エピローグ
全体のルビがおかしなことになっていたので修正しました。長い間こんな読みにくい状況だったのかと思うと申し訳ないです。
意識の覚醒と共に感じたのは、顔を中心に走る猛烈な痛みという最悪の感覚であったにもかかわらず、目を開けて飛び込んできたのは畑橋にとって最高の人物の顔だった。
「おや、起きたのかい?」
「……ああ、同志!!」
言葉を発することで顔に走る激しい痛みを無視し、畑橋は感極まってそう口にする。顔に走る痛みの正体は、意識の覚醒と共に理解していた。それでなお目の前に彼がいるということがどういう意味か、畑橋には当たり前のように理解できる。
「助けて下さったのですね。助かりましたよ、同志!!」
「ん? ああ。転移能力者の知り合いがいてね。彼に力を借りてかすめ取ったんだよ。流石に君の刻印は手放すには少々もったいないからね」
そういうと『彼』は畑橋の左腕を、刻印のある手首を掴みながら気さくに笑いかける。その言葉に畑橋は多少引っかかるものを感じたが、すぐにその考えを脳内から振り払った。
刻印は刻印使いと不可分の存在だ。実際に見た訳ではないが、刻印は使い手の死と共に消滅してしまうとも聞いている。これは体から切り離しても同様だ。詰まるところ、特定の刻印を欲するということは、刻印使い本人を欲するのと同義と言っていい。
(……そうだ。同志のそばこそが私の居場所だ。私を真に必要としてくれる、使い捨てられることなき至高の職場)
畑橋は自身の中でそう確信し、そこでようやく周囲を見渡す余裕ができた。畑橋がいたのは六畳ほどの部屋の一室。アパートの一部屋といった様子のその部屋の中には、唯一畑橋の横たわるベットのみが置かれている。どうやら誰かが住んでいる部屋ではなく、一時的に寝泊まりするためだけの部屋らしい。
「あの、同志。ここは一体どこなんですか? あの後いったいどのような状況に……?」
とにかく現状を理解しようと、畑橋は横たわったまま目の前の人物に声をかける。本来なら起き上がりたいところだが、それができるだけの気力と体力が湧いてこない。
だが、畑橋が発した質問への答えはいつまでたっても帰ってこなかった。『彼』は虚空を見つめたまま沈黙し、こちらの声に気付いてさえいない。
「同、志……?」
「え? ああ、なんだい? すまないね。少し考え事をしていたよ」
「い、いえ。……もしかして、私のせいで何かまずいことにでもなったのですか?」
いやな可能性が思い当たり、畑橋は恐る恐るそう質問を変える。だが、聞かれた『彼』自身は笑って首を振った。
「いや、そうじゃないよ。君をかすめ取ったときも遠距離から追跡の余地もない状況でやったし、君が行った戦闘も特に問題にはなっていない。まあ、ニュースやネットなんかではかなり騒がれてはいるがね」
「そ、そうですか」
『彼』の話に、畑橋はとりあえず胸をなでおろす。だが、次の瞬間、『彼』の表情に浮かぶ別の感情を読み取って、再び心臓を凍らせることになった。
同時に、再び『彼』が口を開く。
「そう。別になにもまずいことはないんだ。たとえ君の刻印の力が露呈することになっていたとしても……」
「いや、同志……、それは……!!」
何とか弁解しようとして、しかし畑橋はその無意味さを理解する。薄く笑う『彼』の表情から読み取れる感情はあまりにも冷たく、同時に残酷だ。たとえて言うなら壊れてしまったおもちゃを見るような表情。
そしてそう感じた瞬間、部屋に一つの音が響き渡る。鍵を開け、扉を開けるごく当たり前の音。しかしそれは畑橋に何か取り返しのつかないものが近づいてくる音に感じられた。
そして、それが現れる。
「なんだ……、あなたは……!!」
現れたのは、まだ夏だというのにフード付きのトレーナーを着て、そのフードをすっぽりとかぶった人物だ。体格は中肉中背で特徴がなく、顔はフードに隠れて覗えない。
