27:状況を打開する最強の力
一応『最新話』のリンクで来た方ように、更新の履歴を載せておきます。
23:過去VS未来 5日午後8時
24:欠け時計 5日午後10時
25:ハイブリット・プラン 6日午前0時
26:樹形思考 6日午前8時
⇒27:状況を打開する最強の力 6日正午12時
「おのれ……、主様の【境界戦術】をどこまでもコケにして……!!」
七割近く内蔵魔力の減った魔力充填機を新しいものと交換し、再び巨大な扇状の魔力力場を展開しながら、水晶はギリギリと歯を噛みしめる。自身の主に命じられた命令を考えれば既に撤退してもいいころ合いだったが、本人にその気はなかったし、この期に及んで標的が自分を大人しく返すとも思っていなかった。
(まったく、嫌な認識の一致ね。お互い相手が脅威だと思っているから、相手の存在が許せないなんて……)
扇を振り回したのち翼を伸ばし、水晶はそんなことを考える。
水晶自身にとっても、この標的の脅威度は決して見逃せるものではなくなってきていた。
敵の刻印の正体が何なのか、正直水晶は興味がない。敵は元より魔術というこの世界の人間にはない力を使っているし、たとえほかの何かであったとしても常に刻印を起動させた状態で動き続け、幾度危機に陥っても魔術以外の不可解な力を使わなかった以上、あれこそがこの敵の全力なのは疑いようもないからだ。
むしろ脅威と考えているのは、標的が水晶の攻撃を幾度も逃れているというその事実だ。
(もしあの刻印が主様の欲している代物だとしても、それを手に入れるのはかなり難しい)
水晶とて負けるとまでは思っていないが、相手を殺さずにとらえるのは水晶自身でもかなり困難だ。いかに最強を自負する【境界戦術】の体現者と言えど、その根底にある戦術は必殺を前提としたものだ。むしろ水晶の場合、魔術を使える相手を殺さずに捕らえるなど、武器の性質上最も困難な作業といっていい。
故に、この殺意は主の意には背かない。
「どうあっても仕留めてあげるわ。お前は主様にとってあってはならない毒虫だ」
言葉と同時に体勢を落とし、広げた翼で再出現した空気を受け止める。
浮き上がった体をさらに背後に出現した空気で押し出すと、さらに再出現し続ける空気に乗って一気に空へと飛び上がった。
扇を前に真っ直ぐ構えて進む先は、先ほど標的が落ちた初等部昇降口の屋根の上だ。
魔力の気配で位置がわかるだろう相手に余計なかく乱は行わず、迎え撃たれるのを予期しつつも水晶は真っ直ぐとその場所に飛び込んだ。
その瞬間、まさに待ち構えていたように標的が両手で魔方陣を構えて輝かせ、大量の炎弾を水晶めがけて乱射する。
(【回転機関砲】か、だが甘い)
押し寄せる炎弾を扇を前に構えて受け止め、同時に水晶は翼を消して屋根上へと着地する。
未来に送り飛ばしている対象が危険極まりない炎弾である以上、水晶は追い風による加速力は得られない。大量の炎弾を下手に背後に再出現させて爆発でもされたら、無防備な背中に爆発による大ダメージを受けることになりかねないからだ。
だがそんなものが無くとも、妖属性の魔力を纏うことで強化された速力は十分に人外の域に達している。校舎の壁際に追い詰め、接近戦に持ち込めばどうやったって水晶には敵わない。
(事前情報とさっきからの対応で、こいつの魔術は大体把握できてきた。身体能力だけでは扇の吸引力からは逃げられない)
今度こそ逃がさない、そう決意を固めながら【未来視】を起動し、水晶は扇を構えたまま智宏めがけて疾走する。
すると一,二秒後の未来に存在する水晶めがけ、扇の影から扇の吸引範囲の外を迂回するように現れた炎鳥が、飛行する爆弾として水晶に襲いかかる光景が見えた。
どうやら炎弾の弾幕に気配をまぎれさせ、誘導系の魔術も発動させていたらしい。
炎弾の弾幕によって扇を前に構えていなければいけない水晶に側面から攻撃を仕掛けるというのは確かに効果的ではあるのだろうが、生憎と来ると判っていればいくらでも対処が可能だ。
(そろそろ悪あがきもネタ切れか?)
