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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第三章後編 第三世界アース 学園編
67/103

8:異世界人のジェンダー論

一応『最新話』のリンクで来た方ように、更新の履歴を載せておきます。

 4:魔女の手口 1日午後9時

 5:非常識な客人 2日午前0時

 6:もう一人の戦士長 2日午前1時

 7:世界間通信実験 2日午前10時

⇒8:異世界人のジェンダー論 2日昼12時

 吉田智宏の現在の保有技能、その中で自身の身を守るに当たって役立つ戦力は以下の通りだ。

 まず基礎にして最大の物は刻印である【集積演算(スマートブレイン)】。自身の脳の機能を強化する刻印で、刻印は額に幾つもの線とその中心にある正方形というデザインの物が浮かび上がる。このデザインが何を意味しているのかは定かではないが、刻印のデザインがその人間が刻印に抱くイメージによって決まるという情報から、恐らくはICチップをイメージしたデザインなのではないかと予想される。

 他の刻印と同じく魔力によって発動させるものではあるが、発動時に周囲の人間が感じる魔力はかなり希薄で【血属性】による治療を除いた、自身の身体を強化する気功術と同程度。レンドやミシオの協力を得て検証したところ、どんなに出力を上げても十メートルも離れると魔力を感知することはできなかったらしい。これは理屈としては気功術と同じく体内で発動する刻印であるため、外に気配が漏れにくいのではないかと思われる。

 また、他者に対して智宏と同じような効果を得ることはできないことが、智宏の母によって証明されている。本人の要望(という名の我儘)により様々な方法で母の頭に魔力を流して見たが、結局智宏の魔力は母の脳を強化するには至らなかった。

 さらに言えば、脳の強化と一口にいってもその効果は多岐にわたる。

 現在判明している効果を順にあげると、まず高速思考、完全記憶、多重並列思考、肉体完全制御。また定かではないもののその発現の経緯から、空間把握能力等智宏が脳によるものと認識している機能は軒並み上昇させられると考えられる。

 現在までの交戦経験とその分析。

 一月ほど前、異世界へと渡ることで刻印に発現し、それと前後していくつかの死線を【集積演算(スマートブレイン)】によって潜り抜けた智宏だが、それは刻印の効力による強力な判断力によるところが非常に大きい。

 脳の強化という刻印の効果は、恐怖やパニックといった、危機的状況下で人間が陥りやすいマイナス要因に左右されず、高速思考によって一瞬で熟考することが可能なため、常に最善の判断を下すことを可能にしている。

 また、この点は肉体の制御にも表れており、少なくとも【集積演算(スマートブレイン)】発動時において智宏の体は恐怖による委縮、反射的な挙動などによるミスを確認していない。肉体は常に高速思考によって下した最善の判断によって動いており、そのことが智宏の判断をただの机上の空論で終わらせることなく最善の行動へとつなげる要因となっている。

 そして、そんな智宏にさらなる力を与える存在として魔術と気功術の存在が挙げられる。

 元々先祖伝来の謎の能力として、異世界オズにおいてマーキングスキルと呼ばれる空中に魔力で文字を描く力を持っていた智宏だが、世界を超える際に多量の全属性魔力を取り込んだことでその力が強化され、さらには異世界において魔術の知識を得たことで多彩な魔術を行使することが可能となっている。

 気功術も【感】【筋】【爪】【血】四属性全てにおいて使用が確認済み。こちらに関しては刻印使いが大概使えるようになるものらしく、レンドによれば元から弱い魔力操作能力をアース人の体が持っており、それが世界を超えたことで実用レベルにまで強化されているのではないかとのこと。

ただし智宏の気功術の場合エデンの人間が使っているのを見真似ただけの独学の代物であり、さらには智宏自身に格闘技等の心得が無いため、戦闘時はせいぜい移動速度の上昇や体が丈夫になる程度の効果に留まっている。どちらかといえば【感】による魔力の察知、【血】による怪我の治療の方で重宝しているくらいで、特に魔力の察知能力に関しては、世界を超えた際に強化されたせいかオズやエデンの人間と比べても鋭い感覚を有しており、それが気功術で強化できることも相まって極端に鋭い。

