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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第一章 第一世界エデン
7/103

7:世界拡大

 申し訳ありません。

 一度アップした後、次話に使おうと思っていたシーンがあまりにも短いことに気付き、後からその部分も追加してしまいました。

「いだだだだだっ! 痛い痛い痛い痛い!」


「騒ぐなトモヒロ君。君はそれでも男か」


 そう言いながらハクレンが肩の傷口に薬を塗り付ける。その薬が傷口に染みて智宏は再び悲鳴をあげた。

 体を洗い、なんとかドレンナの臭いを落とした智宏達は、同じく臭いを落としたハクレンの治療を受けていた。

 とはいえ、智宏達がハクレンの家に着く頃には既にミシオの治療は終わって隣にベットに横たわって眠っており、ハクレンは驚くべきことに無傷。レンドも打ち身程度の怪我だったので、事実上智宏の治療がメインだった。

 そうしてようやく傷口を洗い、薬を塗るところまで行ったところで、智宏は恐ろしい事実に気付く。

智宏の傷は深刻なものでこそ無い、だが智宏が今まで負った傷の中では深い方であり、智宏の見立てでは縫う必要がありそうな規模であった。


(さて、ここで問題です。この世界には果たして麻酔があるのでしょうか?)


 薬を塗るまでで既にヘトヘトに成っていた智宏は頭をよぎった疑問に身を震わせる。早い話が麻酔なしで傷口を縫われるのではないかという不安だ。


「さて、さっさと終わらせようか」


「ち、ちょっと待って下さいハクレンさん! せめて、せめて心の準備を!!」


「そんなものいらんよ。ほら」


 そう言って肩の傷口を手で覆う。すると、暖かい感覚と共に痛みが急に薄れていった。


「え?」


 行われているのは文字通りの手当て。しかしながら、ただ手をあてているだけではないらしい。


(これは……、魔力?)


 ハクレンの手からは確かに魔力が感じられた。否、手だけではない。傷の周りからもハクレンの魔力と同じものを感じる。どうやらハクレンが自分の魔力を流し込んでいるらしい。


(魔力ってこんな使い方もできるのか。……あれ? でもこの世界に魔術は無いって聞いたような?)


 そんなことを考えていると治療が終わってからどこかに消えていたレンドが、部屋に戻って来た。片手になにやらたたまれた服のようなものを抱えている。


「ヘイ、トモヒロ着替え持ってきたぜ! ……ってまだ治療中か」


「……あぁ、それでいなかったのか。サンキュー。そこに置いといて」


 返事をしてからふと思いついて先ほどの疑問をレンドにぶつけてみることにした。理由はミシオの言葉の存在だ。

 先ほどのミシオの言葉を聞いた上で智宏が出した結論は、結局のところ「保留」だった。そもそも判断材料が少なすぎて結論など出せなかったのだ。

 それゆえの「保留」だ。だがいつかなんらかの答えは出さなくてはならない。


(そのためにはコイツのこととかもっと知っといたほうがいいだろう。それにあの娘に疑惑の根拠も聞かなきゃいけないな)


 疑惑が間違いであると考えることは簡単だ。だが一応の確認くらいはするべきだろう。できることなら解消しておくのも重要だ。これから共に元の世界への帰還方法を考えなければならない人間同士で、不信感を持ったままと言うのはあまりいただけない。

 そしてそのためにはあれこれと質問して嘘が混じっていないかを考えるほうが手っ取り早いのだ。もしもレンドが何か隠したり嘘をついたりしていればどこかに違和感が現れるはずだ。


