6:もう一人の戦士長
一応『最新話』のリンクで来た方ように、更新の履歴を載せておきます。
1:九月一日 1日午前0時
2:文化祭特別企画『七不思議イベント』 1日午前8時
3:七つ目の不思議 1日午後3時
4:魔女の手口 1日午後9時
5:非常識な客人 2日午前0時
⇒6:もう一人の戦士長
五つのレキハ、そしてそれがつなぐ五つの異世界のうちでも、ひときわ異彩を放つ世界が存在する。
もっとも、五つの異世界は住む人間の種族的特徴、築いてきた文明の性質やレベルなど、どれ一つとっても同じと言える世界などない。超能力だの魔術だの気功術だのといった異能が、社会で広く認知され、使われている世界が普通にあるし、同じ科学文明世界三つをとっても、それぞれレベルがまるで違ったりする。
だが、そういった事情を踏まえても、やはり最も異彩と言えるものを放っているのは第一世界エデンであろう。
五つの世界は星座など同じ星でもなければ一致しないものが一致していることから、その起源を同じくしつつも別の歴史を歩んだ並行世界なのではないかと予測されているが、そんな五つの世界の中でも最も早く枝分かれしたのではないかと思われるのがこのエデンなのだ。
この世界において人間の文明はほとんど発展していない。
他の世界では過去に絶滅したはずの恐竜が、今も生態系の頂点に君臨している。
人の身を遥かに越える巨体を持つ、そんな生物のいる驚異の世界。そんな世界で生き残るために人々が作り上げたのが、男女の役割分担を厳格化し、村一丸となっていき抜く社会体制であり、そのトップに立つのが、男の戦士たちの頂点に立つ戦士長と、神の代行者として村を統治する女性の巫女なのである。
「そして、我らが奉ずるべき新たな巫女様と、我らを従えし次代戦士長こそが、ここにおられるリンヨウ様とエイソウ殿なのです!!」
智宏達が岩戸荘についてから数分後、エイソウ達が住みかにしているというアパートの一室で、先ほどソウカクと呼ばれた少年が落ち着いた口調の中にも僅かな熱を込めてそう紹介してきた。最初の会合から間もなく、とりあえずと自己紹介として、名前や年齢などを話した直後のことである。
ちなみに、予想通りというべきか四人の年齢は智宏達よりもわずかに上で、ソウカクとウンサイの年齢が十八、エイソウとリンヨウが十九だった。二月まで十六の智宏や、あと数日は十五歳であるミシオは、このメンバーでは年少に当たる。
「……あれ? でも、私達エデンで、戦士長のブホウさんにあったけど……?」
とはいえ、そういった年齢の上下で態度を変えられるほどミシオは器用ではない。智宏としては一応年上なのでそれなりの礼儀を取っていたのだが、ミシオはいつもの口調で普通に会話し、疑問をぶつけていた。傍から見ている智宏にしてみれば、ミシオのそういった部分は対人経験の少なさも相まって危なっかしく感じられる。
「そうですか、ブホウ様にお会いになられたのですね……」
「それは、先代」
「お二人が合われたブホウ殿というのは、エイソウ殿の先代に当たる戦士長で、我々若輩の者達が異世界へ留学している間、引き続き村で戦士長の任についていられるのです」
「つまり、オレらがいない間、引退したブホウのおっさんに代わりを頼んでんだよ。これに関しては巫女の立場も同じだな」
幸いなことに、ミシオのそういった態度も相手の四人は気に留める様子はなかった。ミシオの質問に気さくに答えを返し、まるで見知った仲間であるかのように接してくる。もしかすると一つの村という狭い社会の中で生きてきた彼らは、必要以上に他人との間に壁をつくらないのかもしれない。
「ところで、先ほどから気になっていたのですが、お二人はもしや少し前に我がレキハ村……、失礼、エデンに訪れた【集積演算】の『烙印持ち』とテレパシストのお二人でよろしいでしょうか?」
「え? まあ、【集積演算】と通念能力はそうですけど……、烙印?」
「やはり!! 名前とエデンを知っている様子からもしやと思っていたのです!!」
迂闊にも智宏が疑問と共にそう返事を返すと、二人の男は勢いよく身を乗り出し、智宏とミシオの両手を掴んでくる。これにはさすがのミシオも驚いたらしく、無口で大柄なエデン人の顔を見ながら目を白黒させていた。
そんな二人の様子など気にも留めず、二人は興奮した眼差しで智宏達を見つめてくる。