内心で敵をあざ笑うと、水晶は扇を構えたまま右斜め前へと飛びだした。扇を迂回しようとする炎鳥を、迂回する前に消し飛ばしてしまえばいいという考えだ。
だが、水晶が炎鳥めがけて大地を蹴った瞬間、見ていた未来の光景が突然切り替わり、同時に現在で消し飛ばされるはずだった炎鳥が大きくその進路を傾けた。
「なにっ!?」
驚き、とっさに全身を包む魔力の量を増やすが、その瞬間にできた足掻きはそこまでだった。
迎撃しようとした水晶を回避した炎鳥は、しかし次の瞬間には扇の吸引力に引き戻され、元の方向へと戻っていく。
だがそれによってぶつかる先は漆黒の扇ではない。すでに扇の側面を通り越した炎鳥の向かう先は、その向こうにいる水晶の本体そのものだ。
「っづああ!!」
世界を揺るがすような爆音が鳴り響き、水晶は頭に受けた衝撃に耐えきれず、左側へとよろめいた。
爆発時の熱は妖装の鎧が防いでくれた。衝撃に至っても魔力がその大半を緩和し、水晶まで届いたダメージはごく僅かだ。
しかし爆発時に、それも耳元で発しした爆音はそうはいかない。
元より、妖装の鎧は攻撃から体を守るものではあるが、聴覚を始めとする五感を封じるものではないのだ。たとえ熱や衝撃が伝わらなくても、耳元で爆発音が鳴れば水晶はたまったものではない。
(ぐ、あ……!!)
ふらつき、自由の効かない自身の体に焦燥を覚えながら、水晶はさらなる未来に標的の少年が三羽の炎鳥を引き連れてこちらに迫ってくるのを垣間見た。
水晶が予知した通り、智宏は三羽の炎鳥のうち二羽を水晶めがけて先行させると、弾幕を張るのをやめて自身もその後を追って飛び出した。
自身の魔術のレパートリーで、遠距離攻撃のみであの防御を掻い潜るのは無理がある。ならば敵の隙を見極めて、自身が近づいて攻撃を叩き込むしかないと、莫大な数の未来を予測して、智宏は最終的にそう判断していたのだ。
(……く、舐めた真似を……!!)
よろめく体を筋肉に近い働きをする魔力の力で強引に立て直し、水晶は二羽の炎鳥と智宏を迎え撃つべく扇を振りかぶる。打撃としての威力も、振り切る上での空気抵抗も考えなくていい【欠け時計】の一閃に、どんな体勢で振るうかはあまり関係ない。触れるだけで水晶にとっての脅威をすべて消滅させられるこの扇は、問題なく迫る三つの脅威を未来に消し飛ばし、それで水晶の勝利が決定する、はずだった。
だが、そんな水晶の未来は扇が動き出すと同時に切り替わり、代わりに別の未来を水晶に見せつける。
(またっ!?)
驚き、慌てて動きを修正しようとするがもう遅い。
動き出した扇は最初の二羽の炎鳥を問題なく消し飛ばし、しかし最後の智宏だけは捕らえられず、別のものを消し飛ばすこととなった。
消し飛ばせたのは智宏の体を地面にたたきつけるように背中から放出され、結果的に扇の攻撃範囲から離脱させた【空圧砲】の空気圧である。
「ぐあっ!」
背中で起動させた【空圧砲】の勢いに思い切り地面へと叩きつけられ、ある程度覚悟を決めていた智宏もたまらず声を洩らす。
全身を襲い、顎を通じて脳さえ揺さぶる強烈な衝撃、だがそれも、結果的には智宏を扇の攻撃圏内から離脱させ、その右腕を水晶の扇の内側へと潜り込ませることに成功した。
(さあ、これで決着まで最低あと八手だ――)
(しまっ――)
(――消せない未来を垣間見ろ!!)
新たに生まれた未来に水晶が驚愕したその瞬間、水晶の足元に叩きつけられた右手が魔方陣を展開し、直後にそこから生み出された壁が強烈な打撃となって水晶の顔面を殴りあげた。
「あ、が――!!」
顎を打ち抜く強烈なアッパーカットに脳を揺さぶられ、そのあまりの威力に水晶の体が宙に浮く。
身にまとった妖装の鎧も、今度ばかりはダメージから身を守り切れなかった。水晶の視界で火花が明滅し、揺さぶられて動きの緩慢になった彼女の脳にさらなる未来が突き付けられる。
それは右手の扇の、その起点となっている【欠け時計】本体に最後の炎鳥が炸裂し、その機械を核となる刻印結晶もろとも粉々に破壊する光景だった。
(このガキィ、主様の【境界戦術】をォ……!!)
このとき水晶がそれに対応できたのは、まさに忠誠心から来る気力のなせるわざだった。
右手に迫る炎鳥を消し飛ばすべく渾身の気力を振り絞って手首を動かし、扇の向きを僅かに変えて迫る炎鳥へと近づける。
だがその瞬間またも未来が変わり、接触前の炎鳥が起爆し、水晶の右腕が強烈な痛みと共に扇もろとも高々と上に跳ねあげられた。
「こ、こんな――」
目の前で連続して起こる、有り得ないはずの現象に、ついに水晶は絶叫を上げる。
水晶にとって未来とは、改変はできても勝手に変わるものではない。未来の改編とは自分の行動が起点となって初めて起こる、いうなれば自分を含めた予知のできる一部の人間だけに許された絶対的なアドバンテージであるはずだった。
だというのにこの敵は、水晶の見た未来を水晶が対応しようとしたその瞬間に改編してくる。
(あと五手だ……!!)
