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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第三章後編 第三世界アース 学園編
76/103

17:直前

 一応『最新話』のリンクで来た方ように、更新の履歴を載せておきます。

 13:驚愕の宴 3日正午12時

 14:刻印使い以上 3日午後九時過ぎ

 15:十月四日 4日午前0時

 16:嵐の前の騒動 4日午前七時

⇒17:直前 4日正午12時

「ねえ、君今一人? よかったら俺らと回らない?」


「一人じゃねぇよ。どこに目ぇつけてんだ!? あんたなんかお断りだとっとと消えちゃえ!!」


 大人しげな外見の少女に声をかけた少年は、しかしすぐさま帰って来たイラついた声に驚き、慌てて声のした方に視線を向けた。見れば先ほどは気付かなかったが、目当ての少女の一段下に小柄な小学生くらいの少女が手をつないで立っている。


「えっと、もしかして妹さんと一緒だった?」


「あ、いえ、アイちゃんは妹じゃなくて……」


「同、級、生だこの野郎。っていうかエミちゃんもいちいちこんなのと会話するな!! それとお前、さっきから聞いてりゃすき勝手なこと言いやがって!! そんなにあたしは小さいか!?」


「え? うん。小さい」


「ムキャー!! 言った!! はっきり言いやがったぞこの野郎!! もういいっ!! 縮めてやる!! こいつに膝つかせて私より背を低くしてやる!!」


「やめてぇ!! 落ち付いてアイちゃん!!」


 愛美奈が慌てて愛妃にしがみついて止めると、愛妃の剣幕に気おされたのか少年の方も諦めて元いた場所、同じような少年が二人いる柱の傍へと戻っていった。どうやら三人でこの文化祭を訪れ、見かけた異性に一人ずつ声をかけているらしい。


「まったく!! さっきから一体何人目だ!! いつもいつもあたしを子供あつかいして!!」


「で、でも、私はおかげで助かってるよ。私一人じゃ、きっと断り切れなかったから」


「なんだよ、エミちゃんは中学行ってもそういうとこ変わってないのか? ちゃんと友達とかできてるんだろうな? 去年会ったときは何かその辺はぐらかされた気がするぞ?」


「で、できてるよぉ……。あ、そう言えばその友達、少しアイちゃんに似てるかも」


「ん? そうなのか? まあ、ならいいけど」


 愛美奈がそう告げると、愛妃はそれを真実と判断したのか簡単に納得し、再び自分の背について意識を向け直した。


「それにしても、塾にいたときはあたしとそう変わらなかったエミちゃんがそんなに背が伸びてるのに、なんであたしの背はこんなに伸びないんだ? 毎日牛乳だってしっかり飲んでるのに、あのカルシウムは一体どこに行ったんだ!?」


「……えっと、胸じゃないかな……?」


 愛妃の疑問の声に小声でそう呟き、愛美奈は視線を愛妃の顔からその下へと向ける。自分だとて成長していないわけではないと信じているが、どうやらこの親友はそちらの悩みとは無縁であるらしい。


「あー、もう。しかもこんな私に対して兄ちゃんは見上げるほどでっかいしさ。おかげであたしはすっかりブラコンだよ」


「へぇ……、へ? えぇっ!?」


 愛妃の口から洩れた思わぬ言葉に、愛美奈は一瞬遅れて驚きの声を上げる。すると当の愛妃は、一体何を驚いているんだと言わんばかりの無邪気な瞳で愛美奈を見上げてきていた。


「何を驚いてるんだよ? あ、もしかしてブラコンって意味分かんなかった? 本当はブラザーコンプレックスっていうんだけど」


「え、ううん。それは知ってるんだけど……」


「そうなのか? 難しい言葉なのによく知ってるな。みんなはあたしがブラコンだって言うとなんか騒がしくなったり、『なに言ってるんだ』って顔するんだけど……」


「あー……、そうなんだ。そうなのかも知れないね」


 あいまいな相槌を打ちながら、愛美奈はどう反応するべきかと心中で思案する。兄弟のいない愛美奈には、普通の兄というものへの感情がどういうものなのかがわからなかった。もしかするとこれが普通の妹の態度なのかもと思うと迂闊なことも口にできない。案の定愛妃は愛美奈の混乱に拍車をかけるようなことを言ってくる。


「でもさ、みんなシスコンだのブラコンだのを特別なことみたいに言うけど、普通兄弟ってそういうものだと思わないか?」


「え? うーんと、そうなのかな?」


「そうだよ。だってさ、あたしなんかにしても同じ親から生まれて同じ環境で育ってるのに、兄妹でこんだけ差がつくんだぜ? これが赤の他人ならまだ諦めもつくけど、兄妹だと思うと納得いかないよ」