 知識がそのまま力になるという性質を持つ魔術は【集積演算(スマートブレイン)】とも非常に相性がよく、一度見たり感じたりしたものを完全な形で記憶、というよりも思い出すことのできる完全記憶の力と組み合わせることで、相手が使った魔術をそのまま見覚えて自身で使うことが可能となっている。また、魔方陣のイメージ速度もケタ違いのため魔術の高速発動も可能である。

 現在智宏が使用可能な魔術は、距離をとって使えるのが 【銃炎弾(ファイア・バレット)】【回転機関砲(バルカン・ファイア)】【集束爆炎弾(クラスター・ファイア)】【火炎鳥襲撃(ファイヤーバードストライク)】【空圧砲(エア・バスター)】【強放雷(メガボルト)】【轟放雷(ギガボルト)】【極放雷(テラボルト)】【雷槍(サンダーランス)】の九つ。近距離で効果を持つのが【鉄甲(アイアン・ガント)】【土人形の鉄腕(ゴーレム・アーム)】【土神の剛腕(タイタン・クロウ)】の三つで、防御用には【岩壁城塞(ロックシェル)】が存在し、さらにこちらは本来戦闘用ではないが、【蛇式縛鎖(チェーンロック)】と呼ばれる魔術もある程度戦闘に応用が利くことが判明しており、戦力となる魔術のレパートリーは相当に豊富と言える。

 ではそれに対して、智宏に足りないもの、もっと言えば弱点となり得る部分は何かと聞かれれば、こちらもかなり簡単だ。

 過去の交戦を振り返っても、距離をとっての戦う分にはかなり有利に進められることが多いのに対し、接近戦に持ち込まれた戦闘では確実に不利な状況に陥っている。もっとも今まで智宏が接近戦で圧倒された相手には、限定的な空間移動(テレポート)と体術を組み合わせた、ほとんど接近戦が成り立たないような相手もいたのだが、それでも最初に戦った二人のうちの一人、ウンベルトとの接近戦は如実にその弱点を露呈してしまった。【集積演算(スマートブレイン)】という刻印によって最善の判断を下せるはずの智宏が、ウンベルトのフェイントにまんまと引っ掛かり、間違った判断を下してしまったのだ。幸いその後は接近戦というより魔術同士のぶつけ合いに戦闘が発展したのでことなきを得たが、そもそも格闘技等の経験のない智宏にとって、接近戦は最も正しい判断を下すことのできない、判断材料の少ない分野であると言える。




「なるほど。だからお前は俺に助言を求めて来たって訳か」


 一通り現状の自身の戦力分析を話し終えた智宏に対して、エイソウが返したのはそんな言葉だった。対する智宏も、それに対して頷きをもって返す。


「魔術の方は、まあ若干遠距離火力に偏ってはいるけど、レパートリーとしては十分だと思います。だけどその反面、近距離に来られた時の対応が若干お粗末になる傾向がある。気功術で身体能力はあげられるけど、それに技術が伴わないんです」


「はぁん……。まあ、確かにいくら刻印使いとして力が底上げされてるっていったって、元がその体格じゃ体の強さもたかが知れてるからな。今の身体能力なんて、この世界でちょっと運動できる人間と同じくらいじゃないか?」


「そうですね。気功術で底上げすればプロのアスリートと同じくらいのレベルにはなると思いますけど……」


「俺たちの世界の男は気功術なしの素でそのレベルだからな。気功術使えば他の世界の人間なんかじゃ至れないレベルまで上げられるし」


 エデンに住む男性は強力な生物と戦うために幼少期から厳しい訓練を受けている。それはこの世界におけるアスリートと比べても勝るとも劣らない努力だ。ただでさえ人間の限界とも言えるレベルまで体を鍛えているのに、そこにさらに気功術が加われば、確かにその身体能力は超人の域に達することだろう。


「まあ、そもそもエデンの戦士を敵に回す状況ってそうは無いでしょうけどね……」


「……いや、そうとも言い切れないだろう」


「え?」


 なにげなく言った言葉に予想外の反応を返され、智宏の思考はしばし硬直する。智宏としては、エデン人は絶対数が少なく、その全てがレキハ村という一つの組織に属して味方についているため、敵に回す状況などあり得ないと考えて発した言葉だったのだが、どうやらエイソウはそうは思わなかったらしい。

