−第2話 俺が天使で、天使が俺で。−
ふと気が付くと俺は、自分のクラスの教室に戻って来ていた。
見慣れたクラスメート達は、いつもと変わらない方法で休み時間を費やしていた。
そして、目の前の机には、空になった弁当箱と、元々何かが挟まっていたようなパンが一つ。
まさに残飯…いや、残パン。
「夢じゃなかったみたいだな…」
地上に戻ってきてすぐに出た言葉は、この一言である。
あれは、今でも信じられない体験だな。
とりあえずこれが夢じゃなければ、俺の顔した天使が色々とやらかしちゃってるらしいから、さっさと探して止めないとな。
ん、でもどうやって探せばいいんだ?
顔も名前も知らんのに。
そう思っていると、空になった弁当箱の横に、紙切れのようなものがあるのに気が付いた。
流れ的にイゼエルからだろう。
拾い上げて中身を見たところ、やはりイゼエルからの手紙のようだった。
今更だが、弁当箱を『異境を繋ぐ門』に使うのは止めて欲しいな。
で、手紙の中身はと言うと…
『役に立ちそうもないクズ人間よ、仕方がないから天使の特徴を教えてやろう。
私の従える天使の名はルノエル。
性別は女に当たる。
変身能力があり、今は貴様…タテワキハルキに変身しているぞ。
』
「なるほど、ルノエルか…」
先程イゼエルが言っていた顔を借りているとは、変身しているという事か。
確かに、俺の信用は彼女の行動に左右されているわけだな。
そして、すでにやらかしていると。
嫌な予感しかしない。
イゼエルの手紙の内容は、これだけだ。
何か物足りないと思うのは、俺だけだろうか。
人にものを頼む時は、もう少しこう、頼むぐらいの一言を…
「たーてーわーきーっ!!」
俺の思考を遮るように、何者かの声が教室に響く。
恐らくこの声は、クラスメートの中で最も恐れられている人物のものだろう。
「うげっ、日下部さん…」
「なんだその反応は。
まるで会いたくもない人に会ったみたいじゃないか」
「いや、そんな事ある訳ない事もないけど…」
「要するに会いたくないのかよ!!
くそ、腹立つなー!」
このショートヘアで子供っぽい感じの人は、日下部達美。
見た目は美少女で、人懐っこい彼女だが…
残念ながら、凛々愛よろしく性癖に問題がありまして、クラスメートの中では危険人物として恐れられているのです。
その問題の性癖というのが…
「そうだ、立脇。
お前、あたしのレーズンおにぎり食べただろ」
「いや、そんな奇妙な食べ物食わんし…」
「オラァ、嘘付くんじゃねえェ!!
喰ったの見たんだぞ、クソ野郎がァ!!」
これでお分かり頂けただろうか?
彼女は大のレーズン好きで、15分に一粒以上レーズンを食べないと発狂する体質なのだ。
そして、レーズン不足に陥ると、このように狂暴化するのだ。
ちなみに今俺の身体には、日下部さんの卍固めが炸裂しています。
「痛い痛い痛い!!
え、冤罪だ、冤罪!!
俺はレーズンなんて食べてない!!」
「うるせェェェ!!
確かに見たんだぞ、白状しろォォォ!!」
「ぎゃああああ!!
れ、レーズンパン買ってやるから離してくれ!!」
「なにっ、本当か!?」
レーズンと聞いた瞬間、すぐに離してくれました。
それにしても日下部さんは、本当にレーズンに弱いな。
そのうち不審者に、レーズンで釣られるぞ。
「ったく、レーズンパンを買う金があるなら、なんであたしのレーズンおにぎりを喰ったんだよ」
「いや、だから俺は食ってないって。
何かの間違いじゃないか?」
「むぅ…
じゃあ、あれは幻覚だったのか?
立脇だとおもったんだけどなぁ…」
日下部さんの愚痴を黙って聞いていた俺だが、内心ではレーズンおにぎりを食べた犯人の見当は付いていた。
多分、ルノエルだろう。
焼きそばパンといい、随分と食い気が強い人みたいだ。
下手たら、学園の購買部の食料を全部食い尽くすかもしれないな…
では、早速購買部に向かわないとな。
「んじゃ、俺は購買部に行くから」
「お、あたしも行くぞ!」
「えっ、来んの?」
「さっき約束しただろ!
