−第1話 全ての始まりは弁当箱でした。−
今日は月曜日。
あの幼なじみとの一騒動があった日の翌日だ。
「行ってきまーす」
そう言って、俺は家を出た。
いつものように、白扇学園を目指す。
そして、いつも通りならここで…
「ハルキお兄ちゃん、おはよー」
「あ、友利愛ちゃん。
おはよう、今日も元気だねー」
来ましたよ、みんなのアイドル友利愛ちゃんが!
姉とは違って変…じゃなく、初々しさがあって可愛い。
とりあえず、可愛いから撫でよう。
「えへへー」
撫でられた友利愛ちゃんは、喜んでいる!
あうー…可愛いッ、可愛すぎるぅ!!
お持ち帰r…
ドンッ!!
何者かに不意に押された俺は、バランスを崩して車道に飛び出てしまった。
ギャギャッ、キィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイ!!
飛び出した直後、前方から聞こえてきたのはブレーキ音。
事故の前後で聞こえるであろうあの音…
やばい…俺、死ぬのか?
・・・。
あ、無事だったみたい。
助かった…
「んぬおっ!
危ないじゃないか!
何やってんだ!?」
案の定、怒られてしまった。
お、俺は、悪くねぇ!!
…と言いたいところだが、飛び出したのは俺だし、ちゃんと謝っとくか。
「す、すみません…」
「ったく、クソガキが!
シャンとして歩け!」
押されたせいで、危うく車に轢かれそうになったんですけどー。
俺はちゃんと歩いてましたけどー。
そんな思いは通じるはずもなく、その車の運転手さんは行ってしまった。
言い訳の余地もなかったなぁ。
白扇学園に、また苦情の電話が来るかもなぁ…
というか誰だよ、俺を押したのは!?
何の恨みがあって、こんな殺人未遂的な真似を!?
先程俺が押された場所に目を移すと、まあ…予想はできていたけど凛々愛がいた。
「凛々愛ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
てめぇぇぇぇぇっ!!」
俺は、殺人鬼もどきの幼なじみに向かって顔を歪ませて詰め寄った。
とある人は、これを『顔芸脅し』と呼ぶ。
まあ、とある人というのは、今のところは俺だけだけど…
「あ、誘拐犯。
生還できたのね」
「誰が誘拐犯だ、この殺人鬼!!」
「ん、私は誰も殺してないけど?
むしろ、妹を不審者から守った正義感の強い中学生じゃない?」
「黙れ、百合女!!
どうせお前、実の妹ですら恋愛対象に入ってるんだろ!?」
「いいえ、恋愛対象ではないわ。
でも、友利愛は愛してるわ。
これは、ただの姉妹愛よ!」
「やっぱり、こいつ、きめぇ!」
もうお分かりだろうが、凛々愛は百合…レズなのだ。
ただ、本人は百合である事をあまり気にしていない。
いや、むしろ自分から宣言しているような…
まあ、俺はよくロリコンだと言われるが…
当然、俺はそんな事自己表明するつもりもない。
いや、むしろ俺はそうではないのだから…
ただ年下の女の子が好きなだけ。
断じて、俺はロリコンではない。
うん、そうさ。
俺達がこんなやり取りをしていると、友利愛が困ったように口を開いた。
「あの…お姉ちゃん、ハルキお兄ちゃん…」
「…ん?
私の愛しの友利愛、なに?」
「いちいち、キモいなぁ…」
「黙れ、このゴミクズにも価しない腐れロリコンが…」
「そして、俺の扱いがひでぇ…」
「それで…友利愛、どうしたの?」
「えと…早くしないと、学校遅刻しちゃうよ?」
「「あっ…」」
俺と凛々愛は、同時に自分達が随分長々と道草を食っている事に気が付いた。
恐る恐る時計を見ると、午前8時15分。
あと10分以内に校舎に入れなくなり、遅刻確定だ。
ちなみにこの場所は、家から離れて大体50メートル地点だ。
うん、非常によくない。
「や、やばっ…
早く行くわよ、強姦魔」
「だから、何もしてねーよ!!」
「二人とも、いってらっしゃーい」
友利愛ちゃんは小学生なので、学校が始まるまでまだ余裕があるのだった。
そんな友利愛ちゃんに見送られ、俺達は遅刻の危機を免れようと必死に走ったのだった。
まあ、結局…俺達はその後間に合わずに、遅刻してしまう訳だが。
◇
そんなこんなで、昼休み。
何と言うか、まあ…
午前中は色々と酷い目に合いましたな…
なんで朝から生命の危機に瀕する羽目になるんだか。
ったく、俺は都会に来た田舎のネズミか?
