22:喪失時計
一応『最新話』のリンクで来た方ように、更新の履歴を載せておきます。
18:侵入した魔力 4日午後10時
19:潜入精神
20:敵はハマシマミシオ
21:もう一人の敵
⇒22:喪失時計
「なるほど、考えたものだ。『未来を見る能力』と『未来に干渉する刻印』の組み合わせとは……」
テニスコートに現れた二人が五分前に放たれた弾丸をかわすのを双眼鏡越しに見ながら、渦は一人そう呟いた。
現在渦がいるのは暮村学園に隣接するマンモス団地の、本来なら立ち入り禁止になっているはずの屋上である。
第二世界イデアにおける常識的な知識として、渦も【未来視】及び未来予知という能力については知っている。そしてとくにこの場で重要となるその能力の特徴というのが、予知系能力によって予知された未来というのはほぼ百パーセントの正答率を誇るということだ。
ただし、それにもかかわらず的中率は百パーセントではない。
これは能力の強弱の問題ではなく改編率の問題で、早い話能力者がどんなに先の未来を正確に予知しても、実際にその時間を迎えるまでに生じる行動の変化などで、未来が大きく変わってしまうのだ。
こんな実験がある。
予知能力者の前に絵の描かれたカードを裏にして並べ、未来にひっくり返す時間を告げて、そのカードの絵柄を当てさせるというもので、予知能力者は未来にカードがひっくり返される光景を予知してカードの絵柄を把握し、現在自分の前に伏せられているカードの絵柄を当てるという実験である。
実験の結果は、誰でやっても全問正解。ただし、予知能力者の回答が正解であることを知っている出題者が、カードを開く前に別のものにすり替えるなどすると、とたんに的中率はゼロにまで落ちることが判明した。
ようするに未来というものは思いのほか簡単に変わってしまうのだ。特に実際に未来を知る予知系能力者の行動は如実に未来に影響を与えると言っていい。
当たり前の話だが未来を知った場合と知らなかった場合では些細ではあっても行動に変化が生まれるし、どんない些細な変化も時間がたてばだんだんと拡大していく傾向がある。それゆえの一般的な傾向として、遠い未来を見られる予知能力者よりも近い未来を見られる能力者の方が的中率は高いくらいだ。
「あの女、水晶の見られる未来は最大でも七分、イデア換算では六間位だったか……、なるほど、それならよほど派手なアクションを起こさない限り見た未来はそうは変わらない」
そういう意味では武器としての【喪失時計】は条件としてはぴったりだ。魔力を余計に外に放出しないためリアルタイムではほとんど感知できないうえ、直接未来に弾丸を送り飛ばしているためそれ以前の時間に余計な痕跡を残さない。垣間見た未来を変えるだけの必要最低限の力で敵を攻撃することができるというのは、未来に余計な改変を起こさず、敵に予知と違う行動を起こさせないためにはどうしても必要になる条件だからだ。
「なるほど、異なる世界の技術や能力を組み合わせて生み出す必勝戦術【境界戦術】、か……。果たしてこちらに出番はあるのか……」
己という『保険』が杞憂に終わる可能性を考えながら、渦は双眼鏡で逃げ惑う二人を覗く。水晶による過去からの蹂躙はまだ始まったばかりだった。
(くそ、やっぱりこの魔力【失われた時間】だ。しかもこの狙いの正確性、こいつら過去にいるくせに未来の僕らがどこに来るか分かってる……!!)
自分の心臓を正確に撃ち抜こうとする魔弾を魔力の腕で阻みながら、智宏は頭の中でそう結論付けた。過去から攻撃しているにもかかわらずこの正確さとあっては、敵が何らかの形でこちらを探知しているとしか思えない。
(しかも、攻撃してきたタイミングは煙幕が晴れた直後、つまりこいつは未来を『目』で見てやがる)
『未来視』という言葉が頭に浮かぶ。智宏自身はその能力の有無を知る訳ではないが、三十人に一人という割合で超能力者の存在する第二世界イデアの住人なら、そんな能力を持っていたとしてもおかしくはない。
(ということは、相手は畑橋と未来視能力者の二人組か……? いや、だが二人で行っているにしては狙いが正確すぎないか……?)
敵の使う魔力が【失われた時間】だとすれば、当然その力の主である畑橋耕介が敵のメンバーにいるはずだ。とはいえアース人である畑橋が未来視など使えるはずもないから、敵は未来視能力者と【失われた時間】を持つ畑橋の二人組ということになる。
だが、未来視能力者の指示に従って畑橋が未来を攻撃しているにしては、あまりにも狙いが正確すぎる。予知している人間が直接【失われた時間】を使ってこちらに弾丸を飛ばしているならともかく、指示に従って撃ち込んでいるだけでここまでの精度が出るとは少々考えにくい。
疑問はそれだけではない。もっと根本的な問題として、【失われた時間】という刻印はこんな形では使えなかったはずなのだ。これは先月交戦したからこそ言えることだが、そもそも【失われた時間】は対象に触れて魔力を流し込まなければいけない関係上、どうしても防御に向いていない。触れるだけでダメージとなる電撃や火炎は勿論、高速で撃ちこまれる物体も一瞬受け止める関係上衝撃の一部を受けてしまうという弱点がある。この弾丸がどのような代物かは分からないが、これだけ何発も打ち込もうとすれば畑橋自身が体に相応のダメージを負ってしまうはずである。
(いったいどうなっている……? そもそもこいつは本当に畑橋なのか?)