「おいレンド、聞きたいことがあるんだが」


 智宏が声をかけると、レンドは「なんだよ?」と言いながら手近な椅子に腰をおろした。その態度にもやはり怪しいものは感じない。


「ハクレンさんの使ってるこの治療はなんだ? 魔力を使ってるみたいだけどこの世界に魔術は無いんじゃなかったのか?」


「ん? 何で俺に聞くんだよ? ハクレンさんに聞きゃあいいだろ?」


「いや、魔力の話ならお前かなと……」


「私としてはどちらでもいいと思うが、魔力云々が分かっているレンド君の方が適任ではないかね?」


 都合のいいことにハクレンもそう言ってくれる。実際は治療で手いっぱいなのかもしれない。


「まあ、ハクレンさんがそう言うならそれでいいか。んじゃ説明すると、それは『気功術』と言って『気』を使って肉体の治癒能力を強化する技術だ」


「気? 魔力じゃなくてか?」


「まあ、結論から言うと簡単な話で、俺らが『魔力』って呼んでるもんがこの世界では『気』って呼ばれてるんだよ」


「ってことは同じものなのか?」


「まったく同じってわけじゃないけどな」


 言われてみれば魔術を使ったときの魔力の感覚と、今肩に注がれている感覚は微妙に違うように思える。と、そこまで考えて智宏は一つの可能性に気が付いた。


「もしかして『魔力』と『気』が同じものってことはレンドや僕にも気功術ってのは使えるのか?」


 智宏としてはかなり期待を込めて聞いたのだが、残念ながらレンドは首を振った。


「生憎と俺たちには気功術は使えないんだ。正確には気功術と同じように魔力を操作することはできるんだけど、同じ効果は得られないってところかな」


「……どういうことだ?」


「料理をする時の材料の違いみたいなものとでも思えばいいのかな。俺達オズ人の使う魔術ってのは、自然界に存在する気体、液体、物体、熱、光、影みたいなそれらが生み出す自然現象を魔力から作り出す技術なんだ。さっきの【方位磁針(コンパス)】も魔力で作った鉄に、魔力で作った電気を帯びさせて磁力を発生させて作る」


「それに対して我々の使う気功術というのは主に四種類の気を肉体に流して、肉体の機能を強化する技術だ。筋肉に作用し腕力や瞬発力を上げる『筋』、骨や歯、爪や鱗に作用して硬度を上げる『爪』、感覚を強化する『感』、自然治癒能力を高める『血』の四種類だ。今私が治療に使っているのは『血』だね」


 治療しながらハクレンが説明を加える。気功術のことならこの世界の人間のほうが専門であるので自分が説明した方がいいと考えたのだろう。


「ちなみにこの世界の武器は『爪』で強化するためにほとんど生き物の骨や歯で出来てる。鎧も同じように鱗だな。他にも『筋』で肉体を強化して戦ったり、森に入る時に『感』で感覚を強化したりする」


「へぇ……、ってそうか、ハクレンさんがドレンナの実の臭いで気絶しそうになったって――――」


「あのときはちょうど鼻を強化していたのでね。臭いのおかげで強化をやめざるを得なかったが、そうしたら今度は魔獣に襲われるはめになった。ついていないとしか言いようが無いよ」


「……あれ? でも今僕は『血』の魔力……気を感じてますが、他の『筋』や『感』は使っていても感じませんでしたよ? 『筋』は場合が場合だったんで気づかなかったのかもしれませんが、『感』は目の前で実際に使ってたんですよね?」


 森での警戒に使うなら行き返りの道中は気功術を使っていたことになる。しかしながら智宏はハクレンから魔力の感覚はまるで感じなかった。その疑問をぶつけると、今度はハクレンではなくレンドが質問に答えた。


「それは肉体の中で行われてることだからな。肉体の外で行われる魔力の行使は結構感じやすいんだが、中での行使はかなり鋭い感覚の持ち主じゃないと感じられないんだ」


「私たちなら気を感じるための感覚そのものを『感』で強化することもできるからそうでもないのだがね」


「でも気功術が使えない俺たちはそれができない。っと、話も戻ったし、肝心の俺らが気功術を使えない理由に移るけど、肉体に魔力を流すことは俺らにもできるんだ。ただ――――」


