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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第一章 第一世界エデン
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8:第一世界エデン 前編

 レキハ村における夕食の時間は智宏の世界の一般的な夕食の時間よりはるかに早い。とは言っても正確に何時と言えるわけではない。もともと智宏は時計を持っておらず、智宏がこの世界に来たときに一緒に持ってきていた携帯電話の時計は、この世界に来てから明らかにずれた時間を指すようになってしまったため正確な時間が分からないのだ。もっとも携帯電話の時間のズレは時差のようなものである可能性もあるためそこから計算するという手段もあるのだが、そんなことをするよりも太陽の位置から大体の時間を計算した方がわかりやすい。

 現在の時間はすでに七時を過ぎているだろう。空はようやく日が沈み、すでに星が見え始めている。星明かりと村の中心にあるたき火のおかげで完全な暗闇とまでは言わないが、現代日本の街灯などもちろんないこの世界は夜になるとかなり暗くなる。そのためこの世界では日が落ちてからはあまり活動せず、食事が終われば後はわずかな人員を残してほとんど寝静まってしまい、夜明けとともに起床するという生活習慣が普通だ。

 この世界の夕食の特徴として挙げられるのが村全体から成る食卓形態だ。村の中心の広場で女衆が各種食材の調理を行い、それを決められた順番で人々に配っていく。配られた人々は思い思いの場所に集まり、その場で夕食をとるというもので、周りを見渡せば二十代くらいの若者が数人集まって酒盛りをしていたり、十代前後の少年たちが剣を振り回す老人の話を何やら熱心に聞いていたりする。先ほど通りかかったときに聞いた限りでは、どうやら老人が子供たちに武勇伝を語っているらしい。思い返してみれば昨夜も別の男性が同じように何かを話していたので、毎晩行われる授業のようなものなのかもしれない。

 そんな中で智宏が食事をともにするのは、やはりと言うべきかレンドとミシオの二人だった。

 ミシオによる恐るべき追求をすっとぼけてかわし、夕食の支度を手伝う中でどこからか戻ってきたレンドと合流することに成功した智宏は、二人と共に広場の片隅に集まって渡された夕食を食べることにした。

 夕食のメニューは何かの肉の串焼きと、見たことのない葉野菜、そしてクッキーに近い食べ物だった。どうやらこのクッキーがこの世界の主食にあたるものらしく、聞くところによると木の実や植物を粉状にしたものを混ぜて練って焼いたものらしい。箸という文化が無いので必然的に手で食べる形になるが、メニューは手で食べることに違和感を感じさせないものばかりだ。


「それにしても……。狭い村だとは思ってたけど、人数もやっぱりこれしかいないのか?」


「ああ。総勢でも百名弱ってところだ」


 レンドの答えに再び周りを見渡してみる。村は巨大な岩山、その中でもかなりの広さをもつ岩棚に作られている。すぐ真下に川が流れ、そこから汲んだ水を岩棚の中心の広場にある溜池に溜め、その周りにぐるりと民家が囲み、それにプラスして岩棚の岩壁にある洞窟の中に村の公共施設があるという単純なつくりだ。そしていまその村人のほぼ全員が広場に集まって夕食をとっている。


「この村は元々山の向こう側にある大きな村から分離してできた村だからな。今年で四十歳になるっていうおっさんが成人したころだって言ってたから、できて二十五年ってところかな」


「ふぅん……、あれ? それだと計算がおかしくないか? 二十五年だとその人まだ十五歳だろ?」


「ん? ……ああそうか。智宏の世界とは成人年齢が違うんだよ。この世界では十五歳で成人と認められるんだ」


「へぇ……」


 相槌を打ちながら智宏は出された肉に口をつける。薄味だがスパイスが効いたその肉は、何の肉なのかは分からないが、脂が少なくさっぱりとしていて強いて言うなら鶏肉の味に近かった。


「それじゃあ、私たちも、この世界では成人になるの?」


「ミシオちゃんが十五歳ならそう言うことになるね」


「ちょうど十五歳。あ、もうすぐ誕生日だから、そうなれば、十六歳」


「おっ、トモヒロの予想ドンピシャじゃん」


「……予想?」


「森の中でミシオちゃんを見つけたときにこいつ、自分と同じか少し下くらいって予想したんだよ。トモヒロが今十六だから大正解じゃん」


「だからどうしたって感じだけどな。それより僕らが成人として扱われるってことはそれ相応の働きを求められてるってことになるんじゃないか? 参考までに聞きたいんだけどこの世界の男の仕事って実際何なの?」