「以前エデンに連絡のため帰郷した時、あなた方二人が大型魔獣をも投げ飛ばす暴漢を見事撃退したのだと聞きました!! 聞けば智宏殿の見事な状況判断と、ミシオ嬢のテレパシーのおかげで我らが村からは一人の死者も出なかったとか!! そんな素晴らしき戦士たちにお会いできたこと、このソウカク感激で言葉もありませぬ!!」
「感、無量」
「いや、あれは……」
二人の異常な感激ぶりに、智宏は反射的に否定の言葉を口にしかける。撃退したなどといってもそれは別に智宏やミシオだけで行った訳ではない。むしろ智宏は村の戦士たちに指示を出しただけで、実際に撃退する役目はブホウや、オズの軍人であるブラインなどが行っている。
だが、智宏がそれを口にする前に、目の前の頭めがけて左右の拳骨が勢いよく振り下ろされた。
途端に智宏とミシオの腕が解放され、二人が頭を抑えて悶絶する。
「てめぇらには色々と注意しなくちゃいけないことがあるが、まず第一に馴れ馴れしくがっつきすぎだ。見てみろ、二人とも困ってやがるじゃねぇか、自重しろ」
「そうですよ。特にウンサイさん。女性に対して今のはいただけません。以後謹んでくださいませ」
「それともう一つ。ある意味じゃこっちのほうが重要なんだが……」
言いながらエイソウは二人と智宏達の間、彼らの正面に入り込むと、上から頭を鷲掴みにして顔を上げさせ視線を合わせる。
「お前らオズの奴らに、他人の能力やら刻印やらをみだりに言いふらすなって言われなかったのか?」
「……あ」
「何が『……あ』だ!! てめぇあちこちで人の手の内ばらしまくってんじゃないだろうなぁっ!?」
「い、いえ、滅相もない!! 我ら二人、先日彼らの武勇伝を聞いてから、テレパシーについても知能強化のらく、刻印についても他人に話したことは一度も――」
「てめぇらのどの口を俺に信じろってんだこのタコッ!!」
と、再び鈍い音が部屋に響き、拳骨を食らったソウカクが頭を抑えて悶絶する。
対するエイソウはついでとばかりに隣のウンソウにも拳骨を叩き込むと、小さく悪態を吐きながら元いた位置、智宏達の右斜め前のリンヨウの隣へと戻っていく。
ちなみに智宏の隣ではミシオが『エデンにもタコが……?』と呟いていたが、話にまるで関係ないので無視することにした。
いま重要なのはこの二人による情報の漏えいである。
「ったく、そもそもてめぇら、一体どいつからこの二人の話を聞きやがった? オズの連中や他の協力者がおいそれと喋るとは思えねぇ。ってことはうちの世界の連中か?」
「あ、いえ……、その……」
「教えてくれたのは、ブホウ、団長」
「……チィッ!! よりにもよってあのおっさんか!! これじゃ他の連中に示しがつかねぇじゃねぇか!!」
ガリガリと頭を掻き毟りながら、エイソウは深いため息を吐く。どうやら智宏達の行いについて話したのは、エデンで会ったブホウその人だったらしい。もっとも、エデンには情報統制という概念自体が無いので、こればかりは仕方がないのかもしれないが。
「それであの……、二人は僕の刻印やミシオのテレパシーについてどれくらいの人に話してしまったんでしょうか? 話しの内容から大体の効力と、名前が伝わっているのはわかったんですけど……」
「あ、いや、それに関してはご心配なさらずに。我ら二人、直にお二人にお会いして少々興奮してしまっただけで、五日前にブホウ殿からお話を聞いてから、この話を人とするのは初めてです」
「ってことは新たに知っちまったのは今んところ俺たち二人だけか? エデンのおっさんたちには急いで注意を促す必要があるが……」
「そうですね。それについては私の方からお手紙を出しておきましょう。ブホウ様が気軽に喋られているということは、それを諌められるのは巫女を置いて他にいませんから」
「まあ、どの道文字を読み書きできるのは巫女と女官くらいだしな。てめぇらもいいか!? 刻印だの能力だのの情報は人に漏らしちゃいけない機密ってやつだ。今後は軽々しく漏らしたりは絶対するんじゃねぇぞ」
「判り、申した」
「わかりましたっ、お二人についてもトドモリ殿の刻印についても、今後いっさい口にしません!!」
「……トドモリ?」
智宏が思わず口にした瞬間、瞬く間に立ち上がって距離を詰めたエイソウがソウカクの胸倉を掴み、片手でその身を宙へと持ち上げる。その額にはくっきりと青筋が浮かび、引き攣った頬は隠しようもない怒りを存分に放出していた。