いや、待て…
俺には帰る田舎が無いぞ?
帰る故郷もない窮鼠という訳だな。
おおっ、なんかカッコイイな。
俺は、そんな事を授業が終わった直後から考えていた。
待ちに待った昼休みになり、クラス内が慌ただしい。
俺は弁当一式を机の上に広げると、机に突っ伏した。
例の幼なじみさんは別のクラスに居るので、机に突っ伏して堂々と奴の悪口を考える事ができ…るとも限らないな。
別クラスのくせに、たまに嗅ぎ付けて来るからな。
まあ、ちょっとなら大丈夫だろう。
とまあ、俺は昼飯を食べる前に机に突っ伏し、今日の出来事の分析のような事をする癖がある。
例えるなら、そう…
睡眠中に記憶を整理する感じだ。
今日は…まあ、一段と酷い目に遭った気がするな。
最近の凛々愛の非道は、勝てもしないのに菓子パン頭のヒーローに挑み続ける病原菌の悪あがきのように何度も繰り返されている。
何か対策を考えなければ…
まあ、それは後々考えるとして…
腹が減ったし、弁当でもいただきますか。
机に突っ伏していた俺は、勢い良く起き上がり、自分のリュックサックから弁当&水筒を取り出した。
学校の昼は、弁当に限る。
購買のパンも捨て難いが、いちいち買うのが面倒臭いし…
そして何より、大量生産である故に、味が既存のものばかりだ。
どうせなら、パン一つ一つに違うアレンジをして欲しいものだ。
まあ、とりあえず今は弁当だ。
俺は弁当を包んでいるバンダナを解き、弁当箱を開いた。
しかし、弁当箱の中をみた俺は、驚かずにはいられないのだった。
「な、なんだ…?
これ…俺の弁当だよな?」
肝心の弁当の中身は、小宇宙のようだった。
何と言うか…
弁当の中に太陽系周辺の宇宙をまるごと詰め込んだような感じだ。
いや、まあ、太陽系とは限らんけど…
とにかく、俺の弁当箱の中身は愛しの昼飯ではなく、宇宙空間のような何かが広がっていたのだ。
俺は非現実的な光景に、呆気に取られていた。
すると、何故か弁当箱から声が聞こえて来た。
「お前は選ばれた…」
「!?」
弁当の小宇宙から声。
なんかシュール過ぎて笑えん。
恐らく俺は、『顔芸脅し』の時よりもインパクトのある顔をしていたに違いない。
…まあ、割と普通の顔してたかも知れないけど。
そんな俺の事はお構い無しに、その声は続く。
「来い、今こそ覚醒の時だ…」
「はっ、はい…?」
次の瞬間、例の小宇宙の中から人間の腕が伸びて来て、俺の手首をがっしりと掴んだ。
それから、俺を弁当箱の中に引きずり込もうとするのだ。
「エーッ!?
なにこの弁当箱、怖い!
超怖いだけど!!」
「えーい、大人しくせんか!
選ばれたんだから、大人しく私について来い!!」
もし、これが幽霊だったら、随分アグレッシブな幽霊だと思う。
生憎俺は霊感というものを持っていないので、確かめようがないわけで…
なんにせよ、自分の生命の危機を感じた。
今朝とは別の意味で…
「何なんだよ、これ!?
くそ、止めろ!
HA☆NA☆SE」
「DA☆MA☆RE」
俺は必死に抵抗したが、弁当箱からの使者の力は強大過ぎて、とうとう弁当箱の中に引きずり込まれた。
分かりやすい例えをするなら、未来からやって来た猫型ロボットが、主人公の机の引き出しから出て来る感じかな?
ようするに、物理法則を無視して俺は弁当箱に吸い込まれてしまったのだ。
「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
弁当のおかずにはなりたくねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
俺の叫びは、弁当箱の中に広がる小宇宙で虚しく響き渡った。
視界が暗闇で眩み、俺は気を失っていた…
◆
「うぅっ…」
いつの間にか気を失っていた俺は、ふと意識を取り戻した。
辺りを見渡すと、見覚えのない風景が広がっていた。
薄明るい灰色の空が広がり、それ以外の景色を隠すように霧が辺りに満ちていた。
地面は庭の石畳に似ていて、その石畳から西洋の神殿にありそうな柱が突き出している。
そして、その石畳は一直線に伸びており、ただ奥へ奥へと柱が連なった道が続いていた。
えーと、さっき何があったんだっけ?