「その流した魔力が肉体を強化する力を持っていないってことか?」


 智宏が自分のなかで思いついた答えを口にすると、レンドは一瞬驚き、すぐに笑みを浮かべて「そう言うこと」とつぶやいた。どうやら正解だったらしい。


「ついでに言ってしまえばエデン人にも基本的に魔術は使えない。こっちの理由は簡単だ。この世界の住人には魔方陣を展開するための【マーキングスキル】が無い」


「ああ、なるほど」


 魔術というのは【マーキングスキル】で描いた魔方陣が魔力に形を与えることで発動する。肝心の魔法陣が展開できなければ使用はできないのは当たり前のことだった。


「これは要するに人間が体内で変換している魔力の属性に関係しているんだ。生き物ってのは常に空気中に存在している魔力を吸収しているんだけど、そのまま使ってるんじゃなくて、体内で魔力の性質を使いやすい性質に変換しているんだ」


「それが、エデンの人間とオズの人間では違うってことか?」


「そう。エデン人は肉体系の属性、俺たちが【気属性】なんて呼んでるものに、俺たちはさっき言った【六属性】、その元となる【元属性】にそれぞれ変換している。どちらも大元にある属性を必要な属性に変換して使ってるんだけど、大元が違うから俺たちの魔力を体に流しても気属性の魔力と同じ効果は出ない。まあ、気功術も人によって得意不得意みたいな偏りはあるから、だれもが【感筋爪血】の四属性全部が使えるわけじゃないんだけどね」


「なるほど……」


「でも、逆に言えば属性の問題さえ解決すればお互いの技術を使えるんだ。現に、エデン人がすでに展開している魔法陣に魔力を注ぎ込むことで、魔術を発動させることには成功している。魔法陣の中には魔力を必要な属性に変換する機能が付いているからね」


「へぇ……。ってことはさ。ひょっとして魔術で気功術の真似事ができる可能性もあるの?」


「まあ、できるようになるかもしれないね。実際【六属性】しか知られてなかった頃と違って、それ以外の属性もいろいろ発見されてるし。それらと同じようにその属性に変換する方法が見つかれば魔方陣を介した身体強化もできるかも」


「それ以外の属性ってのは?」


「そっちはいろいろあるな。一般的なものだと、転移魔術に使われる【空間属性】なんかが有名だが……、どれも変換に大量の術式が必要でな。使おうと思ったら生身では展開できない大きさの魔方陣を張らなきゃならん」


「そんなのが一般的なのか?」


「人間に展開できない大きさの魔方陣を展開する技術があるんだよ。【儀式魔術】って言ってな。特殊な溶液に魔力を込めて地面に大きな魔方陣を描くんだ。後はそれに魔力を流し込めば魔術が発動するって寸法だ」


「よく考えられてるなぁ」


「同じ理屈で、簡単な術式を持ち運べるサイズに加工して、魔力を流すだけでその魔術を使えるようにする【魔石】って言う製品もある。実は村にそれが作れるダインって人が来ててな。今村のなかで作って人気を呼んでいるよ」


「それがさっき言ってた四人のうちの一人か」


 聞きながら智宏はダインという人物の情報を記憶しておく。魔石を作ることができると言うのがどうも特殊技能のようであることを考えると、ダインは職人か何かなのかもしれない。


「まあ、そんな感じで、魔力ってのはかなりの可能性を持つ存在なんだよ。【万能概念】って呼ばれてるくらいだからね」


「【万能概念】?」


「昔は【万能物質】じゃないかって言われてたんだけどね。炎が物質ではないと判ったあたりからそう言われ始めたのさ。魔力とは物質だけではなく、現象まで内包する概念なのではないか、ってね」


「へえ……」


 確かに炎というものは物質ではないというのは智宏自身聞いたことがあった。炎、もしくは火というのは燃焼現象の一部で、燃焼現象というのは簡単に言えば熱を伴う化学反応だ。そして熱自体も分子の高速振動という現象である。

