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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第三章前編 第三世界アース 夏休み編
57/103

15:失われた時間

 智宏と最初に出会ったときのその感覚を、ミシオは今でも大切に覚えている。

 思えば、あのときミシオの心は間違いなく瀕死の状態だった。

 今にして思えば当たり前だとすら思う。三年もの間サデン親子の悪意と殺意を一身に受け止め続け、その果てに別世界へと連れ去られ、己が命をもてあそばれるような実験を受けたばかりだったのだ。

 数多くの人間から発せられ、ミシオの心を引き裂こうとする濃密な悪意。

 そして、それらがこれから出会う人間、すべてから発せられるのではないかという疑念と恐怖。

 そんな心を押しつぶそうとする呪いじみた代物を、しかし出会ったばかりの智宏はあっさりと打ち砕いて見せた。

 特に何かをしたわけではない。あのときの智宏にそんな力はなかった。

 ただ、読ませてくれただけだ。

 それも無自覚に、こちらが勝手に心を読んだ時に、たまたまその感情を抱いていたというだけだ。

 だが、あのとき智宏が抱いていた、ミシオへの気遣いと優しさを、ミシオは絶対に忘れない。

 自分を心配してくれる人もいるのだと、味方してくれる人もいるのだと思いださせてくれたその感情は、あのときのミシオにとって何よりの救いとなったのだから。






「想像だに、しなかった……。まさかこうも簡単に、私の【失われた時間(ブランクタイム)】の効力が看破されることになるなんて!!」


 蒸し暑い夜の工事現場で、一人の少女と一人の青年が対峙する。どちらにとっても、どころか、誰にとってさえ予想し得なかった二人がにらみ合う。

 ただし、本人たちにとって、予想し得なかったという言葉の意味はそれぞれ異なる。

 少女、ミシオの理由は相手の青年をつい先ほどまで敵として認識していなかったから。

 だが青年、畑橋耕介にとっては、相手の少女が完全に脅威として眼中になかったことがその理由だ。

 そしてそれゆえ、畑橋の内心の苛立ちは表に出るほど激しい。


「困ったことをしてくれた。本当に、困る。あの方、『同志』には刻印の効力を悟られるなと言われているのに、それをこんな小娘に……!!」


「見破ったのは私じゃない。私はトモヒロに教えてもらっただけ」


「同じですよ。どちらが見破っていようとも、私の刻印の力が露見したことに変わりはない。……言っている意味、わかりますか?」


 言いながら畑橋は、左手でゆっくりと前髪をかき上げる。かき上げた前髪から手を離すと、その動作によってずれた時計の真上に、文字盤の欠けた時計のような刻印をきらめかせた。


「もう私には、君たちを生かしておく理由がない!!」


 瞬間、畑橋の両手が黒く染まり、向かい合うミシオの背中を押すように周囲を猛烈な突風が吹き荒れる。突風は塵を空気中に巻き上げると、その空気の動きを表すように畑橋の両手に吸い込まれていった。


「っ!? 何を――!!」


手に触れるもの(・・・・・・・)をすべて消し飛ばす・・・・・・・・・


「!?」


「今私の手に触れているものは、何であろうとすべて消えていきます。物体も、光も、そして空気も」


「……空、気!?」


「こちらも何度も殴られるのは御免ですからね。今この手には、消えた空気を補おうと周囲から空気が集まって擬似的な吸引力を生み出している。わかりますか? 触れれば相手を消し飛ばせるこの手に向けて、周りの物が引っ張られるということの意味が!!」


「……っ!!」


 畑橋の言葉に、ミシオは相手のとった手段の危険性に気付く。これだけ強い力で周囲の者を吸い寄せられては、迂闊に近づくのはあまりにも危険だ。もし迂闊に近づいてその手に引き寄せられてしまえば、その瞬間ミシオの体は未来に向かって送り飛ばされる。それはつまり接近戦、特に徒手空拳での格闘戦を封じられたと言っても過言ではない。


「さあ、未来に消し飛べ!!」


 ミシオが理解した直後、そう叫んだ畑橋は猛烈な勢いでミシオめがけて走り出す。さっきまでなら高い身体能力とそれによる格闘能力を持つミシオに近づいてきてくれるというのは願ってもない事態だったが、今はその両手に近づくことすら危険を伴う。もしも未来に飛ばされてしまえば、相手は現れた瞬間をねらい打つことなどたやすいものだ。智宏達にそれをされないためにも、ミシオだけは断じてこの場から消えるわけにはいかない。


