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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第三章後編 第三世界アース 学園編
79/103

20:敵はハマシマミシオ

 一応『最新話』のリンクで来た方ように、更新の履歴を載せておきます。

 16:嵐の前の騒動 4日午前七時

 17:直前 4日正午12時

 18:侵入した魔力 4日午後10時

 19:潜入精神

⇒20:敵はハマシマミシオ

『襲撃の予定を変更、

 今後の行動をこちらから指示する。

 速やかに地図のG3の地点へ移動し、そこに標的をおびき寄せろ』






 精神体の逃亡を許した智宏がまず起こした行動は、ひとまず旧校舎に設けられた控えの一室に戻り、忍び込むことだった。ただしそれは、【集積演算(スマートブレイン)】を発動させたまま浮かび上がる刻印を手で隠し、ほとんど全力疾走と言っていい走り方で旧校舎を目指すという強行突破のような手段によってだ。

 旧校舎の一階半分を占めるそのスペースは、七不思議イベント参加団体が荷物や小道具などを置いておく共有スペースとなっている。智宏の目的はそこに置いてある一セットの衣装、宣伝用に用意された大鎌型の看板と、黒いマントに髑髏のマスクという死神装束だった。

 ただし実際は、マントと看板には用はない。必要なのは【集積演算(スマートブレイン)】の刻印を隠すことができる髑髏のマスクである。この格好であれば【集積演算(スマートブレイン)】を発動させていても周囲の目を気にする必要が無いし、普段ならば異常な死神の装いも、学園祭の最中である校内なら怪しまれることもない。


(とりあえず、今のところ魔力の発動は感知できないか)


 強化した魔力感覚に引っ掛かるものが無いのを確認し、智宏は新校舎の中を歩きながら相手の今後の出方と自身の行動について思考する。最大のネックとなるのは、やはり乗っ取り奪われたミシオの存在だ。

 先ほどここに戻る途中にも、智宏は出来得る限りミシオが通っていたと思しき道を選び、ミシオの姿を探してみた。だがやはりというべきか、探し求めるミシオの姿は見つからない。残念ながら予想通り、ミシオはあの精神体に体を乗っ取られ、そのまま姿をくらましてしまったらしい。

 そうなってくるとどうしても気になってくるのがミシオの安否だ。この敵の正体は今のところ定かではないが、最悪の場合ミシオの体を押さえたことで敵が目的を達成してしまっている可能性は十分にある。あの精神体の力を持ってすれば人を自殺させることも、従属させることも思いのままだろう。

 だが一方で、智宏はミシオの安否をそこまで絶望視してはいなかった。

 その最大の要因は、あの精神体が智宏を強く敵視している点にある。


(奴は自分の支配が効かない僕を強く危険視して、敵視していた。恐らくこいつはこの後、僕と何らかの決着をつけにかかってくるはずだ)


 だがそうなったとき問題となるのが、智宏にはあの精神体の精神支配が効かないということである。それは言ってしまえば刻印使いがその最大の武器であり決定打となる刻印を、一人限定とはいえ封じられるということになるのだ。となれば、あの精神体は刻印に変わる決定打としてミシオの存在を頼みにする可能性が高い。

 通念能力(テレパシー)による【直通回線(ホットライン)】によって智宏の思考をのぞき見ることができ、直接戦闘においても妖装という強力な武器を持つミシオは、智宏を相手取るにあたっては得に強力な対抗戦力となる。そこにさらに同じ要領で支配した人間を加えれば決定的だ。まさかあの程度の魔力消費で、魔力保有量において突出する刻印使いが魔力切れになっているとは考えられない。恐らく敵の本体は、同じような精神体を大量に作り出し、他者へと乗り移らせることができると考えるべきだろう。そして厄介なことに、今日は学内に人が多く、支配する人間には不自由しない。


(対してこちらの戦力は僕一人。敵がどこの誰かも、いや、それ以前にどこの誰が敵になるかもわからない状態じゃ、レンド達にも頼れない)


 今のところ魔力は感じられないが、あの精神体が本気で智宏と戦うつもりなら、まず本体と合流して支配下に置く人間を増やすはずだ。否、もう増えているかもしれない。何しろ相手はミシオを支配下に置いているのだ。通念能力(テレパシー)を使って智宏の視覚を受信すれば位置などすぐにわかるだろうし、こちらの位置が分かっているなら感知範囲の外で魔力を使うこともたやすい。それどころか通念能力(テレパシー)によって精神体を不特定多数の人間に発信している可能性すらある。そんなところに援軍を送らせても、すぐさま敵に取り込まれ、仲間割れさせられるのが落ちである。むしろ魔術などの異世界の力が使える分、学園内の一般人を敵に回すより危険性は高いかもしれない。


(くそ、やはりミシオを奪われたのは致命的な失敗だ……!!)