 智宏が感心しているとハクレンが手当の終了を告げてきた。言われてみれば、傷口は完全にふさがり、痛みも消えている。若干の違和感はあるが、ほとんど全快といってもいいだろう。


「気功術で治療したからもう動かしても痛みはないと思うが、どうかね?」


「すごい……!」


「ではこれでおしまいだ。先ほどのミシオさんも足の治療は終わってるから、目を覚ましたらいろいろ話してやるといい」


 そう言うとハクレン道具箱を持って家から出て行った。他にも何か用があるのかもしれない。智宏はそれをお礼の言葉で見送る。本当にハクレンにはいくら感謝してもしきれない。


「んじゃ、俺も用事あるから出かけてくるよ」


「ん、お前も?」


 ハクレンを見送ったあと、レンドも席を立った。脱いだ智宏の服を回収し、籠のようなものに放り込むと、それを持って扉に向かう。


「ああそうだ。ミシオちゃんが起きたら適当に話し相手になってやっててくれる? 何か知らんけど智宏には気を許してるみたいだし。ついでにいろいろ教えてやっといて」


 そう言いながら扉をあけ、出る前にニヤリと笑って「変なことすんなよ?」ととんでもない捨てゼリフを言い残して出て行った。


「……あの野郎」


 レンドの持ってきたこの世界の服を着ながら、智宏はそっと横を覗ってみる。そこには先ほどからずっとミシオが眠っている。森の中を彷徨っていたのだ。さすがに疲れていたのだろう。

 と思ったらいきなり目を覚まし、勢い良く起き上がった。


「うおわぁ!」


驚いて声を上げる智宏をよそに、ミシオは自分の足に触れてしばし呆然とする。

どうやら足の怪我が完治していることに驚いているらしい。


「……け、怪我はさっきハクレンさんが治していったよ」


とりあえず言われた通り説明しようと考え話し掛けると、ミシオもこちらに意識を向けて小さく頷いた。


「……うん。……えっと、気功、術、だけ?」


「え?あ、うん。……あれ?」


「あっ、……さっきまで、寝てなかったから。起きてたんだけど、その、寝たふりを……」


「ああ、なるほど」


 どうやら先ほどまでのは完成度の高い狸寝入りだったらしい。

 疑問も解決したので、このままこの異世界云々の事情を話してしまうことにする。何も分からないまま放置されるのがどれほど不安を掻きたてるのかは身を持って体験済みだ。できるなら目の前の少女のそれは早めに解消してやりたい。


「えっと、ハマシマさん?」


「? ……なんで名字?」


「へ?」


「なんでトモヒロは私のこと、名字で呼ぶの?」


「なんでって……」


 「普通は名字で呼ばないか」と言おうとしてふと思い直す。考えてみれば智宏もレンドのことを名前、というよりあだ名で呼んでいるし、レンドも智宏のことを名前で呼んでいる。それどころかあの馴れ馴れしい男はミシオのことも「ミシオちゃん」などと呼んでいるし、ブラインのことも呼び捨てだった。


「でも……、普通は名字で呼ばない?」


「え? 普通は名前で呼ぶと思うけど……」


「……そうかな?」


「そう、じゃない?」


(あれ? 何このカルチャーギャップ? それともこの娘の通っている学校ではそうなのか?)


