−第5話 戦う理由は、そこに幼女が居るから。−
神が住む世界・天界と呼ばれる世界がある。
そこにはありとあらゆる、数え切れない程の神が住んでいる。
その天界に点々と存在する、神の住居・神の砦。
そして、とある神の砦の内部では、神と神の戦いが行われていた。
「これで終わりだな。
さて、余計な抵抗は止めてもらおうか」
「ま、まだ終わってなんかいないですよ…」
戦っているのは、理想の神・サリヌス。
そして、邪神と呼ばれるアルギスという神だった。
アルギスは地面に膝を付き、鎧や服がボロボロになっていた。
それに対してサリヌスは、傷一つ無く表情を変えずにただ立っている。
「よくそんな事が言えるな…
今の自分の立場分かってるのか?」
「…残念ながら、私は貴方に従う気はないですよ!」
アルギスは、歪な形をした穴だらけの貝殻のようなものをサリヌスに投げ付けた。
次の瞬間、サリヌスの視界は黒い霧に覆われていた。
「悪夢を吐く魔貝か…
やはり、邪神は往生際が悪いな」
サリヌスは、懐から何かを取り出し、地面に投げ付ける。
それが地面に瞬間、まばゆい光と共に、サリヌスの視界が晴れてきた。
「なっ、聖なる玉の原石!?」
「私にそんな小細工は通用しない。
私は今まで何人もの邪神を相手にして来たからな…
悪夢を吐く魔貝など、想定範囲内だ」
「なん…ですと…!?」
「まあ、そういう訳だ。
とりあえず、女神様に会ってもらおうか。
精々、罪が軽くなるように懺悔でもするんだな」
そう言って、サリヌスは何処からか鎖を取り出し、アルギスの腕に巻き付けて拘束した。
これは、罪深き紅い鎖と呼ばれる鎖で、どんな神でさえこの鎖を破壊する事が出来ないとされている。
「くそっ…!
こんな事なら、もっと別な奴に目を付けておけば良かった…!!」
「まあ、そうゆう事は裁きの間で聞いてやるよ。
大体な…私でなくても、他にも邪神を裁く者は他にも多々存在する」
「いえ、貴方は別です…
とても掟の神の犬とは思えない、暴力的解決法、そして邪神に負けず劣らずの負のオーラ…
貴方程、邪神の素質をもっていながらにして、何故そんな事を!?」
アルギスの問い掛けに、サリヌスは口元をニヤリと歪めて答えた。
その姿は、悪戯好きの子供のようにも見えた。
「ああ、何故って?
フン、愚問だな。
お前さんとは、負の感情のベクトルがそもそも違うんだよ」
「違う…とは?」
「簡単に言うと、私は貴様等のような邪神に悪事に対する怒りしか抱かない。
つまりだ、『悪を憎んで、人を憎まず』って奴だな」
「はぁ、解せませんね…
そんな神は、テミスぐらいしか居ないと思っていましたよ…」
「だから、私はその人に協力しているんだ。
ほら、無駄話は此処までだ。
さっさと行くぞ」
「仕方ありませんね…」
鎖にアルギスは、渋々彼に従うしか無かった。
こうして、サリヌスは自分の役目を終える事が出来た。
「向こうも、そろそろ決着が付きそうだな…」
サリヌスは、ふと空を見上げて呟いた。
彼の友人に魅入られた、哀れな契約者の事を思いながら…
◇
「『個性反転』ッ!!」
「ナっ、なニをっ!?
とりアえズ離セっ!!」
俺に頭を掴まれた榛原は、身の危険を感じたのか俺を思い切り突き飛ばした。
だが、奴を無力化させるにはそれで十分だ。
「キっ、貴様…
俺にナにをシたァ!!?」
「なに、簡単な事さ。
お前の性癖を反転させたんだよ」
「馬鹿ナッ…!?
貴様ゴときガ、二つモ能力がアるハずが…
何故今マでソれヲ使わナかッたノダ!?」
「はいはい、質問に答えのは時間的な都合上一つだけだぞ?
