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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第三章前編 第三世界アース 夏休み編
52/103

10:暗躍者たちの推測

 店に入って受付で名前を告げ、教えられた番号の部屋を目指してエレベーターに乗る。

 覚えたばかりのこの世界の数字の中から指定された階の番号、五を押し、数字のランプが移り変わっていくのを見ながら、その帽子を目深にかぶった男はエレベーターが五階につくのを待った。

 やがて扉が開き、男は数字が割り振られた部屋がいくつも並ぶ廊下に歩み出る。それぞれの部屋から聞こえる音楽や歌声を聞き流し、ドアのガラス越しにのぞく中の人物たちの盛り上がりを横目に見ながら、男は探している人物のいる部屋を探しだした。

 ノックもなしに部屋に入ると、マイクを握っていた青年がこちらを振り返る。


「あれ? そうか、もうこんな時間か。悪いね。ちょっと座って待っててくれる? 今中断するから」


「いえ、結構です。なにぶんはじめて見るので、見ていても飽きるものでもありません」


「って言われてもね。君の前で歌うのは気が引けるし、正直待ってる間の暇つぶしの部分が強かったから、特に続けたい訳ではないんだよね。ああ、何か飲む? メニューは……、読めないよね? アイスコーヒーでいいかな?」


「もらえるのならば何でも」


 そう言われて青年は壁に会った受話器を取ると、受付に飲み物を注文し、手元のタッチパネル式の機械を次々といじり始めた。途端に部屋の奥にある機械が音楽を奏で、その上にある画面に映像と字幕が現れるが、青年は一向に歌い始める様子が無い。

 やがて、頼んだ飲み物が運ばれてくると、それを飲みながらくつろぎ始める。運んできたアルバイトらしき男性も、中年の男と、青年が二人きりでカラオケボックスに入っているという状況に多少の疑問を覚えたようだが、すぐに考えるのをやめ、自身の仕事に戻ってしまった。


「なるほど。ここなら他人に話を聞かれる心配もない、ですか。個室で他人が入り込むこともない上に、音がほとんど外に漏れない」


「まあね。それこそマイクを使って大声で内緒話でもしない限り大丈夫だよ。来るときに分かったと思うけど、防音がしっかりしているからよっぽどの音量でもなきゃ外に漏れないし、こうして音楽をかけていれば大体その音に声がかき消される。まあ、本格的な内緒話をするには心もとないけど、その必要は今のところ生じていないしね」


「……して、要件は?」


 適当に会話したのち、男の言葉に固いものが混じる。青年はそれに少しだけ笑みを浮かべると、運ばれてきたオレンジジュースを少しすすって柔らかな笑みを浮かべた。


「まあ、いろいろあるけど、まずは君のことかな。怪我の様子はどうだい? 渦」


「もうほとんど問題ないかと」


 青年の言葉に、異世界人の能力者、『渦』は淡々とそう回答する。確かに見た限りでもどこかを庇っている様子も見られず、その体はいたって健康そうだ。

 だが、渦はつい二週間ほど前異世界イデアの小さな漁村で、この青年と付き合う中で知り合った男に仕事をもらい、その結果失敗している。そしてそれに伴い、彼は自身の拳を痛め、あばら骨にひびを入れられるという、この仕事を始めてからまれに見る敗北を受け取ってしまっているのだ。


「いやぁ、災難だったね。まさか僕もエイガ君があそこまでの無茶に君を突き合わせるとは思わなかったよ。君も断ればよかったのに」


「もらえるのならばどんな仕事でももらう主義ですので」


「相変わらず君は強欲なのか無欲なのか分からないね。まあ、君まで捕まってしまうのは痛かったから無事に帰って来てくれたのはうれしいな。君はエイガ君やマクラさんと同じく捕まっても問題ない人間だけど、それでも使い道は多い手札だから」


 何の邪気もなく微笑みながらそんなことを言ってのけ、青年は再びジュースに口をつける。渦自身もそれに対し何も言わない。それどころか、青年に対しても不満一つ持っていなかった。


「要件はそれだけですか?」


「まさか! 君にはまた頼みたいことがあるんだよ。……でも、まあその前に、聞かせてほしい話があるんだけど、いいかい、渦?」


「なんなりと依頼主殿。傷の手当てもしていただいていますので」


「依頼主殿、ね。その呼び方をする人間は君を含めて三人いるけど、君ほど私情を交えない相手は他にいないよ。

それじゃあ聞くけど、君が戦った相手が刻印使いだったって言うのは本当かい?」


 本来なら愉快な思いはしないだろう質問に、しかし渦は顔色一つ変えない。ただ自身の中で敗北したという経験をもらったと感じるだけだ。そしてだからこそ彼は淡々とした口調で「ええ」と短く答えてのける。


