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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第三章後編 第三世界アース 学園編
74/103

15:十月四日

 一応『最新話』のリンクで来た方ように、更新の履歴を載せておきます。

 11:冷たく震える、絶妙な感触の抱擁 3日午前1時

 12:悪意ある助言 3日午前10時

 13:驚愕の宴 3日正午12時

 14:刻印使い以上 3日午後九時過ぎ

⇒15:十月四日 4日午前0時

 こんな予定ではなかった。

 そんな不満を内心に抱え、それに勝る恐怖を必死に押し殺して少年は暗がりの中を進んでいく。否、進んでいるはすだとしか言えない。すでに張り詰め切った少年の神経は、自身の足が本当に進んでいるのかすら少年に知らせてはくれないのだ。


「ねぇ、あんた本当に大丈夫?」


 少年の隣で、同じように不安げな顔をした少女がこちらに気遣いの声をかける。今日出会ったばかりの、できることならこれから末長くお付き合いいただきたい勝気な印象の少女。この場所の性質を理由につないだ彼女の手だけが、今の少年の感じられる唯一の皮膚感覚だった。


「あ、ああ。大丈夫、大丈夫。こんなの、ちっとも、全然、平気さぁっ!!」


「いや、声上ずってるんだけど……」


 少女の白けたような、呆れたような声を耳にして、ようやく少年も焦りを取り戻す。このままではまずい。せっかくいいところを見せようとこんな場所に来たというのに、これでは全く逆効果だ。


「大丈夫だってば、ちょっとここが寒いだけさ。汗が冷えて風邪を引くかもしれない。早いところここを出るとしよう!!」


「あー、うん、それは賛成。ちょっとここ雰囲気出すぎだし……」


「そうか、それじゃあそうしよう!!」


 少女の控えめな賛成を受けて、少年はようやく勢いを取り戻し、歩く足を早めにかかる。できるだけ目や耳から入ってくる情報を脳から締め出し、手をつなぐ少女を引っ張るように歩いて目の前の扉に手をかける。

 廊下に出ると、先ほど道を塞いでいた机と椅子の山が左手に見えた。いったいどうやってバランスを保っているのか、めちゃくちゃに積み重ねられているように見えて、このバリケードは意外に強固な組み方をされているらしい。隙間から向こう側、先ほど少年たちが通って来た廊下が見えるようなこともないし、ちょっとしたことで崩れそうな危うさも感じない。

 と、少年がバリケードに注意を払いながら、それに背を向けて出口へと歩こうとしたそのとき、唐突に右足を誰かに掴まれ、引っ張られるような感覚に襲われて、少年はあっさりとバランスを崩して前へとつんのめった。


「うおっ、とっ、たっ」


 だが意外にも足を引っ張る力はすぐに消失し、少年は床に転ぶこともなくすぐさま体勢を立て直す。無様に転ばずに済んだことに安堵の息をつく少年だったが、すぐさま別におかしなことがあると気が付いた。足を引っ張る感覚は消えているのに、足を掴まれたような感覚が消えていないのだ。


「ひぃっ、ちょっ、それ!!」


「え?」


 引きつった声を上げる少女に少年もようやく自分の足を確認すると、そこには自分の足を掴む人間の腕が見える。普通に見ただけでも異常と言える光景だが、その腕にはさらに異常な点があった。腕には肘から上、もっと言えば本体であるはずの人間の部分が存在していないのだ。代わりに腕の先からはおびただしい量の血が流れ、薄明かりに照らされて肉と骨が断面として見えている。


「ひっ、いぃ、あ……!!」


 瞬間、少年の中でなにかが音を立てて崩れていくのがわかる。もはや思考は白く塗りつぶされてなにも考えることができない。否、一つだけ考えることができる。自分は今この場所にいてはいけないということだ。


「ぎ、ぃ、ぁあああああああああああ!!」


「あぁっ!? ちょっと!! うそでしょ!!」


 背後で少女が非難がましい悲鳴を上げるのにも耳を貸さず、少年は足を掴む腕を振り払うように地を蹴り、暗い廊下を全力で疾走する。もはや全てがどうでもよかった。今自身が考えなければならないことが何か、そのたった一つの答えだけが頭にあった。


(出口ィッ!!  出口!!  出口!!  出口!!  出口ィイイイッ!!)


 二十メートルほどを一気に走りぬけ、角を曲がって少年はようやくその場所を目に留める。どこの建物にもある、人が外へと逃げる姿を映した緑色の光。この場所の出口をしめすその光を見た瞬間、初めて少年はその光のありがたさを思い知った。

 だがそんな感慨は、次の瞬間にその場に響いた、扉を勢いよく開ける轟音とともに砕かれることとなる。少年が反射的に動きを止め、その場に立ち尽くしていると、開いた扉の向こうの闇からこの世のものとは思えぬ恐ろしい形相をした鬼が現れた。

 二メートルを超える長身にボロボロの衣服をまとい、薄汚れた裸足で鼻息荒く一歩を踏み出した大鬼は、踏み出した瞬間にはそばに立ち尽くす少年に視線を向けた。


(……ちがう、ちがう、ちがうっ!!)


