7:レキハ島
『まずはシオ、周りにだれかお前を見ているやつがいるかどうかだけ、あまり周囲を見回さずに教えてくれ』
『え……? えっと、見ているかどうかはわからないけど、同じ部屋の中にいろんな世界の人がいる。後、今目の前で志士谷さんがいるよ』
『周囲にいろんな世界のひと? いや、待てよ。シオ、そっちの視覚情報をこっちに流してもらっていいか?』
『うん。ちょっと待って』
ミシオが智宏にそう応じて能力の使い方を変えると、通念能力越しに智宏が『ああ、そういう状況なのか』と納得したような意思を伝えてくる。どうやら視覚の感覚投影はうまくいっているらしい。
『どうやらこっちが想像していたよりはましな状況のようだな』
『うん。とりあえず前に捕まった時よりはかなり自由がきく。一定の範囲からは出るなって言ってたけど、その範囲内なら、ちゃんと一人一人に個室まであるし』
『そうか。よし、細かい情報交換の前にまずは適当な理由を付けてその個室に戻ってくれ。くれぐれも周りの誰かに通念能力を使っていることを気づかれないように』
『わかった』
智宏からの指示に従って席を立ち、ミシオは志士谷に断りを入れて部屋へと戻る。志士谷へは通念能力のことを伝えようかとも思ったが、智宏が言っていたことをお考えてとりあえず止めておいた。幸いというべきか、志士谷は気分が悪いからと言ったらあっさりと納得してくれた。どうやら彼女自身気分がよくないらしく、彼女は彼女で部屋に戻って休むという。考えてみれば攫われてきたばかりの人間が気分を害することもなく平然としていたら明らかにおかしい。
智宏と視覚を共有したまま部屋へと戻り、ベッドに腰掛けてもう一度智宏に意識を戻す。
『トモヒロ、言われた通り部屋に戻った』
『よし。いや……、まだ良くはないな。念のためベッドに突っ伏して、表情なんかも見られないようにしろ』
『見られないように?』
ミシオが聞き返すと、智宏の意識の片隅に若干の躊躇のようなものが浮かぶのを感じる。だが、智宏自身躊躇はしていても隠すべきではないと考えたのか、思いのほかすぐにミシオにとってあまり気分がよくない答えが返ってきた。
『曲がりなりにもそこは異世界人を閉じ込めてるやつらが用意した部屋だ。脱走の事前防止のために隠しカメラがどこかに仕掛けられててもおかしくはない』
『え……、それって監視されてるってこと? でも、それじゃあ着替えとかは――』
『……それも、見られてる可能性がある。あくまで可能性ではあるが、浴室も含めて全部の部屋に仕掛けられているくらいには見ておいた方がいい。盗聴器も同様だ。世界によっては魔術みたいな規格外の力を使う異世界人相手だ。そいつらも脱走防止のためにそれくらいの監視はつけててもおかしくはない』
『そんな……』
内心で絶句しながらも、ミシオは遅れて先ほど智宏が送ってきた指示の意味を悟る。どこでどのような形で見られているか、話を聞かれているかわからない状況では、いくら通念能力で通信しているからと言っても油断はできない。今だとてベットに突っ伏していなければ、唐突な表情の変化を悟られてしまった可能性があるのだ。もちろんあくまで可能性の話であるし、たとえ見られていたとしても、表所の変化だけで外部と連絡を取っていると看破できる人間がいるとも思えないが、それでも何かの拍子に志士谷などに話してしまい、それを聞かれてしまえば途端に危険は跳ね上がる。恐らく智宏としてはそう言った危険は未然に潰しておきたかったのだろう。
『でも、監視カメラなんて……。さっき見たけど、女の人も結構いたのに……』
『できるだけ早く助けに行こう。……ただ、カメラの存在についてはいいというまで知らないふりをしてほしい。シオが変に警戒していたり、周囲を気にしていたりするとバレはしなくてもさすがに目立つ。極力怪しまれないためにもできるだけ目立つ行動は避けてほしい』
