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CROSS WORLD ―五世界交錯のレキハ―  作者: 数札霜月
第三章前編 第三世界アース 夏休み編
51/103

9:祖母の宿題

「すいませんが、他の方々が帰ってきたら私のことをお伝えください。一応部屋にメモの方を置いていきますので」


 最後にそう言い残し、畑橋は岩戸荘を出ていった。どうやら彼は、シャノンの死の確定情報を伝え、携帯電話の使えないメンバーを招集するためにここに来ていたらしい。とはいえ、このマンションには智宏達の他にはだれもいなかったのだが。

 そして、事件に関する今わかる情報が集まった時点で、智宏もこの場所に用はない。選択肢としては新たにできた知り合いと親睦を深めるという手もあるのだが、生憎と智宏にも用事はあるのだ。いくら問題集があるとはいえ、いつまでもミシオを放置しておく訳にはいかない。まだ正確な日程こそ決まっていないが、どんなに遅くとも八月中には転入試験が待っている。今のところ準備は確かに順調だが、それでも万全の用意をしておくにこしたことはない。


「まあ、あの様子なら間に合いそうな気はするけど……。んお?」


 呟きながら大きめの通りに出たところで、ポケットに入れている携帯電話が震えるのを感じる。公共の場での切り替えが面倒で、常にマナーモードにしているため音は鳴らないが、それでもバイブレーションの音は十分に聞き取れる大きさだ。

 ただ、以前は良く聞き逃していたのでこれは世界を渡って刻印使いになったことで聴覚が強化されたことによる影響かもしれない。

 携帯電話を取り出し、確認すると、そこには暮村の実家の文字が映し出されていた。


「もしもし?」


「おう智宏。ようやく出たな。あたしだ」


 電話の向こうから聞こえてきたのは、案の定というべきか、智宏の祖母、暮村珊瑚の声だった。


「どうだいそっちの様子は。あんたも例の娘もしっかり勉強出来てるかい?」


「ああ。僕の方の夏休みの宿題はもう終わったし、ミシオの勉強も想像以上に順調だよ。それより、もしかして今日は試験の日程の打ち合わせ?」


「ああそうさ。と言う訳で、例の試験、明日ね」


「はぁあっ!?」


 告げられた言葉に思わず声をあげ、直後に周囲の人々が集まったのに気付き、その視線から逃れるべく道の端による。

 いくらなんでも間に合わない。いくらミシオが優秀で、【情報入力(インストール)】と言う異能の合わせ技があるとはいえ、あと一日で編入試験合格を狙うのはさすがに厳しい。そもそも時間的には最低でも後五日はあると思っていたし、智宏自身、ミシオへの教育プランをそのつもりで組んできた。なにより、まさか試験前日に明日やりますなどと言われるとは思ってもみなかった。


「くっ……。恐るべし暮村の血統。さすが母さんの母さんと言うべきか!! かくなる上は今日一晩一夜漬けで【情報入力(インストール)】を……!!」


「いや、冗談なんだけどね」


 試験を受ける本人が聞いていたら、確実に青ざめるであろう発言は、しかしそんな祖母の言葉によって途切れることとなる。

 自身がからかわれたことを自覚し無言になる智宏に対し、電話の向こうの祖母もひとつ大きなため息をついた。


「お前ね、この程度の嘘、少しは疑いなさいな。前から思ってはいたが、お前って身内の言うことをあっさり信じるよね」


「……そうか?」


「そうさ。お人好しと言うかなんというか……。って、ああそうだ。それで思い出した。あんた、この前出した宿題の答え、わかったかい?」


「宿題? 夏休みのなら終わったけど?」


「そうじゃないよ。この前こっちに来たときに出した宿題さ」


「……ああ、そういえば」


 言われて初めて、智宏は以前言われたことを思い出す。

 レンド達を紹介したら甘いと言われ、その理由を問うたら宿題だと言われた。ミシオの試験対策ですっかり忘れていたが、確かにそんな会話を交わした覚えがあった。


「その様子だと忘れてたみたいだね。まったく、お前の刻印とやらは頭を良くするって代物じゃなかったのかい?」


「いや、それにしたって常に頭良くなってるわけじゃないぞ。もろに顔に刻印が浮かんじゃうから人前じゃ使えないし……」


「それはまあ、どうでもいいんだけどね。でもそうだね。いくら頭が良くなっても性根があんたのままじゃ気がつかないかもしれないね。この際だから答えを教えて説教でもするか」


「説教って……」


「いいから聞きなよ」


 有無を言わさぬ祖母の声に、智宏も嘆息しながら近くのビルの入り口付近のスペースに身を入れる。二回と三階に学習塾と不動産屋の入ったそのビルは、しかし一階部分は公共スペースとなっているらしく階段とエレベーターしかない。この場所ならばビルに用のある人間にも特に邪魔にはならないだろう。