だが、この特徴のない男の唯一と言っていい表情はその雰囲気だった。だからと言って特に危険な雰囲気を放っているわけではない。どちらかというとその逆で、意思らしきものをまるで感じないのだ。ともすればよくできた人形なのではないかと思うほど、目の前の人間には意思というものを感じない。
「ど、同志……。なんですか、なんなんですこの方……?」
その不気味さに思わず起き上がり、後ずさろうとした畑橋は、しかしそれによって自身の体に致命的な違和感を感じる。力が入らない、というよりも意思が伝わらないとでも言うべきか。力を込めようとしている手足はまるで反応せず、まるで壊れた機械のようにベットに横たわったままだった。
そして、その様子を見ながら『彼』は立ち上がり、入ってきた人物の隣に並ぶ。
「さて、君の【失われた時間】なんだけどね。実はもっと有効な使い方があるんだよ」
「有、効……?」
状況が理解出来ず、畑橋がただかけられた言葉を反芻すると、『彼』の隣にいる人物が再び動き出した。幽鬼のように畑橋へと近づくその姿は、かぶったフードも相まってまるで死神のように見える。
「そう。有効な使い方、有効な戦術、そして有効な使用者だ。わかるかい? 残念だけど君ではその力を使いきれないようだ」
「あ……、あ……」
そして、近づいたその人物が畑橋の左手を掴む。『彼』の言葉が既に畑橋に希望を与えないことを悟りながら、それでも畑橋は最後に『彼』に呼びかけた。
「同志……、同志……」
「その名で僕を呼んだ人は三人いたけど、君は一番志しに欠けていたよ」
そうして、畑橋の最後の光景は終わりを告げた。暗転する意識を自分の体ですら阻止できない。これから自身がたどる運命を認識するまでもなく畑橋の意識は永遠の闇へと落ちていった。
目の前で行われる作業を見ながら、青年は一方で別の方向へも思索を巡らしていた。
記憶から引き出すのは先ほど畑橋とやり合っていた者達だ。
実を言えば、青年は畑橋が最初に刻印の力を使った直後から、その後の戦闘の一部始終を見続けていた。今夜畑橋を自分たちの陣営に迎え入れることを考えていた彼は、待ち合わせ場所である川の近くに畑橋より早く着き、魔術の発動の気配を感じて畑橋が追われていることを知ったのだ。
しかし、助けには入らなかった。そばには戦力になる渦もいたが、青年はその場にいた二人の人間への興味からその場は静観を決め込んだ。
(まさかあの少女がこの世界に来ていたとはね……。いや、まあ僕らの襲撃を警戒するなら当然か……)
その内の一人、自分の息のかかった者達が作り上げた悪魔憑きの少女のことを思い出す。この世界で見かけたときには驚いたものだが、よく考えれば当然の結果かもしれない。彼女やその周辺の者たちにしてみれば当然こちらからの報復や、証拠隠滅の襲撃を警戒しているだろうし、実際青年が知る限りでもその兆候らしきものはあった。どうでもいいので好きにさせておいたのだが、どうやら刺客達は目標を見失っていたらしい。
とはいえ、少女の存在に関しては青年はほとんど重要視していない。逃げだし、オズ人たちに保護されてしまった今、少女を奪い返す、あるいは始末することに何のメリットもないし、余計なことをしてさらなる墓穴を掘ることもない。せいぜい彼女はこちらと関わらないように勝手に幸せにでもなっていればいいと思う。
むしろ重要視していたのはもう一人、刻印を額に発現させた少年の方だ。
(あの刻印、もしかして……)
少年が刻印使いであることを確認した時点で、その少年が渦と接触し、負かした刻印使いであることを確認している。少年の起こす現象は確かに渦の言っていたもので間違いなかったが、一つだけ渦が重要視せず、伝わってこなかったそれ(・・)に関しても知ることができた。
そして、その事実を鑑みたとき、少年の刻印の正体に一つの可能性が浮かび上がる。
(まさかあの刻印、【万能への鍵】か……?)
