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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第四章 第四世界ウートガルズ
95/103

5:再び異世界へ

「エイソウ君、……なぜ、ここにいる?」


「悪いなウィル。あいにくと俺は自分の女が攫われて大人しく引っ込んでるなんてこと、男としてどうにもできそうにないんだ」


「バカな……!!」


 建物の入り口に一人立つエイソウの言葉に、今度こそウィルは声に怒りをにじませる。それはそうだろう。刻印使いとはいえ結局は一個人である智宏と違い、エイソウはエデン・レキハ村の次期戦士長だ。彼が動くと言うなら、ほかの村の戦士たちが動かないわけがない。


「君は、村の戦士たちを、村全体を危険に晒す気か!! 君たちが束になって挑んだどころで勝ち目などないぞ!!」


「いや、行くのは俺一人だ。何一つ手を打たずに黙っていることなんてうちの連中にもできないが、次期戦士長であるこの俺が動いたとあればうちの連中も納得する」


「それで収まると思っているのか!! 君が一人でウートガルズに乗り込んだとなれば、必ずや君を追うものが続出する!! そうなったら君の村は終わりなんだぞ!!」



「敵方にオウセンがいた」



「!?」


 エイソウがそういった瞬間、ウィルを含む周囲の人間の中に僅かながらも明確な動揺が広がった。反応したのは七人中ウィルを含めて三人ほど。その様子からして恐らくは、そのオウセンという人間について知っている人間は全員反応したものと思われる。


「村の連中は出しゃばらねぇ。そんな誇りに反するような真似はしねぇよ。村の連中にはもう伝言を残してきた。『これは俺の戦いだから手を出すな』とな」


「それって……」


 ここにきて、ようやく智宏はエイソウの考えを理解した。誇りに賭けて引けないエデンの戦士たちを、誇りを盾に引き留める。智宏には話しに出てくるオウセンという人物が何者なのかは分からないが、どうやら彼はそのオウセンなる人物との間に決闘のような手出し無用の雰囲気を作ることによって、村の他の戦士たちを引き留める腹積もりらしい。


「正直言えばな、俺がいくらお前らに任せろと村の連中に命じたところで、ことが巫女の身に及んでいる以上、俺のことを腰抜け呼ばわりして勝手にウートガルズに向かおうとするやつは必ず出てくる。……あっちには俺なんかより単細胞なブホウのおっさんもいるしな」


 確かに、現在のエデン・レキハ村は戦士長が二世代同時存在している状態だ。本来ならエイソウに受け継がれるべきところを、異世界との接触でエイソウが異世界に出向く必要が出てきたため、戦士たちの長が二人もいると言う恐らくは異例の事態が起きている。

 そしてそんな状態で村の中で意見が対立する事態になればどうなるか。

 最悪の場合奪還を叫ぶ者たちがブホウを中心に徒党を組み、彼等だけでウートガルズに乗り込む事態になりかねない。


「俺を行かせろウィル。リンヨウは俺の女で、これは俺の戦いだ。誰にもくれてやるつもりはない」


「……ダメだ。やはり許容できない」


 ウィルの言葉に周囲の男たちが手の先に魔方陣を浮かべ、目の前のヒオリが手袋に包まれた手の周りに新しい包帯を準備する。

 対する智宏やエイソウも、もはや相手を説得するつもりもない。エイソウが双剣を握り直し、智宏も刻印に魔力を流して相手の出方の一切を注視する。

 建物の中に満たされる、張り詰めたような緊張感。そして長くも感じる静寂に満ちたその時間は、次の瞬間には室内にいた全員が同時に動き出したことで木っ端みじんに破壊された。

 五人のオズ人が一斉に魔方陣から鎖を放出し、ヒオリとエイソウが同時に飛び出すのを知覚しながら、智弘も一気に態勢を落として前へと向けて走り出す。

 ただ一人、踵を返して室内の奥へと走り出したウィルを追って。


「させないっ!!」


 ウィルがただ一人智宏たちではなく建物の奥へと走り出した理由は明白だ。この建物の奥には智宏達がここに来た理由であるウートガルズへの転移魔法陣がいまだに存在している。ミシオを攫った者たちが使ったと思われるそれは、ウートガルズ行きの転移魔法陣が存在しない現状、街のどこかに現れているかもしれない行先ランダムのオリジナル転移魔法陣を除けば、ウートガルズに行くための唯一残された手段だ。

