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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第三章後編 第三世界アース 学園編
71/103

12:悪意ある助言

 一応『最新話』のリンクで来た方ように、更新の履歴を載せておきます。

 8:異世界人のジェンダー論 2日昼12時

 9:すれ違う意思 2日9時過ぎ

 10:来るべきその日に向けて 3日午前0時

 11:冷たく震える、絶妙な感触の抱擁 3日午前1時

⇒12:悪意ある助言 3日午前10時

「と、いうわけで、失神した式観原先生に変わって苦情を言いに来ました」


「そう、あなたも大変ね」


 作業を行う生徒が荷物を置く旧校舎中央塔の一教室で、智宏は黙々と巨大な鞄をあさる三角帽子の魔女に詰めよっていく。ちなみに室内に他に人はいない。誰も魔女に近寄りたがらないこの状況は、智宏にとって一騎打ちのような印象を与えていた。


「『大変ね』じゃねぇよ!! 一体どうやって作ったあんなこんにゃく!! なんだ等身大で人型って!! あれだけでやりようによってはテレビに出られるわ!!」


「……あなた、苦情を言いに来たんじゃないの?」


 智宏が思わず放ったそんな一言に、結華はことの原因とは思えないほど常識的な答えを返す。言われた智宏は咳払いと共に仕切り直しを図ると、改めて本来の目的である苦情申し立てを行うことにする。


「まったく、予定外の仕掛けを増やさないでくださいよ。それもほとんど人に知らせずにやるなんて。引っかかったら危ないじゃないですか」


「心なしか棒読みに聞こえるのは言っても無駄なことが分かってるからかしら? それともわざとやってることがバレてるから?」


「両、方、です!! やっっっぱり、引っ掛けること目的に仕掛けてやがったんですね!! 正直僕はミシオに仕掛けることを教えてたことに違和感がつきなかったくらいですよ!!」


「仕方ないじゃない。あの娘私の予想以上に優秀なんだもの。みんなに言ってるんだと思わせなければ見破られて他の人達(えもの)に注意しちゃうわ」


 どうやら確実に見破れそうなミシオにはあらかじめ教えることで、他の人間も既に知っていると思いこませる腹だったらしい。そして実際、その狙いは見事に当たっている。ミシオは式観原が引っかかった後、本当にみんなが知っているのだと思っていたと証言しているのだから。


「っていうか、さっきからなにしてるんですか? やたら大きなカバンですけど、こんにゃく入れてきたのってそれですか?」


「いいえ、あれはまた別のバック。重くて大変だったのよ。さすがの私も魔法が使えるわけじゃないから来る時なんて汗だくのへとへと」


「まあ、あのこんにゃく結構な重さでしたからね……」


 仕掛けられていた巨大こんにゃくはワイヤーで天井に繋がれ、誰かが対応した仕掛けに触れると滑空して触れた人間にぶつかっていく――胴体の衝突と同時に手足が前に投げ出されるため、衝突された人間はこんにゃくの手足に抱きつかれる形になる。つくづく芸が細かい――という代物だったのだが、かなりの重量があるため、一回仕掛けを起動しただけで体のあちこちが千切れかけていた。抱えるだけでも結構な重さがあり、身体能力的には普通の女性であるはずの結華が持って来られたのが信じがたいくらいである。


「まあ、僕としてはあなたが企みを一つ断念してくれるならこんにゃくには十倍の重さがあっても構わないんですが……、それで、そっちの鞄は一体なんです」


「ええ、ここで使えるかと思って前に作ったおもちゃを持って来てみたの。例えばこれとか」


 そういって、結華はカバンの中から出した何かを智宏めがけて軽く放り投げる。智宏がそれを受け取るべきか避けるべきかを一瞬吟味し、猛烈な嫌な予感を持ったままどうにか受け止めると、ようやく投げ渡されたそれの正体がわかった。