「あたしがあんたのことを甘いって言ったのはね、あんたが何の用意もなくあいつ等をこっちに紹介してきたからだよ。あの得体の知れない異世界人を完全に信用しきってね」


「いや、あいつ等は信用できると思うよ? この世界に帰って来る間にもいろいろ助けてもらってはいるし……」


「いや、それは分かるんだよ。私もあいつ等は信用したし、だからこそあいつ等に協力もすることにしたからね。でもね、問題なのはそこじゃないんだよ。考えてもみな? いきなり異世界人ですってやってきた奴が、人の紹介と金の融通を求めてくるんだよ? 異世界人云々は前代未聞だろうが、あたしゃ何となくマルチ商法ってやつを思い出したね」


「マルチ商法って……!」


 マルチ商法と言うのは有名な悪徳商法の一種だ。細部は違うものの、一般的にはネズミ講と言ったほうが通じやすいかもしれない。特定の組織に加盟する際に金を支払い、それを大元の親と勧誘者が分配するというもので、加入者が新たな加入者を勧誘すれば一定の配当が得られ、それを何人分か繰り返せば元が取れ、さらには利益が得られるといううたい文句がよく使われる。

 しかしながら、すべての加入者が利益を得られることはなく、勧誘できる相手にも限りがあるため、大元になっている一部だけが利益を得られ、末端の加入者になるほど損害を被るという特徴を持つ代物だ。


「まああいつ等の話は、実際のマルチ商法なんかとは全然違うんだが、それでも金を融通してくれって言うのと同時に、他の相手を紹介してくれって言ってくることにあたしは似た部分を感じたね」


「いや、待ってくれ。別にあいつ等はそんなことを考えていたわけじゃ――」


「そんなこたぁ分かってるよ。だからこそあたしもあいつ等に協力する気になったわけだからね。でもさ、あんたはそういう疑いを相手が持つ可能性を考えてみたかい? 自分が信用している・・・・・・・・・相手だから(・・・・・)他の人間も信用・・・・・・・してくれると思ってた・・・・・・・・・・んじゃないかい(・・・・・・・)?」


 言われ、智宏は初めてそのことを自覚する。確かに言われてみれば、自分にはそういった性質があったかもしれないと。


「あんたがそう思ってたとしても、実際はそうはいかない。話を聞いた相手があんたごと疑ってかかるかもしれないし、あんたが騙されている可能性を考えるかもしれない。突拍子もない話をどう信じさせるかも大事だが、相手がどういう疑いを持つかも考えた方がいいよ。さっき言ったマルチ商法なんて、もろに被害者が加害者になって被害者を増やしていく話だからね。そういう場合、その先に待っているのは人間関係の崩壊だ」


 最後に「下手な紹介の仕方をすると、あんた自身も信用を失うよ」と付け加え、電話の向こうの祖母はいったん話をやめる。

 実際問題、そういった疑いを持ったのは恐らく祖母が初めてだっただろう。大概の人間は異世界云々に疑いを向けてしまい、それが解消されればもはや相手の言うことを信じるしかない。非現実的な問題に疑いを使い果たしてしまい、現実的な問題まで疑わないのだ。

 だが、それでもそういった可能性は考えておくべきだったのだ。下手をすると、祖母の疑いそのままの手口を使う異世界犯罪者が出てくる可能性もある。


「なるほど。それで僕は甘いなんて言われたのか……」


「まあ、これに関してはあのレンドとか言う小僧どもも同じなんだろうけどね。逆に当人だからこそ気付いていないみたいだし、それ以前の問題にかかりきりなんだろうけど……。でも、だからこそできることならあんたには気付いてほしかったね。せっかく頭良くなる超能力手に入れたんだからさ」


「まあ、確かに言われてみれば気づける立場だったかもしれないな……」


「あんたの場合、もっといろんな視点でものを見ることが必要かもしれないね。よくなった頭をどう使うかを考えることも必要だ。知ってるかい? 思考法にもテクニックってやつがあるんだよ」


 科学者、探偵、政治家、技術者、勝負師、小説家、医者。

 頭を使う仕事はこの世に数限りなくあるが、だからと言ってそれらに携わる人間が全く同じ思考法で答えを求めているわけではない。

 真理、犯人、将来、新技術、勝利への布石、物語、治療法。求める答えがすべて違う以上、彼らの思考法もそれに適した違うものになっている。

 この場合でいう思考方とは、言ってしまえば答えに至るための最適の道筋だ。思考回路と言ってもいいかもしれない。


「ああ、それともう一つ、あんたのことを甘いっていった理由がある」


「え? もう一つ?」


「ああ。なあ、お前あいつ等を(・・・・・・・)信用し過ぎて・・・・・・ないかい・・・・?」


「え?」


「ああ、勘違いしないでほしいんだけど、別にあいつ等が嘘をついていると思っているわけじゃないよ。確かに異世界の国の政府関係者って言われても、それをあいつ等は証明することは(・・・・・・・)できない(・・・・)んだけど、私が言っていることはそういうことじゃあない。あいつ等への信用はあいつ等の行動を見聞きして補ってるからね」