「くぅっ!!」


 だからこそミシオは、畑橋の突撃に対して距離を取ることで応じた。地を思い切り蹴ってバックステップを行い、背後にあったコンクリートブロックの山を飛び越える。さらに右腕の、特に手のひらを思いきり巨大化させると、コンクリートブロックにすくい上げるような動きで叩き込んだ。

 竜人の巨腕が、その指先がコンクリートブロックの山に突き刺さり、先ほど砕き割った破片も含めてすくい取ったコンクリートを根こそぎ前方に投げ放つ。


「その、程度で!!」


 大小様々な大きさのコンクリートの弾幕。しかしそれに対して畑橋がとった方法はあまりにもシンプルなものだった。両手を前に突き出し、その吸引力によって飛来するコンクリートを引き寄せ、片っ端から消し飛ばす。なにも全てを消し飛ばす必要はない。比較的大きく、自身の危険な箇所に当たりそうなものだけを消し飛ばせばそれで済むのだ。特にこのコンクリートはまとめて投げ放たれた分速度もそうない。小さな破片がぶつかった程度ではほとんどダメージにもならない。


「だったら!!」


 畑橋が破片を防御するのを見ながら、ミシオは即座に弾幕を無駄と判断し次の手に移る。空いていた左手で比較的無事なコンクリートブロックを拾い上げ、アンダースローで思いきり投擲した。


「うおぁっ!!」


 猛烈な速さで投げ放たれたコンクリートブロックを、畑橋はすんでのところで回避する。流石の畑橋も、この速度のコンクリートブロックを受け止めるのは危険と判断したらしい。


(って言うことはあの刻印、たぶん衝撃まで殺しきれるわけじゃないんだ。強烈な攻撃は消そうとしてもそれなりのダメージになる!!)


 そこまで予測すると、手近にあるもう一つの山、それにかけられているビニールシートを掴み取り、引き抜いて畑橋めがけて投げだした。


「目隠しなんて意味をなさないんですよ!!」


 そのまま進めば頭からかぶせられて視界をふさぐだろうビニールシートに、しかし畑橋は臆することなく突進する。彼の刻印の前ではそもそも障害物など意味をなさない。目の前にあるものは、ビニールシートだろうが強固な壁だろうが消し飛ばしてしまえば済むのだ。

 だがビニールシートが消えた直後、その向こうでミシオが両腕に掴んで振りかぶっていたものは、十分に脅威として見るに値する代物だった。


「なっ!?」


 振りかぶられていたのは、工事現場で足場を組むのに使われる鉄パイプ。三・四メートルあるそれを、しかしミシオは片手に一本ずつ掴んで両側から、それもわずかな時間差をつけて思い切り振り降ろそうとしていたのだ。


「ぐぅぅっ!!」


 振り下ろされる鉄パイプに、畑橋はとっさに両腕を差し出し防御する。鉄パイプを受け止めるのではなく、押し返されてもいいから触って消し飛ばすことを狙って。

 直後に互いが感じるのは、考えていたよりも軽い、しかし確かな衝撃。


「ぐぅっ!!」


 両腕を襲う痺れるような衝撃に、畑橋は思わずうめき声をあげる。腕をへし折られるかもしれないと恐れていた身としてはこの程度で済んだことを喜ぶべきかもしれないが、それでも感じる痛みは確かなものだ。


「っ!!」


 一方でミシオも、自身の攻撃の感触に満足のいかない、しかし確かな手ごたえを感じていた。腕力に身を任せ、そのまま相手の腕を破壊するつもりで振り下ろしたものの、腕に伝わって来たのはあまりにも軽い手ごたえ。

強烈な衝撃なら触れたものを消し飛ばしても腕に伝わるのではという予想はそれなりに当たっていたようだが、どうやら触れた瞬間、衝撃全てが伝わり切る前に消えてしまうらしい。手ごたえはあるため衝撃の何割かは伝わっているようだが、それはつまり攻撃が数割の威力にまで落ちていることを意味する。


(でも、体勢は崩した!!)