 とりあえず智宏は、同じ国に住んでいても習慣の違いくらいあるだろうと納得しておく。「さん」をつけるかどうかで少し悩んだが相手もこちらを呼び捨てにしていることだし、ここは変な遠慮はしない方がいいだろうという判断だ。


「えっとそれじゃ……、ミシオ、でいいかな? いろいろ説明したいことがあるんだけど」


「説明?」


「ああ。僕たちが置かれてる状況について」






「レンド、ここにいたのか」


 レンドがドレンナの臭いの染みついた衣服を洗濯のために預け、これからのことについて考えていると、背後から声をかけられた。振り向いて相手を確かめるとそこには黒光りする禿げ頭が――――。


「……おい貴様、今何か失礼なことを考えなかったか?」


「エ? ソンナコトナイヨ」


「嘘をつくな! 今また真っ先に頭に注目しただろう!!」


「しょうがないだろう。生物ってのは光り輝く者に引き寄せられるもんなんだよ。夜とかに火に集まってくる虫と一緒さ」


「ならば虫のように焼け死ね」


 とりあえずお決まりのやり取りを適当にかわす。このようなやり取りはこの世界に来てから日常茶飯事だ。人間どんな場所でもユーモアを忘れてはいけない。


「それで? 何ようだ? 何か用があったから呼び止めたんだろう?」


「ああ。だが目を離していて良いのか? お前はあの二人の担当だろう?」


「それに関しちゃ問題ないよ。ミシオちゃんに関してはトモヒロに説明頼んできたから。どうもミシオちゃんには警戒されてるっぽいし、無理に付きまとって警戒を深めるよりもしばらく様子見た方がいいだろう」


「大方貴様の下心を見透かされたのではないか? 貴様は女子に嫌がられるようなことを平気でするしな」


「自分だって奥さんに振られそうなくせに偉そうに言うなてぇの」


「ぬ、それは職業柄家族にも話せない機密が多いからで……」


「今だって何も言えないままこの世界だしな。でも知り合いに似たような状況でも上手くやってるやつもいるぞ? なんなら今度コツを聞いて来てやろうか?」


「ぬ、むぅ……、考えておこう。それより今は要件だ。危うく話が脱線するところだった」


 そう言ってブラインは歩き出す。どうやらついて来いと言うことらしい。


「先ほど森に出ていたブホウ殿達が帰ってきてな。だがやはりというべきか、人の痕跡は見つからなかった」


 ブラインの言葉を、レンドは即座に理解する。それは智宏やミシオのような遭難者はいなかったという意味ではない。彼らが捜している者たちが見つからなかったという話だ。


「先ほどの娘、見たところ異世界人のようだったが……、どう思う? 何か関係ありそうか?」


「まだわからないね。おんなじような遭難者って可能性もあるし、でも――――、」


「森の中に奴らがいるのは確か、だろう? まあいい。明日から本格的な捜索だ。かなり出遅れてしまったが、なんとしてでも痕跡を見つけてやる」


「それならそっちは任せるよ。こっちはまあ、智宏達のことがあるから」


 そう呟くレンドの目には、智宏達にはまだ見せたことのない強烈な意思が宿っていた。






 ミシオへの説明が終わるころには既に大分日も傾いていた。

 人にものを教えるというのは思いのほか難しいもので、智宏としては既に聞いた知識を適当に整理して話せばいいと思っていたのだが、その整理が難しかった。

 とはいえ智宏が話そうと思っていた異世界云々の話だけならここまで苦労しなかっただろう。極端な話、「自分達は今異世界のレキハ村と言うところに来ていて、別の世界から来たというレンド達と元の世界に帰る手がかりを探している最中だ」と言えばそれで済んでしまうのである。

 これは別に智宏が手抜きをしようと思っていたわけではなく、自分自身が異世界に来たという事実を飲み込むのに苦労した経験から来る気遣いである。本来なら、ミシオがこの事実を飲み込んだのち、自分の今まで得た知識を少しずつ教えていこうと思っていたのだ。

 しかし、ここで誤算があった。ミシオが異世界に来た事実をあっさりと納得してしまったのだ。本人曰く森にいた時点で生態系が根本的に違う事に気がついていたので納得しやすかったとのことだが、それでも舌を巻くような適応能力だ。おかげで智宏はこの世界に来てから見聞きした知識や、レンドや自分の世界に関する話をほとんど絞り出されるように話してしまった。