忘れたか、レーズンパンを買という約束を!!」
「忘れてはいないが…」
なるべくなら、付いて来て欲しくないんだよな。
もし、そこに俺と同じ顔をした天使なんかが居たら面倒な事に…
「んじゃ、先に行くぞ!」
「え、ああ、ちょっと!」
時すでに遅く、日下部達美は、購買部にレーズンパンを略奪しに行ってしまった。
放っておく訳にもいかないので、俺は慌ててそれに続くこととなった。
◇
この白扇学園は、中等部にして給食が無い。
増してや、小等部すら弁当箱を持ち歩く始末だ。
学園側は、自分で料理を作ったり、親に料理を作ってもらったりすることで、他の学校よりも豊かな食育を図っているとして、都合の合わない生徒のために購買部を設置していると言っているが…
ぶっちゃけそれは建前で、以前出していた給食が異常にまずかったとか、食中毒を頻繁に起こしたとか…色々な噂がある。
真相が迷宮入りしてしまっているので、大体がデマらしいが…
その真の理由を知ってしまうと、黒服の男に始末されるとかされないとか…
ざっくり言うと、『真相は、ご想像にお任せします』という事だ。
このいい加減な所が、この学園の特徴と言っても良いだろう。
さて、俺は今、その購買部の目の前までやって来ている。
いつもの購買部は、数少ない食料を求めて、大勢の生徒が大乱闘を繰り広げているのだが…
今日の購買部には、そんな光景は見られなかった。
たった一人の生徒…日下部さんだけが、悠々とレーズンパンを購入している。
そして、彼女の回りを取り囲むように、大勢の生徒達が倒れていた。
大体、想像は付くと思うだろう。
この生徒たちを殲滅したのは、日下部さんだ。
レーズン中毒の日下部さんは、レーズンの為なら手段は厭わない。
レーズンの摂取を阻む者であれば、例えそれが教師だろうが、自分の親だろうが、通りすがりの赤の他人といえども関係無い。
ただレーズンを食べるためだけに、ありとあらゆる人間をノックアウトし続けるのだ。
お、精算の末に栄光を手に入れた王者が戻ってきたぞ。
少しインタビューでもしてみようか。
「よう、お目当ての物は手に入ったか?」
「当然!
あたしは欲しくなったレーズンは、必ず買い占めるのさ!!」
「うん、まあ、金は払ってるけどな…
略奪にしか見えんぞ」
「略奪じゃない、拳で語り合って、最終的に譲ってもらってるだけ!」
「いや、略奪じゃねえか…」
もし、彼女の理論が世の中に浸透したら、一瞬で治安がイカれた危険な国家になるだろう。
レーズン一つで戦争が起きる、そんなぶっ飛んだ国にね。
それにしても、ルノエルらしき人物は居ないな。
購買部の在庫を食い尽くしたりしてると思ったのに。
「なあ、日下部さん。
その、レーズンおにぎり…だったか?
あれを食べていた犯人は…」
「ん、お前だろ?」
「だから違うっての!
とにかくだ…
そのレーズンおにぎりが食べられたのは、何時何処でだ?」
「んーと、場合はあたしの机の前で、時間は15分ぐらい前だったな。
というか立脇、自分の行動把握出来てないってどういう事だよ?
もしかして、二重人格?」
「いやいや、それはねーよ…」
それを聞いた日下部さんは、「つまんねーな」と言いながら、さっさと歩いて行ってしまった。
まあ…真相を知られたら困るし、深く突っ込んで来なくて良かった。
さて、これからどうしようか。
日下部さんのレーズン中毒症状を鎮める事に成功した今、今度こそルノエルの探索を始められる。
だが、一番居る可能性があった購買部にも居ないとなると、探そうにも探せないし。
どうするればいいのか?
「…とりあえず、教室に戻るか。
まだ残パン食ってないし」
教室に戻れば、何か良い考えが浮かぶ。
そうだ、そうに違いない。
そんな根拠も無い確信の元、俺は自分の教室に戻る事にした。
この根拠の無い確信が、今の俺を作っている。
人生、ハイリスク・ノーリターンだ!!
