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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第三章後編 第三世界アース 学園編
78/103

19:潜入精神

 一応『最新話』のリンクで来た方ように、更新の履歴を載せておきます。

 15:十月四日 4日午前0時

 16:嵐の前の騒動 4日午前七時

 17:直前 4日正午12時

 18:侵入した魔力 4日午後10時

⇒19:潜入精神 5日午前0時

 その後、謎の魔力の発動は三回にわたって観測された。どれも、人と人との接触時、宿主を乗り換えるように魔力がうつる形である。

 だが、触れた人間に無差別に転移しているという訳ではどうやらないらしい。


(……どういうことだ?)


 問題となったのは六人目に転移したときだ。六人目になったのは中等部生らしき二人組の少年のその片方だったのだが、少年二人は転移された後もふざけてお互いを叩きあったりと頻繁に接触を繰り返していた。だが結局二人の間で魔力のやり取りは行われず、途中で出会った先輩らしき女子生徒に叩かれた際に、初めて七回目の転移が行われたのだ。


(何か転移する条件があるのか……、だとすればそれがこの魔力の効力に関係している?)


 一向に見えてこない魔力の効果に、智宏は押し殺してなお強い焦りを覚える。すでに魔力が転移した人間は七人目、見たところ特に健康などに影響が出た様子は見られないし、移っている魔力は常に一定量なので経由した人々の体内に残留している可能性も低い。だが、それでも智宏達が手をこまねいているということは、得体のしれない魔力に無関係の人間を晒しているということに他ならない。


(ひと思いに僕の体に魔力を転移させて見るか……?)


 頭の中に思い浮かんだそのアイデアを、しかし智宏はすぐにかぶりを振って否定する。確かにそれなら魔力の効果はわかるかもしれないが、そうなったとき智宏が無事でいられる保証はどこにもない。仮にこの魔力の狙いが智宏やミシオだとすれば、魔力に触れた瞬間に敗北する可能性すらあるのだ。魔力の効果がわからない状態でこの魔力を取り込むなど、迂闊を通り越して愚の骨頂である。


『トモヒロ、ちょっといい?』


 智宏の尾行がまさに行き詰まりを見せていたそのとき、ようやくミシオから通念能力(テレパシー)による連絡が入る。どうやら向こうにも何かしらの進展があったらしい。


『今なんとか話を聞けたんだけど、あの男の人、魔力を使った最初の人を覚えてないみたいなの』


『覚えていない? どういうことだ?』


『そのままの意味で覚えてないの。一緒に来てた二人はそのときのことを見てないし、本人も話しかけた相手がいたことは覚えてるんだけど、どんな相手だか思い出せないみたいで……。その、一応通念能力(テレパシー)も使ったんだけど、嘘はついてないみたい』


『……そうか』


 申し訳なさそうにそう告げるミシオに、智宏はできるだけ落胆を隠してそう返事をする。

 最近知ったことだが、どうやら第二世界イデアにおいて通念能力(テレパシー)で勝手に人の心を読むというのはかなり忌避される行為らしい。過去の歴史では勝手に心を読んで処刑された人間も少なくないし、こちらでいうところの小学校では道徳の時間に真っ先に勝手に人の心を読む行為の悪性と、その対処法を教え込まれる。はっきり言ってしまえば勝手に人の心を読むという行為はイデア人にとっておいそれとやろうとは思わない、加害行為と言っても過言ではない倫理的禁止行為(タブー)なのだ。よく考えてみればミシオも、よっぽどの追い詰められた状態か、危害を加えてくる相手でもない限り人の心を読んだことはなかった。


(そんなミシオが罪悪感に耐えてまで通念能力(テレパシー)を使って、それでも読み取れなかったってことは、あのナンパ男の証言は真実だってことだ。だとすると、覚えていないというのはあの魔力の影響なのか?)


 最初に魔力を感じてからまだ十分とたっていない。彼らがいくら手当たり次第に声をかけていたとしても、相手の顔を忘れるには余りにも速い時間だ。そうなると忘れているのは本人の記憶力以外の何かが関わっているとみた方がいい。

 だが、そうなるとますますわからない。もしもこの魔力の効果が記憶操作の類だと仮定すると、その後ふれる相手に次々転移している効果と繋がらないのだ。

 とはいえ、それでもこのとき、不覚にも智宏は安心してしまっていた。不可解な魔力のもたらす効果が、わずかな記憶の喪失程度であることに、迂闊にも緊張を緩めてしまったのだ。今だ魔力の効果の全貌が見えていないにもかかわらず、自身が今【集積演算(スマートブレイン)】という基本にして最大の手札を使っていないにもかかわらず。

 そしてだからこそ、智宏は次の瞬間に己のうかつさを呪うことになる。


(っ、しまった!!)