 いやな予感を感じつつ智宏は質問する。実際智宏が思っている以外の答えが出てくれば御の字のといった質問だ。


「この世界の男の仕事って言ったらほとんどが狩猟とか、昼みたいな森での採集。まあほとんど森の中での活動がメインだな」


「やっぱりですか……」


 昼にあった魔獣を思い出して智宏は身震いする。森に入るとなれば、事と次第によるとあれと何度も戦わなくてはならないということになるかもしれない。


「まあこの世界でも単純な腕力は男のほうが強いからね。だからこの世界の男子は五歳から十二歳まで水汲みみたいな力仕事による体力作りや気功術、武術の基礎を学んで、十二歳から十四歳でそれらに年少者の教育や大人たちの見習いが加わる。そんで、十五歳になると成人して本格的な狩りへの参加ってのが普通なんだ。まあ、この世界の男はその生活の大半を訓練と狩りとその準備に費やしていると思っていい」


「そんなのと同じように戦えるわけないじゃん!」


「ああ。だから俺もこの世界では雑用ばっかこなしてる。安心しろ。この村の連中は弱い奴を戦わせるほど鬼じゃないさ」


「それは良かった……、って言っていいのかな?」


 戦わなくてもいいと言われひとまず安心するものの、それでも手放しで喜んでいいものかは分からなかった。

 話しに聞いた限りではこの世界の男はかなり腕っ節の強さを重視されるようだ。そんな中で無力でいることが、はたして軋轢を生まずにいられるだろうか。

 レンドは自分のことを無力であるように語っているが、実際には昼間、ハクレンのサポート程度はできている。そんな中でいつまでも智宏一人が無力でいるわけにはいかないだろう。すぐに帰れるめどが立たない以上、この村での人間関係を軽視するわけにもいかない。


(同時に自分の世界に帰る方法も探さなくちゃいけないんだよなぁ……)


 すでに異世界人も六人目になっているというのに、まだ異世界に帰る方法はわかっていない。智宏としては自分が倒れていたという場所に都合よく手がかりがあるのではないかと期待してもいたのだが、生憎と昼間の薬草取りのときは何も見つけられなかった。


(……でも、「世界を移動した」という結果がある以上、その「原因」が何かあるはずなんだ。それが何かさえわかれば……)


 主食らしきクッキー状の物体をかじりながら、元の世界に帰る方法について思考する。だが結局予測の域を超えるものは出てこなかった。この世界についての知識がまず少なすぎるのだ。


「おいトモヒロ? さっきから黙りこくってどうした? そのクッキー、それだけで食ってもあんまりうまいもんじゃないぞ」


「え? ……ああ、言われてみれば」


 考えながら食べていたので味など気にしていなかったが、気がついてみると確かにおいしいものではない。何となく防災用の乾パンを思い出す味だ。

 そこでふとそれを指摘したレンドを見て気が付いた。考えてみれば自分よりもレンドや他の異世界人のほうが知識や情報は持っているのだ。より多くの情報を望むなら彼らに聞くのが手っ取り早い。


「なあ、レンド頼みがあるんだが」


「なんだよ改まって」


「この世界のことについてもっと知りたい。何でもいいから教えてくれないか?」


 智宏の言葉にレンドは考え込むような素振りを見せながら手元の串に残った最後の肉を口に入れる。もぐもぐと口を動かしながら腕組みをしてさらに考え続け、口の中のものを飲み込むと同時に口を開いた。


「ミシオちゃんは大丈夫? さっき聞いたら智宏がだいぶ説明してたみたいだけど、ここからさらに聞く余裕ある?」


「うん。大丈夫」


「そうか。ならそのうち話そうと思ってたし、いろいろ話してみますか」


「よろしく頼むよ」


「話題は何でもいいのか? 正直知りたいことを教えられるかどうかは分からないんだが……」


「ああ。何がヒントになるか分からないからな。この世界で生活する上で役立つ知識もあるだろうし」


そこでレンドは「そうか」と言うと再び考え込んだ。どうやら何から話すか考えているらしい


「それじゃあまず大きなとこから、この世界と俺の世界の関係性から行くかな」


「……関係性?」


「ああ。前にも言ったが俺たちはこの世界をエデン、俺たちの世界をオズって呼んでる。そんで、俺たちはこの二つの世界は並行世界(パラレルワールド)の関係性にあるんじゃないかと考えているんだ」


