21:もう一人の敵
一応『最新話』のリンクで来た方ように、更新の履歴を載せておきます。
17:直前 4日正午12時
18:侵入した魔力 4日午後10時
19:潜入精神
20:敵はハマシマミシオ
⇒21:もう一人の敵
智宏を追って坂道を駆け上がった精神体は、先ほどから読み取れる思考と目前の地形を鑑みて一層気を引き締めた。
目前に広がるのは、丘の上の窪みに作られた四面のテニスコート。登り切った坂道をさらに降りる形で入るそのコートは、三方を斜面に囲まれ、唯一斜面のない対岸がフェンスで仕切られている。
逃げ隠れする場所はほとんどない。まるで闘技場のような地形が、相手の覚悟を物語る。
「行け」
対して、精神体の対応は変わらない。横に並ぶ分身二体を先行させ、自身もそれに続く。できることなら本体は離れて待機したいところだが、借り物の体で使いなれない力を使っている関係上あまり距離を開けるとラインが切れてしまう危惧がある。一応分身に『自身』を分け与えているため体の形成自体は問題ないが、それを本体につなぐラインは非常に不安定なのだ。加えてあまり離れ過ぎるといざというとき対応できない危険も付きまとう。
(でも、関係ない)
相手の意識を読み取れるというアドバンテージは絶大だ。たとえどんな策を練ったところで、思考が読まれている以上こちらがそれに引っ掛かることはない。これまでの戦闘で相手もそれを判っているかと思ったが、どうやらこの敵は無駄なあがきをやめる気はないようだ。
そして読みとった通り 、智宏はミシオめがけて魔方陣を構え、四羽の炎鳥を差し向ける。
ただし、狙いは分身でもなければ魔力のラインでもなく、もちろんミシオ本体でもない。ミシオの体以外には隙あらば撃ち込む気ではいた智宏だが、案の定隙を見せない敵に対し、予定通り炎鳥を急降下させることになった。
ミシオと二体の分身を取り囲むように炎鳥たちが落下し、四か所で爆音とともに土煙が舞い上がる。周囲一帯を土煙が包み込み、視界を遮って二人の視界から相手を隠す。
(来た!!)
予想通りの展開に、精神体は冷静に相手の思考を読むことに集中する。どうやら相手は記憶力と視覚以外の感覚に物を言わせてこちらの位置を把握し、それらを避けて一気に本体へと接近する腹積もりでいるらしい。敵が把握するこちらの位置情報の精度は舌を巻くほど正確なものだったが、それでもどこから襲うかを思考で読まれ、イメージによって自分の位置をこちらに読まれてしまっていてはどうしようもない。
そして何より、すでに彼女は土煙を排除する方法を用意している。
(なっ!? なんだこの風!?)
直後、唐突に周囲に突風が巻き起こり、視界を遮る粉塵が猛烈な速度で薄れ出す。偶然とは思えない、明らかに敵の意図した現象に智宏は思考を巡らせて、直後に導き出した回答によって二度目の驚愕を味わうことになった。
(まさかこいつ、土煙りを肺に吸い込んで……!?)
晴れて影が見え始めた視界の先では、智宏が分身Bと名付けたバックアップ担当の竜猿人が過剰に魔力注ぎ込まれ、その胸部を異常に巨大化させているのがシルエットとしてはっきりと見えていた。
驚いたことにこの精神体、肺を含めた呼吸器官一式を無理やり巨大化し、そこにまるで集塵機のように周囲の空気を吸い込んでいるらしい。
(見つけた!!)