 逆に言えば、ウィル達はそれさえ破壊してしまえば智宏達のウートガルズ行きは阻止できる。もちろん、魔方陣には証拠や手がかりとしての価値もあるためできればとりたくなかった方法だろうが、どうやらウィルは魔方陣の破壊もやむなしと判断したらしい。

 そしてその判断はこの場にいる全員に共通の認識となっている。


「行かせない!!」


 パァン、という乾いた音を立て、横合いから叩きこまれたイデア人の女の蹴りを智宏の腕が受け止める。

 見れば女の体には、来ている服がぴったりとくっつく形で何らかの力が込められていた。どうやら彼女は自身の能力で服そのものを動かし、それによって格闘能力を底上げしているらしい。

 さらに敵はそれだけではない。背後にいた三人のオズ人はエイソウの足止めに向かったようだが、残る二人は智宏の方へと向かい魔術を放とうとしている。

 もはや一刻の猶予もない。そして何より、失敗は許されない。

 それゆえ――


「ウィルを止めろ、トモヒロッ!!」


 迫る鎖の隙間を突き破るように駆け抜けて、智弘を絡めとろうとする鎖を両手の剣でたたき落したエイソウのその言葉に、智弘迷いなく従う選択を下した。


(術式展開――【岩壁城塞(ロックシェル)】!!)


「なにっ!?」


 足元から壁を生み出して上方へと飛び上がり、智宏はそのまま天井に着地して蹴り飛ばすことで、一気にヒオリの上を飛び越える。

 背中に【空圧砲(エア・バスター)】の魔方陣を展開してさらに勢いを強め、今まさに魔方陣を破壊すべく【土人形の鉄腕(ゴーレム・アーム)】を振り上げるウィルめがけてミサイルのように突っ込んだ。


(術式展開――【土人形の鉄腕(ゴーレム・アーム)】!!)


「ぬおぅっ!!」


 再び室内に重い金属同士がぶつかる轟音が響き渡り、巨腕を盾にしたウィルが勢いに押されてたたらを踏んだ。

 同時に、重い一撃を受け止めたウィルの巨腕が砕け散り、飛び散った破片が魔力へと戻って霧散する。

 だがそれでもなおウィルは止まらない。


「行かせん!!」


 巨腕が砕けると見るや右手にすぐさま魔方陣を展開し、体勢の立て直しを待たずにそのまま地面の術式めがけて撃ち放つ。

 使用した術式は【雷槍(サンダーランス)】。エデンの竜猿人(ダイノロイド)すら易々と串刺しにする、電撃を帯びた貫通力の高い槍だ。


「く、うぅ!!」


 電撃の槍が魔方陣の描かれた地面に直撃する前に巨腕で受け止め、しかし巨腕が射抜かれたことで帯びていた電撃が智宏に襲いかかる。全身を襲う熱と強烈な痛み、巨腕を槍もろともすぐに消したため感電していたのは一瞬だが、それでもウィルはその隙を見逃さない。


「ォオオオオオッ!!」


 襲いかかるウィルの拳撃に、今度は智宏が防御してたたらを踏んだ。智宏めがけて叩きつけられるウィルの拳は一発では済まず二発三発と続き、四発目以降にいたっては【鉄甲(アイアン・ガント)】が使用され、鋼鉄の魔力を纏った拳が金属の鈍器となって防御する智宏の腕へと次々に叩きこまれる


「君たちは一体、どれだけ残される者たちの感情を無視するつもりだ!! 残された君の両親が、友人が!! どれだけ君のことを心配すると思っている!!」


「それはミシオにしたって同じだ!! だから取り返しに行きたいんですよ!!」


「それは君たちがやるべきではないと言うのが、なぜわからない!!」


 ひときわ重い一撃を、しかし智宏は自身も発動させた【鉄甲(アイアン・ガント)】で受け止めた。

 金属同士が激突する音に耳がしびれるような感覚を覚えながらも、その音に負けじと智弘は肺と腹筋に力を込める。


「待って、心配していればミシオが返ってくるなら僕だってそうしますよ。だけどそうなるとは思えない。時間だって限られてる!! ミシオの身柄が、広い第四世界のどこかに隠されてしまったら、もう僕らがどうあがいても見つけられない!!」