 こうなってくると一つの可能性として、最初のあの連続魔力転移が智宏達をおびき寄せるための罠だったという可能性も考えられる。だとすれば智宏は迂闊にもその罠にまんまと引っ掛かり、囮の魔力をつけまわしていたことになるのだ。あの女子トイレへの侵入が智宏の存在を察知して、襲撃のために行われたと考えれば、あながちその可能性も無視できない。

 状況は圧倒的不利。孤軍奮闘、四面楚歌、絶体絶命、背水の陣。どの言葉も当てはまってしまうこの状況で、智宏はひたすらこの相手の攻略法を思考する。

だがどれだけ考えても、導き出せる答えは一つだけだった。


(まずはミシオ及び支配されてる人間の身柄の確保、その後本体を探し出して捕まえて、何らかの手段で本体に精神体の支配をやめさせる)


 本当ならまず本体を探すことに集中したいところだが、ミシオが人質となりうる状態では決定打に欠ける。まずは精神体に乗っ取られたミシオを拘束するなり気絶させるなりして自ら人質となる可能性を排除し、その後に本体を探し出して精神体を排除させる。その過程で同じように支配された人間が出ても対応策は同様だ。難易度はどうしようもなく高いが、本体を倒すだけならともかく、精神体に支配された者達まで解放しようと思えばそれ以外に手段がない。

 問題はどうやってあの精神体に言うことを聞かせるかだが、それについては今は何も思い浮かばない。途中であの魔力を排除する方法がわかればそれで一番なのだが、智宏のように任意で意思を強化できる人間などいないだろう。


(よくある王道展開みたいに、こっちの呼びかけで正気に戻るとかがあれば一番いいんだが……。どの道取る手段は変わらないか)


 このとき智宏は、ミシオと対決する覚悟を決めた。相手が自分にミシオをぶつけてくる可能性が高いうえ、こちらの勝利条件にミシオの身柄の確保が含まれてしまう以上どの道ミシオとの直接対決は避けられない。

 そして、まるで智宏の覚悟に応えるように、智宏に感じられるギリギリの距離で、覚えのある魔力がその気配をまき散らす。


「!?」


 精神体の魔力ではない。明らかにこちらを誘う意図で放たれた、妖属性の魔力の気配だった。


(『ミシオを助けたければここまで来い』ってところか……)


 通念能力(テレパシー)ではなく魔力属性でそう伝えてきたことに僅かに違和感は覚えたものの、どの道行く以外に手段がないと腹をくくり、智宏は魔力の気配がした方向へと足を向ける。恐らくあの精神体は準備万端整えて待ち構えているだろうが関係ない。そんなものよりよほど困難な覚悟を智宏は固めたばかりなのだ。

 場所は学園祭の間立ち入り禁止になるっている林の向こう。智宏の脳裏に映し出された学園の地図には、初等部の校舎とその手前のテニスコートがある場所だった。







 人気が無くなったのを確認し、髑髏マスクを外して道に投げ捨てる。顔を隠す必要が無くなった以上、もはやマスクに用はない。もしも戻る必要性があれば、そのときに拾って着ければいい。

 同時に鎌も捨てようとして、しかし思うところあって先についている刃を模した看板部分だけを外して捨てる。もともとこの看板は箒の先端を外してそこに段ボールとアルミホイルで作った鎌の刃をつけたものだ。鎌の部分を外せば箒の柄の部分の長い木の棒に戻る。武器としては少々心もとない代物だが、邪魔になるようならそれこそその場で捨てればいい。

 フードは暑いので脱いだが、マントは思うところあってそのままにしておいた。暗幕を適当に縫い合わせただけの衣装だが、それでも智宏の意図する効果は十分に果たせる。


(暗幕マントに箒の柄が武器か。ずいぶんと心もとない装備だな)