 智宏が【集積演算(スマートブレイン)】を使用していない、いっそ緩慢にさえ思える思考でエイソウの言葉の意味を探っていると、エイソウは自分の発言の意味に気付いたように慌てて訂正してきた。


「ああ、いや、俺たちレベルの戦士とは戦うはめになるかもって話だよ。この世界にだって俺たち並みに体を鍛えてる奴もいるんだろ? 刻印使いの素養がある奴は世界超えると身体能力上がるしよぉ。だったら俺たちレベルの身体能力を持ったアース人がいてもおかしくないし、そいつが気功術を使ってもおかしくはない。下手すりゃ俺たち以上の身体能力を持ち、気功術を使えるってアース人が出て来るって展開もあり得る」


「ああ、そう言えばそんな話ありましたね。元からトップアスリートやエデンの戦士並みに鍛えていたアース人が世界を超えて刻印使いになったらとんでもない奴になるとか……」


「まあ、気功術なしの素の身体能力で気功術を使った俺達と渡り合えるな。身体能力だけで全てが決まるとは思わないけどよぉ。ああ、ついでに言えば、お前だって死に物狂いで鍛えればそのレベルまでいくかもしれないぜ? 刻印使いの身体能力の上昇は、確かに現状の力をあげるもんだが、同時に鍛えた場合の上限を上げるもんでもある。この場合の強化って要するに筋肉の出せる力が倍になるって感じだから、同じだけ筋肉つけても刻印使いの方が上昇率は高いしな」


 自身の専門分野に近いせいか、エイソウは口元に生き生きとした笑みを浮かべながらそう話す。智宏がその様子に文化祭の企画を考えるミシオと同じものを感じると同時に、それとは別にもう一つ別の感想を抱いた。


「あの、なんだかまるで前例があったみたいに話してますけど、もしかして先ほどのトドモリって人がそうだったんですか?」


「んお? ああ、そうかソウカクのバカが話しちまったんだったか……。まあ、畑橋の野郎の件があるしな……。人となりくらいは話しておいた方がいいか」


 智宏も知る、先日戦うこととなった刻印使いの名前を口にし、エイソウはそう結論を呟く。

畑橋耕介は元々レンド達オズのフラリア共和国の人間を中心とする異世界国交対策室(チーム―クロス・ワールド)のメンバーだった刻印使いだが、八月の終盤頃にひそかに発現していた刻印によって二人の人間を殺害、ミシオによって捕らえられるもその後何者かに身柄を奪われ、現在に至るまで行方の分からない人物だ。どうやらエイソウはそのトドモリという人物を畑橋と同じように思われたくないらしい。


「トドモリってのは今から四年ほど前、まだ俺達はおろかレンド達オズの連中すらも異世界の存在を知らなかった時代にエデンに来た刻印使いだ。まあ、当時の俺達はそいつのことを【烙印持ち】って呼んでたんだが……」


「【烙印持ち】……? そう言えばさっきソウカクさんも烙印がどうとか言ってましたね?」


「あー、悪い。あれは行っちまえばそのころの名残なんだ。もともと俺たちの世界には【烙印】って風習があって、トドモリの刻印をそれと勘違いしたのが始まりなんだが、オズの連中と正式に付き合うようになってからその辺の呼び方を改めてな」


「まあ、烙印じゃなんとなくイメージが悪いですもんね」


 そういいながら、智宏はふと先ほどエイソウが口にした言葉を気にかける。烙印という言葉がもしも智宏の認識と同じなら、ではエデンに元からあった烙印とはいったい何なのか。


「オズの連中が【刻印】と【刻印使い】って名前を決めるにあたっては、実は結構紆余曲折があってな。他の案として【聖痕(スティグマ)】と【聖痕保持者(スティグマータ)】だの、【紋様】と【紋様術師】だの、他にもオオヤが発案した複雑怪奇な名前だの、数え上げたらきりがないくらいいろんな案が出てたんだ。でも結局、善悪どっちのイメージも付きまとわなくて、かつ覚えやすい無難な名前ってことで最終的には今の形に収まった」