確か弁当箱の小宇宙に吸い込まれた気がするんだが…
しかし、眼前に広がる光景は小宇宙でもなく、はたまた、弁当箱の中でもなさそうだった。
今、分かる事といえば…
あの弁当箱から伸びて来た手が、此処まで自分を誘ったという事…
そして、恐らく此処は自分が元居た世界とは違う世界であるという事だ。
なんとも非現実的な事態だ。
ツッコミスキル4の俺であっても、明らかに異常なこの光景の全てをツッコミ切る事など不可能だ。
ちなみに、ツッコミスキルの最大は5だ。
これも俺が考えた。
いやー、自分のナイスセンスが怖いわー。
なんて事を考えていたら、何処からか声が聞こえてきた。
『おい、そこのお前。
さっさと奥に進め。
いつまでそこに居るつもりだ?』
おお、これが天の声というやつのか。
何か口悪い感じがするけど、確かにそれっぽい感じだ。
『そんな事は考えなくていい、ゴミ虫野郎。
どれだけ私の登場を焦らそうとしているのだ、首引き千切れ。
というか、さっさと来い』
うわー、俺の幼なじみと同じ能力持ってるよ、この人。
しかも、暴言も負けず劣らず。
天の声は、俺の無駄に長い脳内独り言タイムにお怒りのようだ。
すいませんね、これは昔からの癖でね…
さてと、そろそろ脳内一人会話ごっこにも飽きてきたし動くか。
それに、そろそろ行かんと、またお叱りを受けそうだ。
…とは思ったものの、ただ今一つ問題が発覚した。
「あれ、進行方向はどっちだ?」
道の前後全てが同じ景色が続いている為、どちらに行けば天の声の主の場所に行けるのか分からなかった。
初めて来た奴は、絶対迷うだろ。
せめて、看板とか立てとけよ、看板を。
ドスッ
「うわっ!」
適当に書きなぐったような矢印が描かれている看板が落ちてきた。
道は分かったけど、やり方が雑過ぎる…
まあ、いいか…
とりあえず、先に進もう。
そして、俺はゆっくりと石畳の道を歩き始めた。
この時の俺は、自分にこれから起きる事など、予想だにしなかったろう。
◇
長々と続く石畳の道は遂に途切れ、今は目の前に巨大な石の扉が立ち塞がっている。
どうやら、此処に例の声の主が居るのだろう。
俺が扉に近付くと、石の扉は自動ドアのようにゆっくりと開いた。
おお、微妙にハイテク。
『さあ来い、クズ人間。
入る時は、挨拶ぐらいしろよ?』
「えーと、おじゃまします…?」
例の声に従い、俺は友達の家に遊びに行った時の要領で挨拶してから、扉の中へと入った。
中に入ると、そこは巨大な円形の部屋だった。
天井が無く、何処までも続いていそうな青空が続いている。
そこから太陽の光が漏れ出し、苔の生えた柱で構成されたこの部屋を照らしていた。
そして、部屋の奥に玉座のようなものあり、そこに黒い人影が見えた。
例の声の主は、間違いなくその人物から発していたに違いない。
というかなんだ、さっきの微妙なやり取りは。
挨拶しろってなんだよ。
「何を言うか、挨拶は大事だぞぅ。
出来るか出来ないかで、その人間の価値が決まる。
つまり、お前は上っ面だけの挨拶をしているクズだ」
ぐはあ、今度は正論だ。
挨拶出来ないと、悪人になるってどっかのヒーローが言ってたしな。
「まあ、良い。
ここから話すのでは、お互いの顔が見えん。
もっと近くへ来い」
「は、はい…」
言われるがままに、俺は言葉を発しているその薄黒い影に近付いた。
近付くにつれて、その姿があらわになっていった。
俺に散々暴言を吐いていたのは、長い白髪の男だった。
白いマントを羽織り、マントの下は白銀の鎧を纏っていた。
そして身体の至る所に、ボロボロになった包帯の様なものが巻き付いていた。
俺の第一印象は、世紀末の戦場からやってきた騎士…
または、中二病的コスプレだ。
この人は、中々いいセンスをしていると思う。
「ほう…
中々見所ありそうな顔をしているな、人間の分際で」
その白髪の男は、俺の姿を見るなりそう言った。
まるで自分が、人間ではないような口ぶりだ。
多分、そうなんだろう。
「さて、申し遅れたな。私の名は、イゼエル。
最近、天界に名を轟かせようとしている神だ」
「か、神…!?