 そしてそのことが一つの勘違いを発覚させた。ミシオと智宏とも別の世界に住む人間だったのだ。


「つまり君の世界のレキハは市じゃなくて町なのか?」


「……うん。私が住んでる村の近くに、確かにレキハって言う地名はあるんだけど、そこは市じゃなくて、町だから。それに……、私が住んでたところは海沿いの村だったから、市って言うほど都会じゃない」


「別に歴葉市も都会って言う訳じゃないんだけど……」


 むしろ田舎の側面の方が若干強い。一応都心と言えるだけの大きな町もあるにはあるが、どちらかと言うと農地や住宅地のほうが多いイメージがある。


「それに、電話が携帯できるって言う話も私の世界では聞かない。電話自体そう触れる機会があるものじゃないから。多分、そっちの世界のほうが、科学が発達しているのかも」


「なるほど……」


 どうやら完全に別の世界の出身だったようだ。ただ、レンドの世界などと比べると智宏の世界に近いイメージのある世界らしい。聞いた感じだと科学レベルの差もせいぜい三十年程度だろう。服装に関してはさすがに文化が違うのかもしれないが、それでもこの世界やレンドの世界に比べれば理解しやすい世界だ。


「まあ、電話があんまり無いっていうのは不便そうではあるがな」


「……そう? 私はあんまり困ったこと、あまりないけど……。あ、でも私の場合通念能力(テレパシー)があるから……」


「…………なに?」


 さらりと、とんでもないことを口にされたような気がして、智宏は思わず怪訝な表情を浮かべてしまう。だが、流石に聞き流すには今の言葉は意味があり過ぎた。


「……今、通念能力(テレパシー)って言ったか?」


「え? あ、うん」


通念能力(テレパシー)ってあの通念能力(テレパシー)? 言葉を使わずに考えるだけで会話ができるっていう?」


「うん。私の場合【伝心】や【感覚投影】はともかく、【読心】は相手に触れていないとだめだけど……」


 当たり前のことを説明するような雰囲気でそう言うミシオの口ぶりに絶句しかけてふと気付く。ミシオの話から推測できるある可能性に。


「……もしかしてそっちの世界では通念能力者(テレパシスト)みたいな超能力者が普通にいるのか?」


「え? うん。通念能力者(テレパシスト)に限らなければ、三十人に一人ぐらいは能力者だけど……」


「ひ、ひとクラスに一人いる計算かよ……!」


 智宏は今度こそ絶句する。ここ数日で智宏の中の常識は袋叩きにでもあっているのではないかと思った。実際には異世界の常識が押し寄せているだけなので、智宏の世界の常識は全くの無傷なのだが気分的には同じようなものだ。


「……って待てよ。もしかしてミシオがレンドのことを疑ってた理由って」


 思い出すのは先ほど初めて会った時の様子だ。

 ミウミが智宏にレンドが何かを隠していると告げる直前、ミシオはレンドと(・・・・・・・・)握手しているのだ(・・・・・・・・)。それはつまり、


「もしかしてレンドの心を読んだのか?」


 案の定ミシオはバツの悪そう顔をしながらも小さくうなずいた。

 ミシオは先ほど【読心】、つまりは心を読む行為はは相手に触れていないと(・・・・・・・・・・)だめだ(・・・)と言った。それは裏を返せば触れていれば(・・・・・・)相手の心を読める(・・・・・・・・)ということだ。詰まる所、ミシオは読んだのだ。恐らく握手した時にレンドの心を。

 そしてそうなると話は変わってくる。実際に心を読んだ上でレンドの隠し事を疑っているというのなら、それは強力な疑念の根拠だ。


「でも、一体あいつ何を隠しているって言うんだ? 疑いを向けてるってことはやばいことなのか?」


 自分の体に緊張が走っていることを自覚しながら質問する。あまり考えたくないことだが、事と次第によってはレンドへの対応も考え直さねばならない。


「あの……そのことなんだけど……、実は何を隠しているのかまでは分からないの」


「なに?」


 それがどういうことなのか分からず混乱する。心を読んでも隠し事の内容が分からないというのは大きな矛盾だ。だからと言って先ほどからのミシオが嘘をついていたとも思えない。

