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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第三章後編 第三世界アース 学園編
72/103

13:驚愕の宴

 一応『最新話』のリンクで来た方ように、更新の履歴を載せておきます。

 9:すれ違う意思 2日9時過ぎ

 10:来るべきその日に向けて 3日午前0時

 11:冷たく震える、絶妙な感触の抱擁 3日午前1時

 12:悪意ある助言 3日午前10時

⇒13:驚愕の宴 3日正午12時

 九月九日、それが本日の日付であり、同時にハマシマミシオの誕生日である。もっとも異世界人である彼女にはその日付は誕生日として馴染みのあるものではない。異世界イデアにはイデアの暦があり、その暦で自身の誕生日を記憶しているミシオにとって、九月九日が誕生日という認識は実はかなり希薄なものであった。

 だからこそなおのこと純粋に驚いた。それでなくてもちょっと目を離した隙にいつの間にか小さいながらもケーキやジュースが用意され、一緒に作業していた愛妃に連れられて行った瞬間に祝いの言葉を全員から告げられたのだからなおさらである。

 まだ本格的に改造の始まっていない端の教室で蝋燭に火をともし、明かりを消して部屋全体を暗くする。本来ならこの時間まだ日光を取り入れているはずの窓は、すでにミシオの仕掛けた暗幕によってその光を遮られていた。


「まさかパーティーの準備のためにこんなに早く暗幕をつけさせたんですか?」


「ええ。まあそういうことよ。この教室カーテンなんかはすでに外されちゃってて真っ暗になんかできないから」


「うむ。そういったお膳立てを結華は非常によくやってくれたよ。学園にケーキを持ち込む関係上先生に見つからないようにしなければならなかったのだが、その点についても何らかの(・・・・・)を打ってくれたようだしな。頭のいい友達がいてくれて私は嬉しいよ」


「まあ、そのあおりをもろに受けた先生には同情を禁じえないですけどね……」


 教室の中心で目を白黒させながらケーキの前に連れられて行くミシオを見ながら、智宏と結華、そしていつの間にか近寄って来た火観子がそんな会話を交わす。火観子は今日は生徒会の方の仕事に引っ張られていたはずだが、どうやらこのパーティーのためにこちらに合流してきたらしい。仕込みと段取りをこの魔女に任せていたという部分が智宏としては限りない不安要素ではあったが、どうやら結華はその分教師の式観原を追い出す手口を悪質化することによって帳尻を合わせていたらしい。


(……いや、まだそうと判断するのは早い、か)


 歩み寄った火観子に促され、ミシオが十六本の蝋燭を吹き消すのを見ながら、智宏はそう意識を引き締め直す。この魔女が人を喜ばせるためにこうも協力的になるはずがない。必ずどこかに落とし穴を用意しているはずなのだ。

 例えば、このサプライズパーティーをミシオ本人だけでなく、智宏までもが全く知らされていなかったという事実がそれにあたる。


「さて、お待ちかねのプレゼントタイムだ」


「プ、プレゼント?」


「そう。さあヨシトモ君、準備はいいかい?」


「……こういうことか」


 周囲の視線が自分に向けられるのを感じながら、智宏は隣に立つ魔女を睨む。すると当の本人はこの日一番の邪悪な笑みを浮かべいやらしい口調で智宏に耳打ちしてきた。


「それでぇ? プレゼントはちゃんと準備して来たのぉ? まさか忘れたなんてことはないわよねぇ?」


「それ以前に僕はここでプレゼントを渡すなんてこと今初めて聞いたんですが」


「あらぁ、言ってなかったかしら? でもありえないわよねぇ? あんなかわいい娘の誕生日に、プレゼントの一つも用意してないなんて?」


「……生憎でしたね。普通にありますよ」


 小声でそんな会話を交わし、智宏は手元の鞄から一つの包みを取り出す。他人がいるところで渡すと何かとうるさそうなので隙を見て渡そうと思っていたプレゼントだったが、まさかこんな衆人環視のもとで渡す羽目になるとは思わなかった。