それは、その刻印をずっと探していたからこそ思い付けた可能性。彼が求めてやまず、しかしどうしても手に入れられなかったものが、ついに見つかったかもしれないのだ。
「おっと」
ついつい思索に意識を傾け過ぎてもう一方をおろそかにしていたことに気付き、青年は再びそれに意識を傾ける。どうやら抑えていたつもりでも大分興奮していたらしい。
眼を閉じて、ものの数秒でそちらを終了させると、青年は再び目を開けて目の前のフードの人物へと視線を向けた。
相も変わらず、生気というものをまるで感じないその立ち姿。しかし先ほどと違い、こちらを向くその人物の手は小さな宝石のようなものを握ってこちらに差し出している。
大きさはウズラの卵ほど。形も楕円形で卵とそう変わらない。しかしメノウのように黄色く透き通ったその宝石の中には、文字盤の欠けた時計のような印が閉じ込められている。
宝石を受け取り、青年は用は済んだとばかりに出口に向かう。目の前に立っていたフードの人物も当然のようについてくる。この宝石が手に入った以上もはや畑橋に用はない。畑橋の処分も既に業者に委託済みだ。時間になれば勝手に彼らが畑橋を始末してくれることだろう。
青年の興味は、すでに別の方向に向いている。
「とりあえずあの少年の刻印について、もう少し調べてみるべきかもしれないな」
一言だけそう呟くと、青年は扉を開けて既に明るくなり始めた外へと歩み出た。
「それじゃあ、結局畑橋はまだ見つかってないのか?」
「ああ。この三日間ほとんど総出で探しまわったが、それらしい情報は何一つ得られなかった。おかげでウィルのバカがしょげちまってうざいったらないよ」
携帯電話越しにレンドの疲れたような声を聞き、智宏はわずかにため息を漏らした。
三日前、畑橋と智宏達が衝突し、ミシオの活躍によって勝利を収めたあの日、智宏達と別れて畑橋を連行していたウィル達対策室のメンバーは、しかしその途中で畑橋を何者かに奪われてしまったらしい。智宏自身翌日にはそのことを聞かされていたのだが、三日たっても手がかり一つ見つからないというのは不安と落胆を禁じえない情報だった。
(とはいえ、レンド達のこの世界での捜査能力だけじゃ流石に限界もあるか……)
ある程度異世界人の犯罪者を捕まえたりしているレンド達だが、彼らはあくまでこの国の警察ではなく異世界人でしかない。ある程度権力を有し、様々なところから情報を収集できる日本の警察とは根本的に能力に差があるのは当然と言えるだろう。
「まあ、本当なら僕らも手伝ったほうが良かったんだろうけどな」
「いやあ、流石にそこまでさせるわけにもいかんだろう。ミシオちゃんは編入試験も控えてたし……、ってそうだ。ミシオちゃんの試験って今日だったよな? もう結果は出たのか?」
「ん? なんだ、知っててこのタイミングで連絡してきたんじゃないのか? ミシオは今まさに試験を受けてる最中だぞ」
智宏の言葉通り、現在ミシオはこの暮村学園の教室の一つで試験の真っ最中だ。ミシオしか受ける者のいないこの試験は、採点と発表を終了直後にやってしまうため、もしかすると既に試験自体は終わって発表を待っている段階かもしれない。智宏自身も試験の結果をすぐに聞こうと、こうして昇降口で待っていたわけだが、そのタイミングでこの電話である。てっきりレンドは狙って連絡しているのかと思っていた。
「まあ、試験のことを抜きにしてもお前らに手伝わせるのはあんまり気が進まないんだけどな。お前らってなんだかんだ言っても一般人の未成年だし」
「確かにな……。そのことでは父さんにもあの後散々怒られたし」
三日前の夜、祭りに行っていた息子とその嫁(母親認識)がぼろぼろの埃だらけになって帰って来た時は、流石の両親も肝をつぶした。両親への言い訳などすっかり忘れていた上、付け焼刃のいいわけで誤魔化せる両親でなかったことから、あったことを正直に話すことにしたわけだが、その後に待っていたのは「せっかくの浴衣がぁ!!」という母親の見当違いの悲鳴と、「なんでお前はそんな危険なことに首を突っ込んでいるんだい?」という父親のもっともな小言だった。
とりわけ父親の説教は本格的で、特に智宏など、橋が消えて対岸に降り立った時点で、どうして畑橋を追いかけずにその場にとどまらなかったのかとさんざん追及された。
しっかりとした意思と覚悟をもって危険を受け入れるなら止めはしないが、その場の勢いで危険に首を突っ込むなど許容できないということらしい。
親としてはかなりまともな反応である。
「まあ、うちの話はともかく。それじゃあ、結局畑橋の背後関係に関してはなにも判明しなかったのか?」