まあ、とりあえず、何故今まで『個性反転』を使わなかったのか教えてやろう」
俺はいかにも誇らしげに、自分の能力を説明していた。
まあ、全部アイツの説明なんだけどな。
「俺の『個性反転』は、相手がどんな能力を持っているか理解する事、直接相手に触れる事が出来る事、そして近くに年下の女の子が居る事…以上三つの条件が揃わないと発動しないのさ。
つまり、俺はお前の能力が何か探りながら戦っていたのさ!」
「ナ、貴様ハそコマで考えテ戦ッていタとイうのカ…!?」
フッ、どうよ!
俺ってば、イケメン紳士策士!!
お前らが思っている、ら幼女守るしか脳が無いロリコンとは違うんだよ!!
−おい、調子に乗るなよクズゴミ野郎。
貴様の為なんかに使った私の労力を、まるで自分の功績のように語るとは生意気な。
ゴキブリ以下の貴様一人で、そんな狂暴なナイフ使いを倒す事など出来る筈がないだろう−
「そうですよ、悠希様。
利益の独り占めは、卑劣な人間への堕落の始まりですよ?」
「あ゛ー、もう、分かってるよ!
もう榛原は倒したんだし、ちょっとぐらいカッコつけさせろよ!」
イゼエルは別に気にしないが、ルノエルに非難されるとは…
どうしよう、この空気。
「おイ、何だテめぇラ!
何勝者ヴってルンだ!?
マだ俺ハ死ンじゃイナいゼ!?」
「うるさいぞ、榛原。
折角の俺とルノエルの話を遮るんじゃなねぇよ!
それに、俺はお前を殺すつもりなんて無いからな」
「ギャギャギャッ、だっタラ…
コッちの好都合ジゃねエかよォォぉぉォぉォォ!!?」
独特な笑い声を辺りに響かせながら、榛原は俺に飛び掛かってきた。
最後の悪あがきという事なのか、まだ勝機はあると思っているのかは分からないが…
「無駄だ、既に決着は付いているからな!」
「人ヲ殺サないト言った奴ガ何をホザくぅ!!?」
「確かに、殺さないとは言ったけど…
お前に勝たすつもりもない!」
「ギャギャギャッ、今更ロリコンゴトきにナにガデきるゥ!?」
「まだ気付かないのか?
お前、自分の大切なアレが無い事に」
「ギャギャギャッッ、何ガ大切…ナ……」
榛原の言葉は、不意に途切れていた。
まあ、理由はいたって簡単だ。
「無イ…俺のナイフガ…俺ノナイフがアアああああああ!?
ナイフが出ナいイイいイィィぃぃぃ!!??」
「だから、言っただろうよ!
決着はもう付いているってな!!」
「貴様…俺ニなニをシタあアアアああアアああああ!!??」
自分の戦力を失った榛原の動揺は、凄まじいものだった。
ただでさえ聞き取りにくく荒っぽい口調が、さらに悪化していた。
可哀相だから、何が起こったぐらいは説明してやろうか。
まあ、コイツに何を言おうが、どうせ忘れるだろうし。
「まあ、一言で言うと…
お前の性癖を反転させただけだ。
安心しなよ、身体だけには害は無い」
「性癖ヲ反転…ダと!?
ソれとナイフニ何の関係ガ…」
「分からないか?
お前の能力は、大方刃物を操る能力といった所だろう?
そう考えると、お前の性癖も刃物に関係するものだと考えられる。
もし、その性癖を反転させたら?」
「マさか、俺ノ能力ハっッ!?」
「そうさ、お前は刃物が大好きな人間から、大嫌いな人間になった。
つまり、お前の刃物に関係する性癖は真逆になり、神との契約も無効になる!」
「ソンな馬鹿ナ…
俺ハコイつラで人を…」
「残念だが、お前の詰みだ」
榛原は、その場でがっくりとうなだれた。
抵抗する気配は、まるで無いように見えた。
「…という訳でイゼエル、このあとはどうするんだ?