「……並行(パラレル)世界(ワールド)?」


「それってあれだよな? 本来の歴史とは別の歴史をたどった世界ってやつだよな?」


「別の、歴史?」


「そう。要するにオズとエデンってのはさ、まったく別の世界なんじゃなくて、どこかで別の道をたどることになった同じ星なんじゃないかって考えてるんだ」


「えっと……、つまり、元は同じような世界だったってこと?」


「そう、そんな感じ。まあ、あくまで仮説なんだけどな」


 そう言ってレンドは二本目の串に手を伸ばす。ミシオはといえば聞きなれない概念をどうにか理解したらしく、こちらを見て小さくうなずいた。


「でもさ、それって何を根拠に言ってるんだ? 仮説って言ってもなにがしかの根拠はあるんだろう?」


「そりゃあな。……そうだな、話すついでに確認してもらおうか。俺たちの世界と二人の世界が同じようにパラレルワールドかは分からないし」


「確認? 何をするんだ?」


「その前にまず根拠を見せちまうよ。それではお二人とも、上をご覧ください」


 そう言ってレンドが肉の刺さった串の先端を上に向けるのに合わせ、二人揃って上を見る。そうしてから智宏はそこに広がっていた光景に思わず絶句してしまった。

 そこに広がっていたのは見事な星空だった。日が沈んでからまだ間もないというのに見える星の数はかなり多い。おそらく智宏の世界と違い、地上の明かりが極端に少ないため、星の輝きがよく見えるのだろう。もっと遅い時間、それも空気の澄んだ冬ならどれだけの星空が見えるかは想像もつかない。


「すごいな……。この世界ではこんな早い時間からこんなに星が見えるのか」


 普段星を見る習慣を持たない智宏でもさすがにここまで見えると感動を覚える。見ればミシオも同じような心境なのか、食い入るように星をみつめていた。


「でもレンド、これが根拠って言うのはどういう……、ってもしかして、星座で(・・・)判断したのか(・・・・・・)?」


 頭に浮かんだ考えに智宏はもう一度星空を見渡す。もしも今見えている星座が別の世界でも見えるとしたら、それは世界が違っても同じ星から見ているということだ。

 なぜなら星座を見るのに使われる星というものはその一つ一つが同じ平面上、地球から同じ距離にあるという訳ではない。一つ一つの星と地球との距離がそれぞれ全く違うのだ。そのため、同じ星々を見るのでも、見る側の星の位置が違えば星座は全く違うものになってしまい、一つの絵を横から見るように星座を見ることはできないということになる。もしも星座の一致を偶然の一致で済ますとなれば天文学的数字の天文学的数字乗という想像もつかない確率を無視しなければならない。


「星座が一致するってことは少なくとも星は同じってことだ。緯度や経度の違いは有るみたいだけど、少なくとも同じ星から見える星座であることは俺らのリーダーやってるゴードンって爺さんが保証してる。あの人、天体観測が趣味らしいからまず間違いないだろう」


「それじゃあさっき言ってた『確認』って言うのは……」


「そう。二人にこの星空を見て自分の世界の星空と一致するかどうかを確認してもらいたいのさ」


「……って言われてもなぁ」


 生憎と智宏に天体観測の趣味はない。当然どこにどんな星があるかなど知る由もないし、そもそも歴葉市では見える星にも限りがあった。時間が早いというのにすでに歴葉市で見られる星空をレキハ村の星空は軽く凌駕している。二つを比べることは智宏には不可能だ。


「だめだ。僕にはわからん……」


「そうかい、そりゃ残念。ミシオちゃんは?」


「えっと……、私の世界の星空とは、多分あっていると思う。星座や星の名前までは分からないけど……。普段星を見ることが多いから……」


「おっ! サンキューミシオちゃん。これで世界が三つともパラレルワールドって確認できたぜ。トモヒロもこれからは星くらい見とけよ。人生どこでどんな知識が役に立つか分からないからな!」


「たぶん分からなかっただろうお前に言われると腹が立つが、まあ、その通りだと肝に銘じておくよ」


 そう言って悔し紛れに肉にかぶりつき、ふと気が付いた。


(あれ? もしかしてレンドのやつ僕とミシオが違う世界の出身だってことを知らない?)