 状況が状況なら笑えるような貧弱で子供じみた装備だが、今はこんなものでも無いよりましだ。

 人気のない舗装された道を歩きながら、智宏は敵の居場所の検討に僅かに迷う。この先は道なりに行けば初等部校舎、途中にあるわかれ道を行けばテニスコートだ。先ほどの魔力でだいたいの場所の見当は付いたものの、ここから先はどちらに行けばいいのかわかりにくい。魔力でわかったのは大体の距離と方向のみで、詳しい場所にまで見当をつけるのは【集積演算(スマートブレイン)】を持つ智宏でも無理だった。


(わからないのはどちらにしろ同じなら、とりあえずテニスコートの方に行くか……)


 テニスコートが少しだけ高い位置にあるのを思い出し、智宏はそちらに向かう道を選択する。たいした理由があったわけではない。高台に上ることができればたとえ違っていたとしても次を探しやすいという、言ってしまえばそれだけの理由だった。

 だが、どうやら運がいいかどうかはともかく、智宏はいきなりあたりを引いてしまったらしい。

 気功術によって強化された智宏の耳は、周囲から聞こえるわずかな音の中に僅かに不自然な音が混じってるのを感じ取った。


(近くにいるな……)


 【集積演算(スマートブレイン)】で耳から入る莫大な情報を細分化してそれぞれを分析し、智宏はその中から不自然な音が混じっているのを感じ取る。

 風による葉の音とは少し違う、明らかに生き物がいるその気配の元を探りながら、智宏は顔色を制御して気付かぬふりをし、その裏で全身に意識を行きわたらせる。

 意外なことに、感じる気配は一つのみだった。少し先の道のわきにある茂みの向こうのそれのみが、どうやらこの場にいる唯一の敵らしい。


(いったいどういうことだ……? まさか舐められているわけでもないだろうし……。本体との連絡がつかなかったのか)


 それらしい理由はいくつも思いついたが、しかしそのどれが理由なのかを判断する材料が決定的に足りなかった。何か狙いがあるのかとも思ったが、数を持って智宏に対抗する戦術に比べれば見劣りする上、そもそも準備ができていないならどうしてミシオの体で妖装など使ってこちらを呼び出すようなまねをしたのかがわからない。


(いや、この際それは考えても仕方がない。油断はできないが、とりあえずこの状況は好機と見るべきだろう)


 とりあえず内心でそう結論付け、智宏は気づかぬふりを続けたまま茂みの横を通り過ぎる。

そうして相手のいる位置が、智宏に奇襲をかける絶好の位置になる真後ろにさしかかるまさにその直前、


「「っ!!」」


 智宏が突然振り返ってマントの中で展開していた魔方陣を差し向け、同時に茂みの向こうから黒い煙に包まれた巨体が姿を現した。

 ただし智宏の予想と違ったのは現れたその巨体が完全に異世界の生物、竜猿人(ダイノロイド)そのものであったことと、魔力の感覚がもう一つ、目の前の巨体から伸びる煙上の魔力で繋がって後方に存在していたことである。


(チィッ、魔力を直接身にまとわず、分身を作る形で操って来たのか!!)


 ミシオとはまた違う使い方に内心で舌打ちしながら、智宏は一旦回避を選択する。一撃打ち込むだけなら智宏の方が早いが、それで目の前の分身が消える保証はない。目の前にあるのは、竜猿人(ダイノロイド)という生物を模倣する魔力の塊であり、本物の生命体ではないのだ。操っているのもその後ろにいるミシオ本体である以上、頭をつぶそうと腹を貫こうと攻撃をやめない可能性が高い。

 突き出された拳を体を右に飛ばすことで回避し、智宏は先ほどの魔方陣を再び前へと差し向ける。この角度では竜猿人(ダイノロイド)の左肩しか攻撃範囲に入らないが関係ない。智宏の狙いはその後方の煙上の魔力にある。


(――【強放雷(メガボルト)】!!)


 魔法陣に魔力を流すと同時に、放たれた閃光が魔力のラインを断つべく迸る。恐らくミシオの能力では、あのラインなしで分身を実体化させることは不可能なはずだ。あの竜猿人(ダイノロイド)は言ってみればいつも作っている鎧の延長線上にある存在であり、本体とのつながりを断たれればそれはもう霧散するしかない。

 だが、そんな智宏の思惑は、目の前の竜猿人(ダイノロイド)の思わぬ行動で跳ねのけられることになる。まるで自身の生命線を守るように智宏の【強放雷(メガボルト)】の射線上に身を投げ出し、その胸から上を霧散させながら主とのつながりを守り切ったのだ。


