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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第三章前編 第三世界アース 夏休み編
53/103

11:歴樹祭り

 八月はすでに二十一日目を迎えていた。

 ミシオの編入試験を四日後に控えた現在は、それこそ最後の追い込みの時期に入っていると言える。本来ならば勉強以外のことをしている理由もないその日の夕方、だが意外にも智宏は自宅の玄関口で人を待っていた。


「お待たせ~」


 背後から聞こえた母親の声に、準備が済んだことを悟り振り返り、そして絶句した。


「どうよトモ~。似合うだろ?」


 母親にではない。母親に両肩を掴まれ、若干顔を赤らめてうつむく浴衣姿のミシオにだ。

 紺色の布地に、朝顔の絵がプリントされた浴衣を身にまとい、髪型をポニーテイルにしたミシオの姿は、智宏自身言葉を失うほどに合っていた。以前からレンドなどと和服が似合いそうだと話していたし、イデアで彼女を治療した時にボロボロになった服の代わりに寝間着を着せたりしたのだが、今回のそれは本格的におしゃれをしているためかそれに輪をかけて美しく見える。


(うぉぉ……)


 智宏が内心で感嘆の声を上げていると、目の前のミシオはどんどん顔を赤くし俯いていく。ときより周囲を不思議そうに見回すという不可解な態度を見せてはいたが、どうやら智宏の視線に恥ずかしがっているらしい。


「おいおいトモ。言葉を失うくらいってのはわかるけど、こういうときはちゃんと似合ってるって言葉にしてやるもんだぞ。ガン見してるだけじゃいろいろあれだし」


「うっ……。似合ってます」


「そ、それは、どうも……」


「まあ、言われていうようじゃ今さらだけどな」


 ニヤつきながら余計なことを言う母親を睨み、しかしすぐにその不毛さに気付いてため息をついた。この母親とくだらないことでやり合っても何の得にもならない。


「それにしても、浴衣なんていつの間に買ってたんだ? 最近ミシオは試験勉強で外出してなかったはずなんだが?」


「そんなのこの娘が来たその日に決まってんじゃん。普通の服と一緒に買って来たんだよ」


「……あのとき父さんに変なものを買ってくるなと念をされてなかったっけ?」


「ネタやコスプレに走るなとは言われたな。でも夏場に浴衣を買ってどこがおかしいんだ? んん? 言ってみなよ賢しい息子よぉ?」


「……とりあえず、そろそろ行こうか」


 この母親には何を言っても無駄だろうと判断し、智宏はミシオに出かけるよう促す。ミシオにとっても久しぶりに羽を伸ばせる時間だ。こんなことでその時間を浪費するのも馬鹿らしいだろう。


 ミシオが浴衣と共に用意された下駄を履くのを待って、二人揃って外に出る。


「行ってらっしゃ~い。ちゃんと楽しんで来いよ~」


 そんな母親の声を背に受けながら、二人は近くで開催される夏祭りの会場へと歩き出した。






 そもそものことの発端は三日前の夕方、買い物から帰ってきた母親が持ち帰った情報だった。

 八月二十一、二十二日の二日間の間に開催される夏祭り。智宏の住む家から電車で二駅ほどのところにある神社で行われるそれは、夜になれば多くの出店と共に花火も上がり、地元でも人が多く集まる夏の風物詩となる代物だ。

 智宏も最近こそあまり行っていなかったが、小学生くらいまでは親や友達と共に行ったことがあった。

 そんな毎年恒例とも言える夏祭りの情報を持ち帰ってきた母親は、案の定智宏とミシオに祭りへの参加を進めてきたのだ。

 もちろん、と言うべきか、智宏は最初反対した。試験の日は祭りの三、四日後に迫っており、今は少しでも時間が惜しい時期だ。試験が迫っている現在、夏祭りにうつつを抜かす時間はあまりにも惜しい。

 だが、それに対して、母親も負けてはいなかった。人生は勉強がすべてではないというよく耳にする言葉を声高に叫び、この夏休みと言うもの二人がほとんど家に缶詰になっているという現実をなぜか資料まで作って力説し、最後にはお前はミシオに勉強だけで夏休みを終わるような灰色の青春を送らせるためにこの世界に連れてきたのかと悪しざまに罵り、ついには夏祭り行きを了承させたのだ。

 ただし、負けおしみ交じりに弁解すれば、智宏とてただ単に言い負かされたから夏祭り行きを了承した訳ではない。確かに母親の言い分は珍しく正論だったと思うし、最後の言葉など自分が本来の目的を見失っていたと自覚させられたくらいだ。