これは俺の勝ちで良いんだよな?」
−とりあえずは、お前の勝ちだ。
あとは、そいつを拘束でもしておけ。
一度、天界に連れて来る必要がある−
「ったく、何の説明も無く戦ったんだからさぁ…
感謝の一言ぐらいくれてもいいじゃないか?」
−気が向いたら、善処しよう。
説明しようにも、色々と面倒臭いからな−
「うわぁ…
この人、人に命懸けの戦いをさせておいてこの言い草だよ…」
面倒臭がりやで、人で無しとか鬼畜過ぎる…
あ、イゼエルは人では無いか。
「調…に…ナよ…」
「…ん?
何か言ったか?」
気付くと榛原は立ち上がり、首をうなだれながら何かを呟いていた。
その時、榛原を取り巻く雰囲気が再び張り詰めた。
「調子ニ…乗るンじャねエゾ、アぁッ!?」
「…!」
榛原が何処からか再びナイフを取り出し、俺の首筋を目掛けて突っ込んできた。
もう無力化できていたと思っていたが、まさか性癖を反転されられてまだ反撃してくるとは。
まさに油断大敵というやつだな。
「悪いけど、もうお前の詰みだって言ったろ?
いくら足掻いても、勝敗は揺るがないよ」
「何ヲ馬鹿なッ…」
「まだ自覚してないようだな。
お前の性癖は|既に反転してしまっている(・・・・・・・・・・・・)事…
それは、どんなに恐ろしい事なのかをな…」
「はッ…
ハッたリ抜カスなよ、腐れロリコン野郎ガ!!」
榛原は俺の忠告も聞かず、闇雲に突撃してくる。
この自分の意志を突き通す強い精神は、是非見習いな。
って、そんな呑気な事言ってる場合じゃないよ!
「ちょっ、イゼエル!
榛原の奴、まだ抵抗してきてるぞ!?
お前が言った通りに話せばなんとかなるとか言ってけど…
なんとかなってないじゃん!!」
−うむ、聞く耳を持たないか…
なら、仕方ないな。
悠希よ、もう少し時間を稼げ−
「了解…って、おいおい!?
まさか、俺らが手詰まりって事じゃ無いじゃないよな!?」
−安心しろ、たった1分だ。
それで奴は書き変わる−
「あー、よく分からないけど…
つまり、今は攻撃に耐え切れろと?」
−そういう事だ。
ほら、話している暇は無いんじゃないか?−
「ッ…!」
気が付くと、榛原が目の前に迫っていた。
俺は隣に立っているルノエルの手を掴み、壁が出現するように念じた。
「行くぞ、ルノエル!!」
「は、はいっ!」
「『幼女防壁』!!」
ガキンッ!!
「舐めンナよ、ド素人がァァぁぁぁぁ!!」
「なっ…!?」
ビキッ…
ビキキッ…
「そんな『幼女防壁』が…」
「ギャギャギャギャッ!!
ソの壁、案外大しタ事無いヨウだナ!!」
先程までびくともしなかった『幼女防壁』だったが、今の榛原の攻撃で大きな皹が入っていた。
いくら年下の女の子を守る能力とは言え、壁には耐久度というのがあるらしかった。
「クソッ、最後の最後でなんて力だ!」
「ギャギャギャギャギャギャギャギャッ!!
コれが、邪神契約ノ力だッ!
オ前らみタイな貧弱野郎トの契約とハ、まルで違うンダよ!!」
「じゃ、邪神…!?」
「そんな…!?
貴方は邪神契約者なのですか!?」
ルノエルは、榛原の言葉を聞いてたじろいでいた。
邪神契約…
それが何なのかは俺には分からないが、あまり良い響ではない。
「アあ、ソうさ!
普通ノ神カらは得らレナい規格外の能力!!
どンナ無茶苦茶ナ欲望デも叶ウゥ!!
そシて、圧倒的な違いガモう一つゥゥぅ!!」
バキンッ!!