『どうして【集積演算】なのか』と、以前智宏は質問されたことがある。
危機を脱するだけならもっと他の力があったはずで、敵を倒すだけならもっと強い力があったはずなのに、なぜわざわざ智宏は【集積演算】などという、直接的な解決能力を持たない、言ってしまえば弱い力を願ったのか、という質問だ。
そのときはうまく形にならなかった答えが、今ならわかる。
智宏にとって知性とは、『状況を打開する最強の力』なのだ。
歴史を紐解けばいくらでも現れる、知恵と工夫によって不可能を可能にした事例。どんな時でも知恵を絞ったものこそが最後に成功を収めたのだという教訓。そうした物語に触れたことで、いつしか智宏は自身の中に『知恵を絞れば何でもできる』という信仰を築き上げていた。
もちろん、そんなものはただの机上の空論だ。現実がそううまくはいかないことを、智宏はすでに何度も経験して知っている。
だが智宏はそこで自分の信仰を捨てることはせず、自分の考えが足りないせいだと考えた。一つのミスもなく、どこまでも先を見通し、最善の判断を下せるというあり得ない思考こそが、どんな状況をも打ち破る最高の、『理論上最強の力』なのだと考えた。
そしてそれこそが、智宏があのときの刻印願った、【集積演算】の原点となっている。
(次の魔術を扇で消し飛ばすようなら、もう一度炎鳥で四方から狙う。腕が動かせず妖装による防御を試みるなら、そのまま【強放雷】を【轟放雷】に変えてぶち破る)
相手の動きをその動きだしで見極め、それに対して最も対応しにくい攻撃をぶつけていく。すでに相手の動きの予想と、それに対する最も適切な対応は智宏の頭の中に考え得る限り展開されているのだ。そうなれば後は、相手の動きに合わせて最善の攻撃をぶつけていくだけでいい。
(まさか、わかるというのか……? 私の動きの初動で、私の次の動きが、私の掴もうとする未来が……!!)
予知した未来が変わるとき、未来がどう変わるのかを予知能力者は事前に知ることができない。それはある種、予知系能力を持つ者皆が抱える宿命的なジレンマだ。水晶自身、以前自身の体験としてそのジレンマと向き合ったことがある。
あのときだって未来を変えたことで起きた事故が、本来の事故よりもはるかにましな結果であったことを周囲に疑われるなどとは思ってもみなかった。
今起きているのは根本的にそれと同じだった。
(くそっ、追い付けない……!! 私がどれだけ未来を変えようともがいても、私が未来を変える前にもがく私に合わせて未来が変わる……!!)
それはある種当然とも言える結果だった。
そもそも一通りの未来しか見えていない【未来視】とあらゆる未来を予測できる【集積演算】では見ている未来の数が違う。
未来に対して予測によって予知する相手を上回る。
どんな危機的状況下でも必ず希望を見つけ出し、その希望を掴める道筋を誤ることなく突き進む。
(だからこそ、僕の刻印は【集積演算】なんだ!!)
「私の予知が……!!」
右手の【轟放雷】が相手の黒い翼を吹き散らし、左手の【空圧砲】が水晶の胴体を吹き飛ばす。
強烈な暴風に打ち抜かれ、ついに水晶の体は足場のない空中、地面へと落ちるしかない屋根の外へと投げ出された。
「私の未来が――!!」
屋根の淵で魔方陣を構える智宏を視界に収め、水晶は必死に次の一手を模索する。
自身を未来に飛ばす緊急回避スイッチは、手をかけた途端再出現時に魔術で撃ち抜かれる光景を見せられた。
翼を広げようと魔力を背中に込めれば、すぐに未来は翼を破壊される光景へと変貌した。
どんな手を使っても未来が無い。どんなに足搔いてもどうしても一手出遅れる。
水晶の見る未来だけではない。もはや智宏の脳内にすら、水晶が逆転する可能性は残されていなかった。
「――私の未来が、追い付かない!!」
(術式展開――【轟放雷】!!)
放たれた閃光が恐怖に染まる水晶の表情を覆い隠し、響いた轟音が上げられた悲鳴を塗りつぶす。無慈悲に放たれた雷撃は、妖装に阻まれて僅かにその威力を落としたものの、しかし完全に阻まれることなくその使用者の意識を狩りとった。
次回の更新は6日午後9時になります。
ご意見ご感想、ポイント評価等お待ちしています。