 だが、それ以上に大きかったのが、ミシオの試験勉強が既にこれ以上ないほどの成果を上げていたという点だ。

 渡した問題集の問題に、九割九分正解して見せ、さらにわずかな間違いはそのほとんどがケアレスミスと言う状態。【情報入力(インストール)】した知識は、そのほとんどが完全な形で定着しており、【情報入力(インストール)】し直さなければならない知識もわずかしかないという状況だったのだ。祖母に冗談で明日試験だと言われた時は大慌てした智宏だが、今思えばたとえ次の日に試験を受けたとしても合格にまで漕ぎつけられたかもしれない。

 刻印と超能力の合わせ技を使っているとはいえ、ミシオの異常なまでの頭の良さ。それこそが今回の夏祭りに参加する決め手だった。





 祭りの正式名称が『歴樹祭り』であることを知ったのは、智宏達が祭りの屋台が立ち並ぶ商店街にたどり着いたときだった。

 元々は商店街の外れにある歴樹神社に奉納される祭りらしく、近くに張ってあったチラシを見れば昼間には小規模ながら神輿なども行われていたらしい。時刻が夕方を迎えた現在は、神社から商店街に展開される屋台の周囲で人がにぎわっており、実際智宏達もそれが目当てでここまで繰り出して来ている。


「そういえば歴樹神社って小学校のころに調べたことがあるな。フ、フー。確かこのあたりの土地を昔から守ってる鎮守神か何かが祭られてて、この神社の名前が歴葉って地名のもとになったって。ハフッ、ハフッ、むぐ」


「はむ、むぐ、むぐ。鎮守神って、コク、何?」


「ごくっ。確か、『人がその土地に住むときに、その土地の神霊が人に害を及ぼさないようによそから連れてくる神様』だったかな。要するによそからこの土地に出張してきた神様みたいなものだよ。実際、祭られてる神様もどっかで聞いたような、この国の神話なんかで良く聞くような名前だった気がするし。ちなみにご神体は御神木ね。フッ、フー」


 近くに張ってあった祭りのチラシと、持ち前の知識をもとに一通り祭りについて解説すると、智宏は再び手元の焼きそばを吹いて冷まし、口に運ぶ。隣ではミシオも話から手元の綿あめに興味を戻したのか、再び手元のそれを口にし始めた。

 現在智宏達は、屋台の並ぶ商店街を半分近くまで進んできている。ここまで来る間にいくつかの屋台を冷やかし、そのうち食べ物の関係の屋台でいくつかの食べ物を買って、今こうして早めの夕食をとっているところだ。

 ちなみに買った物が、智宏がフランクフルトや焼きそばと言った食事的なものが中心であるのに対し、ミシオが買った物は綿あめにりんご飴、チョコバナナなどの甘味中心と言うあたり、買うものに対するスタンスの違いがうかがえる。


「あ、智宏、全部食べないで。そっちも食べたい」


「え? あ、ああ。そうか」


 どこかけ恥ずかしいものを感じながら、智宏はパックごと残った焼きそばを差し出す。受け取ったミシオは、一緒についている割りばしをそのまま使い、あっさりと智宏の焼きそばを食べ始めた。


「……ん。おいしい」


「そ、そうか」


「お礼に、食べる?」


 言いながら、ミシオは焼きそばの代わりに自身の持つ綿あめを差し出してくる。どうやらミシオには間接キスを気にする価値観はないらしい。それが彼女の世界のものなのか、彼女特有のものなのかは智宏には判断がつかなかったが。


「そ、それじゃあ、いただきます」


 気にしたら負け。そんな感覚を抱きながら綿あめにかぶりつく。下手な食べ方をすると口の周りがベタベタになるため、そちらにも注意を払い、内心からわき上がる恥ずかしさを押し殺しながら食いちぎった綿あめは、記憶にあるよりも甘いように感じられた。

 つくづく自分も単純だと思う。


「さて、腹も膨れたし、そろそろ食べ物以外の屋台を回ってみたいところだな」


「え? もう? 私はまだ気になってる屋台があるけど……」


「また甘味じゃないだろうな……?」


「だって、こっちの食べ物、珍しいから……」


 言われ、それもそうかと智宏も思いなおす。この世界、アースの日本とイデアのミシオの住んでいた国――話を聞くとテンライという国だったらしい――は確かに文化こそ似通っているが、だからと言って全てが全て同じと言う訳ではない。文明の発達もこちらより若干遅いし、同じ文化があったとしてもそれがメジャーなものになっているかもわからない。それに加えて、ミシオ自身もほとんど山篭りのような生活をしていた身だ。こちらの世界のものはさぞかし珍しいものが多いだろう。