榛原はナイフを力任せに振り下ろし、『幼女防壁』を真っ二つにした。
ひび割れた壁の隙間から覗く彼の表情は、寒気を感じる程生き生きとした笑顔だった。
「人を殺めル力ダァッ!!!」
「うわっ…!!」
眼前には、俺の頭を貫こうと榛原のナイフが迫っていた。
避けようにも、とても避けれる距離では無かった。
「クソッ…まさかこんな所で!!」
「ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャッ!!!
貴様モ道連れダぁぁァァァ!!」
榛原は勝ち誇ったような雄叫びを上げた。
駄目だ、こんな所で死ぬ訳には…
ピタッ
「………」
「なっ…なんだ!?」
突然、榛原の動きが止まってしまった。
顔から生気が失せ、死人のような顔をしていた。
そして、榛原は自らのナイフナイフを取り落とし、ふらふらとよろめき始めた。
ドサッ…
「えっ、何がどうなってるんだ…?
なんで急に倒れたり…」
−オイ、クズ。
今回は貴様の勝ちだぞ。
もっと喜んだらどうだ?−
「そうですよ、悠希様。
貴方の欲望が、彼に勝ったんですよ!」
「えっ、ええっ!?」
君たちはいつもそうだね。
わけがわからないよ。
どうして、僕が榛原に勝った事になっているんだい?
僕は彼に何もしてないじゃないか。
−理解出来ていないようだな、クズ。
折角だから、解説してやろう−
「いや、折角も何もな…
お前の為に戦った俺には、説明してもらえる義務があると思うんだが…」
−結論から言うと、貴様が奴に勝てたのは…−
「俺の話を聞けぇぇぇ!!」
スルーは卑怯だ。
簡単にして、絶対なる悪意が篭った恐ろしい行為だ。
そして、それを得意とするのが女子。
奴らは幼稚園児の頃から、このいとも簡単に行われるえげつない行為を習得しているのだ!
−おい、聞いているのかクズ男。
そういう事は、本人達の前で言うんだな−
「だぁぁあああッ!
急に俺の回想を読むな!!
大体あんたが俺をスr…」
−長くなりそうだから、さっさと話してやろう−
「クソッ、コイツ…
綺麗に流しやがった…」
このまま話が進まないのも困るので、俺は仕方なく話を聞くことにした。
それに、聞きたいことは山ほどある。
−さて、貴様が勝った理由は単純だ。
ただ『個性反転』が発動しただけだ−
「…?
俺はその前に榛原に触れて、『個性反転』を発動してただろ?
なんで二回使った事になっているんだ?」
−いや、違うぞ。
貴様が最初に使った『個性反転』は覚醒する前で、充分な力を出し切れていなかったのだ。
それが一連の流れの間で覚醒して、決着が付いたという訳だ−
「ええと、ちょっと待ってくれよ。
今、頭の整理をするから…」
ええと、つまり…
俺のもう一つの能力・『個性反転』は、本来の力を出せていなかったと。
そして、時間が経っていくうちに、その…覚醒したと。
で、結果的に勝ったと。
「正直、ツッコミたい所が山ほどある」
−なんだ、まだ分からないのか?
割と丁寧に説明したはずだが…−
「いや、能力は後でいい。
それよりも、根本的な事が聞きたい」
−ほう、何が知りたい?−
「お前は、俺を利用して何をするつもりだ?」
俺はあの時何故、榛原という戦う事になってしまったのか。
そもそも、あの契約自体俺は詳しく知らない。
だから…
「そろそろ、俺にも詳しい事情を教えろ。
これ以上何も知らないまま戦う気は、俺にはもう無いぜ?」
−………−
イゼエルは、何も言わない。
その場に、暫しの沈黙が流れる。
−…良いだろう、貴様にこの戦争の全容を教えてやろう。
そこの契約者を連れて天界に来い、話してやる−
「ハッ、そうこなくちゃな!」
その時の俺は多分、ニヤリッと笑っていただろう。
これで、俺が置かれている状況が理解できる。
契約とは、約束すること。
特に、当事者の合意によって法的効果を発生させる約束をすることだ。
つまり、まだ俺は年下の女の子を守る力を得るという力を得た代わりに、何かを代償にするという事も考えられる。
等価交換なら、その分の代償を払う必要がある。
いざとなれば、俺はこの契約を解約する。
−では、今からこちらに転送するぞ。
『異境を繋ぐ門』−
イゼエルがそう言うと、安定の異空間転送施設が現れた。
自分の好きな時に、都合よく何かを天界に転送できるとか、本当に便利な代物だよな。
「待って、悠希ーっ!」
「ん?