乱立する疑問に、しかし智宏は悠長に考え込む時間はない。考えている間にも、なにもない空間からは次々と弾丸が現れ、智宏の体を喰い破ろうと迫ってくるのだ。
「ねぇ、ちょっと!! 一体どうなってるの!? こっちが敵ってどういうこと!?」
「言った通りだよ。僕らが警戒してた敵はこっちだったってことだ」
背後からミシオの声で焦ったように投げかけられる言葉に、智宏はそう返して弾丸を防ぐ。幸いなことに、ミシオの体を乗っ取った精神体はなんとかミシオの体を守ることに成功していた。混乱しながらもしっかりと動き回ってくれたことがその要因とも言えるし、彼女への銃撃が少ないのも幸いしている。
(――ミシオへの銃撃が、少ない?)
頭の中に並ぶ数ある疑問の中に、また新たな疑問が追加される。先ほどからカウントしていた十一発出現した銃弾のうち、ミシオを狙ったのはわずか三発しかなかったのだ。それも智宏を狙った八発と違いその狙いもいい加減で、どちらかといえば攻撃よりも牽制に近い働きをするものでしかない。
(どういうことだ……? こいつの狙いはミシオじゃないのか……?)
新たに思考を増設してその疑問に対する仮説を立てながら、智宏は現状の打破を試みる。まずはこの場にいる不確定要素を確定要素に変えることが先決だ。
「おい思念体、まずお前は『第六世界』の関係者じゃないってことでいいのか!?」
相手の精神体及びその使い手の刻印使いがなにも知らない自力帰還者であるという可能性は、確かに智宏自身意識にはとどめていた。ここまで智宏がその可能性を軽視いていたのは、単にそんな相手と偶然出くわす可能性の低さと、ミシオにとりついた精神体の智宏に対する敵意を考慮しての結果にほかならない。
だから仮に、この相手が下らない理由で刻印を使用し、それを感知して追ってきた智宏達に見当違いな警戒心を抱いてこのような結果になったと仮定しても、実はそれほど驚くことではないのだ。
「ハァッ!? 何が第六よ、知らないわよそんな世界!! っていうか私、もしかしてあんたたちの勝手な争いに首突っ込んじゃった訳?」
「そういうことは自分の首を突っ込んでから言え。ミシオの体で首突っ込みやがって……。まあいい。ここからの会話は声に出さずにやれ!!」
ミシオなら口に出さずとも読み取ってくれるのにと思いながら、智宏はミシオの体から距離を取るように地面を蹴る。すると飛びのいた智宏を狙うように虚空から四発連続で弾丸が現れ、一瞬前まで智宏がいた空間を通り過ぎ、その向こうの地面に連続で着弾した。土でできたはずの地面がまるで水面に石でも投げ込んだかのように飛沫をあげ、軽い砂埃を巻き上げて弾痕を刻む。だがやはりというべきか、ミシオの方にはまるで攻撃がいかず、次なる魔力が智宏を追い回す。
『とにかくお前は、ミシオの体でこの場をいったん離れろ。こいつの狙いが僕なら、別れて逃げれば追ってはこないはずだ』
『あら、見逃した上に逃がしてくれるのかしら? それでいいなら私としては願ったり叶ったりなんだけど』
『生憎だが取引だ馬鹿野郎。これからこっちの指示に従って力を使ってもらいたい。ミシオの体を逃がすのはその前提条件だ。まさかお前借り物の体に怪我させて返す気じゃないだろうな』
『別にあなたに従う義理はないんだけど……、でもそうね。別に私は敵を作りたい訳じゃない。あなたのような天敵を敵に回すのは避けたいところだし、条件次第では応じてもいいわ』
『とりあえず今出すのが確約できるのは、僕が知っている情報だけだ。全部答えられるかどうかまではわからないが、お前が知りたがっている疑問にもある程度答えられるはずだ』
『いいわ。それで手を打ちましょう。こちらとしてもいろいろ知りたいことが増えてしまったところだもの』
智宏の睨んだ通り、精神体は情報を差し出すと言ったらあっさりと智宏の申し出を受け入れた。まだ信用するのは早いとも思うものの、どうやらこの精神体が刻印やそれに関連した事情についてなにも知らず、何らかの手段で知りたがっているのは確からしい。
『よし、それなら合図したら新校舎の方に走れ。行くぞ、三、二、一!!』
ゼロの合図とともに二人が地面を蹴り、二人は同時に逆方向へと向けて走り出す。案の定現れる魔弾は智宏だけを狙って出現し、ミシオの方は眼中にないとばかりに無視を決め込んだ。
ただし、変化が無かったわけではない。智宏が走る正面に、突然壁でも作るかのように四十七発分の魔力が現れたのだ。
(っぉ――、【岩壁城塞】!!)
