25:ハイブリット・プラン
一応『最新話』のリンクで来た方ように、更新の履歴を載せておきます。
21:もう一人の敵 5日正午12時
22:喪失時計 5日午後5時
23:過去VS未来 5日午後8時
24:欠け時計 5日午後10時
⇒25:ハイブリット・プラン 6日午前0時
何の脈略もなく、あまりにも唐突に、ハマシマミシオは自分が人ごみの中で立ち尽くしていることに気が付いた。目の前に見える新校舎から、自分がいるのが中庭と新校舎の間にある通路であることがすぐさまわかる。
「……え、……あれ?」
自分がなぜこんなところにいるのか、そもそもいつから立ち尽くしているのかが分からず、ミシオはしばし混乱に頭の中を満たされる。頭に手をやって記憶をたどり、ついでに自分がいま智宏からもらったバレッタで髪をまとめていることを思い出した次の瞬間、ようやくといっていいタイミングでミシオは先ほどまで自分が何をしていたかを思い出した。
「トモヒロ!!」
思わず衆人環視の中で声をあげ、周囲から驚きの注目を浴びるが、ミシオにはそんなことを気にする余裕はない。ミシオの記憶が正しければ、二人は先ほどまで学園内に侵入した刻印使いらしき魔力の主を探っていたはずだ。だというのにミシオの記憶はその途中で途切れ、今しがた我に帰るまで全く残っていない。その間に何があり、どれくらいの時間がたち、智宏がどうなったのかが今のミシオにはなにもわからないのだ。
(どうして……、どうして……!!)
泣き出しそうになるのを必死にこらえ、ミシオは智宏の姿を探して校舎内を駆け回る。記憶にある最後の瞬間、ミシオは智宏が何か異常な事態に陥ったのを感じ取っていた。もしや智宏に何かあったのではないかという巨大な不安が、早鐘のような心音と共にミシオの精神を押しつぶす。
(こうならないために、準備してきたのに……!!)
リンヨウに協力を仰ぎ、ときに反対されながらも妖装の訓練をしてきたのは、まさにこういった非常事態のためだったはずだ。だというのに今のミシオは肝心の敵も智宏も見失い、一人途方に暮れている。
これでは何のために訓練してきたのか分からない。
トモヒロに自分も頼れなどと言っておいてこの体たらくだ、あまりの情けなさに泣きたくなってくる。
(そうだ……!! 【直通回線】、【直通回線】なら今の智宏の居場所も……!!)
思いついた方法に、イデアで染み付いた倫理感がわずかに抵抗を示すが、それでも非常事態という言葉でその意識を無理やり封殺する。いくら無許可で人の心を読むのが悪いことだと知っていても、この状態では他に手段がない。
だがそう考えたミシオが智宏との【直通回線】を使用しようとした矢先、まるでそれには及ばないと言わんばかりに巨大な魔力の気配が伝わって来た。
(……なに、これ……!!)
感じられた魔力はかなり遠く、方角は普段あまり近寄らない初等部方向。感じる魔力は何種類かあったが、どれもミシオにとっては既知の、そして決して出会いたくない魔力の数々だった。特に八月の終わりに出会った刻印の魔力と、自身も宿す妖属性の魔力は明らかに最悪といってもいい。
(トモ、ヒロ……!!)
魔力を感じられない一般生徒が怪訝な表情で見守るなか、ミシオは青ざめた表情のままその方向を見て立ち尽くす。
もはや疑うべくもない、ミシオが固めた決意に対する、明確な敗北と言っていい状況が、その場所では出来上がっていた。
水晶が一歩を踏み出したその瞬間、智宏は脳裏に閃いたその可能性に対し、とっさに右肩の魔方陣に追加の術式を書き加えることで対応した。操作と同時に必要な魔力を注入し、敵の右足が地を蹴る前にドラム缶大の右腕をさらに巨大化させる。
舗装された道路に発動した【土神の剛腕】が突き刺さり、同時に智宏の右肩にその身を突き飛ばす巨大な圧力が襲いかかる。右肩を持って行かれそうになるその感覚に上手く全身を乗せることで耐え、そうすることですぐさま左側に跳んだ智宏が次に知覚したのは、今まで自分がいた空間を通過する高速の物体と、その場所で壁のように存在していた【土神の剛腕】が跡形もなく消失する光景だった。
(ヤバい、この組み合わせは、本気でヤバい!!)