 肘の少し下あたりから切断された、人間の腕だった。


「…………………………偽物、ですよね?」


「触ってみてわからない?」


「いえ、確かに手触りは偽物臭いんですけど、切り口が普通に肉と骨なので……」


 全身の毛穴が開き、汗腺という汗腺から粘りつくような汗が流れるのを感じながら、どうにか智宏はそう言葉を作る。流れる汗の感覚は、まるで自分が溶けていくかのような不気味さを感じさせていた。


「とりあえず、電話しなきゃいけないところができたんで、してきていいですか?」


「ダメよやめて頂戴警察はまずいの本当にダメ」


「っ、本物ぉっ!?」


「いいえ偽物よ。断面に見えてるのは鳥肉とその骨。まごうことなき偽物なのよ嘘じゃないわ」


「慌て方が嘘にしか思えませんけどっ!?」


「いえ、それがね、私以前にもそれを作ったことがあるのよ。ちょうど去年の夏休みごろなんだけど」


「いや、それがどうしたって……、待ってください、去年の夏?」


 結華の言葉に、智宏は去年このあたりで起きた一つの騒ぎを思い出す。実はこの歴葉市内では、去年ゴミ捨て場から人間の手首が発見されるというかなりショッキングな事件があったのだ。当時智宏もテレビで見て驚いたのだが、周囲の反応はもっと強烈で、平和な町で突如バラバラ殺人が起きたのではないかと上へ下への大騒ぎとなった。

 だが、この話には一つの、それこそ一年やそこらで忘れてしまうようなオチがつく。ことの発端となった手首というのが、発見から数時間ほどで偽物と分かり、事件は恐るべきバラバラ猟奇殺人からたちの悪いいたずらへとその格を落としていったのだ。別に格が高い事件だった方が良かったわけではないが。

 そして今智宏の目の前に、見た目だけなら本物そっくりの人間の腕がある。


「……まさか、あの事件って」


「……ええ、流石に反省はしているわ。見つけた人間が右往左往するのは見ていてすごく面白かったけど、流石に警察を巻き込んだのはやり過ぎた。警察もまだ捜査してるってほど暇じゃないみたいだけど、ばれたら面倒なお説教よ。そんな時間の無駄はさすがに避けたいわ」


「あんたもう捕まっちまえよぉおおおおおおおおおっ!!」


 智宏の魂の叫びに、しかし結華は『嫌よ』と短い回答のみで返事を済ませ、つかつかと近寄って智宏から偽物の腕を奪い取る。不気味極まりない、ある種お化け屋敷にはもってこいの代物を手放せたことに一瞬安堵する智宏だったが、その安堵は次の瞬間には結華が離れたことでカバンが倒れ、それによって見えたその中身によって粉々に砕かれた。


「…………なんで鉈やらナイフやらが入ってるんですか?」


 鞄から飛び出す大量の狂気の、否、凶器の数々に、智宏はようやくその言葉を絞りだす。同時にこれだけ大量の金属が入っていたらそれこそこんにゃくどころではない重さになるのではないかと思ったが、不幸にもその疑問はすぐに解決した。

 凶器の中の一つである手斧を結華が掴み、それを智宏めがけて振りかぶって来たことによって。


「ぃいいっ!!」


 反射的に額に魔力を流しそうになるのを理性で抑え、智宏はこの夏経験することになった危険と比べてもそん色ないその一閃を、ギリギリ頭を下げることで間一髪回避する。目標を見失い、それでも無造作に振るわれた結華の手斧は、智宏の横にあった旧校舎の柱の角にぶつかり、盛大に鮮血をぶちまけた。

 一瞬前まで白かった壁が真っ赤に汚れ、智宏の頭の上で結華が舌打ちしながら手斧を引き戻す。血を払うようにふるわれた手斧の刃は、しかし先ほどとは大きく形が変わり、その中心部が半円状にくりぬかれていた。