「……とりあえず大家さんが名付け親にならなくてホッとしている自分がいます」


 あの大家のことだ、きっととてつもなく恥ずかしい名前を付けようとしたに違いない。個人的には【聖痕保持者(スティグマータ)】などと名乗るのも願い下げだが、大家のつけた複雑怪奇な名前など、智宏の母親が智宏につけようとした名前と同種の臭いがする。


「っと、話しが脱線したな。まあトドモリの奴についてはいろいろあるが、まあ今言えるのは、少なくとも俺が知る限りじゃ一番古い刻印使いで、同時にもっとも強い刻印使いでもあるってことくらいだ」


「そんなに強い刻印の持ち主だったんですか?」


「いや、刻印自体は確かに脅威ではあるんだが、戦闘に特化してるかって言われるとそうでもない。むしろ他の刻印使いどもに比べたら変わった刻印かもしれないな。あいつの強さってのは、刻印云々とは別の部分にある」


「別の部分?」


「ああ。なあ、お前も俺たちの世界に来たなら、あの世界がどれだけ危険な世界か分かるだろう?」


「え、ええ」


 恐竜のような生き物が大量に生息しているという時点で、あの世界の危険性が群を抜いていることは智宏にとっても経験として知る話だ。それはなにも一般的な恐竜のイメージに当たる巨大なものばかりでもは無い。人間より一回り大きい程度で、群れで狩りをする猿人のような生き物にも、智宏は命を脅かされた経験がある。


「あの魔獣が蔓延るエデンで、ろくに訓練もしていなかったトドモリは一年近くも狩りに参加していた。当時の俺たちにはどこの誰とも知れない奴にタダ飯を食わせる余裕なんてなかったから、当たり前のように危険な狩りにも参加させてた。そんな中であいつは、自分が生き延びたばかりか、刻印と習得した気功術を組み合わせて、村の戦士たちの生存率を劇的に上げる戦い方を身につけやがったんだ」


「……そんなに……」


「刻印使いとしてどうかは知らねぇ。だが、あいつの戦士としての強さは本物だよ」


 まるで無二の親友を誇るような笑みで、エイソウはそのトドモリという人物を語り終える。事実、親友のような関係なのだろう。彼の言葉の節々から、二人の絆のようなものをうかがえる。

 と、そこまで語って智宏が圧倒されていることに気付いたのか、エイソウは『まあ、』と一声上げて話しを切り替える。


「話を戻すと、お前の身体能力はまだまだあげられるってことだ。なんだったら俺たちの世界の訓練法を教えてもいいから、とにかく筋肉をつけろ。それだけでも多少は強くなるはずだ。後はそうだな……、お前体柔らかいか?」


「え? いや、そう言えばかなり硬い……」


「それじゃだめだ。柔らかくなれ。こっちの言葉でいうなら、毎日スト、スト……? ストライキしろ」


「ストレッチだと思いますけど……。わかりました。やっぱりそう早くは強くなれないですよね……」


「あん? どういうことだ?」


 エイソウの反応に不謹慎だったかなと思いつつ、智宏は自分の素直な意見をぶつけてみることにする。そもそも伝えなければ話しが前に進まない。


「できればもっと手っ取り早く強くなりたいんですよ。不真面目で不誠実な話ですけど、あまり時間をかけてられない事情がありまして……」


「ふざけんな、って言うのは簡単だが……。お前いったいなんだってそこまで力を求めてんだ? ここは俺らの世界と違ってそこまで強さは必要ないだろう?」


「いえ、必要になるかもしれないんですよ」


 畑橋との交戦から今日までの間に、これまでの事件を振り返って出した懸念を根拠に、智宏はそう相手に告げる。他の人間にも話したことのない懸念を今日会ったばかりの他人に告げるというのは少々奇妙に思えたが、こういう話は近しい人間にこそ話したくはない。余計な心配をするのは自分だけで十分というのが智宏の考えだ。