ただ突っ走れば、案外どうにでもなる。
多分…
ほら、某国民的ゲームだって、ただBダッシュしとけば案外ゴールできるし。
だが…
後にこのいい加減な考えが、全世界で支持される思想になるだなんて、その時の俺は予想だにしなかっただろう…
まあ、嘘だけど。
◇
という訳で、自分の教室に着いたのだが…
ちょっと面倒臭い事になりそうな状況だった。
俺の座席には、俺と同じ顔の人が…
俺に変身したルノエルという事で、間違いなさそうだ。
しかし、問題はそこではない。
その俺の顔をしたルノエルが、クラスで随一のナルシスト野郎、小野木千草と話しているのである。
この小野木という人物は、自分こそはどの人間よりもイケメンだと豪語する男子だ。
他の男子を、類人猿として扱うぐらいのナルシストっぷりである。
しかも、意外と女子にモテているものだから、尚更腹立たしい。
そんなナルシストな男子と俺が、事情も知らない回りの人間から見れば、楽しく会話をしているという珍事に見えているという事である。
これは、今以上のイメージダウンに繋がるかもしれないから、なんとかして止めさせなければ…
実際、俺はクラスの女子からはあまりよく思われていないらしい。
まあ、こんなロリk…じゃなくて、年下しか眼中に無い奴なんて、確かにキモいしな。
だが、俺は幼zy…年下の女の子を愛でるのを止めない。
なぜなら、それが俺の生き方だからだ!
って、どや顔している場合ではない。
何よりも先に、この状況を打破しなければ。
とりあえず、戦況確認だ。
相手はどんな話題で盛り上がっているんだ?
「お……、す……だ…!」
「……っふ、……ぜ……!」
・・・。
ええい、廊下からじゃ遠くて聞こえん!
だけど、教室に俺が二人居たら面倒臭い事に…
ぐおおおおおおおっ、じれったい!!
そうこうしている間に、二人は会話を終えてしまった。
有り難い事に、俺と同じ顔をした人物は、すぐに教室を飛び出し、何処かへ向かって行った。
奴の暴走を止めるには、今ぐらいしか無いだろう。
そうと決まれば、実行あるのみだ。
俺は、俺と同じ顔をした人物に話し掛けた。
ルノエルじゃなくて、生れつき俺に似た哀れなそっくりさんだったら、ごめんなさい。
「おい、待て!
ちょっと話がある」
「ふぇっ!?」
おい、なんて声出してんだ。
俺のイメージが崩れるじゃねえか。
とりあえず、俺達は割と人気の無い移動した。
こんなところを、他のクラスメート達には目撃されたくは無いし。
「な、なんなんですか?
わ、私は今、人探しで忙しいんですよ?」
「いや、さっきまで小野木と楽しそうに話してたじゃねか…」
「いっ、いいえ!
あれは取り調べしていただけですが!?」
「うわぁ、嘘臭せぇ…」
自分と同じ顔の自分と話すというのは、なんか思った以上に気持ち悪い気がするな。
鏡の中の自分と会話するような…
うわぁ、ゲシュタルト崩壊起こしそう。
「と、とにかく…
私は人を探さなきゃなのです!
わっ、私はこれで失礼しますよ!」
「待て、おい!
探してるのは、俺じゃないのか!?」
「えっ?」
何とも言葉に表し難いような…謎の沈黙が辺りに流れた。
そう、売れっ子芸人が新ネタを披露した時、思いのほかすべってしまったような空気だ。
「…自意識過剰ですね」
「な ぜ そ う な る 」
「だって、あなたは私と同じ顔をしてないじゃないですか。
まあ、普通に意味が分からないだろうと思いますが…」
いやいや、分かるから。
明らかに俺と同じ顔だろうが。
もし、似てない要素があるとしたら…
まあ、性格ぐらいだろうよ。
「…お前、鏡という物を見た事あるか?」
「あっ、見てません。
今、私自身がどんな顔してるか分かりません!」
うわぁ、ダメだー。
この人、根本からダメだよー。
「とりあえず、今見てみようか…」
「そうですね、見ます!」
そう言うなり、俺に似た人物は、何処からか鏡を取り出すと、自分の顔を見ていた。
その後すぐに、俺と瓜二つな人物の手から、鏡が取り落とされた。
「えっ、え、え…」
「どうだ、見たか?
これが現実だぞ」
「こんな顔は嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「エーッ!?」
後ほど分かるのだが…
この人物こそが、後々俺が面倒を見るであろう、ルノエルだった。
空気を読まないルノエルのせいで、ファーストコンタクトになってしまったような…
そうか、俺がもう少しイケメンだったら良かったのか!