「ソォォォォ、ウゥゥゥゥ、カァァァァ、クゥゥゥゥ? てめぇの口はどうしてそうも軽いんだぁぁぁぁぁ? それともてめぇの口は石でも詰め込めば相応の重さになるのかぁ?」
「申し訳ござらんすいませんごめんなさいお許しください助けて――」
「エイソウ様、今はお客様の前です。ソウカク様への折檻はまた後ほどにしてくださいませ」
リンヨウに窘められ、エイソウは舌打ちと共にソウカクを解放する。だがエイソウのその表情は、明らかにソウカクに対して『これで終わったと思うな』と宣告していた。
流石に気まずくなり智宏は話題を変えることにする。
「そ、それにしてもエイソウさん、すごい力ですね。自分よりも大きいソウカクさんを片手で宙吊りとか……」
「あん? 別にこの程度たいしたことはねぇよ。一応気功術使ってたし。力自慢の奴なら気功術なしでこれくらいやってのける」
「使ってたんだ……」
隣でミシオがそう呟くのを聞きながら、智宏は先ほどエイソウがソウカクを持ち上げた時のことを思い出す。確かに言われてみれば、微妙な魔力をエイソウから感じたような気はしていた。
とはいえ気功術は基本的に外からだとその魔力を感じにくい技術だ。これは智宏の【集積演算】にも言えることだが、人間の体内で作用する魔力というのは、総じて外側からだと感知しにくい性質がある。数日前にミシオに協力してもらって検証してみたが、ミシオではどう頑張っても十メートル以上離れると【集積演算】の発動を感知できなかった。ミシオより若干魔力に対する感覚が鋭く、気功術によってその感覚を強化できる智宏でも、恐らくその倍がいいところだろう。
「まあ、そもそもエイソウ様は力で戦士長の座まで上り詰めた訳ではありませんからね。先代のブホウ様はその力による一撃の威力を突き詰めた方でしたが、エイソウ様はどちらかといえばその逆ですし」
「逆?」
「技巧、派」
首を傾げるミシオに、今度はウンサイが短くそう返す。先ほどから感じていたが声が高く口が軽いソウカクに対し、こちらは随分と声が太く無口なようだ。正反対というならこの二人の方がその印象は強い。
「まあ、そもそもオレは体格もいい方じゃないし、力比べじゃそっちの二人にすら敵わないからな。必然的に残る瞬発力とか、技の精度なんかを磨くしかなかったんだよ」
「でも、それで戦士長にまでなってるんですよね? 確か戦士長って村の戦士の中で一番強い人間がなるものだったはずでは?」
「まあな。とは言ってもオレなんか、先代の戦士長達に比べればまだまだ……」
「そんなことはないでしょう!!」
肩をすくめて言いかけたエイソウの言葉を遮ったのは、またしても復活したソウカクだった。はたから見ていればまた何か余計なことをしゃべりはしないかと気が気ではないが、本人はまるで懲りた様子もなく軽々と口を動かす。
「確かに先代の方々に比べればエイソウ殿は体格には恵まれておりませぬ。しかしエイソウ殿の技量は、それを補って余りある武器でありましょう!! 先代の戦士たちの話を聞いていても、巨竜を生きたまま解体した話など聞き覚えがございません!!」
「い、生きたまま解体!?」
突然出てきたおどろおどろしい言葉に、智宏は思わず瞠目する。言葉だけ聞けば学校などでもやるカエルの解剖をイメージしそうだが、相手が巨竜である以上そんな楽なものでは断じてないはずだ。
「エイソウ殿は生き物を解体する際の手順を、その絶大な技量によって戦闘中に行えるのであります。その生き物体の脆い部分を的確に突き、その体の構造に沿って的確に解体していく。そんなことができた戦士など我々は聞いたことがありません」
「まあ、そもそも力技で魔獣の鱗や骨を貫けたらそんな技術はいらねぇからな」
そう言って肩をすくめるエイソウに、しかし智宏は謙遜とは別のものを感じとる。それはレキハの戦士のトップに立つ者には余りにも不釣り合いな、どちらかといえば劣等感に近い感情だ。
(ああ、そうか。この人、才能ないんだ)
その様子に智宏は、内心である意味失礼な分析を行う。
他の世界での才能、という意味でならないわけではないだろう。むしろソウカクが話すエイソウの技術は、恐ろしい才能と努力に裏打ちされた代物だ。
だがことがエデンという、戦う相手が恐竜の子孫のような生き物となれば話は変わってくる。