 結局のところ、ミシオを攫ったウートガルズの者達にミシオを返す意思があるか、その一点が最大の問題なのだ。そして智宏は、恐らく相手に返す意思はないと考えている。

 一度攫った相手を返すなど、これからの世界間の事情において己の非を認めるだけの効果しかない。そしてそんなことを、恐らくウートガルズの人間はしないだろう。秘密裏にどこかに運んで監禁したまま一生を終えさせるか、あるいは殺して証拠隠滅を図る可能性の方がはるかに高い。


「取り返すチャンスがあるとしたら今しかないんだ……!! ウートガルズのレキハは一つの島、それがどれほどの大きさの島かは知らないが、それでも島の中にいるうちならまだ探し出す余地がある!!」


「そんな簡単な話だと思っているのか、君は――」


「――簡単だなんて思ってない!!」


 受け止めた拳を押し返しながら、智宏はしっかりとそう言い返す。

 そもそもの話、【集積演算(スマートブレイン)】などという刻印を持つ智宏に、そんな楽観が許されるはずがないのだ。

 むしろ、悪い考えばかりが浮かんでくる。

 そしてだからこそ、居ても立ってもいられないのだ。

最悪の可能性なんていくらでも思いつく。その一歩手前に至ってはさらに多い。それでも、最善の結果は一つだけだ。


「ただでさえ困難な状況なんです。道筋を一つに限定する必要はない。僕らにしたところで、失敗してすごすご帰ってくる可能性は十分ある。そのときはあなたたちにすべてお任せします」


「帰って来られる保証もない」


「そのときは僕らは無視して進んでください。死んだものと思っていただいて結構です」


 彼らの意に反して勝手を働くのだ、その尻拭いまで押し付けるつもりは、智宏にはない。その程度の可能性は、まず最初に考慮に入れている。


「……八だ」


 と、そんな智宏に何を感じたのか、ウィルは突然そう呟く。


「最少が一で最多が八。それが君が知りたがっているだろう数の範囲だ。みすみす行かせるつもりはないが、行ってしまったときのためにそれだけは教えておく」


「ありがとうございます」


 ウィルの言葉の意味をすぐさま理解しながら、智宏は素直にそう礼を述べる。だがウィルはそれに対し、すぐさま首を横に振って自分の意思を口にした。


「礼には及ばないよ。言っただろう、みすみす行かせるつもりはないと。それに――」


「――ただで情報をくれるつもりもないんでしょう!!」


 そう応じて振り向くと、智宏の背後には先ほどの布使いの女が今まさに智宏へ一撃加えようと空中で腕を振りかぶっているところだった。どうやらウィルがこちらの注意をひきつけている間に、魔力をもたないヒオリが背後から迫っていたらしい。


「四秒頼みます、ヒオリどの!!」


「ハァッ!!」


 ウィルの求めに、ヒオリというらしい布使いの女が気合いの一声で応じて拳を智宏めがけて叩きつける。智宏もとっさに女の拳を受け止め、そのまま勢いを利用して投げ飛ばすが、同時に右手首に感じた布の感覚にすぐさま相手の狙いを理解する。

 直後に空中で見事に体勢を変えて着地した緋織と智宏の間には、またしても緋織の袖から現われた包帯が智宏の右腕を引っ張る形で伸びていた。


「くっ――」


「――させない!!」


 すぐさま左手に魔術を展開して焼き切ろうとする智宏に対して、緋織の方も機敏に反応して対応する。智宏より早く逆の手を突き出してそこから大量の包帯を放出すると、智宏の全身に包帯を絡みつかせてその動きを封殺する。

更にその向こう、緋織に時間稼ぎを任せたウィルはと言えば、手の先に魔方陣を生み出し、地面の転移魔法陣へと向けている。

 残る猶予時間は一秒強。だがそれだけの時間でも、智宏は最善策を叩きだす。


「させるかぁっ!!」


「なっ!?」


術式展開――【空圧砲(エア・バスター)】。

背中に展開した魔方陣を起動させ、智宏は包帯に引かれるままに緋織のもとへと突進する。


「ぐ、ぁ……!!」


右肩からぶつかる体当たりをもろにくらい緋織が体をくの字に折って肺から空気を絞りだす。緋織も自身の能力によって何とか踏みとどまることに成功したようだが、生憎と智宏の判断はここまででは終わらない。


(術式追加展開――【空圧砲(エア・バスター)】!!)