「つ、作りもの、ですか?」


「ええ、そうよ。見た目は結構よくできてるけど、中に血糊が仕込まれていて、刀身の部分がカチューシャみたいになってるの。本当は脳天に真上から振り下ろすと頭に斧が突き刺さって血まみれって感じを演出できていいんだけど……」


「だからって振り下ろさないでください!! 作り物とはいえやっぱり危ないでしょう!!」


「いいえ、それがそうでもないのよ。もともと舞台とか映画撮影で使う小道具としてネットで売られてたものだから、頭に叩きつけても怪我とかはしないのよね」


 最後に『残念なことに』と付け加えたそうな結華に『それでも汚れるのでやめてください』と言い渡し、智宏は別の教室に雑巾をとりに行く。バケツに水を汲んで雑巾を濡らし水拭きると、壁と血糊、どちらの性質によるものなのかあっさりと汚れは落ちていった。これならから拭きでも行けたかもしれないなどと考えていると、背後で手伝おうともしなかった結華が声をかけてくる。


「以前から思ってたんだけど、あなたってつくづく貧乏くじを引くわよね」


「貧乏くじそのものであるあなたが言わないでください」


「いえね、これは少しだけ真面目な話なのよ」


 予想とは少し違う雰囲気に智宏が振り返ると、口元に微笑を浮かべた結華がトレードマークの三角帽子をもてあそんでいた。その表情は智宏に、いたぶるネズミを見つけた猫のような印象を感じさせる。よくない兆候だった。それもものすごく。


「さっきも言ったように以前から思っていたんだけど、あなたって面倒な仕事とかを積極的にやりたがるわよね。今だって私に文句を言いに来るなんて面倒以外のなにものでもないのに、こうしてわざわざ私のところに来ている」


「別に悪いことではないでしょう?」


「ええ。まあ悪いことではないわ。私と違って貴方は日ごろの行いがすごくいい。でもその反面、あなたは人に頼ることをほとんどせず、逆に他人の仕事まで背負おうとしているように見える」


「別に、僕だって人に頼ることはありますよ。一人でできることなんて限度がありますし」


「でも一番厄介なことは自分が引き受ける」


 あくまで軽い感じで言い返す智宏に、結華はまるで突きつけるように次の言葉を放つ。まるで城攻めの前に外堀を埋めるように。まるで王手の前にほかの駒を奪っていくように。


「察するに貴方は自分と他人の間に損得による繋がりが欲しいではないかしら? 『あいつと付き合っていると得だ』とか、『いざとなればあいつを頼ればいい』みたいな繋がりを欲しているから、積極的に自分を売り込もうとする」


「そんなことをして、僕に一体何の得があるんですか……?」


「得なんてないわよ。あなたには少しも得なんてない。ただ安心はできる。自分が他人に何かをしている限り、他人は自分から離れてはいかないと思えるから」


「……」


 つきつけられた言葉に、智宏は反論の言葉を探してわずかな間黙りこむ。だが、本来なら反論などする意味がないことに気付かぬまま、明確に相手の言葉を否定できる言葉を見つけられぬまま時間が経過し、時間切れとばかりに結華が続く言葉を紡ぎ出した。


「他人はあなたのことを『お人好し』と呼ぶかもしれない。もっといい感じに『いいやつ』、『頼れる奴』というかもしれないし、『お節介』だと思いつつ頼るかもしれない。そう言えば最近ミシオちゃんには『過保護』よね?

 でも私に言わせれば、私らしく悪意的に解釈すれば、要するにあなたは友情だの絆だのみたいな、確かな形のない人間の精神的な繋がりをあまり信じていないのよ」


「信じて、いない……?」


「ええそうよ。だからあなたはそれより確かな『実績』を欲している。そういう意味じゃ火観子なんかと貴方はまるで逆ね。あの娘は人の絆の確かさを知っているのに対して、貴方は人の絆の不確かさを知っている。流石に原因まではわからないけどね。

それこそ奇抜なエルフ耳をしてるんだし、それでなにもない訳じゃなかったんでしょう? 