 するとその混乱を収めるように頭の中で声が響いた。


『えっと、通念能力(テレパシー)で相手の声を感じるっていうのは、感覚としてはこんな感じ。でも相手の心の中が全部のぞける訳じゃなくて、強く考えてることとか、相手に伝えようとしてることじゃないと伝わらないの。だから何かを隠そうと意識してると、隠そうとしていた意識だけが伝わって、肝心の内容まではわからないの』


 頭の中でする声が彼女の能力だと気がついて、智宏は改めて超能力の存在を実感した。別に疑っていたわけではないが、やはり話を聞いただけのときと実際に体験した後では真実味がまるで違う。言葉を介さないせいか、伝わってくる言葉もスムーズだった。


「……ってことはあれか? 隠しているのはホントだけど、実際の内容はかなりしょぼいことだった可能性もあるってことか。」


「……うん。実はさっきのことは少し……、過剰反応だったかなって反省して……」


「まあ……、それは確かに。」


 人間に来ていれば隠し事は必然的に発生してくるものだ。それは確かに相手をだますことを目的としたものもあるかもしれないが、極端な話、下世話な下心だって隠し事の一つだ。それにいちいち反応していたら身が持たない。


「少し安心したよ。正直テレパシーの話を聞いたときはレンドが何か企んでるのかと思った」


「……なんていうか、レンドって……その、ずいぶん信用されてるんだね」


「ん? そうか?」


「うん……。そうだよ」


 言われてみれば確かに、考えてみれば確かにレンドの隠し事が悪意のないものだと決まったわけではない。隠し事の内容はあくまで「不明」だ。


「でも、正直あいつから悪意みたいなものを感じたことはないんだよな……。隠し事にしても相手が女の子だったからって方が納得できるし」


「女の子、だったから?」


 不思議そうな顔をする少女に、智宏は何となく後ろめたいような気分になった。なんだか自分が汚れてしまったような気分だ。


「まあ、多少探りを入れてみる必要はあるかもしれないけど、あんまり深刻になる必要はないと思うぞ?」


「うん……。そうだね。そう、だよね」


 そう言ってミシオは心なし安心したような笑みを浮かべる。どうやらミシオは智宏のことは信頼しているらしい。

 そして、それがなぜか考えてすぐに思い当たった。


(……ああ、そうか。こいつ僕の心も読んでたのか……)


 思えばあの時、智宏もミシオに触れていたのだ。ミシオが智宏を信頼したのもその直後だ。ミシオが智宏の中の何に信頼の要素を見つけたのかは分からないし、本当なら勝手に心を読まれたことを怒るべきかとも思ったが、不思議と怒りも湧いてこなかった。奇妙なことに、ミシオが自分の心を読んだことで安心感が得られたのならそれでいいという気分になっている。


「さてと、そろそろ村のみんなが夕食の支度をはじめてる頃かな。僕は手伝いに行くけどミシオはどうする?」


「私も……、行こうかな。長いこと森の中にいたからお腹すいたし……」


「僕もだ。この世界、朝は食べない上に、なんだかんだで昼飯食いそこなったからな。支度手伝って早いところ食事にありつこう」


 そう言ってどちらともなく立ち上がる。なんだか久しぶりに食事を楽しみに出来た気がした。


「……あ、そうだ。そう言えばさっきのことで、その、聞こうと思ってたことがもう一つあったんだけど……、聞いていい?」


「ん? なに?」


「さっきレンドさんが言ってた『変なこと』って何?」


 その質問はあまりにも純粋で、それゆえ智宏を二度目の窮地に追い込んだ。


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