誰だよ、こんな時に…」
ドガッ!!
突如として腹部に広がる激痛。
新手の敵襲か!?
いや、でもこの感覚…
受け慣れたというか、喰らい慣れてるような…
その理由は、ぶつかってきたものを見ればすぐに分かった。
「りっ、凛々愛!?」
「ちょっと待ちなさいよ、バカ!
私も連れて行きなさいよ!!」
「はあぁっ!?
何言ってんだよ…って、うわああああああああああ!!」
気が付くと、『異境を繋ぐ門』の中だった。
凛々愛を追い返そうにも、もう手遅れだ。
「なんでこんな事に…」
「それはこっちの台詞よ!
なんであの天使ちゃんと手を繋いでるのよ!?
説明するまでッ!
あんたをどつくのを止めないッわッ!!」
「馬鹿、落下中に止めろ!
何をするダァーッ!!」
落下しながらの口喧嘩(?)をしながら、俺はひしひしと感じた。
どうして、俺はこんな扱いが面倒で、百合百合してる幼なじみがいるのだろうか…と。
「はぁ、誰か代わってくれよ…」
「かかったな、アホが!『稲妻十字空裂刃』!!」
「お前、波紋呼吸法使えないだろ!!」
◇
なんだかんだで、『異境を繋ぐ門』で天界に俺達は転送された。
ただ…なんかついて来てしまった人が一人居る。
「何、此処は!?
此処が天界って言ってたところ!?」
「ああ、そうだ…
というか、お前いつから…」
「こいつはくせぇ!
可愛い女の子の臭いがプンプンするぜぇ!!」
「お前、そんなネタ言うキャラだっけ…?」
俺の幼なじみで、女子にして女子好きな百合っ子である弓野凛々愛だ。
天界に来てから、ずっとこんな調子である。
「全く…逃げろって言ったのに、なんで戦闘終わった後すぐに飛び出して来るんだよ?」
「あんたの言うことを聞くのが、何か腑に落ちなかったからよ!」
「そんな事言ってる余裕は無かった気がするんだけどな!」
ダメだ、コイツ…
早く何とかしないと…
いや、面倒だ。
もう無視しよう…
そんな事よりも、俺には気になる事があった。
俺は、光の檻の中で浮いている榛原を見詰めているイゼエルに声をかけた。
「おい、質問タイムはまだかよ?
いい加減、お前がしようとしてる事を話せよ」
「フム…面倒だから、無かった事に…」
「させねーよ!!」
「クククッ、とことん面倒臭い奴だな…
私ならは、これで追求するのを止めるぞ?」
「お前は面倒臭がりや過ぎるんだよ!
契約した上に、戦いに勝利したんだから、なんか…知る権利ぐらいあるだろ!」
「ハァ、仕方ないな…」
イゼエルは、いかにも面倒臭そうにため息を付いた。
話すと言ったのに、この様とは…
神様って、案外いい加減な存在なのかもな。
「では、何が知りたい?
簡潔に30字以内で質問しろ」
「はぁ!?
30字って、無茶言うなよ!?」
「もう、18文字だぞ?」
「…ッ、契約って何だ!?」
「ほう、ギリギリ30字に収めたか…
仕方ない、答えてやろう」
何なんだこの神様は…
超面倒臭がりのくせに、対応も同じぐらい面倒臭せぇ!!
「契約とは…
約束すること。
特に、当事者の合意によって法的効果を発生させる約束をすること。
また、その約束…だ」
「いや、分かるよ!
