3:七つ目の不思議
一応『最新話』のリンクで来た方ように、更新の履歴を載せておきます。
1:九月一日 1日午前0時
2:文化祭特別企画『七不思議イベント』 1日午前8時
⇒3:七つ目の不思議 1日午後3時
暮村学園の手芸部がその名義に準じた活動をしていた時期は、すでに数年の過去にさかのぼる。いつからそうなっていたかは不明だが、少なくとも智宏がこの学園内に手芸部と呼ばれる部活があると知ったときには、すでにその部活は廃部の危機を迎えていた。
現在、手芸部の部員の中でまともに手芸をやっている人間は一人しかいない。他の部員はそのほとんど全てが名ばかりの幽霊部員だ。
ただし、この部活の幽霊部員が他と違うのは、部活に出てこないという意味で幽霊なのではなく、手芸部なのに手芸をしないという意味で幽霊なのだ。
部活には普通に出てくる。というより、たまり場として部室を使われている。
結局のところ、部として成立できる最低限の活動をしながら、普段は友人同士のたまり場として機能する。それがこの団体、手芸部の実態だった。
「いやぁ、そうか。しっかし編入生がヨシトモ君の親戚だったとはねぇ。うんうん、顔の広い友達を持って私は嬉しいよ」
「ふふ、あなたが言うと嫌味にしか聞こえないわね。あなた以上に顔の広い人間を私は知らないもの。悪意すら感じるわ」
「僕はあなた以上に悪意にあふれた人間を知りませんよ」
机を挟んで体面に座る最上火観子と三条結華の会話にそう突っ込みながら、智宏は現在の状況にもう一度頭を抱えた。智宏の隣には、部屋の隅に置かれたミシンや、過去の部員の作品などに視線を向けるミシオの姿がある。
「まあ、なにはともあれ改めて自己紹介だ。私は最上火観子。三年生だ。生徒会長なのはさっきの全校集会のときにわかってしまったと思うが、この部での立場は平の部員だな」
「私は三条結華。同じく三年生よ。優しさと面倒見の良さには自信と定評があるわ。困ったことがあったら何でも聞いて」
「は、はい。私はハマシマミシオです。何かあればよろしくお願いします」
「止せミシオ。この人の言うことを真に受けるな」
早速悪意あふれる発言をする結華の言葉から、智宏はすぐさまミシオを守るべく行動を起こす。この先輩の言うことを真に受けていたらミシオの常識がどれだけ歪められるか分かったものではない。
「あら、酷い言い草ね吉田君。清廉潔白な私に向かってその言い草。まるで私が何か悪い事でもしたみたいじゃない」
「むしろ悪いこと以外何をしたって感じですけどね。二月のバレンタインの惨劇とか、春の体育祭の借り物競走とか、他にも小さい事件をあげていたらきりがありませんよ」
「あら、体育祭の借り物競走は私だけのせいじゃないわよ。面白がって後の方の借り物を『メイド服を着た女子』とか、『鎧甲冑の男子』とかにしたのは火観子なんだから」
「それでもどさくさにまぎれて『パワードスーツの女子』とか、『ウェディングドレスの男子』とかを入れたのはあなたでしょう!! 許可だしちゃった火観子先輩も同罪ですけど、それでも首謀者はあなたです!!」
叫びながら、智宏は体育祭での借り物競走の様子を思い出す。『パワードスーツの女子』などは実現不可能だったためまだ引いた人間がマジ泣きするだけで済んだが(ちなみに引いたのは女子だった)、『ウェディングドレスの男子』など、下手に衣装が用意されていた分性質が悪かった。
結果として引いた男子生徒は着てくれる男子生徒を探し求めることになり、しかし同じチームの男子すら着たがらなかったため、結果的に会場は捕まったらウェディングドレスの恐怖の鬼ごっこ会場と化したのだ。
当然のように他の選手がゴールしてもこのお題が流れることはなく、さらには捕まった男子が学年どころか全校でもトップクラスの高身長+悪人面だったことから、あの事件は今もこの学園の生徒全員の心に傷として刻まれている。
「そう、確かにそうかも知れないわ。でもそれを言うなら、わざわざ私の企みに乗って衣装を貸しちゃった演劇部も悪いと思うの。加えて言うならあの場所でやらなきゃいけない空気を作っちゃった全校生徒も同罪だと思うわ」
「勝手に加害者を増やさないでください。あの後あの二人、特に鋼樹を立ち直らせるのに、僕らがどんな苦労をしたか――」
「俺が、どうかしたか?」
と、智宏達の話題に応じるように、その話題に上がっていた当の本人が扉を開けて『ぬっ』っといった様子で顔を出した。ちなみに擬音は『ぬっ』で正解である。