「まあ、そこまで屋台を厳選する必要もないか。時間もまだたっぷりあるし、さっき話しに出た神社を目指す形で通りを進んで、その途中で見つけた店に財布と相談しながら寄っていく感じでいいんじゃない?」


「うん」


 智宏の言葉にうなずくと、ミシオは残っていた最後の綿あめを口に含む。近くにあったゴミ箱にゴミを捨て、途中のコンビニで買っておいたウェットティッシュを渡して案の定べたついていた手や口を拭かせると、二人は道の外れから再び屋台の立ち並ぶ道の中心へと合流した。


「トモヒロ、あれは何?」


 屋台の列を眺め始めてから、ミシオが新たな興味を抱くまでは思っていた以上に早かった。今度はどんな食べ物の屋台だろうと思いミシオの視線の先に目を向けると、そこにあったのは食べ物とは違う、しかし祭りの定番とも言える屋台だった。


「ああ、あれは金魚すくいだよ」


「金、魚?」


 どうやらミシオは金魚すくいを知らないらしい。それがイデアに金魚がいないせいなのか、金魚すくいが無いせいなのか、それとも単に有名になっていないだけで存在しているのか、はたまたミシオが知らないだけなのかは分からなかったが。


「やってる人を見ると判ると思うけど、水槽の中にいる金魚を、あの丸い奴、ポイって言うんだけど、あれですくってボールに入れる遊びだよ。ポイの表面に貼ってある紙は水に入れるとふやけて破れちゃうから、そうならないように気をつけながらじゃないとすくえない」


「すくった金魚はどうするの?」


「店にもよるけどたいていは貰えるんじゃないかな」


「へぇ……」


 小さく感嘆したような声をあげると、ミシオは金魚すくいの屋台をじっと観察し始める。どうやらかなり興味を持ったようだ。


(そういえば、昔うちでも金魚を飼ってたな……)


 最近こそあまり来なくなっていたが、小さい頃は智宏もこういった祭りにはよく参加していた。そして、そのときたいていこういった金魚すくいで金魚をもらっては、家にある水槽に入れて飼っていたのだ。金魚と言う生き物は意外に弱く、飼育法を間違うとあっさり死んでしまうのだが、それでもしぶとく何年も生き続けた金魚もいた。


(確かそのときの水槽が物置の中に残ってたはずだし、また飼うのもいいかもしれないな)


 ミシオの様子を見てそんなことを考えていると、隣で金魚すくいの屋台を観察していたミシオが屋台に向かって進み始める。財布から出した硬貨を屋台の主人に手渡すと、道具をもらって水槽の前にしゃがみこんだ。

 お手並み拝見、とばかりに智宏も背後からミシオの様子を眺める。

 ミシオはすぐには手を出さなかった。再び水槽の中の金魚に対して観察モードに入ると、右手にポイを構えて動きを止める。

しばしの間があき、やがて目の前に隣の子供に追い散らされた金魚が一匹飛び込んでくると、ミシオは素早くポイでそれをすくい取った。ミシオのポイを三分の一も濡らせずに水槽を離れた金魚は、中でわずかに水滴を飛ばしたのちボールのなかに放り込まれる。

 あまりの早業に周囲が一瞬、静寂に包まれた。


(……す、すげえ……)


 理屈でだけなら、智宏も金魚すくいの攻略法と言うものを聞いたことがある。代表的なものだと、ポイに張られている紙で水を受け止めてはいけないというものだ。ポイに張られた紙は、水に入れると必ず脆くふやけちょっとの刺激で破れてしまう。しかし金魚をすくうにはポイを水に入れないわけにもいかないので、その対策として刺激の方を少なくするというのが簡単な攻略法なのだそうだ。

 具体的な方法としてはポイを表面ではなく、側面から水に入れる。水をポイで切り込むと言ってもいいかもしれない。そのやり方を、今ミシオは誰にも教えられず、初めてで看破して見せたのだ。

 それだけではない。今回ミシオは多くの金魚の中でも、比較的浅い場所に移動した金魚を狙っていた。しかもすくう際にポイをすべて水に入れるようなまねをせず、必要最小限の面積を濡らすだけにとどめている。ここまで来るとほとんど金魚すくい選手権に出ている選手のような腕前だった。


