7:世界間通信実験
一応『最新話』のリンクで来た方ように、更新の履歴を載せておきます。
1:九月一日 1日午前0時
2:文化祭特別企画『七不思議イベント』 1日午前8時
3:七つ目の不思議 1日午後3時
4:魔女の手口 1日午後9時
5:非常識な客人 2日午前0時
6:もう一人の戦士長
⇒7:世界間通信実験
事の発端は少し前の夏休みのさなか、異世界人レンドことレンブランド・リードが智宏の家を訪れたときの雑談にまで遡る。その日はちょうどレンドが重要な事項について報告しに来ていたのだが、今重要になるのはその以前、本当に軽いノリで行われた会話の方だ。
魔術という技術を使うオズという世界にも、異世界同士で行える電波的通信手段は存在しない。その事実を智宏が知ったのは、実はこの時が初めてだった。それまで智宏は、以前何度か使ったことのある魔石と呼ばれる魔術を鉱物に刻み込んだ道具を使って、世界間の通信を行っていたと思っていたのだ。
だが現実には、世界間で通信を行うには人間が直接書類や手紙をもって異世界に渡航するしかなく、それとて技術的な問題で日に数回が限度という現状である。確かに世界が違うのだから通信などできなくてもおかしいとまでは思わないが、それでも携帯電話などの通信手段が一般化しているアースの人間としては、少々原始的で不便に思える現状だ。
だが、そんな話のさなかに、一つのアイデアが投下される。それこそが本日智宏とミシオが岩戸荘を訪れた最大の理由、すなわち、『通念能力ならばどうなのか』というものである。
「で、まあ段取りとしてはこの世界の時間で午後十七時十三分にミシオちゃんがエデンのブラインめがけてメッセージを飛ばして、それをブラインが感じ取れたら近くにいる別の職員に口頭で伝え、後で答え合わせって形になる。
ちなみに実験は二回行うぞ。一回目は転移魔術を使わずに、二回目は転移魔術でゲートを介抱した状態でだ」
エイソウたちの部屋の前で智宏がここに至る経緯を思い出していると、レンドがそうして今日の実験の流れを説明していく。正直に言ってしまえば今日来る必要があったのはミシオだけで、智宏はあくまで付いて来たおまけなのだが、ミシオの対する保護者的気分と、こういった実験への興味から積極的に疑問をぶつけることにする。
「伝える内容はどうするつもりなんだ? ミシオが適当に決めていいのか?」
「いんや、後で齟齬が生まれてもあれだから、こっちで適当に決めてきた。できるだけオズ人が知らなくて、伝わってたら一発でわかるようなのを」
「へぇ、ちょっと見せてくれ」
レンドが自慢げに差し出す紙を受け取り、四つ折りにされたそれを開いて中を改める。どうやらこの世界の日本語で書かれた文章のようだが、夏休みに猛勉強を行ったミシオならこれくらいは読み取れるだろう。
「……ってちょっと待て、これってもしかして『外郎売り』じゃないか?」
「お、やっぱり智宏知ってるか。さっすがアース人」
紙に書かれていたのは、元は江戸時代の歌舞伎を発祥とする有名なセリフで、昨今では役者や声優の活舌の練習にも使われる長大な文章だった。
そう、活舌の練習に使われる文章である。声に出すには余りに言いづらく、長いそれは、初めて見る人間が読み上げるには少々不向きな代物だった。
「……おい、さっきブラインさんに通念能力で送って、それを他の職員に口頭で(・・・)聞かせるって言ってたよな?」
「ああ。安心しろ。こっちの世界でビデオカメラを買ったことがあってな。伝わったときに証明になるようにって言い聞かせてそれで撮影するように言ってあるから、舌を噛むブラインの様子が後でばっちり見えるぞ」
「お前実験を成功させる気有るのか!? 何で嫌がらせを兼ねて実験しようとしてるんだよ!?」
「大丈夫だって、例え噛み噛みでも伝わってればそれとわかるから。それよりあの禿げたおっさんがあちこち噛みながら『外郎売り』を必死でとなえてる姿を想像してみろ。きっと滅茶苦茶笑えるぞ」
「いたずら心が溢れんばかりだなおい!!」
読みにくい文章に目を白黒させるミシオを見ながら智宏がそう叫ぶと、背後のエイソウ達の部屋の扉が開いて、中から二人分の気配が歩み出てきた。
振り返ると何とかこの世界で目立たないように努力したらしい、巨大なウンサイと細長いソウカク二人の姿があった。担いだ槍と斧は布をかけただけなのでまるで隠し切れていなかったが、驚いたことにその顔からはエデン人特有の鱗模様が消えている。今しがた着替えたらしい服装も相まって、今の二人は布を巻いただけの武装を除けば、先ほどのエイソウ同様、派手なだけの現代風の若者に見えた。
「あれ、鱗……?」
意識を『外郎売り』から二人に向けたミシオがそう呟くと、ソウカクが『ああ』と言いたいことに気づいたようにこちらに応じてくる。
「こちらの世界の、『ふぁんでーしょん』とか言う化粧で隠しているのですよ。我々の鱗は、他の世界では目立ちすぎますゆえ」
