表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第三章後編 第三世界アース 学園編
68/103

9:すれ違う意思

一応『最新話』のリンクで来た方ように、更新の履歴を載せておきます。

 5:非常識な客人 2日午前0時

 6:もう一人の戦士長 2日午前1時

 7:世界間通信実験 2日午前10時

 8:異世界人のジェンダー論 2日昼12時

⇒9:すれ違う意思 2日9時過ぎ

 智宏がエイソウに助言を受けていたちょうどそのころ、同じアパートの別室では全く同じ意図を持って始められた会話がもう一つあった。

 ただし、結果としてその意図は大きく外れ、智宏達とは真逆の状況を作り出している。

 すなわち、


「いいですかミシオさん。闘争というものは、それがどんな存在とのどんな争いであれ本来殿方の領分です。巻き込まれてしまうことはいたしかたないにしても、我々女が自分から首を突っ込むことはその領分を侵すことに他なりません」


 静かな、しかし有無を言わせない強い口調でリンヨウにそう諭され、ミシオはどうしてこうなったのかと後悔に襲われる。

 ことの始まりはレンドとの実験に際し、目の前の女性が同行してきたことに始まるものだった。

 とはいえ、実験自体は特に面白みもなく、ミシオが『外郎売り』の文句を異世界にいるブラインめがけて二度黙読したことで終わりを告げた。通念能力(テレパシー)の受信機能がかなり限定的なミシオには、送信したメッセージがちゃんと届いているかを確認する術がない。そのため、結果は後日レンド達によって確認されて伝えられるものとなっており、この日の実験はあっさりと幕を閉じたのだ。

 ここまでは想定通りだった。だが、想定外だったのはここからだ。

 予定があるというレンドが部屋を出て行ったあと、ミシオは早々に智宏達のところに戻ろうとしたのだが、それに対してどういう訳かリンヨウが待ったをかけてきたのだ。

 ミシオにはその理由がわからなかった。長く人とのかかわりを絶ってきた彼女には、リンヨウが智宏の態度を見て自身の夫になにやら相談するだろうと推察したことや、そうしやすい環境を整えるべくミシオと共に席を外していたなどとは思いもよらない。

 ただリンヨウの誘いに何の疑いも持たず応じ、この世界と自身の世界との違いや、それから来る苦労話などを話し合っていた。

 そこまでは良かったのだ。問題はその先、ミシオがふとした思いつきで、自分の戦力強化についてリンヨウから有益な助言が得られるのではないかと考えてしまったことにある。

 理由としては智宏とほとんど同じであり、その点この二人の考えは微妙なかみ合い方をしているとも言えるのだが、こちらで問題になったのは質問したのが女性であるミシオだったということだ。


「わたくしや貴方のような女性が戦うための力を欲するなどもってのほかです。私たち女というものは生み出す者であり支える者。どんな理由で起きた闘争であろうと、私達はそれを殿方の手にゆだねなければなりません」


 ミシオ自身言われるまで忘れていたが、第一世界エデンの人々は厳しい環境で生き延びるため、性別による特性に合わせて極端な男女の住み分けを行っている世界である。

 これは彼らが奉ずる宗教にも起因する思想ではあるのだが、早い話が力に勝る男は力によって戦うことを、神が創りし人を赤子という形でこの世に出現させられる女性は、神より様々なものを受け取り、生み出すことを美徳としている。

 ミシオとしては戦場に身を置くエデンの戦士を様々な形で支えるエデンの女性なら、戦力を強化したい自分に何らかの方向性を示してくれるのではと期待したのだが、エデンの村の最高位の女性であるリンヨウにとって、女性であるミシオが男の領分である戦う力を欲することはもってのほかと言える蛮行だったのだ。

 とはいえ、ミシオにもそれなりに反論がある。


「でも、それはあくまでエデンでの話だよ」


 意思を込めて視線をあげ、リンヨウの視線にぶつけて目に見えない火花を散らす。その特殊な境遇ゆえに三年間一つの戦いに身を置いてきたミシオにとって、リンヨウの思想は現実味のない理想論でしかなかった。