『……うん』
言いにくいだろう事実を容赦なく告げてくる智宏に対し、ミシオはどうにかそんな返事を返す。それが意味する事実は到底受け入れがたい話だが、それでも下手な行動で智宏の足を引っ張るわけにはいかない。
助けられてばかりいるのだ、これ以上負担は掛けたくない。
『さて、それじゃあここからが本題だ、まずは互いの現状、情報をできうる限り交換しよう。まずはシオがどこにいるのかを突き止めなくちゃいけない』
内心に渦巻く感情が智宏に伝わらないように気を付けながら、ミシオは智宏のその言葉に精一杯意識を切り替える。
できうる限り役に立たねばと、その一念のみを胸に、ミシオは自分が置かれた状況を詳しく伝え始めた。
「それじゃあ、やっぱりタミリアの奴らはシオの妖装や通念能力の存在を知ってるわけじゃないんだな?」
『うん。妖装はそもそも使う前に撃たれて捕まっちゃったし、通念能力も気絶する直前に救難信号の代わりに知り合いに送っただけだから』
通念能力越しにミシオと会話しながら、智宏はまず大事な前提条件から確認を進めていく。
ちなみに、目の前の二人、エイソウとマディナもすでにミシオの通念能力を受け取る身となっている。智宏と違い彼らの思考をミシオが読み取ることはできないものの、代わりに智宏と五感を共有することでこちらの様子が分かるため、話し合いをするだけならば実際にここで二人が口に出してくれるだけで十分なのだ。
「にしても、リンヨウだけそっちにいないってのは確かなのか? まさか奴らリンヨウに何かしてるんじゃ……」
「ううん、それは違うんじゃないかしら。むしろ私は、リンヨウさん以外の二人が通常の扱いを受けていて、リンヨウさんだけが特別扱いをされてりるんじゃないかと思うんだけど」
「僕もその意見に賛成だ。リンヨウさんはエデンの要人で大切な交渉材料、むしろ傷一つでも負わせるわけにはいかないはずだ。逆に言えば、ミシオが特別扱いを受けていないことから、タミリア人たちがミシオの特異性に気づいていないって事実がうかがえる」
外部とこうして連絡する手段を持ち、かつ妖装という直接的な戦闘力を持つミシオに対し、タミリア人たちの対応はお粗末の一言だ。もちろん、それだけで脱出できるほど甘い警備体制ではないだろうが、だからと言って何の対策も取っていないというのは彼女の能力を知っているならあり得ない。
逆に言えば、もしもその二つの異能を片方だけでも知られてしまえば、ミシオに対して彼らがどんな『対策』を講じるかわからないという危険もある。
「とりあえずシオ、シオが能力を持つイデア人で、かつ妖装なんて力を持ってるってのは絶対に秘密だ。無力な、できればアース人を装え」
『アースの人を?』
「それがいいわねぇ。タミリアの連中も恐らくはあなたのことをそう認識しているはず。イデアとアースの人間は外見的には区別がつかないし、いくらエデン人と行動を共にしていたといっても、ミシオさんくらいの年の子が異世界まで出向いてるなんてふつう考えないでしょう」
「できる限りタミリア人たちの“予想通りの存在”を演じて、イデア人であることを悟られなければ、そもそも能力者であることも疑われずに済む。必要な知識があればこっちで提供するから、なるべくアース人を演じていてくれ」
『うん』
ミシオから伝わる意識に、かすかな恐怖が混じっていることを感じながら、それでも智宏は次の問題へと思考を移す。うまく元気づけられればという考えは浮かぶものの、智宏の脳髄は危険な可能性と、それを告げることでその危険から遠ざける方が合理的という判断しか下さない。
今だけの安心を与えることよりも、危険な状況から可及的速やかに助け出すことの方を、どうしても優先せざるを得ないのだ。