とはいえ、恐らくここで渡すプレゼントが無く、場が白けることを期待しているだろう魔女の思惑に乗るのも癪である。いい機会が巡って来たと考えて普通に渡してしまうのが吉だ。


「あー、シ、シオ。誕生日おめでとう」


「え、あ、えっと……、ありがとう」


 戸惑った末に小さく礼を言うと、ミシオは包みを受け取って愛おしそうにそれを胸に抱く。周囲に手芸部員を含め二十人ほど人がいる状態でそんな反応をされるのは気恥ずかしいものがあったが、それでもその表情はプレゼントしてよかったと思えるものだった。

 智宏が一歩、ミシオから距離を取ると、最近仲良くなったらしきミシオと同学年の少女達が入れ替わるように近寄ってくる。


「開けてみなよ、シオちゃん!!」


 その内の一人、ショートカットの髪型をした活発そうな少女に促され、ミシオは包みを丁寧にはがしていく。智宏がその様子に再び顔が熱くなるのを感じて視線をそらすと、箱が空いたらしく少女達からささやかな歓声のような声があがった。

 智宏がプレゼントしたのは『バレッタ』と呼ばれる、髪をはさんで纏めるタイプの髪飾りだ。表面に花の飾りがあしらわれたデザインで、智宏としては普段ゴムで髪をまとめているミシオにいいのではないかという考えのもと、店の店員と相談して決めた精一杯のチョイスだった。

 とりあえず周囲とミシオ本人の反応から自分が間違わなかったことに安堵し、視線を戻すと、ミシオは周囲の少女たちにせがまれて降ろしていた髪を頭の後ろで一纏めにし、さっそくバレッタでまとめて髪型を変えていた。

 一通り整え終わると、それを待っていたように周囲から拍手が上がる。


「さて、プレゼントが終わったところだし、そろそろケーキとジュースで乾杯して、このささやかなパーティを締めくくるとしようか。あまり騒ぎすぎるなよ。先生は結華が足止めしてくれたらしいが、騒ぎを聞きつけて他の先生が来ても面倒だ」


 火観子のそんな言葉に、室内にいたメンバーはいつの間にか用意されていたジュースと紙コップ、そして紙皿とフォークを分配し始める。最終下校時刻まではそう時間もない。今はとにかく証拠品(ケーキ)の始末をしてしまうべきだろう。

 こうして、教師のいない一部の生徒たちだけのささやかな宴は、ばれることなく静かに終わりを告げた。



……、

…………、

………………、

……………………のだが、


「……で、いったい何をしやがったんですか?」


 顔面の筋肉がヒクつくのを感じながら、智宏は冷たい声で魔女にそう問いかける。問われた魔女はといえば、まるで悪びれもせずに満足そうな笑みを浮かべている始末だ。念入りな前準備はしても後始末は考えないこの魔女に求められることは、ただただ素直で正直な罪の告白だけである。それとてよほど機嫌がいい時でなければ望めないが、今は大層機嫌が良かったようだ。


「ジュースにこっそりお酒を混ぜたのよ。本当はもっといい感じの効果を期待してたのよ? それこそ酔いつぶれれるのが一人なんてつまらないから全員潰すくらいの勢いで」


「すでに四人もつぶれてます。それもたかだか三十分で、です。勘弁してください」


 心なしかいつもより重い頭でこの後どうするかを考えながら、智宏は周囲の被害を視界に収める。つぶれている四人のうち三人はとりあえず何とかなりそうだった。他の生徒達に介抱され、動けるようになったものから既に火観子の指示で下校(てったい)を始めている。いくら何でも学校内で酒を飲んだなどとばれれば本当にこの団体がただでは済まない。その責任者であり、今年の文化祭企画の総元締めでもある火観子がいる分なお最悪である。