弁当箱の使者じゃなくて!?」
「違うわ、クズ。
私の何処に弁当の要素があるのだ」
「いやいや、弁当箱から俺を誘拐したのは、貴方ですよね?」
「何が誘拐だ、人聞きが悪いな。
私の都合で天界に転送させてもらっただけだ」
なんて自分勝手な神様なんだよ。
というか、此処は天界らしいな。
天界なら、天使とかいんのかな。
そんな俺の様子を見たイゼエルは、意外そうな表情をしているように見えた。
まあ、常に考え事をしている人間は、俺とラノベの主人公ぐらいだろうしな。
「む、貴様…
考え事とは、随分余裕だな。
此処に来た大半の人間は、私が神である事すら信じないが…」
「いえいえ、俺も信じられませんよ。
正直、筋金入りのコスプレイヤーさんぐらいにしか思ってませんから」
「ククク…
神の神聖な聖衣をコスプレ扱いする人間は、貴様が初めてだな!」
イゼエルは如何にも滑稽そうに笑った。
おー、笑った顔も悪い顔してなさる。
笑いがある程度落ち着いたところで、イゼエルは言葉を続ける。
「確かに、いきなり神と言われて信じられないのは無理もない…
ならば、こうしようではないか。
貴様に私がある能力を授けてやる」
「能力…?」
「そうだ、貴様の心中に潜む欲望を叶える力を与えてやる。
なにせ、私は神なのだからな」
「…それは、どんな事でも?」
「そうだ、どんな欲望も叶う」
俺は思わず、苦笑いをしていた。
そんな事出来るはずがない。
これがイゼエルの冗談でも、全然笑えない。
むしろ、馬鹿にされているようで怒りが沸いて来る。
人間の欲望を馬鹿にすんな、神様よ。
「フン、信用できないようだな。
まあ、無理もないか…」
「当たり前じゃないですか。
貴方なんかに、俺の欲望は叶えられない」
「言ってくれるな、人間。
ならば、その欲望とやらを言ってみろ」
この状況でも強気か、怒りを越えて呆れるね。
こんなコスプレ野郎を信用する気もないが、騙されたと思って言ってみるか。
「今のところ、俺の望みはただ一つ、年下の女の子を彼女にする事だ。
だから、俺は…年下の女の子を守れる強い男になりたい!
それが俺の欲望だ!!」
「なるほどな…」
それを聞いたイゼエルは、少し考え込むような動作を見せた。
やはり、こんな無茶な要求には答えられそうにないようだな。
勝手に無理だと判断した俺は、勝手にため息を付いていた。
しかし、次にイゼエルが発した言葉は、完全に予想に反した事だった。
「その欲望、叶えてやる。
ただし、幾つか条件を飲んでもらう」
「…叶うとでもいうのか?」
「ああ、そうだ。
条件は後々説明するが、まずは体験する方が早いだろう」
イゼエルがそう言った瞬間、俺の足元の空間が歪んだ。
空間が歪んで生じた暗闇は、容赦無く俺の身体を引きずり落とそうとしてくる。
「な、なんだよこれ…!?」
「『異境を繋ぐ門』だ。
ちなみに、貴様の弁当箱とやらに仕込んでおいたのもこれだ。
ちなみに、中身は私が頂戴した」
「おい、なんで食ってんだよ!!」
「まあ、落ち着け。
代わりといったらなんだが、天使に買わせておいた購買の焼きそばパンを用意してある。
有り難く思え」
「おお、そうなのか…」
「焼きそばは天使が食べてしまったが…」
「残飯じゃねーか!!」
俺はまだまだ反論したかったが、突然目の前に暗闇が広がった。
弁当箱の中に吸い込まれた時に見た、小宇宙のような空間だ。
イゼエルが言っていた『異境を繋ぐ門』の中なのだろう。
ひたすら下に落ちる感覚を感じながら、俺は途方に暮れていた。
そんな時、悪魔のような神様の囁きが何処からか聞こえてきた。
「ああ、一つ言い忘れていた。
地上には私の従える天使が居る。
そいつが色々と貴様の学校で面倒を起こしているようだ。
悪いが、面倒をみてくれ」
「…それが条件か?」
「そう、条件の一つだ。
任せたぞ、お前の顔を借りているからすぐに分かるだろう」
「うげっ、マジかよ…」
顔を借りているという事は、自分と同じ顔で問題を起こしているという事だろう。
だとしたら、とても迷惑な話である。
「非常に不安なんだが…」
「大丈夫だ、捕まりはしない」
「そんなレベルなのか!?」
俺はひたすら落下しながら、自分の悪評が広がっていない事を祈るしかなかった。