「っぅ!!」


 恐らくは狙い通りだったのだろう。胸から上を失った竜猿人(ダイノロイド)はしかし完全には消滅せず、残った部分がそのまま動いて智宏に蹴りを叩き込んでくる

 思わぬ攻撃を慌てて左手に持った棒で受け止めながら、智宏は更にその身を右に投げ出すようにその蹴りから逃れ出る。

 受け止めた棒が軋む音を聞きながら無理やり押し上げるようにして蹴りの軌道をそらし、その間に地面を転がって距離を取る。


(ミシオとは妖装の使い方が根本的に違う。それに……)


 距離をとって飛び起き、元の形に戻る竜猿人(ダイノロイド)の姿を見ながら、智宏はその背後に潜むミシオの本体の気配を探る。最初のときといい今といい、この竜猿人(ダイノロイド)の動きは完全に智宏の動きに対して先手を取るものだった。それが意味するものは、現状たった一つしかない。


(やっぱりこいつ、ミシオの通念能力(テレパシー)で僕の思考を読んでるな……)


 これまで悪意や積極性を持って読まれなかったこともあって感じなかった不快感を、初めて智宏は感覚として理解する。なるほど確かにこれならイデアにおいて気軽に心を読む人間が嫌がられるのも頷けるし、ミシオが気を使って能力の使用を控えていたのも納得できる。


(まったく、敵に回すと相性は最悪だな……。こっちがどんなに最善の答えを出しても、手の内がばれているんじゃ駆け引きにもならない……。だがな!!)


 口には出さずに気合いを入れ直し、智宏は再び竜猿人(ダイノロイド)めがけて突進する。対する竜猿人(ダイノロイド)も応じるように距離を詰め、両者の間合いは再びゼロへと近づいた。

 その瞬間、


「ひしゃげろ!!」


 ぐしゃり、という擬音でもつけたくなるくらい、こちらへ向かって来ていた竜猿人(ダイノロイド)の体が形を崩して倒れ込む。相手も慌ててその体を元の形に戻そうとしたようだがもう遅い。すでに智宏は倒れる竜猿人(ダイノロイド)を飛び越え、その向こうにある魔力のラインへと左手の棒を振りかぶっている。


「人の頭覗き見しといて、その影響をまるで受けずに済むと思うな!!」


 智宏がとった行動は簡単だ、相手がミシオを使って読んでいるだろう思考の中に、突発的に竜猿人(ダイノロイド)の体が崩れるイメージを捩じ込んだのである。ミシオが通念能力(テレパシー)の感覚投影で自身の感覚を相手に錯覚させ、一時的に混乱させるのと理屈は同じだ。相手は唐突に頭に送られたイメージに自身のイメージを引きずられ、イメージによって成り立っている妖装の竜猿人(ダイノロイド)はその形をイメージ通りに崩してその機能を失ったのだ。

 左手の棒を振るって煙のような魔力のラインを一閃し、その流れを断ち切って背後の竜猿人(ダイノロイド)を消滅させる。実態としてはあまりに希薄な魔力のラインは、刃物ですらない木の棒にあっさりとちぎり取られ、そのままその機能を失った。残されるのはいまだ茂みに潜むミシオの体と、その体を乗っ取る精神体だけである。


(――【強放雷(メガボルト)】!!)


 三段階ある電撃の魔術の中で唯一殺傷能力を持たない電撃が、智宏の右手に展開された魔方陣から放たれる。ミシオに申し訳なく思いながらも容赦なく放たれたその魔術は、しかし標的が一瞬早く茂みから飛び出したことで目標から外れ、隠れるもののなくなった植え込みの一部を焼き焦がすに留まった。

 ここに来てようやく姿を現したミシオが、黒い霧を纏って智宏に対峙する。


「まったく、容赦ないわね。どういう関係か知らないけど、曲がりなりにも身内の体でしょう?」


「そう思うならすぐにでもその体をミシオに返せ」


「生憎だけどそうもいかないわ。この娘の体、乗っ取ることはできたんだけどどういう訳か記憶や経験までは読めなかったの。幸い私の存在でこの娘の体を探って、この蜥蜴人間を生み出す力には気づけたけど、肝心の知りたいことが一つもわからなかった」


 ミシオの口を使っては語られる言葉に、智宏は『戦い方が違うのはそのせいか』と一つの納得を得る。どうやら妖装の力も、精神体にして魔力であるというこの敵の性質ゆえに発見できたものらしい。確かに使い方を研究する余地がなく、ぶっつけ本番で手にしたばかりの力を使うなら、その使い方が一致するわけがない。