「今日呼び出したのは他でもない。そいつの刻印がどんな効果だったか聞きたいんだ」


 だが、そんな渦でさえこの質問にはしばし黙り込む。別に質問が取り立てて不愉快だったわけではない。ただ、


「それは、私にもよくわからないのです」


 考えてみても答えが出ていないというのが実情だった。


「詳しく聞かせてもらえるかな?」


 特に糾弾するでもなく、疑ってかかることもない青年に、渦は首肯しながら記憶をたどり、言葉をまとめる。ここで裏切りや情報の出し渋りを疑わないクライアントに、流石の渦も内心で感謝した。


「相手は十代半ばの少年。刻印の位置は額。刻印自体のデザインは……」


 言いながら渦は懐から手帳を取り出し、そのページの一枚に正方形と、そこから伸びるいくつかの線を描きだす。書き終えたページを破って青年に渡すと、青年は絵を見ながら小さく唸った。


「だめだな。刻印の形状から能力が分かるかと思ったけど。そもそもこれが何をイメージしたものかがわからない」


「刻印の形状からわかるのですか?」


「一応はね。僕らが力に発現するときに浮かぶ刻印のデザインって、願いに対するイメージに引きずられる性質があるから。例えば願いとして定番の不老不死を願ったりすれば、その人間が不老不死のイメージを抱く何か、不死鳥とかの形の刻印が生まれたりするんだよ。これは刻印の位置も同じだね。でも、この刻印のデザインは何を象っているのかもよくわかないな」


 そういいながら青年は渡された紙を自分のポケットにしまう。恐らく刻印の正体を浮かび上がる印から看破できるとしたら、この世界の知識に精通していなければ無理だろう。実際、渦には不死鳥と言う存在がよくわからなかった。


「こうなると後はその刻印が起こした不条理から効果を推察するしかないかな。さて、教えてくれるかい? そのよくわからない刻印の効力を」


「正確には断定しかねている、というべきでしょうか。その刻印使いの少年、戦ったのは十代半ばの少年だったのですが、その少年との戦闘で目についたのは、異常なタフさと、戦い方です」


「異常なタフさ、とは?」


「殴っても沈みません。何度も頭に拳を打ち込んだのですが、脳震盪を起こすどころか、ほとんどふらつきもしませんでした」


 渦の基本的な戦術は、能力によって不可避のものとなる拳を、相手の頭に叩きこみ、気絶させたり、脳震盪を起こさせたりして相手の自由を奪い、主導権を握るというものだ。しかしそれゆえ、頭に何度拳を叩き込んでも倒れない今回の相手にはその戦法は通じず、今回のように窮地に追い込まれることになった。もっとも、そもそも頭を殴られても倒れない人間など、渦はお目にかかったことが無かったのだが。


「戦い方の方は?」


「そちらのほうが刻印の正体に近いかもしれません。その少年、額に刻印を表しながら魔術を駆使して戦闘を行っていました」


「……なんだって?」


 魔術の行使。それは、第五世界オズに住む人々の代表的な種族的特徴だ。それに対して刻印は、アースの人間のさらに一部がごく稀に発現する異能である。どう考えても相容れるものではない。


「ということは、その少年の能力は魔術を使う能力ってことになるのかな? 他に何か特徴は?」


「加えてもう一つ。むしろ私はこちらの方に疑問を持っていたのですが」


「なんだい?」


「判断が的確すぎます。見たところ特に鍛えているというわけでもない、喧嘩の経験すらあるかも怪しい外見の少年だったのに、こちらの攻撃に的確に対処してきました。ダメージを的確に殺していたし、隙あらば魔術をぶつけてくる。おかげでやりにくくて仕方ありませんでした」


「……なるほど、それもまたおかしな話ではあるな」


 刻印使いは確かに驚異的な戦力を持ち得る。大量の保有魔力、倍加した身体能力、五感、魔力感覚。さらに加えて刻印の力。刻印は物によるが、効力によっては決定的な戦力にもなり得る代物だ。

 だが、一方で驚異的なのは刻印であり刻印使い本人ではないのが普通だ。そもそも異常な力ではあるものの戦うために目覚める刻印ばかりではないし、弱点と言えるものが全くないという訳ではない。

 そしてその弱点の代表格とも言えるのが、刻印使いとなるアース人のほとんどが平和な日本の一般人であるという点なのだ。

 刻印使いになるのは異世界に渡ったアースの人間の一部のみ。異世界に渡ることができるのはこのレキハの名を冠する土地だけで、渡る人間は必然的に平和に暮らしているこの街の住人だ。そうなると必然、強力な刻印に目覚めても、目覚めた当人が戦闘に関しては素人という事態がほとんどということになる。

 もちろん例外はある。例えば、スポーツとしての格闘技に手を出している人間や、警察官のように職業上訓練を受けている人間、さらには、素人ではあっても喧嘩の強い人間などまで含めてもいいかもしれない。

 だが、そう言った人間は大抵の場合ある程度体を鍛えているものだ。まったく鍛えている様子もないのに、よりにもよって渦のような接近戦を強制されるような相手と戦えるというのは納得いかないものが残る。