智宏が粉塵の向こうに影として分身の姿を見つけたように、精神体もまた粉塵の向こうに智宏らしき姿を見つけ出していた。
『仕方ない、作戦変更だ!!』
そして精神体が智宏らしき姿を見つけたまさにその瞬間、智宏らしき人影の動きが一気に加速し、分身Bめがけて突進してくる。
どうやら智宏はまず粉塵を吸いこんでいる分身Bへと狙いを切り替える選択をしたらしい。粉塵の向こうに見える人影は真っ直ぐ分身へと向かっている。確かに今精神体達の対応の要は分身Bだが、そこにまっすぐ向かうのは明らかに失策だ。
「ねじ伏せてあげるから屈服なさい、魔法使い!!」
精神体の意思に応じるように、分身Aが粉塵の向こうから現われる相手めがけて距離を詰める。すでに双方の速度は瞬間的にたたきだせる最高速。もはや回避するだけの余地など有りはしない。
ズドン、という地響きを立てて、分身Aが現れた相手をねじ伏せる。相手に一切の抵抗を許さず、片手一本で相手を地面に叩きつける圧倒的な暴力は、しかし予想した手ごたえをその主に返さなかった。
それはそうだろう。何しろ分身Aがねじ伏せたのは智宏などではなく、分身Bの吸引に吸い込まれて飛ばされてきた死神装束のマントだったのだから。
「え、なんでっ!?」
気づいた次の瞬間、地面にマントを叩きつけて立ち尽くす分身Aの背後を、マントを脱いだ智宏が駆け抜ける。慌てて分身Aがそれを捕らえようと手を伸ばすがもう遅い。智宏の背中には、すでに加速と攻撃を同時に行うための魔方陣が展開されている。
(術式展開――【空圧砲】!!)
直後、魔方陣から吐き出された猛烈な空気圧が、迫る分身Aの体を魔力のラインごと殴り飛ばす。空中に吹き飛ばされ、錐揉みして宙を舞う竜猿人の体は、しかし地面に叩きつけられる前にラインを断たれたことで完全に消滅した。
(な、なんで!?)
予想もしなかった光景と伝わってくる意思の齟齬に、ミシオに宿る精神体は一瞬反応を送らせる。おかしなことに読み取れる智宏の意識からは、今の攻撃の意思はまるで感じられない。それどころか今この時も、目の前の少年からは起こしている行動とはまるで別の意思が感じとれている。
だが、智宏の動きは、すでに読み取れる意識とは別のところで動き続けている。
(術式展開――【土人形の鉄腕】!!)
なまじ思考を読み取れてそれに頼っていたが故に、危険を感じたときにはすでに手遅れだった。智宏の左肩に現れた魔方陣がその左腕をドラム缶並の大きさに巨大化し、背中に展開された空気圧の魔術と、いまだ空気を吸い続ける分身Bの吸引力を利用する形で思いきり前へと突き出された。
ミシオに宿る精神体が慌てて吸引をやめさせようとしたその時には、既にその口内へと巨大な拳が叩きこまれ、黒い霧が固まってできた竜猿人の体を粉々に打ち砕く。
肺に溜めこまれていた空気が突然解放されて拡散し、晴れかけていた視界を再び曇らせながらあたりのものを吹き散らす。
「くぅっ、ああ!!」
風圧によろめき慌てて距離を取ろうとするがもう遅い。借り物の華奢な体に煙幕の中から伸びた鎖が絡みつき、さらにだめ押しとばかりに現れた巨大な手の平がその体を掴んで地面へ押し倒す。強い衝撃こそ本来の体の持ち主を気遣ったのか与えられなかったが、苦し紛れに生み出そうとした新たな分身はその形を成す前にラインを踏み断たれてかき消された。
疑いようのない完全な敗北。そしてだからこそ、精神体は問わずにはいられない。
「なぜ!! どうして行動と意思が一致しない!?」
納得いかないとばかりに負け惜しみを承知で、精神体は少年へと問いかける。だが無理もない。ミシオという通念能力者の肉体は、決着がついた今もなお相手の少年から戦闘中のイメージを受信し続けているのだ。この食い違いはそう簡単に納得できるものではない。
「なんだ、知らなかったのか? イデアにはちゃんと、常識的な技術として通念能力者に心を読まれないようにする技術ってのがあるんだよ。向こうじゃ俗に『護心術』んて呼ばれてるんだけどな。こっちは刻印の力で一度にいくつものことを考えられるから、読まれちゃいけない思考を『護心術』で隠して、そっちを誘導するためのダミー情報をそっちに流してたんだ」
智宏がこの技術を教えられたのは割と最近だ。教えてくれたのは当の通念能力者であるミシオで、『心を読まれることへの危機意識が足りない』などと珍しくもおかしな説教のされかたをしたからよく覚えている。技術というよりも心構えに近い代物だが、まさかこんなに早く役に立つとは智宏自身も思っていなかった。
とはいえこの技術、最初から使う訳にもいかなかった。ミシオが今も無事でいる理由は対智宏用の戦力としての価値ゆえだ。もしもそれが損なわれてしまえば、ミシオの体がどうなるか分からない。
「残念だったな精身体、通念能力を頼りにしていいのは、心を読み取る相手と信頼関係を築いている人間だけだ」
「……っぅ……!! イデアだかなんだか知らないけど、訳のわからない力をいったいくつ持ってるのよ……!?」
「なんだ、その辺の情報はほとんど伝わってるのかと思ってたけど……、待て、今なんて言った?」
思わぬ言葉に聞き返しながらも、智宏はすでに自分が引っ掛かりを覚えた言葉に目星がついていた。
すなわち、『イデアだかなんだか知らないけれど』。
よりにもよってこの敵は、異世界である『イデア』という名前を知らないと言っているのだ。
(いや……、それだけじゃない……!!)