 それに考えてみれば、自身の世界であんな生活をしていたミシオが、【集積演算(スマートブレイン)】に物を言わせたとはいえ智宏ごときに気配を察知されたことにも納得がいく。目の前にいる敵は、ミシオの体を使いつつもミシオとは別の人間だと考えた方がいいだろう。


「そんな訳だからね、できればあなたにはいろいろと教えてもらいたいのよ。できれば手荒な真似をする前に、大人しく従って教えてもらえると嬉しいわ」


「お断りだな。聞きたいことがあるならその体返して本体で頭下げにこい」


「そう。仕方ないわね」


 精神体は特に期待していなかったようにそういうと、ミシオの両腕を前に差し出して黒煙上の魔力をそこから放出する。両腕から生み出された魔力は瞬く間に二体の竜猿人(ダイノロイド)の形を取ると、深く腰を沈めて背後のミシオの体を守るように身構えた。

 先ほどといい今といい、ミシオでは思いつきはしても真似できない芸当である。一時期ミシオが頭の後ろに尻尾を作って操る練習をしていたのを知っているから言えるが、人間が自分の体に存在しない部位を作り出して操るというのは思いのほか難しいらしい。それを尻尾どころか竜猿人(ダイノロイド)まるまる一匹、それも今度はそれを二体も作るとなれば、もはや格闘ゲームでコントローラーを三ついっぺんに操ると言っているようなものだ。明らかに人間にはできない、人間とはまるで違う精神構造を持つ精神体だからこそできる芸当であると言える。


「さらに、さっきはジャミングされちゃったからそれ対策」


 精神体がそういうと、目の前の竜猿人(ダイノロイド)の分身二体に先ほどまではなかった不純物のような魔力が混じる。同時に竜猿人(ダイノロイド)の左胸あたりが輝き始め、数瞬後にはハートを模した刻印をその身に刻みつけた。どうやら分身二体に自身を構成する魔力を分け与えたらしい。


「そいつがお前の刻印か?」


「刻印? ……ああ、そうね。私がとりついた人間には、みんな左胸にこの印が出るわ。この子にも出てるけど見るかしら?」


「見せたら許さん」


「あら、そう」


 下らない会話を交わす間も、分身たちは油断なく、しかし同時に自身の体の調子を確認するように僅かに手足や尾を動かしている。どうやらミシオの中の精神体でなく、分身たちの中に注がれた魔力が直接体を操っているらしい。


(なるほど。『魔力が心を持っている』か。厄介な力、だ!!)


 思いつつも気合いと共に、智宏は目の前の敵へと飛びかかる。いくつかの改善は見られるが弱点は先ほどと変わらない。ミシオ本体から伸びる魔力のラインを断てば分身は同じように消滅するはずだ。ならばそのラインを狙うのが簡単かつ確実な手段である。


(それにこの分身相手なら手加減する必要もない!!)


 魔方陣の展開と操作を一瞬で行い、智宏は四つの円を内包した魔方陣から四羽の炎鳥を宙へと放つ。起動させた魔術は【火炎鳥襲撃(ファイヤーバードストライク)】。鳥の形をした炎弾を手元の魔方陣で操作する、追跡誘導弾としての性質をもった術式だ。


「行け!!」


 智宏の命令に応じるように、四羽の炎鳥が先行して迫る竜猿人(ダイノロイド)を迂回して背後へ滑空し、そこに存在する魔力のラインへ狙いを定める。二羽は手前の一体を、残る二羽はもう一体の竜猿人(ダイノロイド)を狙う布陣だ。

 だがそんな智宏の操作は、当然ミシオの身に居座る精神体も感知している。当然それから生み出された竜猿人(ダイノロイド)達も同様だ。

 先行する竜猿人(ダイノロイド)が炎鳥に見向きもせずに突進する中、後ろに控えるもう一体の竜猿人(ダイノロイド)が背後へとその拳を振りかぶる。大きなためと共に突き出された拳は、まるでモチでも伸ばすような滑らかさで急速にその射程を拡大させ、ついには先行する竜猿人(ダイノロイド)のラインを断ちきろうとしていた炎鳥を貫いてその手首もろとも爆砕させた。さらに手首から先が霧状に霧散した腕を鞭のように振り回し、竜猿人(ダイノロイド)は後から襲い来るもう一羽をもその腕によって打ち払う。


(くそ、形態変化も自由自在か!!)