「っていうか、なんで他の手芸部メンバーは大丈夫そうなんだ? 見たところだれ一人顔色すら変わってないようだけど」


「ん? ああ、みんな警戒してちょっと慎重になってたんだろう。何しろ魔女先輩には夏休みに酷い目にあわされてるから」


「っていうか聖人? そう思うなら教えてくんない? こっちは『先輩が触れてないから大丈夫かな?』とか思って食べちゃってたんだけど……」


「はっはっは、トモもまだまだ甘いねぇ。あの先輩、口にできるものなら自分で触れなくても仕込むって。自分で触れなかった分今回なんてましな方さ」


「お前ら夏休みに何があった……?」


 脳裏に生まれる怖いもの見たさの好奇心を抑えながら、智宏はようやく現実逃避をやめて本題へと回帰する。とはいえ、現状できることとやることは限りなく限られていた。


「まあ、最悪の場合は魔女先輩を生活指導(まじょがり)に引き渡すだけなんですが」


「嫌よあんな筋肉爺に引き渡されるなんて。筋肉がうつるわ」


「……筋肉爺って誰のことです? 今の生活指導って女性なんですが……?」


「あら? そうなの? 私関わったことが無いからわからなかったわ」


「……さりげなく驚異的なことを言わないでください。ってそうじゃなくて、今はこっちをどうするかです」


 うまく働かない頭で強引に話を元に戻し、智宏は酔い潰れた四人のうち唯一何ともならない完全撃沈状態の最後の一人に視線を向けた。

 向けた視線の先では頭に斧が突き刺されてそこからおびただしい血を流し、壁に寄り掛かって座り込み、ぴくりとも動かない本日の主役、ハマシマミシオその人が存在していた。

 もちろん頭にささっている斧は結華が持ってきた偽物であるし、ミシオが動かないのもただ酔わされて寝ているだけなのだが、傍から見ればどう見ても死体そのものである。

 智宏としては、まず真っ先に一言言いたい。


「……なぜ斧まで刺した?」


「悪ふざけ」


「……」


「お酒飲ませたら急に倒れたからつい」


「……」


 もはや何を言っても無駄だと、そう智宏の疲れ切った精神は答えを出した。とりあえずミシオの頭から血ぬられた斧を引っこ抜き、ほとんど現実逃避的にその様子を観察する。


(そう言えば前にエデンで酔い潰れたときもこんな感じだったな)


 過去に一度見た光景を思い出し、智宏は静かな衝撃に襲われる。確か以前も間違えて酒を飲んだ際、ミシオは急に倒れこんで死んだように眠っていた。そして今回はと言えば、後から行われた魔女の悪ふざけのおかげでほとんど死体のように眠っている。どんな星のもとに生まれればこんな事態になるのかは実に興味のある話だった。


(まったく、酔うと死体のように眠るって、なんかの冗談みたいだな。酒にもやたら弱いみたいだし……、っと、現実逃避もそろそろ終わるか)


 しばらくボーとっそんなことを考えた後、智宏は重い腰を上げる気分でそう決断を下した。とりあえずこの場はそう急にミシオを起こして下校しなくてはいけない。こんなところを教員に見つかれば何かと面倒になるし、ミシオが眠ったままでは背負いでもしなければ家に帰れない。ひとけのない道ならともかく、電車通学の智宏達にそれは避けたい事態だった。


「おーい、シオ、帰るぞ。眼を覚ませー」


 軽く肩を揺さぶりながらそう呼びかけると、その甲斐あってかミシオはわずかに反応を示し、瞼を重そうに持ち上げてトロンとした目でこちらを見てきた。

 その表情に思わず視線を逸らし、『頭の血糊も洗い落とさなくちゃな』などと思考も横にそらした智宏だったが、その思考はすぐさま目の前の少女へと引き戻されることとなった。

 まさしく思考と視線をそらした隙を突くように、ミシオが智宏にしなだれかかって来たことによって。


「ちょっ、ミシ、オォォォォォォッ!?」


 驚き、慌てて受け止めようとするがもう遅い、しゃがんでいた智宏の態勢は人間一人を支えるには既に心もとないほど傾いており、智宏は体勢を立て直せないまま床に倒れ込む羽目になってしまった。

