教室へ向かった。
隣に寺原さんという可憐な女性がいて何か高揚感があったが、それよりも男女(しかも巨乳)が二人並んで歩いている姿が周りから変な目で見られていないか心配だった。