いや、無茶言うなよ…
◇
「いやー、迂闊でした。
まさか、自分の顔も分からないとは…」
「手掛かりはそれしか無いんだから、しっかり覚えとけよ…」
「いやいや、そこは引き寄せられるべき因果の導きによって…」
「ちょっと落ち着きなさい」
今、俺の目の前には、自称イゼエルの忠実な部下である、天使・ルノエルが居る。
今は、本来の姿に戻っている。
何と言うか、イゼエルリスペクトな天使コスプレをした少女…というのが第一印象だ。
イゼエルと違う所は、翡翠のような瞳に、銀色の透き通りそうな長髪ぐらいで、あとは鎧を着ていないという所だろうか。
個人的には、容姿は悪くない。
むしろ、俺好みの容姿だ。
いかにも、年下の女の子って感じだ。
「なんか思っていた天使と違ったな…。
良い意味でな!!」と内心思うが、あえて口にはしない。
なぜなら、俺は皆に気を配れる紳士だからな!キリッ
で、今の俺達が居る場所はと言うと…
白扇学園中等部校舎の屋上である。
此処ならあまり人も居ないし、周りにあまり知られたくない相手と逢い引…話し合いができる訳だ。
…ん?
心配しなくても、ランデブーはせんよ?
なぜなら、俺は紳士以下省略。
さて、前置きが長くなってしまったな。
俺はルノエルを屋上に連れ出した後、お互いに現段階での情報交換をした。
どうやら、ルノエルは天界で色々と問題を起こし、研修という名目で地上に追放されたそうだ。
おお、堕天使が目の前に。
色々な問題は何かと聞くと、「お嫁に行けなくなるから、言えません」とのこと。
ルノエルよ、何をしたんだ…
ちなみに…
俺がルノエルの面倒見をする事となったのは、案外急な出来事らしく、ルノエル本人も、つい5時間前にこの事を知ったらしい。
本来は罪人なので、住む場所や面倒を見てくれる人など居ないので、ホームレス状態になるはずだったらしい。
本当に、何をやらかしたのやら…
そんな事より…と言ったら失礼かも知れないが、俺は気になる事があった。
正直なところ、聞くのが恐ろしかったのだが…
後々の為に、知らないといけない気がする。
という訳で、俺は早速ルノエルにその話題について切り出すことにした。
「あのさ、ルノエル…
さっき、クラスのイケメン気障ナルシスト野郎と話してたみたいだけど…」
「そ、そんな人居ましたっけ!?」
「小野木という奴なんだが…」
「いや、話してましたけど!?」
「なんだ、知ってるじゃないか…」
「な、何か恨みでもあるんですか!?」
まあ、無いと言ったら嘘になる。
だが、逆恨みだ。
だって、リア充だし。
リア充は何人たりとも許しはしない、みんな爆発すればいいんだ!
うにゃあああああああああああああ!!
「ちょっ、悠希様!?
な、何で無言で殺意がある目を向けるんでるんですか!?」
「あ、悪い。
思い出したら、ちょっとイライラしてきて…」
「一体、何があったんですか!?」
「気にするな、ルノエル。
これは、俺の嫉妬が為せる業だ」
「卑屈過ぎません!?」
「残念だが、ルノエル…
これが俺の通常モードだ。
なんとか慣れてくれ」
「全然、慣れる気がしないんですが…」
ルノエルは、疲れきったような表情でため息を付いた。
本当に、卑屈で申し訳ございません。
ですが、この性格を改善する気はございません。
さて、小野木への悪口はこれぐらいにして、聞きたかった本題に戻ろう。
俺は、何事も無かった様に、ルノエルに質問を投げかけた。
「で、アイツとどんな会話をしてたんだ?」
「急に話戻しましたね…」
「うん、さっきのは軽く流して良いよ。
そんな事じゃ、これから俺と付き合ってられんよ」
「そうですか、はぁ…」
ルノエルは、何処か不満げな顔をしていた。
だが、俺に言われた通りに、小野木と会った時の話や、話した内容を的確に教えてくれた。
「私があの男と会ったのは、この地上に来て間もない時です。
ちょうど悠希様が天界に拉致られた時ぐらいですね」
「拉致られた言うな」
「まあ、その時にですね…
妙に私に悪口を言ってくる男が居たんですよ。
それが、小野木千草という男でした」
「ふーん、そうか…
で、どうしてさっきはあんなに楽しそうに?」
「イゼエル様と同じような接し方をしていたら、何故かとても機嫌が良くなったようで…」
「おい、アイツに何をした!?」
「大丈夫、変な事はしていませんよ」
「信用ならないな…」
ルノエルが、普段どのようにイゼエルと接しているかなんて知らない。
だが、あの毒舌で自己中心的な神様のご機嫌取りをしているのだ…
そんなルノエルにとっては、プライド…自尊心など無いに等しいだろう。
彼女からイゼエルの話を聞く中で、ルノエルがイゼエルに従う事に喜びを感じていると分かった。
つまり、俺がいつも小野木から言われて屈辱的な感情を抱く言葉など、痛くも痒くもないはずだ。
いや、むしろその扱いに適応してしまう可能性も無くは無い。
これは、マズイ…
普段それなりのプライドと敵意を剥き出しにしてきた奴に、いきなり下手に出ている俺をクラスメート達に見られるとしたら…
俺の培ってきたイメージが崩壊…いや、最初から無かったかのように消え失せてしまう!!