 意識を緩めたわずかなすきを突くように、七人目の少女歩む方向が突如として変化する。それも今最も警戒しなければならなかった場所に、まるでタイミングを見計らったかのように。


『トモヒロ、どうしたの!?』


『女子トイレに入られた!!』


『えぇっ!?』


 この事態をまるで予想していなかった自分の不甲斐無さに歯噛みしながら、慌てて智宏は女子トイレの前へと駆けつける。だが間一髪、わずかに智宏が飛び込むのを躊躇した隙に、トイレの中から八度目の魔力の気配が漏れてきた。

 さらに次の瞬間、追い打ちをかけるように数人の女性がトイレから現われ、それぞれ別の方向へと歩き出す。


(くそっ、一体誰に!!)


 移った相手が今出てきた数人の誰かなのか、それともまだトイレの中にいる誰かなのかが判断できず、智宏はただただ廊下の真ん中に立ち尽くす。誰に転移したのかがわからなければ魔力を追うことはできないのだ。一応手段としては九度目の転移を待ってその方向で追いかけるという手段もあるが、一度目の魔力をミシオが感知できなかったことを考えると、この魔力の感知可能範囲はあまり広くない。下手をするとこのままその範囲外まで逃げおおせられてしまう可能性すらある。


『トモヒロ、今私もそっちに向かってる。二人で手分けして探せば』


『いや、だめだ。狙われてるかもしれない人間をこんな状況に迂闊に飛びこませる訳には――』


『そんなの……、トモヒロは、また私だけ危険から遠ざけるの……!?』


『な、こんな時に何を言って……?』


『夏休みに言ったよね? もっと私を頼ってって、私もトモヒロを助けるって。なのにどうしてトモヒロは、自分一人で全部片付けようとするの……!!』


『それは……!!』


 ミシオの放った思わぬ発言に、智宏は言葉に詰まり、思考が完全に硬直する。動きを失い、白く塗りつぶされた頼りない思考。そんな中で唯一浮かんできたのは、以前魔女のような先輩に言われた一つの言葉だった。


『あなたの役に立ちたい、あなたに頼られたいと思っている人間とは、あなたはどう付き合っていくのかしらね? それってつまり、あなたとは決して相容れない相手ってことになるんじゃないかしら?』


 あのとき智宏は結華にそんな人間がいるのかと聞いて簡単にはぐらかされていた。だがそれによって智宏は本当にそういう人間がいるのではなく、ただこちらの不安をあおっているのだと判断してしまったのだ。

 だが実際はどうだったのか。結華はこの状況はどこまで予想していたのか?



「こんなところで何をしているんですか?」



 と、混乱に満たされる智宏に、さらに後ろから聞き覚えのある声がかかる。

 振りむくとそこには、先ほど旧校舎前であったばかりの鈴木が、ハンカチを片手にこちらに手を伸ばして来ていた。

 ハンカチを片手に。

 まるで今しがた、トイレから出てきたばかりとでも言うように。


「っ!!」


 慌てて智宏がその手から逃れようとするがもう遅い。軽く肩でも叩くようにのばされていたであろうその手は、智宏が振り返った拍子に目測を誤ってはいたようだが、結果的に智宏の腕へと吸い込まれるように接触した。

 そして、九度目の魔力が至近距離で智宏の感覚を震わせる。


(――なんだ?)

――さあ、

(――声が……?)

――あなたのことを、

(――意識が……?)

――私に教えて――!!

(塗り潰、される……。


…………。


……………………。


…………………………………………。


……………………………………………………………………………【集積演算(スマートブレイン)】!!)


 その瞬間、智宏がとった脳に魔力を流す一連の行動は、ほとんど条件反射のような代物だった。頭に魔力を流して薄れる意識を強引に回復させ、額に輝く刻印を右手で無理やり抑えて周囲の視線から隠す。

 確証があったわけではない。そもそも、眠りに落ちるように消えていく意識の中ではまともな思考などできなかった。

 智宏が【集積演算(スマートブレイン)】によって意識を回復できたのは、ひとえに【集積演算(スマートブレイン)】とそれを生み出した智宏が意識を脳機能の産物と認識していたからであり、それによる意識の回復を意識消失前に行えたのは、ただ単に危機感に応じてとっさに刻印を使ってしまったというだけの話だった。

 そういう意味では智宏にとっても予想外。だがそれでも、発動させた智宏本人に比べれば、その回復を予想外に感じる存在が他にいる。


『なに、これ……!!』


 それは通念能力(テレパシー)とはまた違う、己のうちから響く声。


『あ…たいっ…い何者……』


 困惑しながらも智宏の意識を奪おとするその声を無理やり封殺し、ノイズのかかったその声から意識を切り離すことで、智宏は半ば魔力による力任せに現実に回帰する。

 目の前には突然様子のおかしくなった智宏に対し、困惑した表情を浮かべる鈴木がいる。この一年下の後輩にはかなり心配をかけてしまったようだが、まずはこの場を離れなくてはどうにもならない。