「そう言えばエイソウさんやリンヨウさんも鱗模様がありませんでしたね」
「なんだかんだで、エイソウを説得するのが一番苦労したんだけどね。男が化粧するのって向こうの世界でもあまりないものらしくて……」
「まあ、我々も抵抗が無いわけではないですが、エイソウ殿が行っている以上拒否する訳にも参りますまい」
ソウカクの背後でウンサイが同意の頷きを示すのを見ながら、智宏はエイソウという青年がかなりの尊敬を集めていることを再度認識する。
力ではなく技術によって戦士長にまで上り詰めたエデンの戦士。そう考えたとき智宏の脳裏に、ふと一つの閃きが生じる。彼ならば智宏がここ最近抱えている懸案事項に対し、何らかのアドバイスを行えるのではないかという考えだ。
智宏がその案を真剣に検討しているのをよそに、ソウカク達の話題は別の方へと進んでいく。
「ところで二人はどこへ行くんだ? 来たばっかで、まだこっちの地理や交通機関には不慣れだろう?」
「ああ、いえ、ご心配なく。確かにバスだの電車などは話に聞いたことしかありませんが、幸い行先は歩いていける範囲です。実はリンヨウ様から我々の逗留先を教えていただきまして。地図も今書いていただいていますし、とりあえず行ってみようかと」
「へぇ。二人は誰んちでお世話に?」
「確か、丸山、と」
「ああ、丸山の婆さんか。あそこは九十近い婆さんの一人暮らしだから、力仕事とか積極的にやってやると喜ぶぞ。あと、治癒系の気功術が使えるなら腰を見てやってくれ。腰痛に悩んでるから」
「承知しました。それにしても九十とは……。我らの世界では考えられない長寿ですな……」
感心したように呟くソウカクに智宏は少し複雑な気分を抱く。エデンは他の世界と比べても極端に厳しい世界だ。平均寿命など日本の半分もないかも知れない。そんな世界の人間に対して安穏と暮らしている自分達を見せるのは、自分たちの恵まれた部分を見せつけるようでどこか後ろめたいような気分になってくる。
と、そんなことを考えている間に部屋の中から、地図をもったリンヨウとエイソウが歩み出てきた。
リンヨウは二人に地図を渡すと、書いてある絵や文字について一通りの説明を行う。ちらりと見た限りではほとんどの文字がその実看板などの絵で、目印の記号としてしか扱われていなかった。エデン人は一部の女性しか文字を扱わないため、地図を描くだけでもそれなりの工夫を求められるらしい。
「承知いたしました。それではエイソウ殿、リンヨウ様、他の皆様も、本日はこれにて失礼いたします」
「失礼、いたす」
「おう、くれぐれも厄介事を起こすんじゃねぇぞ」
エイソウに釘を刺されて見送られ、二人は階段を下りてアパートから去っていく。二人が近くの角を曲がって見えなくなると、レンドが見送りをそこで終わらせ、口を開いた。
「さて、それじゃあ俺たちもそろそろ準備を始めようか。悪いんだけどミシオちゃんは二○五号室に来てくれる? 転移魔術を使った実験も行うから魔方陣のある部屋を使いたいんだけど」
「うん、わかった」
「智宏はどうする? 見ていて面白いものではないだろうけど立ち会うかい?」
レンドの申し出に、智宏は少し迷って視線を彷徨わせる。だがその視線がエイソウを捕らえた瞬間、二度と来ないかも知れない機会を逃すべきではないという思考が生まれて気付けば首を振っていた。
「いや、こっちで待ってるよ。協力できることもなさそうだし、他の世界の話なんかも聞きたいから」
「ならば、わたくしは立ち会ってもよろしいでしょうか?」
智宏の言葉に反応するかのように、意外にもリンヨウが声を上げる。意外と思ったのはレンドも同様だったようで驚いた視線をリンヨウに向けるが、リンヨウはそれに微笑をもって返した。
「実は一度超能力というものを使うのを見てみたかったのです。わたくしはまだイデアに入ったことがありませんでしたから」
「え? でも私の通念能力は見てわかるものじゃないんだけど……?」
「それでも、です。送る先は私の世界のようですし、できれば立ち会いたいのですが、だめでしょうか?」
「え? いや、見たいって言うなら特に断る理由もないんだけど……。まあいいか。それじゃあ準備を始めようか。一応時間を決めてるから、遅れたりとかはしたくないしね」
そういって女性陣二人を連れて歩きだすレンドを見ながら、智宏は同じように三人に目を向けるエイソウを観察する。するとエイソウもなにかに気付いていたのか、すぐに視線をこちらに合わせて話しを促してきた。
「んで、わざわざ俺と二人になった理由はなんだ?」
話しが早い。そんな感想と感謝を抱きながら、智宏はさっそくその話を切り出した。
次回の更新は昼の12時です。
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