 そう確信したミシオは、頭の後ろの尾を首ごと振りかぶり、その先の三本目の鉄パイプを横殴りに畑橋めがけて叩きつける。狙いは両腕を防御のために上げて、がら空きになった胴体だ。


「く、ぉおおおっ!!」


 迫る横なぎの一撃に、畑橋はどうにか右手を間に合わせる。衝突と同時に鉄パイプは消滅し未来に送り飛ばされるが、それでも体勢を崩していた畑橋は受け止めた衝撃大きくたたらを踏む羽目になる。

 そしてそれを見逃すほど、ミシオは甘くない。


「イヤァアアアアアアッ!!」


 声をあげながら、ミシオは次々と鉄パイプを掴んで畑橋めがけて叩きつける。妖属性の魔力でできた腕や尾を無理やり伸ばして次から次へと鉄パイプを掴み取り、畑橋に体勢を立て直す暇さえ与えない。


(く、ぁあ!! 強い!!)


 降り注ぐ鉄パイプの雨を両手で消し飛ばしながら、畑橋はよろけるような動きのまま必死で距離を放そうと試みる。だが、ミシオの攻撃は緩む気配を見せず、それどころか畑橋の腕から感覚をどんどん奪っていく。

 ここにきて畑橋は、ようやく自身の不利を悟った。

 畑橋は当初、肉弾戦しかできないミシオでは、空気を消し飛ばすこと擬似的な吸引を行っている畑橋には敵わないと思っていた。近づく者をすべてその手へ誘導し、消し飛ばしてしまえるこの使用法の前では、確かに迂闊に肉弾戦を挑むことはできないのだ。

 だが、ふたを開けてみれば、ミシオは早々に肉弾戦を見限り、その怪力を周囲にあるものを振り回し、武器として使用することに使っている。武器自体は畑橋が触れば消えてしまうのだが、そもそもこの場所はミシオにとって武器にできる物が多く、むしろ距離をとって責められている畑橋にとっては不利な状況だ。

 加えて、刻印の効力を看破されてしまったのが痛い。もしも刻印が看破されていなければ、畑橋自身に刻印を行使して攻撃を回避するという手も使えたのだが、看破された状態でそれをやれば再出現したとたんに待ち伏せを受けてしまう。


(クソッ!! このままでは……!!)


 楽に勝てると思っていた相手に予想外の苦戦を強いられていることに、畑橋は背筋に寒気が走るのを感じる。目の前の少女の攻撃力は絶大だ。【妖装】という異能で強化された少女の身体能力は、一撃食らえば命にかかわる威力を間違いなくたたきだすだろう。今でこそ攻撃を消し飛ばしているがこのままいけばいずれ終わりはやってくる。それは間違いなく畑橋にとって最悪の形だ。


(ダメだ。このままではまずい。思い出さなければ! こういうときのために【同志】はアドバイスをくれていたはず!!)


 攻撃を防ぎながら必死に頭を働かせ、畑橋は自身の刻印の運用法を少しだけ変える。はたから見ればなにも変わっていない、それでも確かに違う運用法。

 そして実際、ミシオはそれに気付いたそぶりもなく、拾い上げた何かの部品のような鉄塊を畑橋の顔面めがけて投げつけた。


「ぉおあっ!!」


 漏れる悲鳴を押し殺しながら、どうにか畑橋はその軌道から顔をそらす。耳元をかすめて飛びさる鉄塊は、しかし回避した直後に畑橋の予想を超えた攻撃の発射音を直後に響かせた。

 背後にあった作業員の事務所、その窓ガラスを割り、ガラスの破片こちらに向けて舞い散っている。普通ならば畑橋までは届かない鋭い破片。しかしそれは、畑橋の手の吸引力によって一斉に畑橋めがけて殺到する。


「なんだとぉぉぉぉぉっ!!」


 思わず絶叫し、しかし直後に思い直す。すでに逆転のための手は打った。後は背後から襲うこの攻撃を耐えきればいい。もっと言えば、この攻撃にさえ堪え切れれば後のことは考えなくてもいいのだ。


(ならぁっ!!)


 体が完全に倒れ込むのにも構わず、畑橋は強引に背後へと両手を向ける。直後に感じるのは、両手に吸い込まれるガラス片のかすかな感覚。一部のガラス片は腕に届かずそのまま畑橋の腕や足を斬り裂いたようだが、まともにガラス片を浴びるよりはダメージはずっと軽い。


「イヤァァァッッッ!!」


 だが、そんな畑橋の姿はミシオにとっては絶好の攻撃チャンスだった。拾い上げたシャベルを片手で振りかぶり、こちらに無防備に晒された畑橋の頭へと渾身の力で振り下ろす。まともに当たればかなり危険なことになる行動だが、そんなことを考えられる状況ではすでにない。

 だが、振り下ろされたシャベルは畑橋の頭を砕くことなく、その下の地面に叩きつけられ軋みをあげることとなった。

 畑橋の姿が、突然どこかへと消えたのだ。


(違う! 未来に跳んだんだ!!)