「獲れた」


「あ、ああ。すごいなミシオ。もしかしてやったことあったか?」


「金魚は初めて。でも磯で小魚を取ったりしたことは結構あったから」


「ああ、なるほど」


「逃げ込む場所が無い分、やりやすい」


「……」


 どうやら参考になる経験はあったらしい。だからと言ってこの腕前を当然とまでは思わなかったが。

 そうこうしているうちに、ミシオは再び一匹に狙いを定めると、またしても先ほどの早業で金魚をすくい取る。

 智宏が再びその手並みに感心していると、三匹目を探していたミシオが唐突に「あっ」と声をあげた。


「そういえばトモヒロ、ナイフか何か持ってる?」


「は? いや、僕は特に持ってないけど、なんで?」


「うん、獲った魚は早めに絞めて血抜きした方がおいしいから」


 瞬間、不穏な気配を感じ取った金魚達が一斉にミシオの近くから離れていく。のんびりと泳いでいた金魚が恐るべき素早さで水槽の中を泳ぎ回り、者によっては他の客の使うポイに向けて飛び込む者さえいた。だが、そんなことをされてふやけたポイが耐えきれるはずもなく、瞬く間に他の客たちのポイが全滅し、逃げ場を失い、動きを止めた金魚達をミシオが次々と狩り獲っていく。金魚達に救いはなかった。


「……この金魚って魚、どう料理したらおいしい? 小さいから、食べるところ少なそう……。揚げものなら頭から食べられる?」


「いや、あのなミシオ。こいつらは普通食べないぞ?」


「え? それじゃあ何のために売ってるの?」


 ミシオの言葉に、智宏は思わずため息をつく。

 周囲の客たちがドン引きし、金魚達が恐慌状態に陥るなか、漁村育ちのミシオに観賞用の魚と言う概念を説明するのは思いのほか骨が折れた。






 結局、十三匹捕った金魚は一匹も持ち帰らなかった。ミシオが食用の魚ではないと知った時点で興味を失ったからである。どうやらミシオには魚とは食べるものであるという意識が染み付いているらしく、それを払しょくできない状態では飼う気にはなれないだろうと判断した結果だった。

 もっとも、智宏自身金魚すくいは金魚を持ち帰るためにやるものではないと考えているため、それでも別にいいと思っていた。金魚すくいというものはゲームとして楽しめただけで金を払った意味はあるのだ。

 そもそも、屋台のゲームに景品を期待してはいけないというのが智宏の持論だ。

 金魚すくいの後にも、智宏はミシオと共に射的に手を出したのだが、景品は射的の鉄砲くらいではさっぱり倒れず、景品をもらうことはできなかった。一度など店主の鼻を明かしてやろうと、ミシオにテレパシーでこっそり照準とタイミングを指示させ、二人で同じ的に同時にコルク弾を叩き込んで見たのだが、それでも景品は倒れず、景品獲得にはつながらなかった。コンビネーションを褒められて景品として用意されていたキャラメルと貰う結果にはなったが。

 そうして屋台を順番に巡りながら、智宏達は遂に目的地と定めた神社に到着する。

 一応この祭りの主役であるはずのこの神社は、しかしその役割を昼間のうちに終えてしまったのか思いのほか人が少なく、今は屋台で食べ物を買った人々が一休みする憩いの場と化していた。

 ここに来る直前買ったたこ焼きでも食べようかと背後をついてきているはずのミシオを振り返ると、ミシオは入る時にくぐった鳥居に注目していた。


「やっぱり鳥居なんかも珍しいのか?」


「え? あ、うん。うちの世界にも似たようなものはあったから。多分それと同じものだとは分かるんだけど、やっぱり形とかが違う」


「そういえば、そっちの世界の宗教とかってどんななんだ? 日本と同じような環境だし、やっぱり同じように多神教なのか?」


「うん。でもこっちと違って、土地によって違う訳じゃないかな。海の神様とか、空の神様とかみたいに、ものによって一つ一つ神様が決まってて、それがどこでも共通だから」


 同じ多神教でも、日本の八百万の思想と言うより西洋の神話などに近いのかもしれない。


「あと、うちの世界の神様にはご神体いたいなものも、ないかな。さっき言ってたご神体って、神様が宿るもののことだよね?」


「ああ。そういえば社会系の知識と一緒にその辺の【情報入力(インストール)】もしたっけ」


「私の世界では神様は司るものにそのまま宿ってるから、ご神体みたいなものはないの。海の神様に祈るときは海に向って祈るのが普通」


「へぇ」


「あとは、関わりのある神様に守ってもらえるように、その神様にちなんだ名前を付けるっていう風習もあるかな。私の名前のシオって部分がそんな感じ」


「ああ、そういえばあの村の人達、海にちなんだ名前の人が異常に多かったな」


 恐らく漁村だったために海の神とのつながりを大事にしていたのだろう。海と関わりながら生きる漁師たちにとって海の神との繋がりは必須とも言える。


「そういうところでも違うことは多いのか」


「うん。だからこっちに来てから、珍しいものばっかり。機械は嫌だけど」


「……」


 どうやらミシオはこちらの世界に来てからすっかり機械アレルギーになってしまったらしい。イデアがこちらの世界ほど機械にあふれていたわけではない上にミシオ自身がほとんど山篭りじみた生活をしていたため、機械に耐性が無いのはわからないでもないのだが、今後アースで生活する上で流石にこのままと言うのはまずい。