「たとえ女でも子供でも、戦わなくちゃいけないときは戦わなくちゃいけない。いつ来るかわからないそのときを、私は準備して迎えたいの」


「闘争とはそれに特化した殿方が行うべきものであり、女性には男性にはできない女性だけの責務があります。わたくし達女は殿方の帰るべき場所であり、より守りがいのある、戦う上で力を尽くせる存在であることに力を尽くすべきです」


 平和な日本の中で交わされるとは思えない、戦うという行為への認識の真っ向からの衝突に、部屋の中が一時張り詰めたような静寂に包まれる。

 実際には一分にも満たない、だが当人たちにとっては数時間にも及ぶように感じられるにらみ合いは、しかし意外にもリンヨウが先に折れたことで終わりを告げた。

 呆れたような大きなため息をひとつつき、白髪の女性は黒髪の少女に別の側面から踏み込むことに決める。


「そもそも貴方は、いったいどうしてそんなに戦う力を欲しているのです? あなたのそばにも、守ってくださる殿方がいるように見受けられましたが?」


 意外にあっさり引いたことにミシオはわずかに驚きを覚えるも、すぐにリンヨウが自分を説得しようとしていることに気付き、すぐに意識を引き締める。

考えようによってはこちらが引けない理由を突きつければ、相手を説得できる可能性もあるのだ。


「確かにトモヒロには、今まで何度も助けてもらった。きっと私に危険が迫れば、トモヒロはそのときも助けてくれると思う」


「それなら――」


「でもそれだと、今度はトモヒロが危なくなる。私や、他の人を助けるために、トモヒロはまた自分だけを危険に晒す」


 先日の戦いの後智宏が一人で危険に飛び込んだことを追求し、自分も頼るように迫って了承させたミシオだったが、そもそも彼女自身がその際の智宏の了承を信用していなかった。

 別に能力を使って本心を看破した訳ではない。あのときの返事がその場しのぎであることなど、いくらミシオでも容易に読み取れる。恐らく次に同じようなことがあれば、智宏は同じように一人でその渦中に飛び込もうとするだろう。その助けになろうとするミシオを何らかの形で置き去りにして。


「それが殿方というものです。わたくし達女性の役目はそれを支え、見守り、帰りを待つこと。断じてできもしない殿方の真似ごとをすることではありません」


「でも私には、ちゃんと戦える力がある。ただの真似じゃない、自分で立ち向かえる力が」


「それが先ほど言っていた、妖装と呼ばれる悪魔の力ですか?」


 リンヨウの鋭い、決して妖装にいい印象を持っていないだろうその聞き方に、ミシオは怯むことなく黒い魔力を手にまとわせて応じる。黒い魔力は瞬く間にその密度を増すと、手の部分だけを覆う竜鱗の手甲へと姿を変えた。


「エデンで見た鎧を真似して、こういうことはできるようになった。私はこの力をトモヒロを助けられるものにしたい」


「それは、後ろで支えるという意味ではなくてですか?」


「……うん。今度は私が、智宏を守る立場に立ちたい。この前みたいに運よくっていうのじゃなくて、ちゃんと自分の力で」


 リンヨウの問いかけに、ミシオは毅然とした態度でそう言い放つ。

 その言葉の中に、ミシオは暗にこれ以上の議論を拒む意思を込めていた。ミシオの中で既にこの問題は、すでに議論の余地がない代物なのだ。もはやミシオは迷いを終えて決意へとその考えを昇華させている。互いの意見が平行線のまま、リンヨウに協力の意思がないなら、これ以上この会話に意味はない。

 リンヨウもそんなミシオの意思を察したのだろう。ミシオの言葉に一度目を伏せると、数秒して何かを決意したような視線と共に再び視線を合わせてきた。


「……わかりました。言いたいことはまだありますが、この議論は今日のところはここまでにしましょう。助言するのも、まあいいでしょう。ここで会話が終わってしまっては、説得もできませんから」