さっき俺も回想で似たような事思ってたよ!!」
「なんだ、わざわざ某国語辞書から引用してやったというのに…」
「メタい発言は止めろ!!」
「では、貴様が知りたい契約とは何だ?
もちろん、質問は30文字でな?」
(クソッ、面倒臭せぇ…)
正直、普段ならこんな面倒な奴と話したくないが…まあ、真実を知る為なら仕方ない。
30字縛り…やってやるぜ!
「お前と俺が結んだ契約の詳細を教えろ。
嘘偽り無しにな…」
「なるほど…
字数も問題ないな。
では、教えてやろう。
私達が結んだ契約の全容を。
さらには、人間と契約を結ぶ理由をな」
ついに、聞くことが出来るのだ。
改めてそれを考えて、俺は思わず生唾を飲んだ。
「私達が結んだ契約は、簡単に説明するとこういう仕組みだ。
まず神は、人間の欲望を叶える。
そして、人間はその対価として、他の契約者と戦う事を要求される。
神はその契約者の力をもって、他の神に自分の力を示すのだ」
「ああ、さっきの榛原と俺みたいな感じか」
これで、一つ謎が解けた。
俺が戦わされる理由は、神の力の恩恵を受けた人間の力比べをする為…
宛ら、神が遊ぶボードゲームの盤上のの駒という扱いだな。
「いや、違うな。
お前と奴の場合は、例外だ」
イゼエルは、俺の言葉を否定した。
さっきの戦いは、普通という訳ではないらしい。
「それは、どういう意味だ?」
「奴はただの契約者ではない。
邪神と呼ばれる神の道を踏み外した外道共と契約した、邪神契約者という奴だ」
「だったら、お前も邪神じゃねえの?
その外道っぷり、邪神に間違いないだろ」
「神の道理は犯していない。
だから、いくら性癖が歪んでいようとも、良い神は良い神なのだ」
「なんか納得いかねぇ…
何だよ、その神の道理って」
「簡単さ、これらを守れば良いだけだ。
一つは、人を殺める力は使わない。
もう一つは、死者に干渉する力を使わない。
これが、神の道理という奴だ。
これに反する神は、邪神となる」
「…!」
俺の脳裏には、榛原のある言葉が浮かんでいた。
イゼエルが言う、神の道理に反した力を有している事をはっきりと述べた言葉が。
<ギャギャギャギャギャギャギャギャッ!!
コれが、邪神契約ノ力だッ!
オ前らみタイな貧弱野郎トの契約とハ、まルで違うンダよ!!>
今の話を聞いて、榛原の言葉の意味が理解できた。
奴は邪神契で、神の道理を踏み外した禁じられた力を得ていた。
「つまり、本来の神同士の戦いは、命を賭けるなんて馬鹿な真似はしない。
せいぜい、プライドに傷が付くだけだ」
「それもどうかと思うんだが…」
「とにかくだ、普通の神同士の戦いは、さっきの戦いよりも格段に安全と言えるのだ。
だが邪神共は、相手を殺してまで勝ちを得ようとする…」
「何故邪神は…そこまでして勝つことにこだわるんだ?」
「この戦いは、創設神の後継者に相応しい神を決める戦いだからだ。
通称・創設の聖戦と呼ばれるこの戦い、主催者の予定なら…
この戦いは、祭程度の意味合いしかないものだったのだが…
邪神共が、この戦いに乱入してきたのだ。
なにせ、この戦いに勝ち残れば、自分の理想の世界を作り上げる事が出来るのだからな」
「理想の世界…な」
「邪神の奴らの理想の世界なんざ、神や間にとって何の得も無い世界だ。
十人の邪神を象徴する『死』、『殺』、『恐』、『悪』、『滅』、『呪』、『乱』、『危』、『醜』、『諍』、『廃』が全てを支配するイカれた世界になってしまう。
それを止めるのも、私達道を踏み外していない者の役目だ。
ぶっちゃけ、私の場合は報酬が目当てだが…」
「随分と邪な正義だな…
で、それに協力した俺には、何か得になる事でもあんの?」
「そうだな、まず自分の欲望にあった戦闘能力を得ることができるな。
そして、勝ち残った暁には、何でも願いを一つだけ叶えてやれる」
「ちょっと待て!