思い返してみればこの相手、竜猿人のことを蜥蜴人間、魔術を使う智宏を魔法使いと呼んで、一度も正式な名前で呼んでいなかった。
(どういうことだ? まさか、正式な名前を知らないって言うのか……?)
もしもこの相手が智宏の睨んでいた通り第六世界に関係している人間なら、そんなことはありえない。現在のところ第六世界はレンド達異世界国交対策室(チーム―クロス・ワールド)
と同じくらい五つの世界にまたがった組織である。竜猿人はレンド達が勝手に読んでいる名前とも聞いているが、『魔術』や『イデア』などの名称はそうではないのだ。とくに『イデア』など、第六世界がつけた名前なのではないかとまで言われているくらいである。
「おい、お前はいったいどうしてここに来たんだ!? 何の目的で二度も僕らをおびき寄せるような真似をした!?」
「……何を言ってるの? 一度目に会ったときはあなたが勝手にこっちをつけまわしてたし、二度目に私をここに呼び出したのはあなたじゃない」
「なにを、言って……!?」
再び智宏の中で戦慄が駆け巡る。しかも先のものと違い、それは悪い意味での戦慄だ。
(こいつじゃない……? 僕が呼び出したってそんなの……、いや、そうかこいつ僕の手の内をまるで知らないから……!!)
今この精神体は、この場に自身を呼び出したのは智宏だと主張している。それが通念能力で読み取った情報の誤解によるものなのか、ミシオの体内にある【妖属性】の魔力を智宏持っていると思い込んだ故の考えなのかは不明だが、もしもこの相手も智宏と同じようにここに呼び出されたのだと考えると一つの問題が浮かび上がる。
(じゃあ、僕らをここに呼び出したのは誰なんだ……!?)
周囲に舞っていた粉塵が吹き飛ばされるのを感じながら智宏は考える。
問題なのは、智宏が呼び出しとして感じた魔力が、よりにもよって【妖属性】だったことに集中する。【妖属性】の魔力、そしてそれを操る能力は、もともとミシオを誘拐して人体実験に使用していた『第六世界』の者たちが開発した技術で、その力が使える『悪魔憑き』と呼ばれる人間は最初の成功体であるミシオを除けば『第六世界』の人間しかありえないのだ。
(まさか、いるのか……?)
煙が流れる。
(もう一人、敵が……!!)
視界が晴れる。
(『第六世界』の人間が……!!)