 暗に『今は認めて助言もするが、機会があれば説得して辞めさせる』と告げて、リンヨウはミシオに妥協案を示す。ミシオ自身は説得されてもやめるつもりはないため、今助言が貰えることのみを重要と考え一度頷いて了承した。


「とは言え、わたくし自身には戦う力も術もありません。そもそも貴方はわたくしに何を教わるつもりなのですか?」


「エデンの人たちが着てる鎧とか、使ってる武器なんかは、エデンの女の人が恐竜の体から作ってるって聞いた」


「恐竜……、ああ、魔獣のことですか。ええ。確かにそうですね。……なるほど。先ほど作った手甲のように、魔獣の骨や鱗で作る武装を妖装で作るおつもりですか」


「うん。一応記憶を頼りに、鎧一揃いは作れるようになってる。後、頭の後ろに尻尾を作って、トモヒロの魔術を真似して腕を大きくしたり……」


「そこまでできていてまだ不満なのですか……?」


 先ほどとは違い、呆れたような色を混ぜた声でリンヨウがそう呟く。だが何と言われようとミシオにとって自身の力不足は確固とした事実だった。

 そもそもミシオが自身の力不足を認識するきっかけとなったのは、奇しくも智宏と同じく先月の畑橋の事件のときのことだった。あのときミシオは、自身が智宏を含む三人の命を救うべく戦わねばならない状況に陥ったのだ。

 幸い、三人は無事に生還することができた。その要因として、ミシオの存在があったことは間違えようのない真実だ。

だが一方で、ミシオは自分が智宏達を救えた要因が、畑橋本人のミスであり自分の実力ではないことを知っている。

 ほぼ間違いなく、畑橋がミスをしなければ智宏達は死んでいただろう。智宏達が助かったのは単に運が良かっただけで、もう一度同じことが起きればミシオに智宏達を救える保証はない。

 だからこそミシオは欲しいのだ。どんなものでもいいから、智宏が危機に陥った時、今度こそ自力で助けることができる力が。


「とりあえず、大きな盾が作れるようになりたい。自分だけじゃなくて十人くらいいっぺんに守れるような……、後飛び道具と……」


「お待ちなさい、まだ私はあなたの妖装という能力について全く把握できていません。まずは基本的な情報の交換から行いましょう。そうですね……、あなたの通念能力(テレパシー)は勉学にも使えるという話でしたね? 情報交換はそれで行いましょう」


「え? いいの?」


「なにがですか? あなたはトモヒロ様とそうして勉学に励んでいたのでしょう?」


 特に思うところもなさそうに、リンヨウはそうミシオに聞き返してくる。ミシオとしては自身の世界で心を読まれることを嫌がる人間が多かったことから、リンヨウに対していいのかと聞いてみたのだが、帰って来たのがあまりにもあっさりとしたこの返事だ。智宏といいリンヨウといい、どうやら異世界人というものは心を読まれることにあまり抵抗が無いらしい。

あるいは読める人間がいない世界の出身であるため、悪意を持って心を読まれることの危険性を認識していないのか。

 二人とも頭はいいはずなので頭では分かっているのかもしれないが、それでも危機感の薄さが恐ろしい。


(二人に護心術の仕方を教えた方がいいかな……)


 内心でイデアの子供が学校で最初に習う対能力法を思い出し、ミシオは少しだけそんなことを考える。考えてみれば智宏にもいろいろなことを教えてもらってばかりだ。この際お礼の代わりに自分の世界の知識を伝授するのもいいかもしれない。


 こうしてミシオも、智宏の知らない場所で密かに自身の力を強化し始めたのだった。


 互いに決して相容れることのない、相手のための決意を胸に抱いて。


 次回の更新は3日の午前0時です。

 ご意見ご感想、ポイント評価等お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