「次にミシオが捕まってる場所についてだけど、マディナさんは何か情報はありますか」
「そうね。ミシオさん、もう一度室内の様子とか、あなたが見てきた建物内の様子をこっちに送ってくれるかしら?」
マディナがそう告げると、三人の脳裏にそれらしい光景が続けざまに浮かび上がる。
収容所、と呼ぶにはあまりにも豪華な内装。行き届いた設備。そして、脱走だけは許さないための隔離設備。
「随分と予想と違うな。正直俺はもっとやばい場所に囚われてんじゃないかと思ったぞ」
「多分脱走を防ぐための工夫なんだろうな。ただの捕虜なら力づくで抑えるだけでよかったんだろうが、相手はこの世界にはない力を持つ異世界人。反乱を起こされても数の力で鎮圧することはできるだろうが、それだとどんな被害が出るかわかったもんじゃない。恐らく閉じ込められているという以外に反抗する理由を奪うことで脱出への意欲をそいでいるんだろう」
ここにいるならある程度満ち足りた生活が保障される。でも脱出しようとすれば命はない。そんな状況に立たされて反抗できるほど、人間というものは強くはない
これがもしも、不潔で暴力を日常的に振るわれるような劣悪な環境だったならば、命を懸けてでも脱出しようとするものが現れただろう。理不尽に屈伏して言いなりになる人間も多いだろうが、それでも死んだ方がましと考えるものの中に死にもの狂いでの脱出を企てる者が出ないとも限らない。
「そうね。たぶんその通りだわ。実際お金のかかる方法ではあるけれど、このレキハ島ならそれも比較的用意しやすかったでしょうし」
「あん? どういうことだよ」
「オズ人さんたちに聞かなかったかしら? レキハ島はもともと観光地、娯楽施設やそのための設備には事欠かない。住人は最初のうちにみんな避難しているしここはタミリアにとって元々敵地。必要な設備は堂々と略奪してくればそれで済む」
言いながら、マディナは自身のバックパックを漁って何やら地図のようなものを取り出すと、ペンを取り出して何やら丸を付け始める。
「恐らく、ミシオさんたちが閉じ込められている収容所もそうよ。観光地であるレキハ島にもともと収容所なんて存在しない。ならば今の収容所は新たに作ったか、あるいは元からあった建物を改造する形で作られているはず。ちなみに私なら迷わず後者を選ぶわね」
「なるほど、確かにミシオから送られてきた建物はホテルに近い構造だった。内装の行き届いた施設を作るにはまさにもってこいの建物って訳か。収容所にするにあたって窓をつぶしたりみたいな処置は必要だろうが、一から作るよりよっぽど手っ取り早い」
「そう。そしてそうなってくれば、必然的に収容所の位置もわかってくる。なにしろ、かつて観光マップに載っていたホテルがある位置を探せばいいのだからね。レキハにあったホテルのうちで、捕虜収容所に使えそうな規模と内装の建物はこの五か所。海沿いにそんな施設を置いたら私たちの国との交戦時に不利になるのは目に見えているから、あるのは必然的に島の中心の山間部。後は地形なんかを考慮して、立地として最適な場所を探していけば――」
言って、丸を付けた個所に次々と斜線を引き、マディナは候補となる建物を一つ一つ削除していく。敵国から真っ先に攻撃を受けるだろう海沿いの物は真っ先に除外。内陸部にあるものでも、市街地にあるものなどの脱走が起きた際に逃げ込む場所が多そうな場所もすぐに除外されていく。残る二か所のうちで、立地として守りにくそうな開けた場所にあるものを除外すると、最後に残った山間部にある一か所をマディナはペンで指し示す。
「――異世界人収容施設は必然的に一か所に絞られてくる」
「よし。そうとわかれば話は早い。さっそく斬り込むぞ」
「『斬り込むぞ』じゃねえよ」
「イノシシねぇ。エデンの戦士長さんは」
立ち上がるエイソウの腕をつかんで引き止めながら、智宏は一つの嘆息を漏らす。