「ああ。一応ここ最近の畑橋の交友関係にもあたってはいるんだが、なにしろ俺たちだって四六時中監視してた訳じゃないからな。俺達が刻印使いと付き合うに当たって言われてることなんて『道を踏み外さないようそれとなく気を使え』くらいだし」
「ってことは畑橋になにやら吹き込んでたやつの情報も無しか」
正直にいえば畑橋本人の所在よりも、彼になにやらよからぬ思想を吹き込んでいたという人物の存在の方が気にかかる。その人物が実際に何を考えて畑橋に接触したのかは分からないが、どうにも畑橋に対して虫のいい思想を植え付けていたように思える。
「あ、でも一つだけ、情報とまでは言えないレベルの話はあるぞ」
「ん? どういうことだ?」
「これはウィルから聞いた話なんだが、畑橋を奪った手口というのがどうも転移能力を使った代物だったらしい」
「……!」
転移能力。イデア人の持つ超能力の一つだあるそれに、実際に智宏は敵として遭遇したことがある。そしてだからこそ、一度は取り逃したその能力者ならば畑橋の奪取が容易に行えるであろうことも簡単に推測できた。
「まさか、また『第六世界』とやらが絡んでるのか?」
「まあ、あくまで可能性の話だけどね。転移能力の能力者なんてイデアには何人もいるし、その渦って能力者自身も、トモヒロの話から推察した限りじゃ、金で雇われてたみたいだ。別の人間に雇われて動いてた可能性も十分にある」
「まあ、な」
あくまでも可能性。だからこそ情報とまでは言えないレベルの話だ。だが、もしそうだったとすれば、下手をするとミシオのいどころが早くもばれてしまったことになる。
(とは言っても、もうミシオはこれ以上別の場所に逃げようとは思わないだろうな……)
昨日のやり取りでようやく理解できた、ミシオのこの世界への思い入れを思い出し、智宏はミシオを他の世界に隠すという案を却下する。これに関してはもう智宏の方でも腹をくくるしかない。
「さて、トモヒロ達に伝えなきゃいけないことはこれくらいかな。まあ、畑橋は俺達が草の根分けてでも探しだすよ。その裏で糸引いてた奴もな」
「ああ、それじゃあ、こういう言い方もおかしいかもしれないけど、任せた」
「おお。仲間を殺した奴だ。絶対逃がさん」
「……」
電話越しに伝わる声の雰囲気に、智宏は何も言えずに沈黙する。やはりと言うべきか、彼の怒りは相当なものらしい。思えばレンドはミシオの怒りを智宏よりも理解していたように思えるし、なにより、畑橋に対して強烈な言葉を投げつけたのは彼だった。もしかしたらシャノンとはそれなりに親しい間柄だったのかもしれない。
そんな智宏の推察を悟ったのか、レンドは電話の向こうで再び口を開く。
「とりあえず目下のところはこの国の警察関係者とコンタクトを取ることになるかな。前々から接触は図ってたんだが、今回のことで予定を早めることになりそうだ」
「そうか……。まあすごく疑われるだろうから気をつけろよ」
「それはいつものことだけどな」
「ん? いや、そうじゃなくてさ」
言いながら、智宏電話越しにした祖母との会話を思い出す。もしかすると祖母もこんな気分で自分を見ていたのかもしれない。
「今回の事件で、シャノンさんの遺体を確認しに畑橋は一度警察に行ってるんだろ? その上もう一人の被害者とも畑橋はバッチリ面識があったわけだ」
「まあ、俺達は何日もそのことに気付かなかった訳だが……」
「でもお前らが調べられなかったことを警察なら簡単に調べられる。たぶん警察は畑橋についても調べているはずだ。そして現在の雇い主、会社を首になった後、畑橋が接触していたお前らについても」
「あー……。そっか。そうだよなぁ……。ってことは俺ら警察に目をつけられてるのか」
「それもあんまりいい印象は持たれてないだろうな」
電話の向こうでレンドが憎々しげに舌打ちするのが聞こえてくる。それを聞いた瞬間、智宏は内心で抱いていた不安をつい口に出した。
「なあレンド、お前僕らが怖いか?」
「あん? なんだよ急に?」
「いや、前から思ってたけど刻印使いって常識外れな存在じゃないか。たぶんポテンシャルだけでも他の世界の人間より高くなってるしさ。そういう人間が今回みたいなこと、いやエデンでの事件もそうか。ああいう事件を起こしたりすると、やっぱり怖くなたりするのかな、と……」
自身の変化については受け入れたつもりだった。受け入れて有効活用しようと、ある種あきらめにも似た決意もした。だが、やはりああいうことがあるとやはり不安になってしまう。
思っていた以上に深刻な口調になっていたのか、電話の向こうでレンドが唸るような声を上げる。
「怖いって言うかなぁ……。まあ、これは相手にもよるんだろうが、トモヒロの場合は怖いってのは感じないんだよな」