 瞬く間に周囲に残っていた手芸部の仲間たちから感嘆の声が漏れ、放たれた視線が仰向けに転がる智宏の顔面へと突き刺さる。


「あらあらぁ、私としたことが自分のいたずらで他人を喜ばすことになるなんて、ちょっとした屈辱だわぁ、どうしたらいいかしら」


「べ、別に喜んでません!! っていうか、これ以上問題を起こさないでください!! 今日はもう最終下校時刻です!!」


「ははは、やはり君たちは仲がいいな。うんうん、友達同士の仲が良くて私もうれしいよ」


「火観子先輩!! 呑気に笑ってる場合ですか!! ってうかミシオ、目を覚ませ!! そしていったん離れて痛い痛い痛い!!」


 ミシオの拘束から逃れようとして身をよじった瞬間、しがみつく力が締め付けると形容するべきレベルにまで引き上げられ、思わず智宏は悲鳴を上げる。

 もともとミシオは華奢で儚げな見た目に反して同年代の少女と比べればかなり力が強い。それは以前いた自分の世界で異常な状態の中で生きるうちについてしまった力である訳だが、酔い潰れた現在、ミシオはその力を容赦なく手加減抜きでしがみ付くことに使っていた。


「シ、シオ、ミシオさん。まずは離れて、せめて緩めて!! この状況でこの状態になるのは何一ついいことが――ぃひゃぁあっ!!」


 何とかミシオの拘束から脱しようとしていた智宏だが、そんな努力はその強烈な感覚と喉から漏れた情けない悲鳴によって中断されることとなった。ミシオは智宏に引き離されそうだと悟ると、なんと智宏の首筋に噛みついて抵抗してきたのだ。流石に本気で噛みつかれはせず甘噛みではあったが、それでも強烈な感覚であることに変わりはない。


「止せ、いろいろとまずい!! 何一つとしてまずくないものが無い!! っていうか死んだように眠ったあと人に抱きついて噛みつくって、お前はゾンビか!!」


 新発見だった。どうやらミシオは酔うとゾンビ化するらしい。

 と、智宏とミシオが生暖かい視線の中での必死の攻防を繰り広げている所に、廊下で見張りをしていた愛妃が飛び込んでくる。ちなみに今日の彼女の髪型はツインテールだった。


「まずいぞ先輩たち!! 先生がこっちに向かってる!!」


「なんだとぉ!?」


 愛妃の言葉に、一切の身動きの封じられた智宏は悲鳴のように反応する。入って来た愛妃は愛妃で智宏とミシオの状況に唖然としていたが、事情を理解している他の面々は思いのほか冷静だった。


「さて、それでは早々に撤収するとしよう。今の状態の美潮君を先生に見られる訳にはいかないからな。聖人君、片づけの方は?」


「あ、はい。済んでますよ」


「そうか。言っておくがジュースやケーキのゴミは学内には捨てるなよ? 証拠隠滅は完ぺきにだ。よし、それでは荷物をまとめろ。先生への対応と鍵の返却は私がやる。君達は先生たちと鉢合わせないようにまっすぐ帰りたまえ」


「ちょ、ちょっと待ってください。僕とミシオはどうするんです!?」


「ああ、そうだったな。鋼樹くん、運べるかい?」


「む? そうだな。二人くらいならなんとか」


「は?」


 智宏が意味を理解出来ずに間抜けな声を出すと、鋼樹はそんな智宏をしがみついたミシオごと抱えあげた。人に抱きつかれたまま抱えられるというのはそれはそれでレアな経験だったが、それでもしたい経験ではない。


「うむ。力持ちの友達がいて私は嬉しいよ。それでは撤収だ。三人の荷物は悪いが聖人君と愛妃ちゃんに頼む。結華は……、何もしなくていいぞ。なにもせずまっすぐ帰りたまえ。ではまた明日」


 火観子がそう宣言したその瞬間、殿として残る火観子本人と智宏の意思を置き去りに、手芸部のメンバーが一気に帰宅すべく散っていく。

 夏の間に一体何があったのか、彼らは明らかにトラブルに慣れきっていた。


 次回の更新は3日の午後9時以降になると思います。

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