こういう部分を見ていると、オズ人たちがエデン人に任せられないと考えた理由がよくわかる。こんな調子でレキハの戦士たちがリンヨウ奪還に乗り出していたら間違いなく五分とかからずに壊滅していた。一人ならばともかくこんなのが二人も三人も増えていたら、さすがの智宏でも御しきれる自信はない。
「いくらなんでも真っ直ぐに突っ込んで強行突破するのは無理だと思うわよ? うちの世界の人間だって弱くはないんだし、数だって十や二十じゃどころじゃない。いくらあなたが腕の立つ異世界の戦士でも無謀もいいところだわ」
「そもそも仮にリンヨウさんのところにたどり着けたとして、その後いったいどうするつもりなんだ? 異世界に帰ろうと思ったらどうしたって転移魔方陣が要るんだぞ」
「それは――」
「ああ、気合とか精神論みたいなのは認めないからね。それ以外の何かで答えて頂戴」
「それと、ここに用意できない手段もだめだぞ。あくまで現実的な手段で頼む」
「ああっ、わかったよっ! 俺が迂闊だったよ!!」
二人がかりで言いくるめてどうにかエイソウを席につかせ、智宏は内心でそのことにホッとする。もしもこれでもエイソウが強行突破を目論むようなら、現実的に考えてこれ以上彼と行動を共にするのは難しい。しかも敵方に無用な警戒態勢を敷かれてしまうともなると、下手をすれば彼を力づくで止めなくてはならないところだった。こんな敵地でそんなことに力を使うなど、無駄以外の何物でもない。
「さて、それじゃあ問題を一つ一つ潰していきましょう。まずどうやって攫われている彼女たちを救い出すか……。いえ、そもそも救い出す人間は何人になるのかしら?」
「ミシオとリンヨウさん、それと一緒に連れ去られた志士谷さんの三人、ってわけにもいかないだろうな。シオ、そっちで見かけた人たちは何人くらいいる?」
『全員見たかどうかはわからないけど、見た限りだと十人くらいはいたと思う』
「となると、ミシオたちを含めて十三人以上か」
厳しい数字だった。できれば全員取り返すのが望ましいことはわかっているものの、そもそも三人連れ出すだけでも難しいのだ。この上十人も人間が増えるとなれば、増える負担は何倍になるかわかったものではない。
だがだからと言って、ミシオやエイソウ、そして自分を、三人だけを連れ出す作戦で納得させられる気はしない。
『……、トモヒロ』
「なんだ?」
『もし必要なら、私も戦うか――』
「駄目だ」
ミシオの言葉を最後まで言わせることなく、きっちりと切り捨てるつもりで智宏はそう断言する。事ここに至っても、智宏にはミシオを戦わせるつもりは微塵もなかった。
「そもそもシオが一人で暴れたところでどうにかなる問題じゃない。そんなのエイソウさんが一人で突撃するのと結果は同じだ」
「あら、そうかしら? 私は悪くない案だと思うわよ。少なくともこっちが迎えに行くまでおとなしく待たせておくよりはいいと思うけど」
「なに?」
「あなただってわかっているでしょう? いくら今敵が異世界人たちを大事にしているからって、それが奪還されそうになった時まで続くとは思えない。むしろ危険がせまったら、彼らを皆殺しにしてこの世界に来たという証拠を隠滅しようとする危険性まである。それを考えるなら、私たちが向かう際に異世界人さんたちを敵の掌中においておくのはむしろ危険だと思うけど?」
「それは……、あんたまさか、ミシオたちに集団脱走をさせて、それを僕らが迎えに行く形で奪還しようとしてるのか?」
反論しかけて相手の真意を悟り、智宏は一時的に内心の反発を脳の奥に追いやると、すぐさま頭の片隅でその案を吟味する。頭の中に浮かぶいくつもの問題点、利点、危険性。さまざまなものが瞬間的に頭の中を駆け巡る。