 短くなった腕自体を霧散させて元の長さに戻す竜猿人(ダイノロイド)を見ながら、智宏は内心で敵の妖装の使い方に悪態をついた。残る二体の炎鳥にも軌道を変化させて攻撃を行わせるが、今度は両腕を巨大化することでそれを掴み取られてしまう。

 そしてそうなった以上、智宏に迫るもう一体の分身は健在だ。


(術式展開――【土人形の鉄腕(ゴーレム・アーム)】!!)


 再び迫り、突き出された拳に対し、智宏はまたも魔術を起動して対応する。右肩に突き刺さるような形で魔方陣を展開し、魔力を流して肘までを岩盤の鎧で、そこから先を巨大なプレートの付いた腕で覆うと、迫る拳をそのプレート部で真っ向から受け止めた。

 周囲に巨大な鉄板を殴りつける轟音が響き、受け止めた拳撃の衝撃が智宏の体を僅かに背後の坂の上へと押し上げる。


(くそ、パワーも馬鹿にならない、なぁっ!!)


 内心で悪態をつきながら右腕に力を込めて相手の拳を押し返し、同時に左手は持っていた棒を捨てて、その手のひらと手首に魔法陣を展開する。ミシオ本体と距離が開いている今ならば、巻き込む心配をせずに多少なりとも強い魔術が使用可能だ。


(術式展開――【轟放雷(ギガボルト)】!!)


 もはや魔力のラインだけを狙うようなまどろっこしい真似はしなかった。狙いは押し返されて体勢の崩れた手前の分身そのもの。ラインを狙っても阻まれる以上、分身を片っ端から消していった方がまだ効率がいい。

 だが、そんな意図と共に放たれた雷撃は、またしても分身の背後から現れた巨大な影に阻まれる。

 背後に立つもう一体の分身、その右腕から伸びて肥大化した巨大な手のひらによって。


「くぉっ!!」


 雷撃を受け止めて黒い煙を上げる鱗だらけの巨大な手が、手首の動きによって智宏めがけて迫り来る。智宏がとっさに巨大化した右腕を盾にすると、強烈な衝撃が巨大化した腕に掛かり、踏ん張っていた両足が瞬く間に宙に浮きあがった。


「づぅ……!!」


 宙へと無理やり投げ出されながら、智宏はすぐさま自分の脳裏に、先ほど歩いていたときに見た背後の地形を再生(リプレイ)する。背後にある坂の形やそこに着地するタイミングをすぐさま計算すると、直後に来たそのタイミングで、実際によろめくことなく見事な着地を決めた。同時に、手の甲から伸びる鉄板のひしゃげた【土人形の鉄腕(ゴーレム・アーム)】を消滅させ、距離の離れた敵に背中を向けて坂の上へと走り出す。

 智宏の行為に一瞬驚いた精神体だったが、自身の優勢を継続させたかったのかすぐさまその後を追ってきた。

 追いつかれる速度ではない。

 追って来ているのが妖装によってつくられたとはいえ竜猿人(ダイノロイド)である以上、その速度は気功術で筋力を強化した智宏より速いはずだ。だがどうやら分身二体と本体は一定以上に距離を取る気が無いらしく、その速度はミシオの体のそれに合わせられている。


(なるほど、前に出て戦う分身Aと、それをサポートする分身B、そして僕の思考を読み取って二体に伝え、さらに魔力供給源にもなるミシオ本体か)


 読まれているのを承知で頭の中で敵の戦術を分析しながら、智宏は同時にもう一つ確信を得る。先ほど智宏はこの敵がミシオの妖装の力を自由に使っていると分析したが、どうやらミシオと違って竜猿人(ダイノロイド)竜猿人(ダイノロイド)の形でしか使えないらしい。恐らくは実際に参考になるものを見ていないからなのだろう。体の一部を巨大化させるようなことはできるようだが、ミシオのような『加工』を行う真似は一度もしていない。

 ずけずけと相手の欠点を突きつけるような気分で思考しながら、しかし決定的な情報は思考せず、智宏は目的の場所へと目を向ける。

 目前にあるのは坂を登り切った場所にあるテニスコート。三方を土手に囲まれて見ようによっては闘技場にも見えるその場所が、智宏の選んだ勝負の場所だった。


 次回の更新は5日正午12時になります。

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