内心に生まれる焦りを押し殺し、智宏は消えた巨腕の魔方陣を消去して右手に新たな術式を展開する。さらに左手首に追加術式を、背中にもう一つの魔方陣を追加し、黒く染まった体に思い切り急ブレーキを掛ける水晶めがけてまずは左手の魔術を開放した。
(術式展開――【轟放雷】!!)
術式の追加によって巨大化し、殺傷能力すらも伴った強烈な雷撃が水晶を焼き尽くさんと襲いかかる。範囲が広い上に勢いを殺した水晶の今の状態では回避し得ないその攻撃は、しかし水晶が握る漆黒の扇の一振りで跡形もなくこの世界から消え去った。
否、消え去ったのではない。いつとも知れない未来へと消し飛ばされたのだ。
(正面突破じゃ無理だ……!!)
すぐさまそう判断し、智宏は用意していたもう一つの術式に魔力を流し込む。魔力をふんだんに与えられた【火炎鳥襲撃】の魔方陣は瞬時に四羽の炎鳥を解き放つと、智宏の操作を受けて四羽の炎鳥を四方向から同時に水晶へと差し向ける。
さらにだめ押しでもう一度、展開したままにしておいた【轟放雷】の魔方陣を突きつけると、相手の視界を塗りつぶす閃光とともに再び雷撃を叩き込む。
だが、
「甘いぞ毒虫風情がぁっ!!」
閃光に目を細めながらも、水晶は迫る五つの攻撃に順番に扇を叩き込む。巨大な扇を鋭く振りまわし、まずは正面から迫る雷撃を一閃して消し飛ばすと、同じ要領で続けて迫る炎鳥を近づくそばから次々に消し飛ばしていった。
到底巨大な扇を振り回しているとは思えない速度、否、実際には扇ではないがゆえに出せるその速度に、智宏は左手の魔方陣も【火炎鳥襲撃】に変えてさらなる追撃を試みる。四羽目を迎撃する水晶の死角に五羽目と六羽目が忍び込み、七羽目と八羽目が陽動も兼ねて正面から水晶を襲う。
だがそんな攻撃も水晶にとっては想定の内にある。
「その程度で主様の【境界戦術】を破るだと? 浅はかにもほどがあるぞ虫けらぁっ!!」
振り向きざまに五羽目の炎鳥を消し飛ばし、さらに返す刀ならぬ扇で六羽目を消し飛ばすと、水晶は迫る七羽目と八羽目を無視し、消していた妖装の翼を再び顕現させる。
智宏が相手の姿勢に虚を突かれ、その意味を推察していると、その答えを示すように背後で轟音が響き、同時に水晶の前に巨大な壁が現れて二羽の炎鳥を受け止め爆散させた。
「っ!!」
否、壁に見えるそれは壁ではなかった。先ほど水晶によって消し飛ばされ、今また再出現した智宏の【土神の剛腕】だった。見て確認こそしていないが、智宏の背後ではその直前に放った【強放雷】も確かに再出現してアスファルトの地面に直撃しているのがわかる。
(くそ、来る!!)
再び襲い来る危機感に従い、智宏は自分の足と背中に展開した魔方陣に魔力を流すと、気功術による脚力強化と【空圧砲】の反動を用いて急速にその場を飛びのいた。
直後、魔力供給を断たれて消えかけていた巨腕を消滅を待たずに消し飛ばし、再出現した炎鳥の爆風を黒い翼に受け止めた水晶が、智宏のいた空中を貫き、そこにあったものをまとめて喰らい尽くす。
「ぐ、ぅうっ!!」
黒い扇が空気を消し飛ばすことで生まれる絶大な吸引力にあらがい、どうにか地面に転がって危機を脱した智宏は、体制を整えると共に地面に急制動をかけて着地する水晶めがけて両手から炎鳥を打ち出した。
だがどれだけ多方向から炎鳥が襲いかかっても、水晶は的確にそれを未来に送り飛ばし、ときには自身の体の動きで回避して捌いていく。
(【失われた時間】が元から持っていた、触れたものを全て未来に消し飛ばす防御不能攻撃、近接戦闘を封じる空気消失による吸引力、加えて空気の消失と再出現を応用した急加速に、武器化した【失われた時間】と未来視を組み合わせた防御性能、か……)
【集積演算】によって強化された思考で敵戦力を分析し、そのあまりの隙のなさに思わず智宏は苦悶の声を洩らす。
ただでさえ危険性の高かった【失われた時間】という刻印だが、それに加えて新たに加わった二つの戦術と、それを支える妖装、未来視、【失われた時間】の武器化という三つの要素が、その質の悪さに拍車をかけている。