現れたのは慎重二メートルを超える巨大な男子生徒。身長だけでなく肩幅もあるまさに大男といった感じの生徒に、隣でミシオがしばし呆気にとられるのがわかる。当の本人も自分がミシオに見られているのがわかると、『ぎろり』と言う擬音がつきそうな視線でミシオを睨みつけた、ように見えた。
会沢鋼樹。智宏と同じく二年生で、去年までは同じクラスだったこの男は、その性格に反して顔つきが滅茶苦茶怖い。堀の深い顔立ちと細い眼がぼさぼさの髪に隠れ、本人は普通に見ているだけでもまるで睨まれているかのように錯覚させられる。性格はいたって温厚で、この手芸部で唯一手芸を嗜む正規の手芸部員、かつ部長なのだが、いかんせんこの見た目のため他の生徒からは非常に恐れられている。実際智宏も、直に会話するまでは関わらない方がいい人間として見ていたくらいだ。
「……先輩、この人は?」
そんな男が、ミシオとしばし見つめあった後太い声で火観子にそう訊ねる。こっそり様子をうかがってみればミシオは特におびえた様子もなく、代わりに鋼樹の長身を上から下にもう一度見直していた。どうやらここまで大きな人間に会うのは初めてのことらしい。
「ああ、紹介しよう鋼樹君。こちら、ヨシトモ君の親戚で、今度この学園に編入してきたハマシマミシオさん」
「へぇー、例の編入生ってやっぱり智宏の関係者だったんだ」
と、火観子の言葉に今度は智宏のクラスメイト、聖人が顔を出して応じてきた。
「あら聖人君、いたの?」
「生憎といたんですよ魔女先輩。まあ、コウの後ろだと見えなかったかもですけど」
「ああ、紹介しよう。こちら寺原聖人君。ヨシトモ君と同じクラスの二年生だ」
「よろしく。噂の編入生とこうも早く会えるなんて、今日は神のご加護が絶好調のようだ」
「あ、はい。よろしく、お願いします」
聖人の発言に少し戸惑ったようだが、すぐに我に返ってミシオはぺこりと頭を下げる。言葉や動きは少し緊張が見えるが、それに関してはこれから慣れていけばいい。
「それで、そっちの大きいのが会沢鋼樹、見た目はおっかないが唯一幽霊ではない手芸部員で部長だ」
「よろしく。鋼の樹と書いて鋼樹と覚えてくれ。その方が覚えやすいだろう」
続けて行われた鋼樹の紹介と挨拶に、ミシオは同じように頭を下げて応じる。どうやらミシオは鋼樹の外見にそれほど衝撃を受けていないらしい。
「ところでいったいなんの話をしてたんです? さっきコウの名前が出てきてたようですけど」
「ああ、いや、それは……」
「春の体育祭で聖人君と鋼樹君が結婚式を挙げた話よ」
智宏が言いよどむのをしり目に魔女がそう告げた瞬間、二人の男が膝を折って床へと崩れ落ちる。聖人は床を叩いて激情に任せてむせび泣き、鋼樹はうつろな目でぶつぶつと何かを呟き始める。
効果はてきめん。あまりに見事に二人の男の心が折れた瞬間だった。
「さっきのウェディングドレスを着た人って、鋼樹だったんだ」
「そうよ。そしてそれを引き当ててしまったのがそこで無様に地に伏している聖人君。ところで貴方、仮にも一つ上の初対面を名前で呼び捨てるのね?」
「こいつの住んでいたところではそれが普通だったんですから勘弁してください」
「いやいや、私はそれでまったく構わんぞ。むしろ強い友情を育めそうで何よりだ。私のことも火観子と呼び捨ててくれて構わない」
魔女の放った悪意あふれる言葉を火観子が無自覚に叩き潰す。発言に対するフォローという意識すらない。この二人の間では日常的な光景だ。
と、そんな二人の様子を智宏が何の気なしに見ていると、扉の向こうから『タッタッタッ』という廊下を走る軽快な音が聞こえてきた。
学校の廊下を走っているというのに何ら悪びれる様子もない。だからと言って先ほどの智宏のように必死で走っているといった様子もないその足音の主に、智宏を含むミシオ以外の全員が同時に一人の生徒の顔を思い浮かべた。
そして、その答えを示すように扉が勢いよく開き、全員が思い浮かべたのと寸分たがわぬ顔が扉の向こうに現れた。
「おっはようございまぁす!! いやぁ、夏休みがついに終わっちまったぜぇ。まったく、まだ暑いんだからもう少し夏休みでいいと思うんだよなぁ、そうすれば宿題ももっと余裕をもってやれるだろうしさ、先輩たちもそうは思わない――、ってなんだこりゃ!? 何でコウにぃとテラマサ先輩そんなに沈んでんの!? あたしまだ金的も跳び膝蹴りもかましてないよ!? あ、でもコウにぃがあたしより低い位置にいるのはいいなぁ……」
来た途端に騒がしくわめきたてたのは記憶よりかなり日に焼けた小柄な女生徒だった。髪を頭の左右で丸く団子状にまとめたその少女は、何を考えたのか地に沈む鋼樹の肩を跨いでその上に肩車するように座り込む。