「……問題は大きく分けて二つだ。一つはそれがミシオたちにできるかってことだ。おそらくそれをやろうとするなら、人員はミシオだけじゃ圧倒的に足りない。少なくともまともに戦える人間があと数人必要だ。いくらなんでもミシオ一人で十三人以上の人間を脱出させるのは不可能だからな」
「それなら少しは当てがあるんじゃねぇか? 捕まってるやつらの中には、オズのフラリアの奴らが送り込んだ調査員がいるはずだ。あいつらの中には軍人も多いから、もしかしたら一人二人戦える人間がいるかもしれない」
「それに、イデア人には能力者もいるかもしれない、でしょうトモヒロくん?」
「それを言うなら【刻印使い】もだが、あくまでも可能性の話でしかない。まだいると決まったわけじゃないんだ。迂闊にいるつもりで作戦は立てられない」
『なら、いるかどうかは私が調べる』
智宏の言葉に、通念能力越しにミシオが強い意志とともにその言葉を送ってくる。確かにミシオの能力を使えば、タミリア人たちに悟られずにほかの異世界人たちの異能を調べることもできなくはないだろう。
『実際に、私たちが脱走するかどうかはできるかどうかを判断してからでもいい。だからお願い。もしもできるのなら、私の力も受け取って。私を戦力に、数えてほしい』
「……問題はもう一つある。それはいくら異世界人たちが自力で脱出してこっちと合流できたとしても、どのみち敵戦力が大きすぎて逃げ切れない公算が高いってことだ」
「それについては私の方に一つ案があるわ。私の祖国、オルバナの力を借りるのよ。おそらく私たちの国も、一度奪われたこの島を奪い返そうと必死のはず。もしも彼らのこの島への奪還作戦のタイミングをこちらの救出作戦と合わせることができれば、この島のタミリア軍の戦力の大半はオルバナとの交戦に向かうことになる」
「えっと、つまりそのオルバナの奴らを囮に戦力の分散を図るって感じか?」
「確かにそれができれば相手にしなきゃいけない敵戦力の大半はこっちから他へ行くだろうが、そのオルバナとは連絡が取れるのか?」
「私なら可能よ。なんだったら今から連絡を取ってみるわ。少し席を外すけど良いかしら?」
「わかった。シオ、こっちの会話をこのマディナって人にも聞こえるように送り続けててくれ」
『うん』
ミシオが答えると、マディナは『それじゃあ』と言って席を立ちあがる。どうやら隣の部屋で自国と連絡を取るつもりらしい。
「さて、それじゃあ残る問題は元の世界に戻る転移魔方陣の問題か。といっても、こっちの方は一応解決策も見えてるんだけど」
「そうなのか? いったいどうやって元の世界に帰るつもりだったんだよ?」
「いや、むしろあんたはどうするつもりだったんだよっ!? あんた僕が来なかったら一人でこっちに来るつもりだったんだろうが!?」
いくらなんでも無謀無策にもほどがある。こんな者達が異世界に殴り込みをかけようとしていたら、確かに止めたくもなるだろう。今の智宏には、オズ人たちの気持ちが痛いを通り越して激痛に感じるほどよくわかる。
「あの魔方陣、僕らがこっちに来た際に地面に焼き付いてるやつを使うんだよ。世界間転移魔方陣の勝手に増殖する性質を逆手にとって、連れてきた異世界人たちを上に乗せることであの魔方陣を起動させ、異世界に渡る」
元来、こんな事態を引き起こす原因ともなった転移魔方陣には、その上に人が乗った際に起動してその人間を異世界へと送り込み、出口となった場所に同じ魔方陣が魔力によって焼き付いて新たな異世界への入り口となり、再びその上に乗った人間を異世界に送り飛ばすという自動増殖機能がある。これがレンドたち異世界国交対策室(チーム―クロス・ワールド)の使う転移魔方陣ならばそう言った副作用はきっちりと防がれているが、今回使われていたのはそれとは違う、よりオリジナルに近い別物だ。