「う、うん……。……うん? …………ああ、そういうこと……」


 愛妃の言葉に違和感を覚え、少しだけ考えたことで、ようやく愛美奈は自身と愛妃の間にある致命的な見解の相違に気が付いた。

 要するに愛妃は、ブラコンという言葉の意味を、(ブラザー)に対する劣等感(コンプレックス)という意味だと勘違いしているのだ。そう考えればこれまでの彼女の発言も、そのことをあっさり口にすることにも納得がいく。


(でも、これってちゃんと訂正した方がいいのかな……?)


 訂正しないことによって生じる問題と、訂正することによって返ってくる愛妃の反応両方をイメージし、愛美奈は自分の頬を一滴の汗が伝っているのを感じ取る。どちらをとっても既に手遅れだ。もはや傷を負わない解決法があり得ない。

 愛美奈がそんなどうにもならない悩みに頭を痛めていると、不意にその悩みをぶち壊すように愛妃が声を上げてきた。


「あ、やばい!! エミちゃんが見たいって言ってた演劇部の公演、もう始まるまで少ししか時間が無いよ!!」


「えっ、そうなの!?」


 言われて、慌てて手元のパンフレットを見ると、確かに開演時間は今からあと五分後に迫っている。今から体育館に行くことを考えると、もはや一刻の猶予もない。


「ヤバいよエミちゃん!! とにかく急ごう。最短距離で案内するから!!」


「あっ!! 待ってアイちゃん!!」


 猛烈なスピードで駆けだし、下手をすれば人ゴミで見失いそうな愛妃を追いかけ、愛美奈自身も小走りに走りだす。その内心で開演に間に合わないことよりも、親友の少女を見失うことを危惧して。






『ムキャー!! 言った!! はっきり言いやがったぞこの野郎!! もういいっ!! 縮めてやる!! こいつに膝つかせて私より背を低くしてやる!!』


『やめてぇ!! 落ち付いてアイちゃん!!』


 校舎内に入ってすぐ、聞こえてきた子供の黄色い声に一瞬だけ意識を向けながら、水晶は自身の主の判断の正しさを実感していた。顔を隠すために掛けたサングラスを直すふりをして、獰猛な笑みを浮かべる口元を周囲から隠す。


(なるほど、確かにこれだけ人が多ければ紛れ込むのはたやすい。文化祭と聞いて子供ばかりという状況を想定していましたが、どうやら意外とそうでもないようですし……)


 例年ならそこまで多くはない卒業生の来訪だが、今年は旧校舎の取り壊しがあるため、懐かしの学び舎を最後に一目見ようと多くの人々が訪れている。通常なら目立ってしまうだろう大人の姿は、しかし今年はそういった事情もあってかなり多く、水晶は簡単にその中に紛れ込むことができた。唯一浮いている点と言えば妙におしゃれを度外視した動きやすさ重視の格好と、その肩に担いだ装備一式の入ったバックくらいだが、文化祭の入場口で手荷物検査などされるはずもなく、平和ボケした学園は酷く侵入もたやすい場所となっていた。


(普段ならそれなりに人の出入りに目を光らせているんでしょうけど、今日みたいな日にまで人の出入りを制限する訳にはいかない。オズの連中も一応襲撃に警戒はしているみたいだけど、それだって通報があったら駆け付けられる程度。まあ当然ね。襲われるかどうかもわからない、身近にボディーガードがいる人間に常に護衛を貼り付けられるほど彼らの手は足りていない)


 襲撃対象の周辺人物、以前取り逃がしたらしき第一成功例(プロトタイプ)の護衛体制の甘さをあざ笑いながら、水晶は襲撃の準備へと動き出す。まずは対象の居場所を掴まなければならない。方法はいくつか思いつくが、水晶自身は手っ取り早い方法の方が好みだ。


(さあ、楽しい断罪の始まりだぞ不忠者!! せいぜいあの方を失望させろ。主様の欲望を満たすのは、主様を愛する私だけでいい!!)


『ヤバいよエミちゃん!! とにかく急ごう。最短距離で案内するから!!』


『あっ!! 待ってアイちゃん!!』



 そして、直後の午後十三時四十三分二十一秒。新校舎一回の昇降口付近で、一つの魔力が智宏の感覚を震わせる。

 まるで日常の終わりを告げるように。

波乱の始まりを知らせるように。


 次回の更新は4日午後10時になります。

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