硬いうろこ、分厚い肉、そして骨。それらを持つ巨大生物を狩るのに必要な才能は、確かな技術ではなく強力なパワーだ。
見た目だけみても明らかだ。ソウカクやウンサイ、その他エデンで見た他の戦士たちと比べても。エイソウは明らかに小柄で細身だ。服の上からでも鍛えているのは見てとれるが、それでも膂力や一撃の威力に関してはどうしても見劣りすることだろう。
恐らく、彼はそのことをどうしようもなく気にしている。
それを補っている技術が他の戦士たちにとってどれだけ驚異的なもので、それによって他の戦士たちからどれだけの羨望を集めていたとしても。
「それに、戦士長は、それだけじゃない」
「そうです!! 何しろエイソウ殿は、歴代の戦士たちの中でもまれにしかいない固有技の持ち主。他の戦士とは一線を画す技量の持ち主なのです」
「固有技……?」
反射するように聞き返すミシオに対し、ソウカクは再び身を乗り出し、再び目を細め出すエイソウを尻目に我がことのように胸を張る。先ほどから智宏も気付いていたがこの男、恐ろしく空気が読めない。
「我々戦士は、魔獣と戦うために様々な技を編み出しております。これらは先代たちが代々研究を重ね、編み出し、受け継いできたもので、人によって向き不向き、精度の違いなどはあれど多くの使い手が存在し、我々も村の幼き頃より大人たちから自分にあった技を受け継いでいるのです」
「……だけど、固有技は違う」
ソウカクの説明にエイソウが渋々といった感じで続きを話す。その様子は実に淡々としており、どこにも自分の技を誇るような様子は見られない。
「固有技ってのは正真正銘、編み出したその本人にしか使えない技だ。まあ、中には使われている技術の一部を他の技に転用したものもあるが、基本的に固有技ってやつは他人に真似できないものといっていい」
「そう、そこがすごいところなのです!! 固有技というのは先代の戦士たちの話を聞いても、特別才能のある戦士がその才能を限界まで引き出してはじめてものにできる技。突出した才能を持っていて初めて可能となるがゆえに、同じ才能を持たない他の戦士では扱えないものを言うのです」
「そんな大層なもんじゃねぇよ。技なんてのは、多くの人間が習得できたほうがいいに決まってる。その点において固有技なんてのは独りよがりの局地だ。それに、俺の技なんて邪道もいいところだ。一応使いこなせるようにはなっては見たが、そもそも使える機会自体が無いしな」
「え? いえ、そうでもないでしょう。現に四年前戦士長を決める試合のとき――」
「ソウカク!!」
と、ソウカクが話しかけたそのとき、そばにいたウンサイが予想外の大声を上げる。一瞬驚き、その理由がわからず混乱した智宏達だったが、直後にエイソウの放つ気配の変化を感じてその理由を察することができた。
放たれる気配は明らかな殺気。先ほどソウカクが刻印使いについての情報を漏らしてしまったときとでも比べ物にならない怒気が、今のエイソウからは放たれていた。
ことここに至って、ようやく自分の過ちに気付いたらしく、ソウカクの表情が蒼白に変わる。
「皆様、この話はここまでにいたしましょう。エイソウ様もいいですね?」
「……ああ」
沈黙の広がった室内にリンヨウの凛とした声が響き、張り詰めていた空気がわずかながら静寂を取り戻す。智宏達には、いったい何がエイソウの逆鱗に触ったのかは分からなかったが、それでも下手に踏み込んではいけないということは嫌というほどわかった。
「……悪かったな。智宏やミシオがいるってのにみっともねぇ物を見せちまった」
「いえ、それは構いませんけど……」
「それからソウカクとウンサイ、お前らが欲しがってた鍛錬場はトドモリのところだ。明日にも連れていくから今日のところは我慢してくれ」
「あ……、いえ、」
「わかり、申した」
どうにか戻って来た室内の空気には、しかしどこか先ほどとはまた別の居心地の悪さが広がり始める。
しばし会話が途切れ、嫌な空気が室内に充満し始めたちょうどそのとき、
「ピンポーン! トモヒロクーン、ミシオちゃーん来てるー? 実験をはーじめーるよー」
聞き覚えのある異世界人の軽薄な言葉、状況をぶち壊す智宏達の待ち合わせの相手が、扉の向こうにたどり着いた。
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