鳥の翼のような妖装、恐らくカラスか何かと思われる生物を再現したそれは、確かにミシオのそれと違って攻撃力は持っていないが、【失われた時間】の力との組み合わせによってこの敵により厄介な速度という力を与えている。
恐らく空気抵抗を消し飛ばし、消し飛ばした地点が背後に来たころに再出現させているのだろう。まとめて未来に消し飛ばされ、再出現した空気は、その際に行き場を失って周囲に拡散し強烈な風圧へと変化する。以前は時間をかけてその空気の量を増やし、爆弾代わりにされていたその戦術は、今は数瞬分の空気を追い風として翼で受け止め、それに妖装によって強化された脚力を組み合わせることで爆発的な加速として機能しているのだ。カラスのものと思われるあの翼は、この際に船の帆の役割を果たすために身につけてきたとみていい。
加速力を生み出すのに、自身を襲う空気抵抗を全て未来に送り飛ばしているのもあの速度の要因だ。直線的にしか進めないのがせめてもの救いだが、扇が生み出す吸引力を考えればそう何回も避けられる代物ではない。
加えて防御面でも未来視と【失われた時間】の武器化という要素が厄介な力を発揮している。
ただでさえ未来視によってこちらの攻撃が予想されてしまう上、今は触れる攻撃全てを未来に送り飛ばす、ほとんど絶対防御の盾とも呼べる【失われた時間】の扇があるのだ。
元来自身の手で直接触れてなければ未来に消し飛ばせないという都合上、あまり防御に向いていなかった【失われた時間】だが、武器化されたことでその弱点を完璧に克服されている。素手で触れなければならなかった頃は衝撃の一部が腕に伝わってしまっていた物理攻撃や、触れるだけで感電してしまう関係上防御できないはずだった電撃なども、武器化され、ただの扇上の力場となった今の状態なら問題にさえならない。あくまで魔力の力場であって物質ではない扇なら、どんな攻撃をどれだけ受け止めても本体には伝わらないからだ。
(高速移動に絶対防御、そして一度でも触れたら即敗北が決まる【失われた時間】の攻撃性能も健在か……。こっちの攻撃は全部防御されるのに、こっちは掠りでもしたら終わりなんて、厄介にもほどがあるぞ……!!)
「どうやら理解できてきたようね。【境界戦術】の、主様のお考えの素晴らしさが」
智宏の様子になにを満足したのか、その表情に嗜虐と恍惚の色を混ぜながら、水晶は智宏にそう語りかける。どうやら彼女の語る『主様』という存在は、彼女にとってなににも勝る特別な人物らしい。
「……何が素晴らしさだ。悪辣さの間違いじゃないのか?」
「素晴らしさ、だ。間違えないことをお勧めするわ。忠義という、愛に次いで己よりも他者を優先できる感情の、その素晴らしさも知らないような虫けらさん。
本来ならとっととその刻印を首ごと明渡さなければいけないはずの貴様が、今まで恥知らずにものうのうと生きてきたのだ。本来ならそれを許されたあのお方の寛大さに感謝するべきよ」
恥も気負いもなく、さも当たり前のようにぶつけられる暴論に、流石の智宏も表情を変えぬまま困惑する。
そして疑問も覚えた。
思えば畑橋も、彼が『同志』と呼ぶ存在を異常に尊敬している節があった。『主様』と『同志』がはたして同じ人物なのかは分からないが、もしも同じ人物だとしたらいったい何者なのか。
「おまえの言う『主様』って誰だ? 『第六世界』のトップなのか?」
「あら、一応その名前くらいは知っているのね」
「名前だけじゃなくてやってることも知っているよ。人攫って人体実験を繰り返したり、あちこちの世界で薬物をばらまいたり、ロクでもない組織としか思えないんだがな」
「その程度がなんだというの? 主様がこれから防ぐ多くの犠牲に比べたら、はるかに少ない必要な犠牲よ」
「なに……?」
あまりに身勝手な言い分に、しかし智宏は傲慢さや非情さに対する怒りよりもまず一つの疑問を覚える。それはエデンであったアルダスのように被害者を見下したようなものではない、ある種の実感のようなものが感じ取れたからだ。
「世界が、性能の異なる近しい生物が五種類も集まって、それで諍いが起らないはずがないのよ。