 パニックになりそうな思考を必死に押さえつけ、ミシオはすぐに次の行動を選択する。幸い、相手は未来に跳んだだけだ。このまま待っていればいずれ同じ場所に同じ態勢で現れる。

 しかしその考えは、直後に出現した強力な魔力の感覚と、工事現場全体に響く破裂音によって砕かれた。


(うっ、ああっ!!)


 パァン、という破裂音が間近で響き、突然なにかに全身を殴られたことでミシオの体は背後へと放り出される。同時に体の各所で鋭い痛みと、妖装を削られるような感覚が伝わってくる。


(なに、が……!?)


 空中で痛みを感じた二の腕を確認すると、黒く強靭な妖装のスーツの上から、小さなガラス片が刺さっているのが目に入った。

 それと同時に、尻もちをつくような態勢で現れた畑橋が身を起してこちらに向かってくるのも。


「五秒前から飛ばしていた空気が帰って来た。これでこの場の状況は、私のものだっ!!」


 迫る畑橋が発した言葉に、ミシオは智宏から受け取った記憶を思い出す。つい先日、智宏が大野や孝明と交わしていた会話。実際に聞いていたわけではないが、【情報入力(インストール)】の効果によってそのときの会話はしっかりと頭に残っていた。


(消した空気を発生させて周りのものを吹き飛ばした!?)


 恐らく数秒間の間に消していた空気を、一つのタイミングに一斉に帰ってくるように設定したのだろう。さっきの衝撃は、恐らく一斉に帰ってきた空気が行き場を求めて拡散した影響で、同じように現れたガラス片がその勢いで飛ばされたのだ。

 だが、それがわかったからと言って目前に迫る危機が去る訳ではない。

 むしろ危機は、絶大な吸引力を持って目前まで迫っている。


「くぅっ!!」


 空中で何とか体勢を立て直し、迫る手から逃れるべく足を巨大化させてどうにか地面を蹴る。だが、その勢いだけではどうしても取るべき距離が足りない。一時的にその手から逃れても、吸引の力が再びミシオを未来に引き寄せる。


(間に合って!!)


 ミシオがそう念じ、畑橋の手が目前まで来たその瞬間、引き寄せられていたミシオの体が空中でガクンと停止する。驚く畑橋の顔を見ながらミシオがさらに念じると、念じたとおりミシオの体は背後に向かって猛烈な速さで引っ張られ始めた。

 頭の後ろの尾を、背後にあった鉄骨まで伸ばし、絡みつけて思い切り縮めたのだ。


(危なかった!!)


 心中でわずかに安堵しながらも、ミシオは着地と共に追撃に備え身構える。だが、間違いなく追撃してくると思っていた畑橋は、手をこちらに突き出したまま固まり、不気味な笑みを浮かべながら口を開いた。


「……ハハッ、ハハハッ。なんだ、もう四分たっていたのか。なら残りはあと一分……」


「……?」


「ああ、そういえば言っていませんでしたね。あと一分というのは、私が消し飛ばしたものが帰ってくるまでの時間ですよ。今から一分後、私の時計が九時を示したそのとき、すべてのものが帰ってくる。人も、それ以外の物もね」


「!?」


 ミシオの疑問を抱いた様子に畑橋が答えを示したことよりも、口にされたその言葉にミシオは驚愕する。もしもそれが本当なら、智宏達はあと一分でこの世界に戻ってくることになるのだ。


「どうしてそんなこと、教えるの? 智宏達が帰ってくることは不利にしかならないはず……」


 もしや降参して大人しく捕まろうというのかとも思ったが、畑橋の様子はそんな殊勝なものではない。むしろ勝利を確信し、こちらを嘲笑するような気配さえ見える。


「もう意味がないんですよ。すでに四分もたってしまえばもう十分だ」


「……どういう、こと?」


「気づきませんか? 私が消したものは別に智宏君達だけじゃ・・・・・・・・ないでしょう・・・・・・)?」


「え?」


 言われて、ミシオは急いで思い出す。畑橋が消したもの、橋、人間、コンクリートブロック、ビニールシート、鉄パイプ、ガラス片、光、そして、


空気。


 それに思い至ったとたん、ミシオの背に猛烈な寒気が走る。強いて言うなら悪い予感に近い、認めたくない現実が迫ってきているようなそんな感覚。


「気づきましたか? そうですよ。私はこの四分間ずっと空気を消し飛ばしてきた!! それが後四十二秒後、夜の二十一時ジャストに智宏君達と一緒に戻ってくる!! そうなれば何が起きるかは、君がさっき身をもって知ったはずだ!!」