「ごめん鈴木さん具合が悪いから僕もトイレに行きたいそれじゃあ!!」


 言い訳を無理やりひねり出して捲くし立て、智宏は鈴木が何か言い返す前に背を向けて走り出す。

 額を抑えた状態でトイレといわれてもおかしく思えるだろうが関係ない。今はそんなことを気にしている余裕はないし、実際に智宏がこれから向かうのは男子トイレだ。幸いすぐ近くに男子トイレは設置されている。


『とにかく、個室にっ!!』


 全速力でトイレに走り込み、空いている個室に飛び込んで扉を閉め、鍵をかける。周囲がその速度に呆気にとられるなかで、流れるような動作で一連の工程を追えると、智宏は閉めたばかりの扉に身を預けて頭に流す魔力を倍増させた。

 途端に内心で暴れていた意識が遠ざかり、その声が奥底のどこかへと消えていく。最悪の展開を逃れた安堵と危機的状況に陥ったことによる動悸で、いつの間にか止めてしまっていた呼吸をどうにか再開する。


「ハァッ……、ハァッ……、ハァッ……、わかった、わかったぞ、ミシオ!!」


 小さいながらも声が口から洩れていることに気付きながら、智宏は必死に乱れた呼吸を整え、こちらの心を読んでいるはずのミシオに訴える。もしもこんな刻印の使い手が学園内に入り込んでいるとすれば、早急に何らかの手を打つ必要がある。


意思なんだ(・・・・・)魔力自体が意思(・・・・・・・)を持っている(・・・・・・)!! 条件を満たした奴に移るんじゃなくて、自分で(・・・)目をつけた奴に移動してるんだ……!!』


 恐らくそれこそが、同じように触れた人間でも転移が起きたり起きなかったりした理由なのだろう。恐らくこの魔力は魔力自身の意思で人から人に乗り換え、何らかの目的を果たそうとしていたのだ。


「『魔力が心を持っている』それがこいつの刻印の効力だ!!」



『……よく、わかったわね』



 智宏の言葉に応じるように、先ほど封じ込めたはずの声が頭に響く。否、それは先ほどのように内側から聞こえるものではない。むしろ自身の外側から届いているような、まるでミシオと会話している・・・・・・・・・・かのような(・・・・・)、そんな慣れ親しんだ声だった。


『……まさか、お前……!!』


『まったく驚きよ。私の存在に、【潜入精神(スパイハーツ)】に気づける人間がいることにも驚いたし、私の支配を跳ねのけられる人間がいることにも驚きだわ』


『っ、お前……、ミシオに何をした!?』


『ん? ミシオ? ……ああ、聞いた名前だと思ったらこの娘だったのか、一体どういう縁なのかしら? まさか私も、この娘とあなたとの間に道ができているなんて思いもしなかった』


『道、だと……?』


 その『声』のセリフに、智宏は今更のように起きた事態を理解する。智宏とミシオの間には、智宏自身が【直通回線(ホットライン)】と名付けた通念能力(テレパシー)による意識的なつながりがあるのだ。にわかには信じがたい話だが、どうやらこの精神体、通念能力(テレパシー)を通じて智宏の心を読み取るミシオに転移したらしい。


『……お前いったい何者だ……!! 何の目的でここにいる!!』


『生憎だけどその質問に答える義理はないわ。むしろ答えることに危険を感じている。まさか私にのっとれない人間がいるなんて、毛ほども予想していなかったから』


 互いの顔も見えない状態で、智宏と『声』は互いに敵意をぶつけあう。このとき両者は互いの存在を完全に敵とみなしていた。


『あなたは危険だわ。私の大切な人にとって、あなたは必ず害になる』


『だったらどうするつもりだ。今すぐ本体と一緒に一戦交えるか?』


『そうはいかないわ。あなたのことをなにも知らない状態で仕掛けるには、あなたは危険な存在にすぎる。体を晒すなんてもってのほかよ。まあ、幸い貴重な情報源も手に入ったことだし、あなたのことはこの娘にじっくり聞くことにするわ』


『待て!! ミシオに一体何をするつもりだ!!』


『それじゃあさようならよ同類さん。できれば次に会うときは、私に従順な存在になってくれると嬉しいわ』


 その言葉を最後に、ミシオの通念能力(テレパシー)を介した『声』は完全に途切れて姿をくらませる。それは同時に、智宏がミシオを助けるための最大の糸口を失ったことを意味していた。


 次回の更新は5日午前10時になります。

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