すべてはここから始まった
他の作品の続きはちゃんと書いてます。この作品は筆休めに書いてる物だと思ってください。
あなたたちは、この世界を知っているか。
この世界のすべてを、あなたたちは知っているか。
急な話だけど、僕はこの世界を知りすぎている。別に前から知りすぎているわけじゃない。ついこの前までは普通のどこにでもいる男子高校生だった。いや、今でもボクは男子高校生だけれども、明らかに平凡な存在ではなくなっている。
本当にボクはこの世界を知りすぎている……。
「ねぇ、あの先輩って今日も変な感じだった?」
「うん、噂のとおりにグッタリしてて目が死んでる感じだったかな。あの噂は本当らしいね」
そろそろ夏も近づいてくる季節、最近は噂に関する会話が教室の中で飛び交っている。ボクはそんなくだらない会話を耳に入れながら雲がまばらに浮いている夏空を見ていた。あの雲のようにどこまでも自由に流れていきたい気分だった。
「噂が本当なら、私たちはいつ襲われるかわからないじゃない。怖いわね……」
「危ないからみんなで一緒に帰ろうよー」
ボクの少し前で群がっている女子たちがそんな心配事をしていた。どうせいつも群がってるんだから心配ないじゃないか。
この頃、悪い噂が流れている。
噂というのは、帰り道に何者かに襲われて無気力人間にされてしまう、という何とも現実味がなく、何とも怖い噂だ。ボクも若干怯えながらいつも家に帰っている。
この学校に通う生徒でも被害者が何人か出ているらしい。しかし先生はそんな噂を信じるわけもなく、特に対処はしていない。
でも事態が深刻化したら先生も黙ってるわけにもいかないだろう。
さて、そろそろ次の授業が始まるからこの話は後にしよう。
授業が終わった。部活動に入っていないボクはすぐさま帰宅の道へと着く。特に一緒に帰る友達はいない。別に友達がいないわけじゃないが、浅い付き合いばかりなので特に遊びの誘いも受けない。つまり孤独といわれれば孤独なのだ。
別にそれを悲しくなんて想っていない。もちろん誇らしくも想っていない。ただ、ある程度孤独な方がボクとしては楽に生きられるのである。昔からボクは目立つことが嫌いだから、これでいいんだ。
そんなわけでボクは学校を去ってこの街で一番大きい駅へと向かう。ボクはそこから電車に乗って、三駅先の駅で降りて自宅へと向かう。その繰り返しをいつも続けてきた。これからも卒業するまではこの繰り返しを続けるのだ。卒業したらまた違う繰り返しを繰り返していくだけなんだ。人生なんてそんなもの。ボクはそういう風に割り切っている。
バタッ
駅前の大通りを歩いているとそんな小さい音が聞こえた。前方を見てみると、道に黒い財布が落ちていた。ぱっと見る限りなかなか高級なブランド物な気がする。
そしてさらに財布の前方を見てみる。
そこには長いストレートな黒髪の女性。その黒髪は距離があってもわかるくらいの艶やかさだ。そしてなんと言っても美脚だ。白雪姫のような美しい白肌にボクはちょっと釘付けになっていた。
そして服装を確認してみると、それはボクの高校の制服だった。つまりこの財布の持ち主である美脚女子高生はボクと同じ高校に通っているということだ。
さて、この財布を本人に届けた方がいいのは瞑目だ。でもあいにくボクにそんな勇気と行動力を持ち合わせては居ない。ボクの中では知らない人に話しかけるということはかなり高ハードルなんだ。
でもさすがに借りパクはマズい。人としてマズい。それがバレたら、学校内に噂が拡散されて目立ってしまう。美脚女子高生の財布を同じ学校に通う男子高校生が盗難する事件が発生!
それはマズい。
そうしているうちに美脚女子高生との距離がどんどん離れていってしまう。仕方ない、追いかけて渡すしかない。
その意志を固めた頃には、美脚女子高生は曲がり角を左折しかけていた。見失うもんか、と言わんばかりにボクは前に向かって走り始めた。
追いかけるのに夢中で知らないうちに大通りから離れてしまっていた。大通りと比べるとだいぶ歩いている人が少なくなってきている。というかボク以外に歩いている人を見かけない。
いや、先ほどの発言には語弊がある。歩いている人は確実に一人はいる。その人は長い黒髪をなびかせながら、どこかへ黙々と歩いている。目的地がはっきりしているのか、美脚女子高生(以後脚女と略す)の歩きに迷いがない。果たしてこんな人がいない所を歩いて、どこへ向かっているのか気になって仕方ない。まぁ自宅が一番可能性が高いけども。
……ちょっと待て、これってストーキングじゃないか?
今のボクはストーカーではないだろうか。客観的に見ても、主観的に見ても。これはこれでストーカーとして学校中に拡散されて目立ってしまうのではないか。それはマズい。
早くこの財布を渡さないと。渡して早くこの場を去らないと。
と思っていたら、前方に脚女の姿がなかった。
まさかここに来て見失ったか。いや、まだ大丈夫だ。脚女はあの曲がり角を右折したはずだ。
ボクはそう信じて急いで右折した。すると推理どおり、脚女が歩いていて次の曲がり角をちょうど左折しているところだった。
今度こそ声をかけて財布を渡そうと、急いで曲がり角を左折しようとした。なのに、なのに。
また見失った。
前方に広がるのは、行き止まり。そこらへんにゴミが散らかってる汚い行き止まりだった。
脚女、あの人は確かにここで曲がってここを進んだはずだ。なのに、なのにいない。
なんでだ。なんでいないんだ。スタントマンらしく、壁でも越えたのか。
ボクは意味がわからないまま財布を握って立ち尽くしているだけだった……。