あるいは自覚が無かったのなら、それこそ自覚できない些細な積み重ねから生まれた価値観なのかもしれない。まあどうでもいいわ。今の世の中なら、そういう価値観が珍しいなんて思わないしね」


「え?」


 結華の言葉に、智宏は思わず疑問の声を上げる。反論することも忘れたまま。否定の根拠も見つからぬまま。


「今の人たちって、特に私たちくらいの学生って、あんまり深い付き合いをしないでしょう? 顔の見えないネットでの会話が氾濫して、顔を合わせてもあたりさわりのない話ばかり。衝突を病的なまでに避けて、あまり確信に近いことを言う人間は『空気が読めない』なんて言って排除したりする。

ふふっ、この言葉を最初に考えた人間は罪深いわよね。こんな浅い付き合いばかりの世の中で、どうやって友情なんてものを感じられるというのかしら?

 空気なんて本来読むものじゃないわ。陸上生物として生まれた以上空気は吸って吐くものよ」


 どこにいるのかもわからない他人を皮肉りながら、結華は一人楽しそうに笑みをこぼす。

 一方で智宏はと言えば、掌にいつの間にか汗がにじんでいるのを自覚しながら、ほとんど思考せずに口から言葉を漏らしていた。


「あなたは一体、何が言いたいんですか……?」


「え? 別に言いたいことなんてないわよ。わかるでしょう? 私はあなたの痛いところをつっついて遊んでいるだけ。別にこうした方がいいみたいな説教を偉そうに語るつもりもないし、その程度、わざわざ矯正する必要があるとも思わない。……ああ、ただ、一つだけ聞いておきたいことはあるわね」


「聞いておきたいこと?」


「ええ。人に頼られたい吉田智宏。人の役に立つ存在でありたい吉田智宏。でもそれって逆に言えば他人に頼るのが、もっと言えば他人の重しになるのが嫌ってことにもなるわよね?」


「……」


 投げかけられた問いに、智宏は否定も肯定もできないまま立ち尽くす。数瞬すると結華も答えは返ってこないものと割り切ったのか、いやらしい笑いを洩らして続きへと話を持っていった。


「もしもあなたが他人の重しになるのが嫌だというのなら、それじゃああなたの役に立ちたい、あなたに頼られたいと思っている人間とは、あなたはどう付き合っていくのかしらね? それってつまり、あなたとは決して相容れない相手ってことになるんじゃないかしら?」


「いるんですか? そんな人が」


「さぁ? いるかもしれないしいないかもしれない。いたとしても教えてなんてあげないわ。知ってるでしょう? 私はとっても意地悪なの」


 くつくつと笑いを洩らす結華に、智宏は何とか言い返そうと自身の中で言葉を探す。こういうとき顔に刻印の表れてしまう【集積演算(スマートブレイン)】の特性が恨めしかった。高速化した思考と完全化した記憶力の中からならそれなりの言葉をすぐに見つけられたかもしれないと、どうしても内心で思わざるをえない。

 だが結局、智宏が言葉を見つけられないまま、教室の外で集合を呼びかける声がする。


『おーい、みんな集まってくれ。ちょっと早いけど今日の作業はここまでだ』


「……え」


 智宏が慌てて時計を見ると、しかしいつも終わる時間までまだ三十分以上時間がある。そのことを智宏がいぶかしんでいると唐突にその肩が結華の手に叩かれた。


「今日のところはこれで終わりよ。早くいかないとみんなを待たせるわ」


「待たせるって……、ちょっと終わるには早すぎませんか? いつもだったらもっと作業してるでしょう?」


「仕方ないのよ。今日はこの後一つ予定があるんだから」


「予定?」


 智宏の疑問に、結華は先ほどとは違う、どこか邪悪さの薄い、いたずらっぽい笑みを浮かべて見せた。


「ええ。ちょっとしたパーティーがね」


 次回の更新は3日の午前12時です。

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