「まあ、とはいえ、この魔方陣自体もオリジナルの世界間転移魔方陣と違って、恐らく出口をこの世界に限定するためのもんだろう追加術式が込められてるから、このまま使えばどのみち出口はこの世界のレキハのどこかになっちゃうんだけど」
「おいおい、それじゃ何の意味もないじゃねぇか」
「いや、これについては対策を考えてある。余計な術式が刻まれているというのなら、それを排除してしまえば問題ない」
「いや、どうやって?」
「こうやって」
言いながら、智宏は持ち込んだリュックサックの中からホームセンターで買い込んだ道具類を次々にテーブルの上に並べてエイソウに見せる。
出てきたのはワイヤーブラシやヤスリ、スクレーパーなどの道具類。できれば電動工具なども買いたかったが、電力確保が難しいためあきらめざるを得なかった。
「術式は地面に直接焼き付いているんだから、地面ごと余計な術式を削り取ってしまえばいい。オリジナルの術式は僕が【集積演算】で思い出せる。削り終わったら、後は起動できる魔力が魔方陣にたまるまで待てば、それだけで異世界に渡ることはできるはずだ」
『まあ、それだとどこの世界に出るかわからないけど』と告げながら、智宏は鞄から買ったばかりの油性ペンを取り出し、立ち上がって魔方陣へと歩み寄る。削り落とすべき部分をマジックで塗りつぶしておけば、後の作業は分担して行える。そんな智宏の考えはしかし、作業を始めて数分で戻ってきたマディナによって若干の修正を余儀なくされた。
「とりあえず本国と予定が調整で来たわ。本国も近々攻撃に打って出るつもりだったみたいね。時間を教えてもらえたわ。明朝、攻撃を開始するつもりのようよ」
「明日の朝……。早いな」
準備できる時間が限られていることに少々気後れするが、かといってあまり時間もかけられない。下手に時間をかければこの最前線から敵にとって安全でかつ取り返しのつかない場所にミシオたちを送られてしまう可能性がある。マディナの本国であるオルバナによって妨害、あるいは奪還できる可能性もあるが、それでもこの世界から脱出できなければ意味はないのだ。事実上ミシオたち異世界人の奪還は彼女たちがこのレキハ島内にいる間に行わねばならない。
「それと一つ条件を出されたわ。いえ、こちらが何もしなくても向こうは作戦を決行するつもりのようだし、要請というべきなのかしら」
「要請? いったいなんだってんだよ?」
「このレキハ島には、現在オルバナに対抗するためにタミリアが設営した迎撃システムが海沿いに多数あるらしいの。それがある状況では、オルバナ側も上陸に際して多大な被害をこうむってしまう」
「それを何とかしろっていうのか?」
「異世界人の力を借りてハッキングを行い、使用不能にしろと言われたわ。一応やらなくても本国は動くようだけど、それでも対空砲や対艦砲によって“陽動の役割をこなせなくなる確率”は高くなる」
「……なるほど」
あからさますぎていっそ清々しいほどの交換条件を聞きながら、しかし智弘はすぐにそれも仕方がないと割り切ることにする。
実際彼らの言う通り、オルバナ軍に囮としての役割をこなしてもらうなら、できうる限り長く、優位な形でタミリア側と交戦してもらう必要があるのだ。タミリア軍がオルバナ軍をすぐさま撃退し、それによって余力の生じた兵を脱走中のこちらに向けられたらこちらとしてもひとたまりもない。
「よし。それじゃあ僕がマディナさんとその迎撃システムの無力化に向かいましょう。ミシオは収容所の異世界人たちの戦力の把握、エイソウはここに残って魔方陣の削り取りをお願いします」
『うん』
「まあ、しょうがないな」
指示した二人が頷くのを目で見ずに感じながら、智宏はすぐさま動き出す。こちらの時間はどうやら夕方頃のようだが、だとしてももう十二時間程度しかない。準備時間はあまりにも限られている。
「行動、開始!!」
ご意見、ご感想、ポイント評価等お待ちしております。