「さあ立ち上がれ兄ちゃん!! そうすればあたしは兄ちゃんに取られちまったものすげぇ高い背丈を手に入れる!!」
吐き出されたものすごい世迷い言に智宏が呆れていると、肩に乗られて頭をばしばし叩かれていた鋼樹がおもむろに身を起こして立ち上がる。
「おおっ!! 高い!! 高いぜ兄ちゃん!! ついに、ついに私は兄ちゃんを超える長しグエ!!」
恐らく『長身』と言おうとしただろうその言葉は、しかし直後に少女が天井に頭をぶつけたことで遮られる。
部屋全体に沈黙が広がり、その沈黙に逆らうように少女のうめき声だけが聞こえてくる。
「あー……、愛妃君、大丈夫かね? もしもやばそうだったらいってくれ。友人に医者をやっている人間がいるからすぐにでも紹介しよう。まだ若いが情熱に溢れ、かなり腕もいい素晴らしい友人なんだ。彼ならたとえ脳腫瘍が見つかってもきれいさっぱり直してくれるだろう」
「……いい。間に合ってる……」
「そうか……」
火観子の友達自慢を含んだ申し出に、愛妃は肩車されたまま頭を抑えて断りを入れる。その様子に火観子も愛妃が大丈夫だと悟ったのか、『こほん』と一つ咳払いをしてミシオへ向き直った。
「さて、紹介しよう。我が手芸部員最後の一人。鋼樹くんの妹で中等部二年生の会沢愛妃君だ。愛妃君、こちら新しく入って来た編入生にして新入部員の浜島美潮さん」
「え、あ、はい。……中等部の、二年?」
「く、ぅ、ぅぅぅ……おい、ねぇちゃん。今あんたあたしのことをそんな歳に見えないとか思っただろう。どう見ても小学生とか思っただろう!!」
「え? うん。大体十歳くらいの初等部の人かと――」
「ムキャーー!! 初対面の人に小学四年生とか言われた!! 畜生!! いくら同性でも許せねぇ!! 降ろせにぃちゃん!! 今からあたしは鬼になる!!」
「あ、危ない!! 暴れるな、止せ!!」
ミシオの発言に癇癪を起し、愛妃は兄の肩の上という不安定な場所で暴れ出す。だがそこは地上から三メートル近く高い場所だ。そんなところで暴れれば、当然のようにいくつかの危険が付きまとう。
例えばそう、先ほどと同じように身を起した途端に頭を天井にぶつけるような、だ。
「く、ぅ、ぅ、ぅぅぅぅぅ」
二度目の鈍い音に愛妃が悶絶し、頭を抑えて動かなくなったのをいい機会とし、鋼樹はしゃがんで自分の妹を地面に下ろす。
だが降ろし終わって鋼樹が再び立ち上がった瞬間、愛妃の拳が唸りをあげて鋼樹の鳩尾めがけて叩きこまれた。
その小柄な体から放たれたとは思えない鋭い音を立て、放たれた拳が鋼樹の巨大な手に受け止められる。
「二度もなにしやがるんだ兄ちゃん。これでこれ以上背が縮んだらどうしてくれる……!!」
「……いや、今のは俺のせいじゃない」
「そんなことよりももっと気にするべきことがあると思うわぁ。頭をぶつけるとね、その中にある脳細胞が何十、何百、何千個も死ぬのよ。今あなたは頭を二回ぶつけたから、ざっと一万近く死んでるかも知れないわぁ」
「な、なんだってユイねぇ!! おい兄ちゃん!! あたしがバカになったらどうしてくれるんだよ!?」
「……いや、たぶんこれ以上は……」
「これ以上は、なんだぁぁぁぁぁああっ!!」
怒りに簡単に激昂し、愛妃が次々に兄に向けて攻撃を叩き込む。明らかに格闘技を齧った動きでアクロバティックな動きを見せる妹の攻撃を、兄が全ていなし、かわし、受け止める。愛妃の場合スカートでは下手に暴れると酷いことになりそうだったが、兄の鋼樹もそれをわきまえており、彼女が足技を繰り出そうとすると、その初動だけは素早く封じにかかっていた。長年この妹に喧嘩を売られ続けていただけあって、鋼樹は見た目通りとにかく強い。
そんな壮絶な兄妹げんかを見ながら、智宏が『ミシオにこれがこの世界の常識だと思われるのはいやだなぁ』などと考えていると、背後では立ち直った聖人と火観子が淡々と机を並べ直していた。
「おーい、二人もトモ達も、いい加減会議を始めるよ。火観子先輩とか生徒会の集まりもあるから時間ないんだし」
どことなく諦めたようなその声に、智宏自身も完全に諦観の念を覚える。人とは慣れる生き物だ。残念ながらミシオがこの非常識な人間たちに慣れてしまうのは時間の問題だろう。
結局、愛妃が兄の鋼樹に手足を固められ、大人しく席に着いたのはそれから五分後のことだった。
次回の更新は午後九時の予定です。
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