そして、その魔力が現れる。
「!?」
空気の抜けるような音とともに突然背後に現れたその気配に対し、智宏はとっさにミシオを抑え込んでいた【土人形の鉄腕】を盾にする。せっかく取り押さえることができたミシオを開放するのは少々未練の残る決断だったが、結果的にそれが智宏の命を救うこととなった。
鉄腕を構えると同時に、魔力を感じた虚空から別の魔力が発生し、構えた鉄腕の鉄板部分に鋭く穴を穿つ。
「な、なに!?」
智宏の背後で、魔力の鎖で縛られたミシオの体が声を上げる。この精神体が驚くのも無理はない。突然なにもない、誰もいない空間から、弾丸染みたなにかが飛び出してきたのだから。
「逃げろ!! その体のままでいい、早く!!」
「な、なにを――」
「お前じゃなかったんだ、本当の敵は――!!」
立ち上がりながら鎖を引いてミシオの体を無理やり立たせ、鎖を消して自由にすると同時にその手を引いて走り出す。
「――本当の敵は、こっちだ!!」
だが相手もそれ許す気もないらしく、智宏の進路上に再び空気の抜ける音が響き、その魔力が虚空に現れた。
(……くっ、この魔力!!)
次の瞬間に現れる魔力の弾丸を魔術の腕で受け止めながら、智宏は感じる二つの魔力を記憶の中にある魔力の感覚と照合する。
結果は二つともヒット。
片方は二月ほど前、異世界イデアで交戦した男が使っていた、魔力の弾丸を打ち出す銃のもの。性質といい使われ方といいまったく同じ性質を持つそれは、間違いなく智宏の知るその武器と同じものから放たれたとみて間違いない。
そして問題になるのは弾丸が打ち出される前に現れる、もう一つ別の魔力の方だ。
「くそ、この魔力、だとしたらヤバい!! こいつは――」
直後、二人をはさみ打つように、前後で同じ魔力現れる。
かつてこの場にあったと思われる空気と共に現れる、一か月と少し前に出会ったその魔力の正体を、智宏はとっさの魔術展開と共に言葉に変えた。
「――こいつは、【失われた時間】だ!!」
「気づいたのかしら? でもまあ、随分と遅い……」
智宏が来るおよそ五分前。まだ誰もたどり着いていないテニスコートの真ん中で、一流川水晶はそう呟いた。装備一式が入ったバックはすでに廃棄され、その身はサバイバルベストを始めとした軍隊じみた装備と、頭にかぶったいくつかのランプが光るヘッドギアで固められている。その右手にはしっかりと前を狙う形で奇妙な銃が握られ、鋭く虚空をにらんだその眼には、まだここには来ないはずの二人がしっかりと映っていた。
「そう。恐らくは貴様の予想通り、弾丸を未来に送り撃つ刻印結晶内蔵型魔力銃【喪失時計】。そして私自身が持つ【未来視】の能力。これらを組み合わせて私は、未来にいる貴様を狙い打つ。」
口元に凶悪な笑みを浮かべてそう呟きながら、水晶は瞳に映る少年に向けて銃を向け、ためらうことなく引き金を引く。たったそれだけで水晶の握る銃はその中心にはめ込まれた刻印核と呼ばれる宝石状の物体を輝かせ、小さな銃口に未来送りの力場を展開し、そこに魔力弾を叩き込んだ。
手にしている水晶ですら集中しなければ感じられないほどの小さな魔力。
だがその弾丸は水晶の瞳に映る未来に獲物を求めるように現れ、視界に映る二人に小気味よく喰いかかる。
力場展開の際に空気を送り飛ばすため、標的は直前にそれに気付いて魔術で防御するが、続けて反対側から打ち出された新たな弾丸が服をかすめ、標的の表情が焦りに歪む。
「ふむ……、やはり力場の展開と弾丸の発射は少しだけタイムラグがあるか……。それが無ければもうこの羽虫も打ち落とせていたのだけれど……」
そう呟きながらも、水晶の笑みは止まらない。それほどまでに水晶が与えられたこの力は一方的で圧倒的なものだった。
何しろ智宏がこの敵に気付く五分後には、すでに水晶はこの場を離れていないのだ。それはつまり人が時間をさかのぼれない限り、敵はこの武器を持った水晶の姿を見ることすら敵わないということになる。
「さあ駆除の時間だ不忠な蟲め!! その身を汚い血肉に分けてやるから、遠慮なく無様に泣き叫べ!!」
聞くもののない言葉を宣言し、水晶は指先で引き金を引き絞る。気にくわない不忠者を、一方的に蹂躙するために。
次回の更新は5日午後5時になります。
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