 言われて、初めて智宏は祖母の言うとおり、レンド達の立場を自己申告でしか聞いていないことに気付く。【集積演算(スマートブレイン)】などと言う力を持ちながら、祖母が重要視すらしていなかったことにも気づかなかったというのは、智宏には少々ショックだった。


「あたしが言ってるのはね。あいつ等が信用できるからと言って、過たないわけじゃないってことさ。『五世界同時会談で国交を築き、世界間貿易で一緒に儲けよう』だっけ? 確かに面白い話だけど、はたしてそれが本当にうまくいくのかは誰にもわからない。それが五つの世界を本当にいい方向に導くのかもね。

 あたしが見たところ、あいつ等は少々輝かしい未来に酔っているように見えるよ。多少ではあるが希望的観測も交じってる。でもね、実際にその輝かしい未来が本当に訪れるかはまだわからないんだよ。あいつ等が何かミスっちゃうかもしれないし、他の世界がそれをよしとしない可能性だってあり得る。あいつらの世界は魔術とやらの世界だから関係ないけど、科学の世界は三つもあるうえレベルが段階的に離れてるからね。貿易摩擦の問題とか考えたら、手放しで賛同するのは危険だ」


「……たしかに……」


「さらにもう一つ。確かにあいつ等は紳士的だ。ちゃんとあたしたちをこれから関係を結ぶ相手として見てるし、若いしハンサムだしで四十年若けりゃ口説いてるところだ」


「それってレンド個人の話じゃ……」


「でもね。そんなあいつ等の行動も、その根底は自国の利益を見据えたものだ。自国の利益になるからあたしらと仲良くなろうとしてるし、自国の利益になるから異世界人を助けてる。別に利益にならなかったら助けなかっただろうって話じゃないよ? 不利益になるなら助けなかったかもしれないけどね」


「……それは……」


「大事なのは、あいつ等の行動の前提には自国の利益があるってことさ。国の未来を背負っている公務員である以上、あいつ等はそうでなければいけないし、そういう行動原理があったからこそあたしはあいつ等を異世界の政府関係者だと信用した。でもね、だからこそ忘れちゃいけないのは、あいつ等は自分の国に火の粉がかからないなら、他の世界の問題を棚上げにする可能性があるってことだよ」


「さっきの貿易摩擦みたいな、か?」


「まあそういうことさね。これは別にあいつ等が不親切な訳じゃない。自分のケツは自分でふけって話さ。だからこそあたしたちは自分たちでも五つの世界について考えなけりゃいけない。いつまでも『協力者』じゃあだめなんだ。なまじあいつ等が好意的に事を進めてくれちゃうから任せたくなっちまうが、ちゃんと自分たちでも考えないと私たちにしか見えない落とし穴を見逃す羽目になる」


 祖母の言葉に、ようやく智宏は自身の中にあった信頼が、その実信仰の類であったことを自覚する。そこに疑いが無いのだ。疑いを持ってなお信じているのではなく、疑うことなく盲目的に信じている。そこに根拠が存在しない。

 そして、これが神に対するものなら別にかまわないだろうが、人間に対する信仰など害にしかならないというのが智宏の持論だ。


「もしかして、だからレンド達の申し出を受けたのか? 自分がちゃんと当事者でいるために?」


「まあそういうことさね。人って字はちゃんと支え合ってないと、片方が楽してちゃだめってことさ。

さて、話はこれで終わりだ。ああ、そういえば肝心の要件を忘れてたよ。ミシオちゃんの試験はちょうど一週間後。八月二十五日だ。朝の九時半に一年A組の教室ね。試験科目は五科目ってのはこの前言ったかな?」


「あ、ああ」


「そうかい。じゃあこれで要件は終了だ。特別扱いの試験とはいえ、問題まで特別ってわけじゃないから覚悟しときな。うちの編入試験はそれ相応に難しいよ」


 それだけ言うと、祖母は早々に電話を切る。智宏もしばし通話終了の画面を眺めると、携帯電話をたたんで駅へ向って歩き出した。

 ただし、何事もなかったように、とはいかない。


(なんか、試験一週間前にして考えなきゃいけないことが一気に増えちゃったな……)


 思わずため息をひとつつきながら、智宏はこれから考えるべきことを考える。

 とはいえ、目下のところはやはり一週間後に迫った試験を優先せねばならないだろう。山積みの課題は、ミシオが山積みの問題集と格闘している間に考えるしかない。

 そのとき、智宏は初めてはっきりと、自分が発現した刻印が【集積演算(スマートブレイン)】で良かったと思えた。


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