 先ほどミシオの体を吹き飛ばし窮地に陥れた攻撃。それは五秒間の間に消し飛ばした空気が、一斉に戻ってきて起こった小規模な爆発によるものだ。逆にいえば、たった五秒間であの威力。もしもそれが四分分、四十八倍の空気となれば、この場で何が起きるかは考えるまでもない。

 恐らく件の爆発事件がそうだったように、現れた者達は瞬く間に吹き飛ばされる。


「まさか……、それじゃあトモヒロは……!!」


「ええそうですよ。あと三十三秒後、この世界に戻って来た三人は、同時に戻ってきた空気によって木っ端みじんに吹き飛ばされる。言っておきますけど身を守る暇なんて与えませんよ。爆発は彼らが戻ってくるのとまったく同時。そんな暇は一秒もない!!」


 畑橋の言葉に、ミシオは全身の血液が凍りついていくのを感じる。あと三十秒という時間はミシオから見ても絶望的だ。妖属性の魔力ではそんな爆発から身を守ることは不可能だし、戻ってくる智宏たちを守る壁も用意するだけの時間が無い。


「なるほど。【同志】の言う通りだ!! この力は確かに気分がいい!! 運命などという言葉は信じたことがありませんでしたが、未来が決まっているというなら、これはまさしく運命だ!! 私が定めた、運命という名のルール! フフッ、フフフフフフフ!!」


 目の前で笑う畑橋をしり目に、ミシオは必死で智宏達を助ける方法を思考する。だがどれだけ考えてもそんな方法は浮かんでこない。防げないと判断したからこそ、畑橋はこの仕掛けをミシオに明かしたのだ。

【失われた時間】の特性を、『消し飛ばされる』という驚異の前に失念していた。ミシオは『消したものが戻ってくる』というもう一つの特性にも注意を払うべきだったのだ。

だが、ミシオがそのことをどんなに後悔してももう遅い。


「あと二十秒。それではそろそろお別れとしましょう」


 そう言って畑橋は左手の刻印の力を己に向ける。向かう時間は爆発の後、全てが終わったその後の時間だ。


「……すでに運命は決した!! 私の定めた運命(ルール)に、変更はない!!」


 そう宣言した畑橋は、自身の刻印の力であっさりと消滅する。だがそれは逃走でもなければ、自滅でもない。なにしろ彼が再びこの場所に現れるときは、すでに勝敗が決した後なのだ。


「トモ、ヒロ……」


 後二十秒でこの場がすべて吹き飛ぶというのに、ミシオはその場を動くことができない。だからと言ってここに戻ってくる三人を救う方法を考えているわけでもなく、ただの焦燥と混乱だけに思考を占拠されている。


(このままここにいても、トモヒロは喜ばないかな……)


 別に考えるべきことがあると判っているのに、ついついそんなことを考えてしまう。

 そして、この疑問に対する答えは明白だ。何しろ智宏は自身が消えるときにまでミシオを逃がすことを考えていたのだ。ここでミシオが自身の命を無為に捨てることを喜ぶとは思えない。


(私はトモヒロに、さっきのことで文句も言えなかった……)


 後十秒。それだけの時間で智宏はこの世界に戻ってくるだろう。消えたときの姿そのままで、何の抵抗もできないまま。


「…………え?」


 そこまで考えたとき、ミシオの思考の中に何か引っかかるものを感じる。ほんの二秒ほど、その感覚の正体を自身の中で探り、そこでようやくミシオは一つの可能性に気がついた。


「……もしかして」


 それはあまりにも微かな希望だ。だが、今のミシオにはどれだけ少ない可能性にも賭ける価値はある。もし失敗してその命を失うことになるとしても、ここで智宏達を見捨てるなど選択肢からして存在しない。


(お願い!! トモヒロ、みんな……)


 念じながら、ミシオは手を組み祈るように目をつむる。抱く願いはただ一つ。


「無事に、帰ってきて!!」


 そう少女が願った次の瞬間。時刻は九時を回り、莫大な魔力の感覚と共に失われた者達が帰って来た。


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