 金縛りにあったように動かないからだに反し、少年は内心で必死にそう言い聞かせる。何がどう違うというのか、肝心のそれはさっぱり思い出せなかったが、それでもちがうと自分に言い聞かせることのみが今の少年にとって心の支えだった。

 それでもそんな支えは二秒と持たなかった。なぜなら少年が、大鬼の右腕に掴まれたそ(・)れ(・)に気付いてしまったから。


「……い、い、い……」


 掴まれていたのは、小学生くらいの小柄な少女。小学校の物らしい制服に身を包んだその少女は、大鬼に頭を鷲掴みにされ、そこからおびただしい血を流しながらも、まだ生きているのか震える腕を必死に少年へと伸ばしていた。

 まるで助けを求めるかのように。既に聞きとることもできない、空気の漏れるような声で何かを訴えながら。


「あ――」


 そこまでが少年の限界だった。自身に近づく大鬼の次なる一歩を視界にとらえながら、しかしそれを認識することなく、少年の意識は闇へと落ちていった。






「作ってるときは気付かなかったんだけどさ、あたしらのお化け屋敷って学校の文化祭のレベルを超えてない?」


「ん? アイ、今頃気づいたのか? 俺はみんなとっくに気付いてると思っていたんだが……」


「そうなの? 私は他の学校の文化祭って見たことないからわからなかったんだけど……?」


「まあ、シオはそうだろうな……」


 倒れた少年を運び出し、置き去りにされた少女を送り出す間に、智宏はミシオや愛妃、鋼樹らとそんな会話を交わしていた。ちなみに現在七つ目の不思議は、気絶した少年を運び出すために一時的に営業を停止し、中は明かりがつけられている。


「それにしても、今ので何人目だ? 学校の文化祭で人を気絶に追い込むお化け屋敷なんて聞いたことないぞ」


「今ので四人目。それも全員が鋼樹の目の前で気絶してるよ」


「そんなに俺の姿は恐ろしいのか……」


 無慈悲に突きつけられた真実に、大柄な体にボロボロの衣服をまとった鋼樹はガックリとうなだれる。ちなみに衣装はフランケンシュタインをイメージした代物だが、なぜか見る人間は一様に鬼だと思い込んでいた。その事実だけで彼が客たちからどういう目で見られていたかがうかがえる。

 もっとも、彼一人が現れただけではここまでの犠牲者は出なかったかもしれないが。


「っていうか納得いかないんだけど、なんであたしの衣装は初等部の制服なんだ? 兄ちゃんの被害者役ってのも気にくわないけど、そこが一番引っかかるぞ」


 そう言って鋼樹の恐ろしさを引き立てている存在、言葉の通り初等部の制服に身を包み、頭から血糊を流した愛妃が頬を膨らませる。ちなみに今の彼女は髪の毛を完全に降ろして、所々乱れさせていた。兄の鋼樹はこの状態に不満があるようだったが、下手にきれいにセットすると被害者としての見た目が崩れてしまう。


「そもそもみんな、兄ちゃんのことを怖がりすぎだろ。今の奴なんか、あたしがこっそり『あんみつ食べたい、あんみつ食べたい、あんみつ食べたい』って連呼してたのにも気づかず気絶しちゃったぞ」


「いや、そこは真面目にやれよ」


「っていうか、やっぱりやられ役なんて性にあわねぇ。どうせなら兄ちゃんやっつける役がいい。なあ兄ちゃん、今からでも役柄変えないか? 衣装そのままでいいからさ」


「……やめておこう。酷く雰囲気を壊す気がする」


 愛妃の提案に一瞬考え込むそぶりを見せたものの、流石にまずいと判断したのか鋼樹は残念そうに首を横に振った。確かに初等部の制服を着た小柄な少女が二メートルを超える鬼フランケンシュタインをのしている図など喜劇にしかなりえない。特にこのお化け屋敷は入り口から先に進むにつれて徐々に客をお化け屋敷という環境に引き込んでいくように計算されているため、下手にどこかがふざけると客が一気に現実に戻ってしまうのだ。結華の立てた企画でそんなことをすれば後々どんな報復を受けるかは考えるだけでも嫌な想像だった。


「まあ、二人がそこまでやってレベル下げた方が学校の文化祭としてはちょうどいいかもしれないけどな。何しろ気絶した四人の他にリタイヤしたのが二十一人、さっきみたいに破局したカップルなんて五組もいるんだ。もともと校舎のワンフロアを丸ごと使った企画だから結構なものが作れるだろうとは思ってたけど、この結果はいくら何でもやりすぎだ」