「もともと、今レンド達と一緒に行っているミシオは狙われる理由があるんです。だからこそミシオはこの世界にかくまわれているわけですし……。まあ、現実的に狙うメリットが少ないので、あくまで念のためっていうレベルだったんですが……」


「なんだ? 誰かに付け回されたりでもしたのか?」


「いえ、そういう訳ではないんですけど……。ただ、先日捕らえた畑橋さんを奪っていった犯人というのが、ミシオを狙っているかもしれない組織と関係している可能性がありまして」


「なるほど……。匿って早々に身内の裏切りでその居所が知れてしまったって訳か。ならまた他の土地や世界に逃がすことになるのか?」


「いえ、それはまあ予想通りといいますか、本人に拒否されました。位置が知れたと言っても、狙われる理由が時間と共にどんどん希薄になってるので、それでも狙われる可能性は低いんですけど」


 ミシオが狙われる可能性というのは、実のところ犯罪組織の証人、手掛かりとしての側面によるところが大きい。だが実際のところ、ミシオの証言はかなりのところが捜査するレンド達へと伝わっており、すでに証拠隠滅を図るには手遅れの感が強いのだ。ミシオが今もこの世界に留まっている理由は、実のところ半分くらいは本人希望の留学のようなものと言える。

 とはいえ、だからと言って確実に安心だとは言い切れない部分があるのもまた事実。何しろ重要な証人であるという事実は変わりようがないのだから。


「もしもミシオが何らかの危険にさらされた場合、その障害として真っ先に機能するのは刻印使いであるこの僕です。牽制という意味でも、僕が強いに越したことはない」


 自分たちのとって不利益な証人に対する対策を考えたとき、その証人の身近に自分たちを返り討ちにする可能性のある戦力がいるのといないのでは、敵がとり得る選択肢が大きく変わる。いくら証人が邪魔に思えていても、返り討ちにされては余計な墓穴を掘るだけだ。


「ところが僕は、先日畑橋さんに襲われた時、その刻印の効力を看破する寸前に敗北している。幸いミシオのおかげで生き延びることができましたが、このままではまずいという危機感は抱かされたというのが理由の一つです」


「一つ? ってことは他にもあるのか?」


「はい。これはまあ、レンド達の意向や意見とは真っ向から対立する考えなんですけど、そもそも全く違う世界が五つも入り混じって、しかもそれが莫大な利益を生む可能性をはらんでいるこの状況下で、この先なんの騒動もおこらないとは思えなくなったんですよ」


 実を言えばこの考えも発端となっているのは畑橋の存在だ。というのも畑橋の起こした事件というのは、智宏にとって最初は危機意識の外の存在だったのだ。ミシオを狙うかもしれない『第六世界』という組織にのみ注意を向けていた智宏にとって、多少の繋がりはあっても、それとはまた別の事件に巻き込まれるというのは完全に予想外の事態だったのである。


「世界が繋がる最初の土地となることによる莫大な利益、それぞれの世界の常識を覆す技術を使って悪事を働く犯罪組織、突然異世界に放り出されて混乱する異世界人。騒動の種は実はあちこちに転がっている。異世界国交対策室(チーム―クロス・ワールド)のメンバーはそれにしっかりと対応しているようですけど、それでも事件は起きているし、僕やミシオみたいに特殊な力を持った人間が、それらの騒動に巻き込まれない保証はないと思うんです」


 すでに遠くの出来事でも他人事でもない。そんな危機感こそが今智宏に力を求めさせる訳だ。

 いつ訪れるか分からない危機に備えるため、今智宏は即戦力を欲している。


「なるほど。まあ、とりあえずおめぇの考えはわかったよ。でもなんで俺なんだ? 今日会ったばかりの人間に手のうち全部話して相談なんて、もっと他に相談できそうな奴がいそうな気がするし、考えようによっちゃぁ相当迂闊だと思うが」


「まあ、そこは戦うことに理解のあるエデン人っていうのが大きいですね。後、先ほどの話を聞くかがりあなたは相当な工夫と技術で今の強さを手に入れたみたいですし、助言を求めるならそういう人の方がいいかと」