俺が契約した時は、確か…」
「ああ、言葉足らずですまないな。
契約で欲望に適った能力は与えられるが、ちゃんと願いが叶うわけではないのだ。
まあ、勝てば叶うのだ。
何の問題なかろう」
「言葉足りな過ぎるわ!!」
「それで…どうだ?
戦いを続ける気はあるか?」
「………」
言わずもがな、俺の答えは決まっていた。
正直、イゼエルの説明不足には腹が立った。
しかし、彼の言うとおり勝てば願いが叶う。
この糠喜びを、本当の喜びに変える事ができるのだ!
「今更聞くまでもないだろ、イゼエル?
俺は戦ってやるぜ、世界に年下の女の子が居る限り!」
「クククッ、そう来なくてはな…
やはり、私が見込んだだけはある」
その時、俺達の会話に乱入してきた奴が居た。
「話は聞いたわよ!
私も契約するわ!!」
「ちょ、凛々愛ぁ!?」
どうやら、途中から俺達の会話に耳を立てていたらしい。
俺が見て分かるぐらい、欲望で目が爛々と輝いているのが分かる。
「何言ってんだよ、お前!
百合女はすっこんでろ!」
「もう、うるさいわね!
私はあの天使ちゃんと×××するまで諦めないんだから!!」
「ひいぃっ…!」
何処からか、ルノエルの小さな悲鳴が聞こえた。
凛々愛から逃れる為、ずっと透明化しているので姿は見えないが、間違いなくその顔は青ざめているだろう。
ちなみに、×××には危ない単語が入るぞ☆
「何を馬鹿な事を…
大体な、契約者は一人で充b…」
「良いだろう、契約してやる。
何も契約者は、一人だけとは決まっていないからな」
「チョト、イゼエルサーン!?」
「うふふ、悠希ざまぁ♪」
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!
ストレッサーは一人で充分だよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
俺は、今までに無いぐらいの悲痛の叫び声を上げていた。
しかし、俺の声は、虚しく神の砦に響くのであった。
◇
「ほら、早くしないとお茶会に遅れてしまうよ?」
「そんな待って、私はそんなに早く走れない!」
此処は、白扇学園中等部・一年二組の教室。
いつも落ち着かない生徒たちで賑わっている教室だが、その日は違った。
教室はとても静かだった。
聞こえるのは、たった一人の大人しそうな女子生徒の声だけだった。
「まあ、こんな豪華な茶菓子を用意してくださったの?」
「はい、これはお嬢様の為にご用意させていただいたものです。
どうぞお召し上がり下さい」
「クスッ、ありがとう。
ほら、他のみんなも召し上がれ?」
奇妙な事に、この会話は全てその女子生徒がこなしていた。
まるで、御人形遊びをする子供のように。
しかし、彼女は一人ではなかった。
クラスメートは勢揃い、おまけに担任まで教卓に立っている。
しかし、聞こえるのはその少女の声のみ。
間違いなく、彼女は一人ではないのに…
「クスッ、楽しい…
|みんなを人形にして遊ぶ人形遊び(・・・・・・・・・・・・・・・)は…」
彼女の言葉通り、クラスメートたちはまるで人形のようだった。
授業中に関わらず、クラスメート達はお茶会をしている。
それも、無表情で淡々と。
「こうすれば…あんな事は…もう…」
彼女は苦虫噛み締めたような苦い表情を浮かべ、紅茶を啜った。
だがすぐに、御人形遊びを再開した。
「いつまでも、居て良いんだよ?
この世界は、有栖のものなんだから」
「そうだよ、これから毎日お茶会しましょうよ?」
「クス…ありがとう」
彼女はひたすら、一人で会話を続けていた。
その様子は、とあるお伽話の主人公…
そう、不思議の国に迷い込んだ少女・アリスの姿の如く…