慌てる精神を増大させた理性で押さえつけ、智宏はとっさに足元に魔方陣を展開する。レンド曰くとっさの事態に備えるために比較的簡素なつくりとなっているらしい魔方陣は、智宏の素早い操作を受けて瞬く間に半透明の岩壁を作り出し、雨のように降り注ぐ魔力弾をまとめて受け止めた。
(くそ、出現時間を操作して一斉に出現するようにしてるのか……!!)
どうやら敵は本気で智宏を仕留めるつもりになったらしい。一発一発の弾丸ではらちが明かないと判断し、多少の手間をかけて同じタイミングで大量の弾丸が現れるように時間を調節し始めたようだ。
(このままいくと間違いなく攻撃はエスカレートする……。と言って、辞めさせるにはもう手遅れだし、そもそも反撃のしようもない)
反撃などできようはずもない。そもそもこの敵は、過去という決して超えられない時の壁の向こうにいるのだ。人が過去にさかのぼれない限り、この敵に反撃して攻撃をやめさせるすべはない。
(もう過去から今に来る攻撃は止まらない。後できるとしたら、過去にこいつが見ていた予知から僕自身が外れるか、こいつの攻撃を掻い潜って敵を探し出し、現在から未来への攻撃をやめさせることだけ、か……)
前者はどうすれば外れられるのかがわからない上に結果が選べない。後者は探そうにも相手の位置がわからない。
そしてそんな迷いを狙うように、魔術の壁に潜む智宏の背後を、新たな魔力が脅かす。
「うわっ!」
すぐさま反応して智宏は魔力の腕を構えなおす。魔力弾の一発程度なら、すでに何度もはじき返してきた鉄板付きの腕は、確かにそこから現われた弾丸を弾き飛ばすことに成功した。
だが一つ誤算だったのは、現れた弾丸に続く弾丸が、想像以上に多かったということだ。
「くっそ、乱射してきやがった!!」
連続で殺到する魔力弾の数々に、智宏は慌ててもう一方の手を添え、押し返されるのを防ぎながら拳を地面に付けてその陰に身を隠す。
だが、一発ならともかく、数十発に及ぶ乱射となれば、今までと同じように防ぐことはできない。
(……くぅっ、やばい、このままじゃもう【土人形の鉄腕】がもたない……!!)
ただでさえ何発も弾丸を受け止めて変形やひび割れが始まっていた鉄腕が、ついにその各所に亀裂を入れて崩壊の危険を訴える。構造的にある程度盾にされることは考えられていたようではあるが、【岩壁城塞】のように完全に防御を前提にしている訳ではない【土人形の鉄腕】ではいくら何でもこれが限界だ。
(背後からの攻撃は終わってる……、だったら!!)
智宏が意を決して鉄腕を構えたまま走り出した次の瞬間、乱射された弾丸の一発がついに【土人形の鉄腕】を砕き割り、その向こうへと弾を貫通させた。
走りだしていたことによってかろうじて難を逃れた智宏は、しかしやはり同じ空間から放たれる弾丸の乱射から走って逃れることとなる。次の魔術で壁を作る間までの生きた心地のしない僅かな時間は、しかし過去からの乱射が突然途切れたことで終わりを告げることとなる。
「なんだ、なんで止まっ――、うおっ!!」
唐突な終わりに足を止めかけた智宏は、しかし突如に現れた空気と魔力の気配に驚きの声を上げた。
それもそのはず、魔力の現れた場所は智宏のすぐ目の前、刻印の輝く額に、ほぼゼロ距離で現れたのだから。
(このままじゃ、まずい……!!)
銃弾が現れる前の僅かな隙に体を強引に倒し、智宏はどうにか現れた弾丸を髪の毛をかすめるだけの被害で回避する。だが体勢を崩した標的をむざむざ逃がすほど、この敵は甘くない。
「う、おおおおおおおおおおおっ!!」
次の魔力が現れた方向は、智宏から見て全方位。周囲を隙間なく取り囲む形で現れた大量の魔力は次の瞬間にはその中心にいる智宏を圧殺する。
(いや、そうか、こいつの行動って……!!)
智宏が一つの思考に至ったその瞬間、トモヒロを包囲するように過去から放たれた雨のような弾丸が、智宏がいたその地点を地面ごと粉々に吹き飛ばした。
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