「まあ、今は試験対策の知識で手いっぱいだから、試験が済んだらこっちの世界のこともいろいろ教えるよ。今はあの御神木のそばの説明書き程度の知識で好奇心を満たしてくれ」


 そう言って智宏はミシオを引きつれて説明書きの立札の前に進む。この世界の文字については試験勉強の最初に徹底的に【情報入力(インストール)】したので、ミシオも問題なく読み取っていた。それでも慣れない文字を読むのは時間がかかるらしく一足先に読み終えてしまった智宏はふと神社の入り口に視線をやってその三人に気がつく。


「おお、やっぱり智宏達だったか。お前らもこの祭りに来てたんだな」


 その内の一人、孝明がこちらに手を振りながら駆け寄ってくる。Tシャツとハーフパンツ、そしてサンダルと言う夏らしい軽装で、頭と右手に屋台で買ったと思われるお面をつけていた。その背後からは先日ちらりと見かけた志士谷が同じような格好で立っており、その数日後に会ったばかりの畑橋の姿も見てとることができた。


「おう、お前らか、この前来てたって言う異世界帰還者は。んじゃ、まあ自己紹介だ。あたしは志士(しし)(たに)昇子(しょうこ)。大学二年だ。よろしく」


「吉田智宏です」


「ハマシマミシオです」


「はいよろしく。ああ、そうだ。それとあっちにいるのが――」


「姐さん、智宏と畑橋さんはこの前会ってますよ。って、ああそういえばミシオちゃんはあのときいなかったか」


「……そういえば」


 すぐそばでミシオが不思議な発言をするが、智宏は気にしない。と言うのも原因は明らかで、あの後帰った智宏が岩戸荘での会話を【情報入力(インストール)】で共有したためだ。恐らくミシオにして見れば智宏の視線であの会話を聞いていて、自分があの場にいたように錯覚しているのだろう。


「まあ、初対面だってんなら互いに自己紹介位しとけよ。おーい、畑橋さん」


 志士谷の呼びかけで、少し離れたところにいた半袖のワイシャツ姿の畑橋がこちらに気付き近づいてくる。呼びかけられる直前、少し落ち着きに欠けているように見えたが、こちらに来たときには既にある程度の落ち着きを取り戻していた。

 すぐに二人が互いに自己紹介を交わしあう。


「それで、智宏達はどうしてここに? ミシオちゃんは試験勉強だって聞いてたけど?」


「ああ、勉強のほうが順調なんで息抜きがてらこっちにな。そういう孝明達は?」


「え? あー……、えっとな」


「私が気を使ってもらったんですよ」


 なぜか困ったような表情を見せる孝明の代わりに、畑橋がこちらに口をはさむ。


「実は今日ここに来たのも、紀藤君と志士谷さんに誘われたからでして。よっぽど私が暗いオーラを纏っていたんでしょう。今日岩戸荘に立ち寄ったらそのときに……」


「畑橋さん。そんなオブラートに包まなくてもいいっすよ。姐さんが用事があるって嫌がってるのを半ば力ずくで連れて来てんですから」


 言われて志士谷の方を見ると彼女は悪気のなさそうな悪い笑みを浮かべて腕を組む。どうでもいいが腕によって持ち上げられた胸が男として反応に困る代物だった。

 男たちが三者三様の速度で目をそらす。


「そ、それにしても良かったんすか? 姐さんが強引に連れてきちゃったですけど畑橋さん用事あったんでしょ?」


「大丈夫ですよ。用事の方はまだ間に合いますし、それに用事のある方は目の前にいますから」


 と、それまで関わりもなかった智宏に、畑橋は突然焦点を合わせる。智宏が驚いていると、畑橋はその視線が間違いでなかったことを示すようにさらに言葉を続けてきた。


「吉田智宏さん。ハマシマミシオさん。お二人にちょっとお話があるのですが、よろしいですか?」


 ご意見、ご感想、ポイント評価等お待ちしています。

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