 背中に展開した魔方陣とは別に左肩にも魔方陣を展開し、智宏は体当たりの方向を右側へと強引に持っていく。緋織の体を無理やり巻き込んで、今まさに魔術を放とうとしているウィルのもとへと。


「ああっ!!」


「ぐぁっ!?」


 ウィルが緋織との激突跳ね飛ばされていくのを感じながら、智宏は背中の魔術を終了し、左肩に展開した魔術をそのままに肩を動かして体を空中で一回転させる。自身に巻きついた包帯をよじって一纏めにし、包帯の束の向うにウィルとヒオリの二人をまとめて視界に収めると、それらすべてに向けるように智弘は自身の顔の前に魔方陣を生み出した。


「――幸運を。トモヒロ」


 選択した魔術は、二人の意識をまとめて奪う【強放雷(メガボルト)】。

電撃の爆ぜる音と二人が地面に落ちる音を聞きながら、智弘は確かに意識を失う寸前に放たれたウィルの呟きを受け取った。

 感傷に浸る暇もなく、智弘はすぐさま自身の足元を確認する。

 魔方陣には傷一つなし。それこそが【集積演算(スマートブレイン)】によってコンマ一秒以下の間に出された最適解の導き出した結果だった。


「……そっちも終わったようだな」


 間髪入れずかけられる声に、智弘はすぐさま振り返り、同時にわずかながらも驚嘆に襲われる。

 魔力の気配や聞こえてくる音などで一応把握してはいたが、それでも背後に広がっていた光景は、あまりにも一方的な驚くべきものだった。建物内の床に倒れ伏す五人の人影、そしてその中を鞘に剣を収めながら歩いてくるエイソウの姿。剣を使った割に流血の後がなく、倒れている者たちも死んでいる訳ではなさそうだが、だからこそ余計に圧倒的な力の差でねじ伏せたことの判る光景だった。


「すごいですね。こっちは二人相手で苦戦してたのに」


「いや、お前だって俺が来るまで七人相手にしてたんだろうが。第一こいつら全然本気出せてなかったからな。使ってくる魔術もあんま種類がなかったし、お前にしたってそのどでかい魔方陣を庇いながらだったわけだし……、って、そんなことどうでもいいんだよ。改めて聞くけど、お前も俺と一緒にウートガルズ行きってことでいいのか?」


「ええ。同行してもいいですか? まあ、断られた場合でもこっちはこっちで勝手にやるんですが」


「まあいいぜ。その他人行儀な敬語やめたらな。前から言おうと思ってたけどこの際だ。名前もさんづけとかいらねぇ。普通にエイソウでいい」


「……わかった。年上相手に敬語使わないって言うのもなんか気持ち悪いけど、よろしく、エイソウ。正直一人で行く気でいたから、仲間一人増えただけかなり選択肢が広がるよ」


『私もいるんだけどね』


『お前のこと教えていいのか?』


 脳内で下らないやり取りを交わしながら、智宏はとりあえずエイソウと握手を交わす。

 一人なら一人で気は楽だと思っていたが、やはりこれだけの猛者が一人でも味方についていると言うのは心強い。先ほど背後で感じていたオズ人五人との様子も、感じる限りではかなり圧倒しているようだった。レミカはレミカである種の切り札となる存在であるし、智宏が当初考えていたものよりもかなり状況は良くなっていると言える。



「一人増えてそんなに喜ぶならもう一人どうかしら?」



 と、二人が握手を終えて手を離したちょうどその瞬間、それまでなかった声がその場に響く。

 二人が反射的に振り向き、声の元である入り口付近へと身構えると、そこには褐色の肌の上に野戦服のようなものを纏った長髪の女が、静かな足取りでこちらに歩み寄って来ていた。


「そう警戒しないでくれる? 警戒しなくてもあなた達の道行きを邪魔する意思はないわ」


 妖艶、と言っていい笑みを浮かべ、隙のない立ち居振る舞いでこちらに歩み寄りながら、女はそう言って自分の両手を上げてこちらに示す。背中のバックはそれ相応の装備が入っていそうな大きさだが、今のところ彼女の手の届くところに武相のようなものは見受けられなかった。


「まずは自己紹介からかしらね。私はマディナ・ボラーゾフ。立場としては、むしろあなた達の異世界行きについていきたい人間よ」


「何……?」



「きっとお役に立てると思うわよ。なにしろ私、第四世界の人間なんですもの」



 こうして、智宏にとって二度目の異世界渡航の幕が切って落とされる。

 たった三人の仲間と共に、世界の半分を相手取って戦うために。


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