 もともと今年の特別企画である『七不思議イベント』は、通常教室一つで行うお化け屋敷を校舎のワンフロアを丸ごと使って行えるという破格の条件から、通年よりも高いレベルの物が作れると予想され、同時に他の団体もそういった物を目指していた。これはイベントそのものを宣伝に利用したい学園側が、七不思議イベントにかなり予算を出していることも一因となっている。

 通年より広いスペースで、通年より多くのに予算を使えるとなれば、通年よりもできるもののレベルが上がるのは当然と言えば当然なのだ。

 が、智宏達『七つ目の不思議』は、それ以上にレベルを上げる要因が二つ、というよりも二人存在していた。言うまでもない、企画立案の三条結華と現場監督になってしまったハマシマミシオである。

 当初こそ智宏達に実現不可能な企画を見せつけて嫌がらせをしようなどと考えていた結華だったが、常識はずれの設計、作業能力を持つミシオの存在を知り、企画が実現可能になると知るやその態度を一変させた。勢いに乗り調子に乗り、次々と計画に修正を加えると、彼女お得意の悪辣な手法による究極のお化け屋敷を作り始めたのだ。

 客の注意を他に向けさせての不意打ち、客にここは『そういう場所』なのだと思いこませ、作りものであることを忘れさせる雰囲気作り。陰惨かつ本物と思い込むほどリアルな小道具の数々。人間を追い詰めることを至上の喜びとするあの魔女は、このお化け屋敷というイベントにとってうってつけの人材だったと言える。

 もっとも、行き過ぎた仕掛けや明らかに身内を狙った仕掛けなどを仕掛けようとするうえ、なぜか顧問の式観原先生が毎回それに引っ掛かるため、智宏はそのフォロー、阻止、後始末に毎日のように駆り出されるはめになったのだが。


「トモヒロ、まずかったかな?」


「ん?」


「お化け屋敷、こんな風にしちゃって」


 昨日までの惨状を思い出してげんなりしていたせいか、隣で不安そうな顔をしたミシオがそんなことを言ってくる。ちなみに今彼女は、白い着物を左前にまとい、頭に件の血糊斧を突き刺している。情けないことに智宏は相変わらず着物が似合うなと思いながらも、死に装束をまとった人間に似合うとは言えず、ミシオを素直に褒めることなく感想は保留にしてしまっていた。


「いや、シオは良くやってくれたと思うよ。シオがいなかったらここまですごいお化け屋敷にはならなかったと思うし」


「でも、やりすぎなんでしょ?」


「それはあくまで魔女先輩の話だよ。シオはむしろあの先輩の無理難題によく答えてくれたと思うよ。シオがいなかったら多分僕らはここまですごいお化け屋敷は作れなかっただろうし」


「ああ。浜島さんがいてくれたおかげで助かった。おかげで魔女先輩の嫌がらせの矛先が俺達からお化け屋敷に来る客を脅かす方向にそれてくれた。いくら感謝してもし足りない」


「そうだぜししょー。お化け屋敷で人を気絶させられるなんてよっぽどすごくないとできないことなんだ。そこは自信持っていいよ!」


「……うん」


 智宏に続き鋼樹や愛妃にもそう言われ、ミシオは少し恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、安心したように僅かに微笑んだ。それは見ている智宏達が笑みを浮かべたくなるような、そんな淡い輝きのような笑みだった。


「さて、それじゃあそろそろ再開しそうだし、みんな配置につくとするか。後三十分もすればシオと愛妃さんは自由時間だから、それまでもう少し頑張ってくれ」


「おほー、もうそんな時間か!! どうりでお腹すくはずだ」


「トモヒロの自由時間は?」


「受付の交代はもう少し後だな。先に回っててくれれば後で合流するよ」


 ミシオの問いかけにそう返すと、同時に入り口付近から営業再開の声が響いてくる。それを聞いた鋼樹と愛妃が元の位置に戻っていくのを確認すると、智宏はミシオに『それじゃまた後で』と告げて入口へと戻ることにした。智宏の役目は入り口での受け付けだ。長いエルフのような耳という、見ようによっては神秘的で妖しげな外見を持つ智宏は、視界の利かない暗闇ではなく明るい外での客寄せに利用されていた。人と違う外見を見せものにされているようでもあったが、智宏も十六年の人生の中でこの耳との付き合い方を心得ている。こういうところで役に立つなら使ってもいいだろうなどと変に意識しないようにしていた。

 現在の時刻は午後の十二時三十一分。この後ミシオ達が休憩に行くまでの三十分の間に、『七つ目の不思議』はついに五人目の気絶者を出した。


 次回の更新は4日の午前7時になります。

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