私たちイデア人が、いったいどれだけ長い間性能のことなる同族同士で争ってきたと思っているの? ましてやこれから出会うのは魔術だの気功術だの、刻印使いだの超能力だのと、ほかの民族とは圧倒的に違う性能の持ち主たちなのよ。人が猿人と共存できずに猿人が滅びたように、近い生き物だからこそ間違いなく五つの世界は衝突する」
「……」
語られる水晶の言葉に、智宏は心の底からは返す言葉が見つけられずにいた。実のところ智宏自身が、その可能性の高さを誰よりもシュミレーションしてきたからだ。
というより、むしろその可能性を考えていない人間の方が、異世界に関わった人間の中では珍しいかもしれない。実際、異世界にかかわる多くの人間が、その可能性に対して対策を用意するべく現在も動いている状態なのだ。
だが水晶の予想は、そんな者たちの予想よりももっと具体的だ。
「おそらくこのまま世界が交われば、まず最初の五十年でエデン人は絶滅する。外見的特徴が他の世界の人間と大きく違っていて、迫害する上で一番心が痛みにくいうえ、厄介なことにあの世界の住人は外交カードと言えるものも外交手腕と言えるものもほとんど持ち合わせていない。その癖天然資源だけは手つかずで残っているから、ほかの人類から見れば格好の獲物となり得るわ。もし生き残れたとしてもその立場はほとんど奴隷のようになるでしょうね。もしかしたら適当に道具だけを与えられて、安価な労働力として延々エデンの未開な土地を切り開く役目を押し付けられるかもしれない」
外見的に異なる同族に対して、人類がどれだけ残酷になれるかは智宏自身世界史の授業でうんざりするほど習っている。それを防げるだろうと智宏が楽観視していた理由は、自身の暮らす現代社会の、その成熟度への信頼があったが故にほかならない。
だが一方で、智宏が信じているものを他の人間が信じていないという事態は当然のように起こり得る。
「おそらくこれから先、世界同士の戦争は必ず起こる。そうなれば大量虐殺だって起こるだろうし、性能差から相手を同じ人として見ない連中が奴隷制を復活させるかもしれない。そうなれば今主様が積み立てている犠牲なんてかわいいものよ」
「おまえの言う主様ってやつはそれを防げるっていうのか? そのために多くの人を犠牲にしていると?」
「厄介なことにね、世界を変えようと思ったらそれなりに力がいるの。汚い手も使わなくちゃいけないし、それなりにお金もかかる」
「……詭弁だ」
自分達を正当化しようとする水晶の言葉に、智宏はほとんど自動的にそんな言葉を漏らす。確かに悲劇の可能性はぬぐえない、自分の反論などただの理想論でしかないのかもしれないと思う。
だが、彼ら彼女らの勝手な論理が、どれほどミシオを追い詰めたのかを、智宏は異世界の地で実際に見て知っている。
「お前らのやってることなんて、結局は起きうる悲劇の縮図でしかないじゃないか!! ちっとも悲劇を防げてない、歴史から何も学んでいない!! 悲劇を回避するために切り捨てようとした者たちとの対立が、どれほど大きな争いとなってさらなる悲劇を生み出してきたか、お前たちはなにも理解していない!!」
確かにそうなる可能性は消しきれない。だがまだ今ならまだ間に合うのだ。まだ五つの世界が出会ったばかりの今なら、それぞれの世界が歩んだ歴史という経験をもとに、今度こそ正しく五世界は出会うことができるかもしれない。
それを最初からあきらめて、どうせ争いは起こるのだからと争いの火種になるような行為で力を蓄えるなど、智宏には断じて許容できるものではなかった。
「見解の相違のようね。今からその首差し出すのなら、せめて死体はきれいに残してあげようと思っていたのに」
「元よりこちらに妥協の余地はないようだけどな。そもそも僕には、その主様とやらが本当にそこまでする価値があるとは思えないんだけど?」
「価値はあるわ。だってあの方は――」
言いかけた瞬間、水晶の体からあふれた妖気が漆黒の翼を形成し、智宏との距離を一気に詰めてくる。それに合わせるように突き出された漆黒の扇の向こうで、水晶はその唇を歪めて最後の言葉を口にした。
「――あの方は私が変えた未来を信じて下さるんですもの」
次回の更新は6日午前8時になります。
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