 智宏とてこうした相談をする相手として、まず身近な人間を考えはしたのだ。だがそういった人間、特にミシオやレンドなどはそもそも戦わなければならない状況に陥ることをよしとしてくれない。そういう意味で男が戦うことが当たり前という価値観を持つエデンの戦士は、智宏にとってもってこいの相手だった。

 加えて以前訪れた経験から、高潔な戦士であることを美徳とするエデン人には一定の信用がおける。己の手の内を晒さなければならない相手としては、畑橋のような行動に出ることがなさそうという点でも適していると言える。


「わかったよ。俺もなんだかんだで忙しい身だが、貴重な刻印使いとつながりが持てるなら村のためにもなるだろう。暇な時でよければ少し手ほどきしてやる」


「ありがとうございます」


「つっても俺も結構忙しい。今日のところはいくつか助言するだけで勘弁してくれ」


「いえ、それだけでも結構助かります。基礎トレーニングとかはこっちでやっておきますので」


 参考までいエデンでの基礎的なトレーニング方法を聞いておこうかなどと智宏が考えていると、エイソウが唐突に何かを思いついたように目を見開いた。


「そう言えばお前、さっき自分の思い通りに体を動かせるって言ってたな? それって具体的にはどこまでできるんだ?」


「どこまでといわれましても、まあ右手と左手を別々に動かしたりですとか、完全に自分の思い通りに体を動かしたりですとか……」


「完全に思い通りにできるのか? とっさの事態とかでも正確に?」


「ええ、まあ刻印の性質上、正確性に関してはかなりのレベルだと思いますよ。流石に肉体の性能を超えることはできませんけど……」


 そう言う智宏の言葉に、エイソウは『ならできるかもしれないな』と呟きながら考え込む。智宏がわずかな期待を込めて結論が出るのを待っていると、その期待を察したのか再びエイソウはこちらに意識を戻し、彼の出した結論を告げてきた。


「もしお前が本当にどんな事態の中でも思い通りに動けるって言うなら、お前は自分の体の構造ってやつを研究した方が早いかもしれない」


「研究、ですか?」


「ああ、そうだ。どう体を動かせばより強い力が出せるのか、どうすれば早く動けるのか。筋肉の一本から骨の一欠けらまで意識してその機能を研究して、最善な体の動かし方ってのを知識として覚えるんだ。

そうすればお前はそれを実際の局面でもうまく使えるんだろう?」


「確かに理論上はそうですけど、そんなことでいいんですか? もっと技の練習とかをするイメージでこういう相談をしてたんですけど」


「まあ普通はそうなんだが、そう言う技の練習ってのをどういう目的でするかっていうと、人体の効率的な動きを体に染み込ませるためなんだ。でもお前の場合、一度動かし方を覚えちまえばその通りに動かせるんだろう?」


「確かに……」


「もちろん、筋力とか瞬発力とか、体の性能に出せる結果が左右されることもあるから、そっちを鍛えるのはかかしちゃいけないんだが、お前の場合誰かの技を盗むより、体の扱いがうまい奴の、どういう部分がうまいのかを知識として仕入れた方が早い。その方がいろいろ応用も利くしな」


 体の扱いがうまい人間と聞けば、まず思いつくのはミシオやエデンで会った戦士たち、そしてこの世界のスポーツ選手などだ。前者二つは智宏の脳にしっかり記憶が残っているため【集積演算(スマートブレイン)】で再生可能だし、スポーツ選手の動く姿など、今の時代映像としていくらでも手に入る。確かにこの方法なら智宏一人でも実現可能だ。


「わかりました。やってみます」


「おう。一応暇になったときに成果とかも確認してみよう。そのうちこっちから予定を聞きに電話するよ。……っと、そう言えば一つ聞きたいことがあったんだが、いいか?」


 話しが終わりかけたそのとき、唐突にそう前置きし、エイソウは智宏に一つの疑問をぶつけてくる。

それはこれまで、誰も疑問に思わなかった事柄であり――、


「どうしてお前の刻印は【集積演算(スマートブレイン)】なんだ?」


――だからこそ、智宏にとって重要な事柄だった。


 次回の更新は、恐らく夜の九時以降になると思います。

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