「あの少年は強い刻印の効力に任せて叩き潰すのではなく、ある程度の判断力を持ってしてこちらに対応していました。とても闘争に慣れているようにも見えないのに、です。これは明らかに異常でしょう」


 それゆえ明るみに出て来るありえない判断能力という名の異常性。明らかに身につけていないだろう力をふるうというのは確かに刻印の効力を疑うべき事象だった。


「なるほどね。君がその少年の刻印の正体を看破できなかった理由が分かったよ。確かにその三つを同時に網羅できるような願いって簡単には想像がつかないね。全体像もよくわからないし」


「もっとも、その少年に関わらず、刻印自体が私にはよくわかりません。物にもよりますが、応用が利きすぎる上にご都合主義が過ぎる。それこそ全知全能など願われていたら全体像など把握できない」


「まあそうだろうね。それが僕らの強みでもあるし。僕だって自分の刻印(・・・・・)の力は悟られないように使ってる」


 人間の願いという様々な形を持つ者が源となっているだけに刻印の持つ効力は非常に多種多様だ。中には応用の幅がけた違いに多いものもあり、それはうまく使えば根幹となる願いを悟らせないように使うことも可能となる。例えばこの部屋にいる青年のように。


「それにしても、随分気にするのですね。私が戦った刻印使いの少年のことを」


「まあ、どんな刻印があるかってのはその少年に限らずいつも気にしてるけどね。たまにほしい刻印なんかも現れるし。……それに、実はちょっと気になることがあるんだ」


「……気になること?」


 それまで無表情を貫いていた渦の眉根が、視認できるギリギリの大きさに動く。どうやら興味はあるらしい。


「実は最近僕の子飼いの刻印使いが一人いなくなってね。僕はそいつを【天井知らず(エスカレーター)】なんて呼んでたんだけどね。まあ、強い割に使えない奴だったから、刻印の扱いをミスって生身で大気圏突破でもしてのけたのかと思ってたんだ。でも、直前にそいつを押し付けたエデンを拠点にしてた連中は、そいつがオズのフラリア人たちに捕まったって言うじゃないか」


「それにあの少年が関係していると?」


 話題に上っている人物の刻印の効力にも、その扱いにも特に気にした様子も見せず、渦は淡々と青年の意図を探る。どうやら青年は使えないと判断している時点で興味を捨てたらしい。


「あくまで可能性の話だよ。その少年が守ろうとしてたって言う女の子、確か君が捕まえてエデンに送った娘だろう? その娘と一緒にいたってことはそいつもエデンにいた可能性が高いからね」


「あの少年の刻印がその【天井知らず(エスカレーター)】を下す刻印を持っていたと?」


「いや、それはないね」


 話しの筋から予測した渦の答えを、青年はあっさりと否定する。もしや件の少年の刻印が【天井知らず(エスカレーター)】という危機を排除することを願って生まれたものなのではと予測したのだが、どうやら相手はそうは考えていないらしい。


「確かに僕もその可能性は考えたんだ。だからこそ僕は今君に話を聞いて確かめようとしたんだしね。でもそもそもの話、もしもその少年の刻印が【天井知らず(エスカレーター)】を排除したいと願って生まれた刻印なら、そんなよくわからないものになるはずがないんだよ。【天井知らず(エスカレーター)】の効力は酷く単純でね。その癖魔術や生半可なタフさ程度で対応できるものではない。だからその少年を刻印に発現させたのはもっと別の要因だろう」


「では、やはり関係していないのでは? その少年では【天井知らず(エスカレーター)】に勝つことはできないのでしょう?」


「いや、実はそうでもないんだよ。【天井知らず(エスカレーター)】の効力は致命的な弱点があってね。それにさえ気付くことができれば誰にでも、とは言わないけどある程度倒せる可能性はあるのさ。まあ、僕はそれでもあいつとやり合いたいとは思わなかったけどね。勝てるかどうかは運次第ってところがあるし」


 そんな言葉を聞きながら、渦は少年の刻印が再びその正体を隠したような感覚を覚える。もしもその少年の刻印がその【天井知らず(エスカレーター)】とやらに対応したものなら、【天井知らず(エスカレーター)】の効力からある程度予測も立てられたはずなのだ。


「まあ、わからないものは仕方無い。この少年に関してはもう少し情報を集めてみることにしよう。それじゃあ本来に要件に移ろうか」


「仕事の依頼ですか? 今回はどのような仕事を?」


 先ほどまでの思考をきれいに棚上げにし、二人は次の話題に移る。今までにも数回行っている仕事の話に。


「なに、今回はそこまでリスクの高い仕事ではないよ。これから人と会ってその人を回収しなくちゃいけないからついてきて欲しいんだ。何の段取りもなくやりすぎちゃった人でね。おかげでこっちの対応が遅れてるから念のために、ね」


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