 考えてみればミシオを発見したとき、智宏自身が見た目から同じ世界の出身かもしれないと言った。その後二人で話したときミシオの発言から二人がまるで別の世界の人間であることが発覚したわけだが、考えてみたらそのことをレンドに報告していない。今訂正すべきかとも思ったが、その根拠の一つがミシオの超能力であることを考えると迂闊に話すのもためらわれた。心を読めるという事実を自分がすんなり受け入れたからと言って、他人がそうできると思うほど智宏も馬鹿ではない。


「さて、パラレルワールドの確認が済んだところでこの世界がどういった点で違う歴史をたどったかって話になるんだが、まあこれは君らの世界について詳しく知ってるわけじゃないんで完全に俺の世界基準で言わせてもらうけどいいかい?」


「ああ。構わないぞ」


「そう。それじゃ、簡単に言ってしまえばこの世界は『恐竜が絶滅しなかった世界』だと思うんだ」


「恐……、」


「……竜?」


 恐竜。それは今から六、七千万年前まで地球上に栄えていた巨大な爬虫類だ。その絶滅理由には諸説あるが、隕石の衝突による環境の激変が原因とする説が一般的で有力だ。

 さすがにミシオの世界での恐竜がどうかまでは分からないが、少なくともレンドの世界では既に絶滅しているらしい。


「加えて言うと、恐竜は絶滅はしてないけどその形は大きく変えてる。その代表例は昼間の『魔獣』やこの世界の人間だな」


「えっと、この世界の人間って?」


「ミシオちゃん気付かなかった? この世界の人間ってさ、肌にうっすら鱗模様があるんだよ。もともとが爬虫類だったころの名残だからなんだけど」


「……ああ! ……刺青かと思ってた」


 そのセリフに智宏も同意する。最初は智宏も村の風習に刺青があるのかと思っていた。


「っていうか待てよ? そうなるともしかしてあの魔獣って……」


「ああ、トモヒロも気付いたか?あの『魔獣』、その中でも昼間の『人型』って呼ばれてるのは、こっちで言うところの旧人や猿人にあたるんじゃないかってのが俺らん中での見解なんだよ。だから俺たちの中ではあれのことを『竜猿人(ダイノロイド)』なんて呼んでる」


竜猿人(ダイノロイド)……」


「まあ、竜猿人(ダイノロイド)なんてのはこの世界では序の口でな。大きいのになると五ギーマ……、って言っても通じないか? えっと俺の背丈の約五倍くらいの大きさのやつも存在する」


「五倍!?」


 それは恐竜としてはどうだか知らないが、生物としてはかなりの大きさだ。レンドの身長は目測で約180センチほど。その五倍ということはおおよそ9メートルということになる。まさしく見上げるような大きさだ。


「もしかして……、あれがそうなのかな?」


「へ?」


「えっと、森で彷徨ってたとき、大きな、地響き? みたいなのを聞いたことがあったから」


『……』


ミシオの思わぬ発言に二人とも絶句する。ミシオ本人はこともなげに言っているが、それは一歩間違えれば命を失いかねない危機だったのは明らかだ。


「すぐに遠ざかって行ったから大丈夫だったんだけど……。そのちょっと前にすごく臭い木の実を拾って獣除けに使ってたから……」


「それは……、それは……」


「……ミシオちゃんって結構たくましいのね」


 智宏がもしも森の真っただ中に出現していたら絶対に生き残れなかっただろうと思った。むしろ目の前の少女が生きてこの村にたどり着けたというだけで奇跡のようにも思える。


「まあ、それはともかくとして、この世界の生態系については以上でいいか?」


「あれ? まだ竜猿人(ダイノロイド)のことくらいしか話してなくない?」


「ぶっちゃけあんまり知らないんだよ。そう言うのはむしろ後で村の人に聞いたほうが確かだよ。ああ、それと『竜猿人(ダイノロイド)』って呼称は村人の前で使うなよ」


「へ? 何で?」


「この世界の人々にとって竜猿人(ダイノロイド)は憎むべき『魔獣』だからさ。人間を殺す天敵って点を除いてもな。……そうだな、ちょうどいいから次はこの世界の宗教の話でもしようか。社会の話をするのにも前提になるしな」


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