それだけは、避けなくてはならない超重要事項だ!
もし仮に俺のイメージが何処かで間違った方向に進んでいるとしたら、今すぐ悪夢の侵攻を食い止めねば…!!
だから、今は状況を確認するのが第一優先だ。
俺はルノエルに、真っ先に事の真相を聞き出そうとした。
「おい、具体的には何を言ったんだ!?」
「あっ、えーと…
急に血相変えて…
ど、どうかしたんですか?」
「良いから言え、ルノエル!!」
「はっ、はひぃぃぃぃぃいいっ!
分かりましたぁああ!!」
あ、悪い。
君に顔芸脅しは、刺激が強すぎたな。
俺の豹変ぶりにすっかり怯えてしまったルノエルは、涙目気味になってしまっていた。
ここまでビビられると、逆に傷付くんだが…
このあと、俺はルノエルの言葉を聞いて愕然とするのだが…
俺があまりに動揺し、有り得ないぐらい取り乱した為、割愛させて頂いた。
ご了承下さいまし。
◇
ここは、神々が暮らす世界。
辺りに薄い霧が充満し、至る所で石造りの柱が突き出し、神秘的な雰囲気を醸し出している。
この場所は、地上の人々から、天界と呼ばれている世界に当たる。
そして、幾つも佇む神殿や城のような、神が暮らす建造物・神の砦。
その中でも、比較的他の建造物から離れた位置に存在している神の砦があった。
その神の砦の主である、偏愛の神・イゼエル。
そして、彼の玉座前に怪しげな人影が浮かび上がっていた。
「彼が例の人間か…?」
「ああ、中々見所があるクズ野郎だ」
イゼエルとその人影は、石の壁に写し出されている映像を見て会話をしていた。
その映像というのは、白扇学園の屋上の二人を映し出していた。
「随分と変わった輩に手を出したな、イゼエルよ。
彼に、お前の望んだ結果を収める事ができるとは到底思えないが…」
「何を言う、変わった奴だからこそ選んだのだ。
私の力は、歪んだ性癖であればあるほど強力になる」
否定的な言われながらも、イゼエルはあくまで強気だった。
それに対し、イゼエルと会話している人物は、不満げに唸った。
「しかし…
彼の欲望の強さは、未知数ではないのか?」
「まあ、そうだな。
だが私から言わせると、別に強くなくても構わない」
「…!?
どういうつもりだ…?」
イゼエルは、実に愉快そうに言った。
「面白いではないか。
奴が何処までやれるか見物だぞ」
「やれやれ、お前様は変わらないな…」
「ククク…
貴様もな、サリヌス」
イゼエルは、姿がぼんやりとしている人影に向かって笑いかけた。
そして、サリヌスと呼ばれた人影も、笑っているような様子だった。
「では、私はこれで失礼するとするよ…
くれぐれも、他の神と契約した人間には気をつけるよう、お前様の契約者に言っておいてくれ」
「ああ、気が向いたらな」
「相変わらず、適当な性格だな…
知らないぞ、お前の契約者がやられてしまっても」
サリヌスと呼ばれる人影は、段々と薄くなっていく。
その様子を、イゼエルはじっと見詰めている。
「大丈夫だ、状況によっては、多少は手助けするさ。
それに…」
イゼエルは一度言葉を区切り、去り際のサリヌスに向かってこう言い放った。
「奴ほど歪んだ望みを持った者は居ない。
奴こそが、私が望んだ人間だ」
その時には、人影はすっかり消え失せていた。
一人残されたイゼエルは、壁に映し出されている地上の映像を、面白そうに見ているのだった。