「そう、か?」
「ああ。っていうかトモヒロさ、『この刻印の効力ならどんなことができるか』って考えたことない?」
「ああ。もちろんある」
むしろ智宏の場合そういった想像は刻印の性質も相まってかなり容易にできる。最近はミシオの受験勉強に使う方向にばかり思考を費やしていたが、この世界に帰って来た当初はそれ以外の思考もけっこうしていたのだ。
「たぶんさ、そうやって考えた中ではあんまり褒められないような使い道もあったはずなんだよ。例えば『テスト中に使えば満点まちがいないな』いなとか」
「あるな。でも結局は刻印が顔に出ちゃうから無理だってことで結論が出た。どこでもつかえるわけじゃないから、勉強なんかに使うのはあんまりためにならないしな」
「それだよ」
「え?」
レンドの言葉の意味がすぐに理解出来ず、智宏は疑問の声を上げる。最近刻印抜きの思考速度が、本格的に遅く感じられてしょうがない。
「要するにトモヒロの刻印ってさ、刻印を悪用しようとしてもちゃんとブレーキがかかるんだよ。モラルや社会規範を逸脱することが自分にとって良くないってことがしっかり分かってるし、トモヒロってもともとの価値基準が結構お人好しだからな。普通の人間だったらそれでも誘惑に負けて使ってしまうかもしれないけど、お前の場合刻印の効力が効力だからな」
「そういえばそうか……」
確かに智宏の刻印の判断力をもってすれば、犯罪行為のような非効率的で非生産的な行為には手を出さない。どうやらそういう性質をレンドは聞くまでもなく理解していたらしい。
「まあ、だから怖いってのはないんだが……、俺はそれとは別にお前のことを危なっかしいと感じてるな」
「危なっかしい?」
「そう。気付いてはいると思うけど、お前って【集積演算】使うと行動が極端に理性的になるんだよ。自分の身の安全も損得勘定で判断してるって言うか……。まあ、だからこそ今こうして生き延びてるってのはあるんだろうが、目的のために平気で危険に飛び込めるってのは周りにいる人間としては危なっかしく見える」
「……」
レンドの言葉に、智宏は返す言葉が見つけられず再び沈黙する。今までにも感じていたことだが、この男は人のことをよく見ているのだ。
「お前って、乗りは軽いくせにそういうとこしっかりしてるよな……」
「まあ、ぶっちゃけ俺キャラ作ってるとこあるからな」
「あ、やっぱそうなの?」
「おう。まあ、人と接するときは大抵こうだから、板についちゃって他のノリってのの方が難しいんだけどな。人間って大抵そんなもんだろう?」
こともなげに言うレンドに智宏は、もしかしたらこいつはそういう親しみやすい人間を自然に演じられるからこんな仕事をしているのかも、と思った。
「さてと、そろそろ俺も他の仕事に戻るとするよ。お前らの方はこっちは気にせず、それでときたま協力してくれ。二人とも学生なんだからその領分を超えない範囲でな」
「っていてもミシオはまだこの世界じゃ学生になってな……いや、やっぱ二人とも学生だ」
足音に反応して視線を向けた先、一人の少女がこちらに走ってくるのが見える。
学校の廊下をお構いなしに走る少女の顔からは、試験の結果が容易に読み取れた。
「この世界の学校のルールなんかも教えとかないとな」
「まあ、そっちもそっちで頑張ってくれ」
そう言って今度こそレンドからの電話は終わりを告げる。
夏休みも終わりを告げるまで残りわずか。騒がしい新学期が目前に迫っていた。
これにて第三章前編は終了です。
次は第三章後編、ジャンルは学園での物語となる訳ですが、
申し訳ありません。実はまるで出来ていません。
実は別のことに時間を使っていて、序盤も序盤のほんの少しの量しかできていないんです。自分の執筆スピードを考えると、三章後編が更新できるようになるのはかなり先のことになると思われます。
で、その代りと言ってはあれなのですが、
新作を出します。
実は別に使っていた時間というのがこれで、こちらは三分の二くらいはできています。目標としては三月までにできるといいなと思っているくらいですね。
で、この新作、実はCROSS WORLDと同じ世界間の過去の話になります。
とはいえ、こちらのおまけのような立ち位置ではなくて、リンクはしつつもあくまで独立した物語にするつもりです。
なので別に読まなくても話は成り立つようにするつもりなんですが、それでも片方でぼかしていた部分をもう片方で明かしたり、両方読むと判らなかった部分が予想できたりはすると思います。
なので、こちらが気に入っていただけた方は新作の方も読んでいただけると幸いです。
ご意見、ご感想、ポイント評価等お待ちしています。